006 別れ
バイトから戻ると江藤が待ちきれずに小さな食卓にうつ伏してうたた寝をしていた。
起こすのも悪い気がして俺は静かに靴を脱ぐ。

俺はこの間、こいつに別れを告げた。
でもまたこいつはここにいる。
俺のそばに・・・俺だけのそばに・・・
あの日・・・。
試合が終わった日の夜・・・。
俺はこいつに別れを告げた。
泣いて抗議するこいつに俺は優しさのかけらも見せずに数少ない言葉で打ちのめした。
ひどい男だ。江藤の気持ちを誰よりも分かっていながら。
嘘、建前・・・口にした言葉に真実などなかった。
ただ、俺はこいつの幸せだけを考えたかった。
こいつに新しい人生を進ませるためにはそうせざるを得ない。
そのためにはやむを得ないことだと信じていた。

魔界人と人間。
永遠の命と限りある命。
ずっと考えていた。何度も考えていた。
必ず先に死ぬ俺に、ついて来いなどどうしても言えなかった。
悲しい思いをさせるのが目に見えている。
限りある俺の命に絶えず怯えながら生きて行かねばならない。
そんな思いをどうしてさせられよう。
そしてこいつはその苦しみをさけるために
必ず人間になろうとするだろう。

人間になって欲しい・・・
そう思うのは俺の自分に対する甘さでしかない。
かっさらって連れて行けたら・・・
それはただの独りよがりだ。
絶対そうさせてはならない。
だれもが悲しむんだ。
何よりこれ以上あいつを俺の運命に付き合わせるのは耐えられなかった。
俺と出会いさえしなければ、あいつはもっとふつうの幸せを手に入れていたはずだ。
今からでも遅くない。
江藤には別の幸せがあっていいはずなんだ。
俺はそう思わずにはいられなかった。
いや、そう思うことで自分を正当化していたのかもしれない・・・。
俺はどこまでも不器用だった。
こんな形でしかこいつを愛せなかった。


別れてからはどう過ごしていたのか、自分でもよく覚えていない。
正直こんなに沈んでいる自分に驚いていた。
驚くほど、俺は江藤を愛していたんだ。
馬鹿だよな。
手を離したとたんに気づいてしまうなんて。
俺にとって、どれだけこいつが必要だったかなんて。。。
後悔もした。
俺らしくもない・・・。
これでよかったんだと自分で言い聞かせるしかすべはなかった。
寂しげな後ろ姿を思わず抱きしめてしまいそうなのをごまかすためにさらに背を向けた。。
この苦しみは江藤を傷つけた報いなんだから。。。
張り裂けそうな胸の痛みが俺を刺しつづけた。


だが、こいつは戻ってきた。
さんざん苦しめた、傷つけた俺から去っていくこともなく、責めることもなく、涙を流しながら俺に手を伸ばしてきた。
ずっとつかみたかった手が俺の方にまた伸びてきた。
思わずつかむ。
もう払いのけることなど俺にはできない。
もう自分の気持ちははごまかせない!
人間になって戻ってきたこいつを
俺は馬鹿だと思い、そしてまたほっとしたもう一人の俺がいた。
それを待っていた俺がいた。
なんて自分勝手なんだろう。
だが、もう偽れない。
こんなにこいつを求めた自分の気持ちをもう二度とごまかせない。
気づいてしまったから。

もう俺は何も悩むことはないだろう。
俺はこいつを守りたい。
俺にしかもうこいつを守ることはできない。
江藤もそれを望んでもう一度俺の胸に飛び込んできてくれたはずだ。
江藤・・・
すまなかった。
今更。。。だけど。。。
これからは俺が守るから.
だからそばにいてくれ。
もう二度とお前を離さないから。
やっぱり離れられないんだよ。。。


ほおにかかっていた長い髪をそっとかき上げてやる。
江藤が気づいて目を覚ます。
「あれ?真壁くん・・・。私眠っちゃってた?ごめんね」
にこっと笑う江藤のほほえみ、、まるで女神だ。
俺の心をそっとなでる。
愛?恋?感謝?情愛?・・・そんな簡単なものじゃない。
離れられない・・・絆?
胸の内は口には出さない。
出してたまるか。。。
いや、言葉にいいつくせるものじゃないんだ・・・。

俺はそっと、そして強く江藤を抱きしめる。
ありったけの想いを込める。
それだけで伝わる気がした。
ずっとこうしていよう。
もう離れることがないように。
もう二度とお前を傷つけないように。。。



あとがき

またまたなんじゃこりゃ?(笑)
真壁くん、暗っ!
別れたときの心中を表して見たかったんですけど、女々しすぎました。
イメージ壊された方ごめんなさいです。汗汗
いや、蘭世だけでなく俊も苦しんでたのよ〜っていう感を出したかったんですけどね。
すっごく細かいんですけど、蘭世が「人間になります」って決意したときに描かれていた真壁くんの伏し目がちな表情がすごくせつなくてスキだったんですよね。
つらそうというか。
そのためにかいたのがこれ。。
ちょっと冒険ですね。
(いいわけ)・・・汗