009 コンビニ



   「これ!見て見て。この人よ。真壁俊!」





   2月ももうすぐ終わり。徐々に春のきざしが見受けられる。
   土曜の午後、久々のぽかぽかした陽気に誘われて、そのまま自宅に帰るのもためらわれて、
   蘭世は学校からの帰り道にあるコンビニに立ち寄っていた。

   今日のおやつにしようとチョコレートを選ぶのに迷っていると、聞きなれた名前が背後から聞こえ、
   蘭世は思わず伸ばしかけた手を止めた。



   「見て見て〜、かっこいいでしょ〜。新人ボクサーなんだって」
   「へぇ。ほんと〜。かっこいいじゃん」


   どうやら女子高生が先日発売された雑誌に載った俊を見て騒いでいるらしかった。


   (真壁くんの記事、見てるんだ・・・)


   逸る気持ちを抑えて蘭世はすでに手に取っていたチョコレートをバサッと無造作に陳列棚に戻し、
   そっと雑誌コーナーのところに回りこんだ。


   「ホント、かっこいいよね〜。ファンになっちゃいそう♪」
   「ね〜♪」


   (真壁くんがかっこいいのなんてあたりまえじゃないの〜。でもファンになっちゃったりしたらまた
   ライバルが増えちゃうな・・・)

   蘭世はハラハラしながら2人の会話に耳をすます。


   「聖ポーリアの生徒らしいよ。今度見に行ってみない?」
   「えー?そうなの?近いじゃん。行く行く〜♪」


   2人が勝手に盛り上がっている。

   (げっ?学校にぃ〜〜??実物なんか見られちゃったら絶対好きになっちゃうよぉ。
   どうしよ・・・)


   「ね〜、彼女いるのかな〜?」
   「これだけかっこいいならいるんじゃない?」
   「そうかな〜、だったらショック〜」

   (か、彼女?彼女は・・・私・・・だよね。)
   蘭世は自分でふっと思いなおして急に顔を赤らめた。


   「でも、同じ年だし、近くにいるし、接近できたら、もしかしたらってことないかな〜〜♪」
   (なぬ〜!?もう聞いてられない!!)


   「「絶対ないわ!!」」
   二人の会話を突然蘭世の声がさえぎった。
   雑誌を見ていた2人の女子高生は背後からの怒鳴り声に一瞬ひるんで、
   きょとんとしながら振り向き蘭世をみた。

   「真壁くんは、真壁くんは・・・絶対渡さないんだからーーーーー!!
   あなたたちと一緒にしないでーーー!!!」
   そうぶちまけて蘭世は店から走り出した。


   店内が一瞬にして静まり返る。
   「・・・」
   「・・・何?今の・・・」
   「・・・さあ」
   2人は突然の出来事にわけがわからないまま顔を見合わせた。








   「はあ・・はあ・・・」
   コンビニから一目散に走り出てきた蘭世は少し離れた公園の入り口までたどりつくとやっと立ち止まり乱れた
   呼吸を整えた。

   (何やってんだろ・・・私)

   俊がボクサーへの第一歩を歩き出したのは数ヶ月前。念願のデビューは俊だけでなく蘭世の夢でもあった。
   期待の新人ボクサーとして注目を浴びるのはこの上なくうれしいことではあったが、
   まれに見るルックスの良さはマスコミの格好のえさとなる。
   ある程度、覚悟はしていたが、予想外の反響に蘭世は動揺を隠せないでいた。

   知らない女の子が街で俊の話をしているのを聞くのは今回が初めてではない。
   女性雑誌に俊のことが企画・掲載されたことで人気に一気に火がつき、今や、話題の人として
   有名人と化している。
   うれしいことなのに、俊が遠くに行ってしまいそうな気がして蘭世は素直に喜べないでいた。


   (あ〜あ。うれしかったはずなのに・・・こんな風になっちゃうなんて・・・)
   深いため息をつきながら蘭世は空を見上げた。



   するとそのとき聞きなれた声がした。
   「お前、こんなとこでなにやってんだ?」
   俊がきょとんとしてこちらを見ていた。
   トレーニングウェアに身をつつんで、首からスポーツタオルをかけている。
   うっすらと額に汗をかいていた。

   「ま、真壁くん!あっトレーニング中?」
   「ああ」
   「・・・」
   何も変わらない俊を見て蘭世の胸はきゅんと痛み、涙腺がじんわりとゆるんだ。
   (真壁くんは何も変わらずに私を見てくれる・・・私ってバカだな・・・)
   そう自分で自分を諌める。
   「・・・?(また何悩んでんだ?こいつは・・・)」
   ふと蘭世の心を読み取った俊はわけがわからんといった顔で首をかしげた。

   (まあ、だいたいの想像はつくが・・・)
   「お前、暇なの?んじゃ、何か飯作っといてくんねえ?あと一時間ほどで帰るから」
   「え?私?」
   「・・・何だよ、いやなのか?」
   「う、ううん!全然、全然いやじゃない!わ、わかったわ。まかせて!」
   (うれしい〜♪真壁くんが自分からそう言ってくれるなんて♪安心していいのよね♪)
   笑顔が戻った蘭世を見て俊はニッと微笑んだ。

   「じゃ、頼んだぜ」
   コツンと蘭世の頭をこついて俊は再び走り出した。
   「うん、がんばってねーーー」
   そう言って蘭世も俊のアパートに向かうために走り出した。
   (早えーな、あいつ)
   蘭世の様子を伺うために振り返っていた俊はもう見えなくなりつつある蘭世の後姿を確認して
   ふっと微笑んだ。



   あとがき

   やきもちにいらいする蘭世ちゃんでした。
   でもそんなやきもちも俊と話すと一気にふっとんじゃうんですよね。
   恋とはそういうもの・・・??