019 電話










お風呂からあがって、髪の毛をタオルでくるみながら蘭世は自分の部屋に戻ってきた。

体をボスンと布団に投げ出す。

心地のよい倦怠感が蒸気とともに体にまとわりつくそんな瞬間。

そのまま眠ってしまいそうなくらい。

しばらく目を閉じていたが蘭世はふと目を開けた。

そしてそのまま起き上がってサイドテーブルに置いたままにしてあった携帯電話を手に取った。

パコっと携帯を開いてアドレス帳を確認する。



―――真壁俊―――



昨日まではなかった名前がそこにある。

蘭世はその名前を確認すると口元を綻ばせた。

そう。今日俊が初めて携帯電話を購入したのだ。

必要ないからと言ってなかなか買おうとしなかった俊だったが、

固定電話も引いていないとなると、いろんな面において支障が出てくる。

蘭世との連絡も、いちいち公衆電話というのも何かと面倒で、

第一、蘭世から連絡ができないということが、彼女にとっての大きな不服であった。

「割引とか使えば、費用もそんなにかからないし、絶対便利だよ」

と力説された俊は、特に頑なに拒む理由も見つからず、

しぶしぶながらも、携帯電話を持つということになったのである。



俊の電話番号を自分の携帯に登録はしたものの、

まだかけたことはない。

今日の今日だし、たぶんメールを送ったとしても、俊がそれを読み取るまでの操作方法を

すでにマスターできているとは到底思えない。

確認しようと取説を読んで努力している俊の姿を想像して蘭世はぷっと吹き出した。

「ありえないなぁ・・・」

(メールは今度の休みの時にでも一緒に練習するとして・・・

電話するくらいならいいかな・・・)

蘭世は俊の名前を見つめたままそう思った。

このボタンを押せば、俊につながる。。。

そんな物理的状況が妙に蘭世に安心感を与える。



首にかけていたタオルを椅子の背もたれにかけて

蘭世はもう一度ベッドに腰掛けた。

そしてもう一度画面を見つめる。

蘭世は俊の番号を選択して通話ボタンをそっと押した。



繋がるまでのしばらくの静寂。

そしてプ・プ・プ・・・という電子音。そしてそのまま呼び出し音につながる。

繋がるまでのこの数秒がもどかしいくらい長く感じて、心臓が大きく鳴る。

4〜5回呼び出し音が続いて、蘭世は思わず携帯を耳から離した。

この緊張はなんだろう・・・。

そういえば、俊に電話をするということ自体初めてに近い。

ずっと一緒に住んでいたわけだし、俊が生まれ変わる前に電話するなんて

そんなこともってのほかであった。

そのことに気づくと蘭世の鼓動はさらに大きくなって自分自身では抱えきれなくなりそうだ。

ダメだ・・・

蘭世はそのまま切ろうとした。そのとき、

―――はい。

電話から声が聞こえる。

「・・・真壁・・・くん?」

―――おぉ。

なんとなくうろたえた感じの声。

聞きなれたはずの声なのに、携帯を通して少しこもっているからか、

少し低くて、少しかすれて、少しセクシーに聞こえる。

蘭世のドキドキは止まることなく鳴り続ける。

「あの・・・特に用はないんだけど・・・せっかく携帯持ったし、かけてみようかなって・・・」

―――そっか。

「どんな感じ?携帯」

―――別に。急に鳴ったからびっくりした。

(くすっ。やっぱりね。)

俊でもびっくりすることがあるのかと、想像するとおかしい。

「何してた?」

―――筋トレとか・・・。

「そっかぁ」

予想通り会話は続かない。でもなんだかそのぎこちなさが今は好きだ。

(何してた?なんて・・・なんか、こ、こ、恋人どうしみたいじゃない?///)

自分の言った台詞を思い出して、蘭世は急に赤面した。

「あの・・・じゃぁ、ガンバって筋トレしてね」

―――あ?あ、あぁ。

名残惜しいが沈黙になってしまうとそれもまた居心地が悪いから

蘭世はじゃぁと言いかけると、俊の言葉がそれを遮った。

―――なんかさ・・・。

「え?」

―――電話であんまり話したことなかったけど・・・。

「・・・うん」

―――声聞くと、なんつーか・・・逢いたくなっちまうな・・・。

「えっ!?今なんて?」

―――何でもねえ。んじゃまた明日な。

その言葉を最後に携帯はプツッと切れた。

「何?今の・・・」

蘭世は元の待ち受けに戻った画面を呆然と眺めた。

脈がこれ以上ないかのごとくすごい速さで波打っている。

「今のって真壁くんの言葉だよね・・・」

蘭世は自分の携帯を握り締めてそのまま胸に抱え、目を閉じた。







あとがき

ひさびさの100題でしたが、めっちゃ短かったですね。

でもこれ以上拡げられない・・・^^;

あいかわらず、どんだけウブな二人だよと思いますが、

やっぱkauはこういう馴れ初め的な二人が好きみたいです。

実際に初めて携帯電話を持ったときのことを思い出してみたんですが、

仕事で急な必要性にかられて購入したのでそんなドキドキした覚えはない(笑)

あぁ・・・それもかなり昔になってしまった・・・。

ちなみに作品中で使われているのは〇uの携帯ですね。

kauはそれ以外使ったことがないので^^;







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