048 独り言













太陽の光が差し込む窓を開け放して、俊は庭に目を向けていた。

城に勤める者たちだろう。

なにやら楽しそうに話しながら、庭に育っている何かの実をもぎ取り籠に入れていた。

さしづめ今日のおさんじか、食後のデザートといったところだろう。

ほのぼのとしたこの雰囲気は思ったほど嫌いではない。

こちらの視線に気づいたのか、

女達は軽く微笑んで会釈をしながら戻っていった。

俊は黙ってそれを見送りながら

またもっと向こうの方に視線を送った。






ガチャリと音がして後方で扉が開く。



「どう?少しは慣れた?」



大きくなったお腹に手の平を添えながら蘭世が部屋に入ってきた。

魔界の存在が人間界に知られた一件で

人間界の扉は閉ざされ、あのまま魔界にやってきてから二週間が経とうとしている。



人間界とは違うゆったりとした時間が流れるこの場所にもようやく慣れてきた。

何もすることがないのも苦痛だろうからと、アロンから王の補佐としての職を与えられ

見慣れない風景の中を奔走するようになると、

それはそれでなかなか充実した生活になった。



もしかしたら自分が住んでいたかもしれない場所―――魔界。



そう思いながら人間界ではありえないいろいろな種族が交錯する景色に自分の身を置く姿を想像すると

身ぶるいしながらも苦笑した。





しかし、ただにこやかに過ごしていけるほど心までは穏やかになったわけではなかった。





魔界人として生まれ変わってから、自分の溢れだしそうになる力を抑えて抑えて生きてきた。

人間界で生きていくためにはそうせざるを得ない。

それはきっと自分だけなのではなくて、妻の蘭世も実際のところそうなのだろうし(意識しているのかどうかはわからないが)

江藤家一族もそうであったはずだ。





それでも

人間界が好きで、

人間界が好きなのに――――――





このような結果になってしまったことに俊は悔いが残っていた。

自分が身近なところについていながら、鈴世を、そして鈴世を思うあの彼女をも

傷つけることになってしまって。。。





俊は深く目を閉じる。





自分達はまだいい。

こちらにくれば、自分達の存在を認めてくれる仲間が(と呼んでいいものかわからないものもいるが)いて、

あの独特の喧騒にかき乱されることもなく、

人間界での忌むべき出来事がまるで夢であったかとさえ思えるほどの

おそろしく緩やかな流れの中を生きていくことができる。



しかし、残されたあの娘はどうだ。

去っていくものより残されていくものの方がいかほど辛いことであるか

それは重々承知しているつもりだ。

そしてその気持ちを、どれだけ離れていたとしても、痛いほどに共有しているものの気持ちも。






俊は黙ったまま自分の背中を見守る妻の方を振り返り、

彼女の座るソファの隣に腰を下ろした。

何も言うことなく、蘭世は俊に向かってニコリと微笑んだ。

最近、やたらと落ち着いてきたように見える。

すでに、母としての貫禄か―――――?

とんだはねっ返りだったくせに・・・。

そう思うと俊は微笑んで蘭世の額を軽く小突いた。





「彼女、元気にしてるかな?」

俊は背もたれに大きくもたれかかりながら独り言を言うかのように尋ねた。

「彼女?・・・なるみちゃんのこと?」

「ああ」

「さっき、人間界を写す・・・あの・・・何?・・・池?・・・あれで見たら元気そうだった・・・神谷さんもね」

蘭世は軽く微笑んでウィンクする。

「神谷か・・・」

一瞬で忘れられそうもないあの表情が浮かぶ。

「まぁ、あいつはともかく・・・なるみちゃんは俺たちの記憶が残ったままだからなぁ・・・

なんつーか・・・その、辛いんじゃないかと思ってさ。。。」

自分が気にするのもおかしいが、

現に片割れの鈴世の方は未だに伏せったままで、見ているこちらも痛々しかったのだ。



「そうね・・・。でもなるみちゃんならきっと大丈夫だと思う。

逆にその記憶が彼女をもっと強くさせてくれると思うの」

蘭世はきっと彼女のことを思い浮かべながら話しているのだろう。

視線を少し遠くに向けてその宙に何かの姿を捉えながら

少し微笑んで、しかし少し淋しげにそう言った。



「・・・そういうもんかな」

「なるみちゃんはそういう子なのよ」



蘭世がそう言うと、そういう気がしてくる。

もし蘭世がその立場だとしたらきっとそうなるのだ。それだけは俊にもわかる。

そして、なるみの起こす行動が蘭世の起こすであろう行動と類似していることは

先日の一件で俊も気付いたことだった。



「強ぇな・・・女は・・・」

俊は背もたれに頭を乗せて天井を仰いだ。





俺だったら・・・きっとムリだ。。。と思う。

もし、あのまま俺が生まれ変わることなく人間のままだったとして

同じような状況になったとしたら、

例えば、俺はコイツを、コイツが戻ってくるのを

黙って待っていられるのだろうか・・・。

例えば、そのとき、今と同じようにお腹に子どもがいて、それでも魔界の掟だからとかいって

引き離されてしまったとしたら俺はいったいどうするんだろう・・・。





考えただけで身震いがした。

そう思うと、愛してしまった者と同じ立場にいられる自分は何て幸運なのだろうか。



数奇な運命だったとはいえ、結局はそこなのだ。

蘭世の力があったこそたぶん自分はどこにも飛んでいくことなく、ここにいられたのだ。

そして今がある・・・。





俊は体を起こして蘭世に向き合うと

膨れたお腹にそっと手を当てた。

温かい何かが手のひらを通して伝わってくる。

そのまま蘭世を見つめると、

蘭世はまたニコリと微笑んだ。

その微笑が俊の胸と瞳を熱くさせる。



守らなきゃな―――。

コイツだって辛いはずなのに・・・と

俊はそのまま蘭世を抱き寄せた。





「丈夫な子、産んでくれよな」

耳元で囁く。

もしかしたらまだ見ぬお腹の子にも聞こえてるかもしれない。





そして元気な子が産まれたら、今度は鈴世を人間界に連れて帰ろう。

俺と同じように、アイツにも守るべき女がいるんだ。

守ってくれる女がいるんだ。

そこに早く返してやらねえと。

一刻も早く・・・。





うん・・・と消え入りそうな声でうなづく蘭世を

俊はもう一度強く抱きしめた。










あとがき

何が書きたいのかまったくわからないまま終わってしまいまちた^^;
第2部で蘭世たちが魔界に戻らなくならなければいけなくなったあたりの
俊の想いって感じのテーマです。
(このテーマがすでにグダグダ・・・笑)
夫として義兄として、完璧にこなしてやりたいというマジメな俊クンなのでした・・・^^;
お題に載せるのはちとムリがあったけど、もういいや!(投げやり)
独り言っていうお題とはな〜んも関係がなくなってしまつた・・・。







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