058 青














こうやって二人、肩を並べて歩いたのはいつぶりになるだろう。

僕は、この瞬間を胸に噛みしめて、真っ青な空を見つめ、彼女の手を強くにぎりしめた。







*****     *****     *****






ようやく人間界に戻る事を許された僕たちは、今朝、この街に戻ってきた。

地下室の扉まで向かう馬車が用意されようとしていたが、僕はそのわずか数分も待ちきれずに

姉さんが呼び止めるのを耳にしながらも、城を飛び出した。

向かうは想いが池―――。



なるみの元へ・・・と一瞬思ったが、いきなり目の前に現れたら彼女もびっくりするかなと

まずは元の自宅を思い浮かべ飛び込んだ。



着いた部屋は以前のまま、何も変わらずそこにあった。

王様か、あるいは義兄さんか。

とにかく誰かが元通りに戻してくれていた。

生活の場所も、そして僕たちの記憶も。

部屋は、全てが消えてしまっていたとは到底思えないほど、ずっとそこにあったかのように時を刻んでいた。





AM 7:30すぎ―――。

ちょうどいい時間だ。

今から向かえば、十分彼女が来るのを待っていられる。

はやる気持ちをどうにか押し殺して学校へと向かった。



走る―――。

風が僕を吹き抜ける。

ああ・・・この風だ。

ここにしかない風。。。

そして彼女がいるこの場所の空気。

胸いっぱいに吸い込んで走った。





あっという間に目的の場所にたどり着いた。

たった数ヶ月離れていただけで、何かが違って見える。

どこか異質で、どこか新鮮で・・・でもどこかやっぱり温かくて・・・。

そんな時、ポンと肩を叩かれた。



「オッス」

「幸太!」

懐かしい笑顔にじんと胸が熱くなる。

一度は消されたはずの記憶なのに、当たり前のように繋がっている。

そして幸太は見ない間に一回り大人になっている気がする。

自分だけが離れていたことに

焦りさえ感じてしまう・・・。



「お前早いよ。走るの・・・」

にこやかだが息は乱れている。

途中で追っかけてきたのだろうか。

気づかなかったことに苦笑し、ごめんと謝った。



「それはそうと、おつとめご苦労!どうだった?イギリスは。」

「え?あぁ。楽しかったよ」

幸太の問いかけに答えを合わせる。

自分たちの不在をイギリス留学にでもしておこうと言い出したのは父だった。

そのほうが、いなかったことの理由としてしっくりくるし、

新しく植えつける記憶量も少なくてすむとの配慮だ。



実際、この空白に過ごした日々は、決して楽しいといえるものではなかった。

魔界での恐ろしくゆったりした時間を繰り返す毎日は、それでそれで慣れさえすればいいものなのだけど、

自分の中にある大きなわだかまりが、それには決して慣れさせようとしなかった。



彼女の姿を思い浮かべるたび、胸が締め付けられる。

人間界での一連の出来事は、皆の記憶から抹消され、何事もなかったように動いている。

そのため彼女に危険が及ぶことはなかっただろう。

しかし、彼女をたった一人、残してきてしまったということには、なんら変わりはなく、

別れ際の涙顔をずっと拭いきれずにいた。



いや、違う。

実際のところはそんなことではなく、自分自身が彼女がそばにいないという現実に耐えかねていたのだ。

知り合ってから今まで、こんなに長く離れていたことはない。

それを現実として受け止められずに、少しでも気を抜くと発狂しそうになる。

家族が居てくれたことがなによりの救いだった。

みんながいてくれるだけで理性を保っていられた。

一秒が一分にも、一時間にも感じられる。

そんな中で彼女の持っていた月のペンダントが光ったと聞いたときは

いてもたってもいられなくて、

王様に面会をと思っている矢先に人間界への帰参が命じられたのだった。

そして今――――に至る。





部室によるという幸太と別れて教室に向かう。

まだ、誰も居ない教室は、どこか空虚で作り物のようにさえ思う。

静まりかえった空間に、僕の足音だけが響いた。



帰ってきたんだな・・・・・・・。



カーテンと窓を開けて思いっきり空気を吸い込む。

ひんやりと心地よい。

夢じゃ・・・ない・・・。

大空を見上げる。

雲ひとつない、青、青、青―――――。

魔界にはない色が、地球の天井を覆っている。

この色が好きで

また僕は走り出したくなる。。。





正門の方でにぎやかな声が響いてきた。

曜子が花束を抱えてインタビューを受けている。

そうか・・・だから幸太のヤツ、早かったんだ・・・。



なるみだ!

こんなに遠くからでも、あんな人だかりの中だとしても、数ヶ月のブランクがあったにしても

すぐに彼女を見つけられる、そんな自分を誇らしく思う。

どんな顔をして会おうか、何と声をかけようか、ここで待とうか、迎えに行こうか・・・・・・。

いろんな考えが頭の中を駆け巡るも、何一つこれだというものにたどり着かない。

それよりも、この鼓動の早さに息をするのも忘れるほどだ。

胸が高鳴る。

まるで初めての恋のように―――初めての恋には違いないんだけれど―――

校舎のほうに歩き出すなるみを目で追いかける。

しかし、数秒と待たずに、僕は走り出した。

こんなところで待っている時間がムダだ。

一刻も早く、彼女をこの手に・・・!!





*****     *****     *****





なるみの肩が僕の上腕に触れた。

お互いがビクッとなる。

こんな風に並んで歩くのは、ごくごくありふれた景色だったはずなのに、

二人を遠ざけていた時間が、二人の間に微妙な空気を作っていた。



顔を見合わせると、どちらからともなくプッと吹き出した。

おかしいというよりも、なんだか顔が緩んできて、自然と笑みがこぼれてしまうのだ。

こんな気持ちにさせてくれるのなら、遠かった距離も悪くはなかったかと今なら思える。

つい先日までの自分からは想像できない考えの変化に自分ながら苦笑した。



なるみは少し髪ものびて、綺麗になった。

そんななるみを見て僕はドキドキをかくせない。

いつも冷静だったはずの僕なのに、否応なしの離別は、

僕になるみへの想いを募るだけ募らせて、

自分でも手に負えなくなりそうなくらいで・・・。。。



はぁ。。。

青い空を見上げて、僕は息を吐き出した。

今日一日の緊張が、やっとほぐれだした。

「鈴世くん?」

なるみは僕を見上げている。

夢じゃ・・・ない・・・!



「帰ってきたんだなって思ってさ・・・」

「・・・うん・・・そうね」

なるみが静かに微笑みかける。

「まだ夢見てるみたいだ。」

「夢?」

「なるみの夢ばかり見てたよ。こんな風に空を見上げて」

もう一度顔を見合わせる。

もう自分で思い浮かべなくてもいいんだ。

横を向くと幸せがそこにあるんだから。。。



僕はなるみの手をとって強く握ると、なるみも同じように握り返してきた。

手のぬくもりから想いが伝わり、伝わっていく。

もう二度と、離れることがないように―――。



「なるみ」

「うん?」

「空・・・青いね」

なるみは同じように空を見上げてそうねと笑った。



この色が好きだ。この空を忘れないようにしよう。

もう一度出会うことができた今日という日のこの空を。。。

僕は、そう心に誓いながらつないだ手をもう一度強く握りしめた。








あとがき

はじめての第2部カプでした。
鈴世×なるみは自分が入り込まなかったためにあまりイメージもできなかったので
今まであまり(というかほとんど)書いてこなかったんですが、
前回、この人間界を離れるというシーンを書いたので(俊視点でしたが)
この回路のまま書いてみようかと思いました。
正直な感想は、鈴世くんは書きやすいカモ・・・。
恋センセがおっしゃってたきもちが恐れ多いですが、わかる気がする。
俊はやっぱ書きにくいんですよね。ある意味堅いから。
反面、鈴世くんは正直で素直なのでこれはどうだろうと・・・悩むことが少なかった感じデス。
でもその分、優しさを出してもフツーなので(俊だと意外性が出るけど)胸キュンも少ないのかも・・・
また、タイトルのイメージに合うのがあれば書いてみます☆
残っているタイトルというのは、俊×蘭世では書きにくいので残ってきたのです・・・(笑)

それにしても空をむりやり「青」に結びつけた感が・・・^^;
「空」を残しとくべきだったかな(笑)







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