060 怖い
俺は朝からずっと不機嫌だった。
これも全て日野から発せられた余計な一言が原因だった。

今朝、登校中に一緒になった日野とたわいもない話をしていると、何気に日野がきいた。
「お前ら、ほんとのとこどうなのよ」
「どうって?」
「またとぼけちゃって。江藤のことだよ。つきあってるんだろ?」
「・・・」
「・・・ふう。お前さあ、たまにははっきりさせてやらねえと知らねえぞ」
「なにが。」
「ほら、江藤もあれだけの顔なんだしさあ、密かに思ってるやつもいるかもよ」
「うるせえな。関係ねえよ」
じろりと俺は日野を睨んだ。
するどい視線に日野は少したじろぎながらそれでも続けた。
「つきあってるつもりならつきあってるってちゃんと示してやれよ。」

言われなくても分かってる。
ただ考えを読むことができるという能力に甘んじて安心しきってる部分があるのも事実だ。
俺が気持ちを読むばかりで、あいつに俺の気持ちはほとんど伝えたりしない。
自分でも勝手なことだとわかってはいるが
江藤が俺を好きでいてくれることが、それを確かめられることが
いつの間にか俺の自信につながっていた。

「そんなことだと、しまいには愛想つかされて、どこか他の奴のところに行っちまうぜ」じゃあな。」
そう言って日野は後ろ向きで手を振りながら自分の教室の方へ去っていった。
愛想つかされて・・・?
他の奴のところに行く・・・?
何気に言った日野の言葉は予想以上に俺の心にひびいていた。
そんなこと今まで、思いもしていなかった。
あいつはいつもまっすぐ俺に向かって飛び込んできたし、
気持ちを疑うまでもなく・・・。
だが、実際なぜ、あいつは俺がいいのかという疑問はいまだにぬぐえなかったりする。
本当は愛想つかされたってしょうがないかもしれない。
日野のヤロウ・・・。俺にこんなこと考えさせやがって・・・。
朝っぱらからブルーな気持ちのまま時間が」過ぎていく。




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ぼーっとしていたせいかいつの間にか昼飯の時間になっていた。
そういえば、今日、江藤のやつ見てねえな。
普段ならしょっちゅう人の教室にパタパタときやがるのに、こんな日に限って来ない。
なんとなく気が落ち着かなくて教室を出た。
いや、別に探しに行くわけじゃねえけど・・・。

校庭の方へ向かう途中で江藤の気配に気づいた。
こんなとこにいやがったのか。
声をかけようとして江藤のいる中庭に足を踏み出そうとすると
思いがけない光景が目に飛び込んできた。

江藤が他の男と一緒にいるーーーーーー。
しかも楽しそうに笑っている。
見たことのない男だったが、明るそうでさわやかな印象で
いい男と呼べるかもしれない。
なんとなく2人の雰囲気に入り込めずに俺は
ズキリと痛んだ胸に気づかないフリをしてその場を去った。

何も言えずに立ち去ってしまった自分にふがいなさを感じた。
なぜ、自分の女だと言えない・・・?




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放課後になって部活に向かう。
江藤と顔を合わすのがなんとなく気が引けたがいつもどおりに振舞えば
この不快な気分も一掃されるだろう。

「俊ーーーーーーっ!!」
ガシッと神谷が俺の腕に絡み付いてきた。
「今日も部活がんばりましょーーー。今日は蘭世もいないし・・・うしし・・・」
「え・・・?」
神谷の言葉に俺は思わず聞き返した。
「蘭世ったら今日休むんだってさ。マネージャー失格よね〜」
休む?俺は聞いてねえぞ。
「何で?」
「さあ〜知らな〜い。一目散に教室から出て行っちゃったし」
そんなに急いでどこへ・・・?一体・・・なんだってんだ。

穏やかでない感情を押し殺してスパーリングに精を出してみるが集中できない。
こんなことでこんなに気持ちが乱れる自分に驚いていた。
あいつという存在は・・・こんなにも俺を・・・

「あっれ〜?今日は江藤いねえのな〜。寂しいでしゅか〜」
日野がニヤニヤしてひょいと俺の顔を覗き込んだ。
俺は無言で頭突きをかます。
「・・・ってえ・・・。素直じゃねえんだから・・・」




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ろくに部活にも打ち込めないまま俺はブラブラと家路への帰途についていた。
辺りは日も暮れかけて、もう4月だというのにこのぐらいの時間になるとまだ少し肌寒い。
そんなとき何気に目をやった店の前で突然
昼間と同じようなズキリとした胸の痛みが俺の胸に走った。
・・・江藤・・・!
江藤が先ほど一緒にいた例の男と小さなケーキ店の前で楽しそうに笑っていた。
両手でケーキ箱を抱えている。
買ってもらったのか・・・?
普段はあの場所に俺がいたのか。。。
俺たちもあんな風に見えたのだろうか。

恋人同士・・・。あいつなら江藤に恋人らしい言葉などかけたりしてやれるのだろうか。
そいつといてもそんな風に笑うのか・・・。
やるせない気持ちを噛みしめて足早に立ち去る。
孤独な想いに苛まれる。




      ******         ******       ******




学校から戻って飯も食わずに畳の上に寝転んでいた。
江藤が俺から離れていく・・・
そんなこと考えもしなかった。
一緒にいるのが当たり前で・・・
いや、まだ離れていったと決まったわけではないが
胸のズキズキが止まらない。

ハッキリ聞けばいいじゃねえか。
なのにきけない弱い自分がいる。
あいつが俺以外の奴を見ている。
あいつが俺を見ていないなんて、
そう思うだけで苦しい気分になる。
あいつに愛されていることが、今の俺の自信だったのに。
くだらねえ・・・
そう思いつつも先ほどみた2人の姿が焼きついて頭から離れずにいる。
俺が別れを告げたときも
あいつはこんな気持ちだったのか・・・。
今頃になってあのとき傷つけたことを後悔する。

コンコンコン。
寝転がっていた頭の方向からドアを叩く音がした。
・・・江藤?
江藤の気配。重い気分を起こしてドアを開ける。
「こんばんわ。真壁くん。今日、部活行けなくてごめんなさい」
いつもの笑顔だ。やましさなども感じられない。
ただ意地っ張りな俺は引きずっていた暗い気持ちを急には元に戻せない。
「何だよ」
冷たく言い放った言葉が江藤を突き刺す。
俺のいつもと違う態度にさすがに江藤も気づく。
「あ・・・あの・・・」
「・・・何で部活休んだんだ?」
「あの、それは・・・実は・・・」
煮え切らない江藤の態度にイライラして俺はつい本音をもらした。
「男と会うためか・・・?」
つい言ってしまった言葉に後悔する。
これじゃあ俺がやきもち焼いてるみたいじゃねえか!!
様子を伺うためにちらっと江藤を見ると、江藤はきょとんとしていた。
「はあ?」
わけがわからないといった顔でこちらを見ている。
「・・・ケーキ屋の前で・・・」
江藤がまっすぐこちらを見ているのに耐えられずに俺は目を伏せた。
「あっ!もしかしてこのこと?」
そう言って江藤は後ろのほうからケーキの箱を差し出した。
「お誕生日おめでとう。真壁くん!」
「は?誕生日?」
「そう。明日でしょ?一日早いけど、明日バイトって行ってたから。」
「あ・・・」
忘れてた。そんなこと。
「ごめんね。うちのオーブン、突然この前壊れちゃったの。
それでどうしようかなって思ってたら上杉くんが・・・あ、さっきの人ね。
日野君の友達なんだけど、あの店彼の家なの。
普通の店じゃ甘いでしょ?彼んちの店で砂糖控えめで作ってくれるって言うから・・・。
ごめんなさい、黙ってて」

俺は呆然と聞いていた。
オーブン?ケーキ?日野・・・?
単なる俺の勘違い?
勘違いもほどがあるじゃねえか・・・
どっと力が抜ける。何考えてんだ俺は・・・?
「・・・真壁くん!ちょっと聞いてる?」
江藤が放心した俺の顔を覗き込んだ。
俺は思わず後ずさった。
「・・・あれ。。もしかして・・・やきもちとか・・・焼いてくれちゃったり・・・した?」
おずおずと上目遣いに俺を見ながら江藤が聞いた。
「う、うるせえ」
だが、そのしぐさがかわいらしくて思わず口元が緩む。
こんなしぐさ俺しか見れねえのか。
さっきあの男に見せた笑顔もいわば俺のため?

俺は黙って江藤を引き寄せ背中に腕を回した。
バタン。
江藤が持っていたケーキの箱を床に落とした。
「・・・怖かった・・・」
「・・・えっ!?」
江藤の顔が見れない。赤らめた顔を見られないように強く抱きしめた。
「・・・お前が・・・」
「・・・私?・・・」

おまえがいなくなるかもしれないということが・・・

なんてやっぱり俺にはとてもいえない。
体を離して江藤の顔を両手で包んで俺はそっと唇を寄せた。
そしてもう一度抱きしめる。

(真壁くん。だ〜いすき)
江藤の心が俺の体全体を通して伝わってくる。
そうだ。この安心感が俺に自信を与える。
こいつの存在が俺を強くさせる。

ぐいっと江藤のあごをつかんで上を向かせる。
「いいか?休むときはちゃんと俺に言え!」
「はぁ〜い。」
俺はこんな言い方しかできないのに、江藤はうれしそうだ
独占欲丸出しだな。
でもまあいっか。こいつがこんなことでもこんなにうれしそうに微笑むんだから。

「ケーキ、つぶれちゃったかな・・・」
「・・・いいよ。食えりゃ。味は一緒だろ?」
「・・・くす。うん。開けてみよ♪」
「そういや、さっきのやつ日野の友達?」
「うん、そう。今日休むのも日野くん、知ってたはずなんだけど・・・」
「・・・!!」
あんのヤロー。からかいやがったな・・・。
明日覚えてろよ。

「真壁くん、早くー。」
「・・・ああ」
一日早い誕生日ケーキが2人をさらに甘くさせる。
春はまだ始まったばかり。




あとがき

ひさしぶりに書いた真壁くんはあいかわらず女々しいヤローでした。(笑)
(б(^_^;)書きあがってから気づく奴)
王子が恋に苦しむ姿をなんとな〜く見たいな〜と思いまして・・・。
まあ蘭世ちゃんが真壁くんを裏切るわけはないんですけどね。

好きな人が自分から離れていってしまうのに気づくときほど
つらいものはないと思いませんか?
自分の存在価値がなくなるような気がして・・・。
そんなとき、別に自分を思ってくれる人がいたりすると
勇気づけられますよね〜。
その人は後々はいい人で終わったりするんですけど(汗)