「えーーーっ!!なんですって〜〜!?」
蘭世は思わず叫んだ。

「だから、俊と婚約したの♪こ・ん・や・く♪」
持っていたバッグをぐるんぐるんと振り回しながら曜子が鼻高々に言った。
春の日差しが舞い降りてくる中、周りの暖かな空気とは似合わず、ぴりぴりとした女の小競り合いがはじまりつつあった。







「んなわけないでしょー!!真壁くんがどうして、神谷さんと婚約なんかするのよぉ!」
蘭世は顔を引きつらせながら冷静さを保とうと努力しながら言った。
「だぁって、俊はプロボクサーを目指すのよ。私と結婚すれば、スポンサーを探す必要だってなくなるし、将来はそのままうちのジムを継げるわ。もともとあんたが現れるまではその約束だったし。俊もその辺について考えたんじゃないの〜♪」
「うそよ!うそ!だって真壁くんは・・・」


蘭世は言いかけた言葉を飲み込んだ。
魔界人だなんていえない。言ったところで曜子が耳を貸すはずもないのだが・・・





「ま、あんたには悪いけどそういうことだから。じゃあ、ごきげんよう」
曜子がその場を立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってよ、神谷さん!話はまだ終わってないわよ!真壁くんはそんなこと一言も言ってなかったわよ〜」
曜子の腕をがっしり掴みながら、蘭世は応戦する。







「うるさいわね〜。これから俊がうちに来るのよ。詳しくまとまればまた報告してさしあげるわ〜〜。ではごきげんよう〜〜〜」
掴まれた腕をほどきながら曜子は蘭世から離れると、あっかんべーと舌を出し、手を振りながら去っていった。







「真壁くんが・・・・神谷さんのうちに・・・?うそ・・・嘘でしょ?・・・・真壁くんそんなこと何にも・・・」





曜子の言い残した言葉が蘭世の頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。







俊がプロボクサーを目指していることぐらい蘭世もいやというほどわかっている。
だが、その夢の隣には自分がずっと側にいるものだと思っていた。
まさか、そこに曜子が出てくるとは今や想像すらしていなかった。
確かに俊と出会った頃はその恐怖に脅かされたこともあった。
だが、それも昔の話。
確かな確証なんてものはないけれど、今まで2人でいろんなことを乗り越えたことは蘭世にとって大きな自信にもなっていたし、気持ちは通じ合えていると思っていた。
口数も少ないし、気持ちも読めないが、側にいるだけで安心できるところまで、ふたりの関係は近しくなっていたはずなのに・・・。






(あ・・・でも・・・)
(また神谷さんが適当に言ってるのかもしれない!こうはしてられないわ。真壁くんに確かめなくっちゃ・・・)
蘭世はそう思いたつと、俊のアパートに向かって一目散に駆け出した。
(お願い!何かの間違いでありますように・・・)







逸る気持ちが走る蘭世の足をからませて、思うようにうまく走れない。
焦りだけが蘭世の心を襲う。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・
いつもより遠く感じる距離が余計蘭世をいたたまれなくさせた。
(ああ、もうテレポートできればいいのにぃぃぃ・・・)





****************





ようやくあの角を曲がれば俊のアパートが見える。
スピードを落とすことなく蘭世はその角を曲がった。
そのとき・・・・・







ドン!




蘭世は出会い頭に衝突した。
「わっ!・・っと、ごめんな・・・・・あっ!!!」
「江藤!ったくお前は・・・いきなり飛び出てくるな。危ないだろ」
俊があきれながら言った。




「ま、真壁くん・・・!ど、どこ行くの!!!???い、いま、真壁くんに話があって・・・」
「どこって・・・」
俊が言葉を濁す。
蘭世は不安な気持ちでいっぱいになる。





「あら、蘭世さん・・・!」




少し遅れて俊の後方からターナが歩いてきた。


「お、おばさま・・・!?どうしておばさまが人間界に・・・?」
あっけにとられて蘭世はターナと俊を交互に見比べた。



「ちょっと神谷さんのところに伺わなくてはならなくて・・・こちらに来たのよ」
ターナはにっこりと微笑みながら蘭世に答えた。



「えーーー!?神谷さんのところにーーー?ふ、ふたりで・・・・・???」
蘭世は顔を青くさせながら尋ねた。
「ええ、神谷さんにお会いするのホント久しぶりだわ・・・うふふ、あ、そうそう、
あとで江藤さんのところにもお邪魔させていただくわ。せっかくこちらにきたし・・・。」
ターナは楽しそうに笑いながら言った。。







蘭世は動けないままその場に立ち尽くした。
(うそ・・・おばさままで来てるなんて・・・・やっぱり神谷さんのいったことホントなの・・・?)
蘭世は蒼白した顔をしてぶるぶる震えだした。






「おい、江藤・・・どうした?」
いつもと様子が違う蘭世に気づいて俊は声をかけた。
「・・・・う・・・そでしょ・・・・?うそ・・・いやよ・・イヤっ!!」
蘭世はポロポロ涙を流しながらその場から駆け出した。


「おい!!」
「蘭世さん!?」
俊は蘭世を追いかけたが、蘭世はその先にいた犬にかみつき変身してかけていってしまった。







「何なんだ・・・?」
「神谷さんのお宅に伺うこと、蘭世さんそんなにイヤなの?」
ターナは俊に尋ねた。
「・・・・普段はあんな風には怒んねえんだけど・・・」
俊は答える。




「俊、あなた蘭世さんを追いかけた方がいいわ。神谷さんのところには私だけで行くから・・・」
「・・・・・いや、俺もいったん神谷んち行くよ・・・」
「でも・・・」
「いいから」





俊は最後に蘭世が心で言った言葉を聞いていた。
(神谷のやつ、またあいつに何言いやがったんだ?)
ふたりのあいだに何があったかはわからないが、いやな予感を抱えながら俊はため息をついた。






*****************






(まさか、、、おばさままで来てるなんて・・・もうそういうことなの・・・?
どうして・・・?どうして・・・真壁くん・・・)
泣きながら蘭世は自分の部屋に飛び込み、ベッドに打つ伏せて嗚咽を繰り返した。
こんな展開ってあり・・・?
真壁くんは神谷さんのこと好きなの・・・・?
それともまさか、スポンサーのために・・・???
ううん、そんなことありえない!真壁くんがそんなことするわけない!!
じゃあ、やっぱり・・・?
とめどなく溢れる涙におぼれそうになる。
窓の外には桜が見える。
暖かな日差し。明るい空気。
だが、蘭世の目には真っ黒い暗幕がかけられたようにもう何も見えなかった。
蘭世はその中から抜け出せずにいつまでも泣いていた。







    ************







「なんだって!?」






俊は耳を疑った。
「だから〜、俊と婚約したって言ったの♪」
曜子は飄々と言った。
「なんだそれ?そんな約束してねえぞ」



やっぱり・・・こんなことだろうと思ったぜ・・・
俊ははぁとため息をつきながら言った。




「いいじゃない。今日はエイプリルフールよ♪最近蘭世ったらいっつも俊の側にいていい気になってるから、ちょっといたずらしてやったのよ。ま、嘘から出たまことにだってなりえることもあるし〜♪ねぇ〜しゅん〜〜♪」
曜子は俊の腕にまとわりつきながら言った。



「あのなぁ・・・」
俊は頭を抱えながら言った。
「あいつには冗談は通じねえんだよ。わかってるだろ?お前だって・・・
悪い、お袋、俺、先帰るわ」
んじゃ・・といって俊は神谷家を後にした。







「ちょっと、俊、待ってよぉ、俊ったら〜〜〜」


はぁ・・・と曜子はため息をついた。
俊は帰ったんじゃない。蘭世のところに行ったんだ。
わかっていた。
いつも気丈な曜子の目から一筋涙がこぼれた。
いいじゃない。エイプリルフールくらい・・・私のものでいてくれたって・・・。
短い夢が終わりを告げる。
曜子はさっと涙を拭いて空を見上げた。
庭の桜ももうすぐ満開になりそうだ。
だが、いつもは心を穏やかにさせてくれる桜も、今日の曜子にとっては物悲しい春の静けさでしかなかった。
バカな私・・・曜子は自嘲した。






トントン・・・
ドアを叩く音で蘭世は目を覚ました。
どうやら泣きながらそのまま眠ってしまっていたようだ。
少し心も落ち着いて蘭世は涙の跡を拭きながらドアを開けた。
ガチャ・・・
「・・・・真壁くん・・・!」
部屋の前には俊が立っていた。






「よぉ。泣き止んだのか・・・?」
「・・・・・」
蘭世はうつむいた。涙がまた溢れそうになった。
昔のことがよみがえる。
別れを・・・・
別れを言いに来たの・・・・・?










「・・・お前なぁ・・・んなわけねえだろ」
俊はそういって蘭世の頭をポンっと小突いた。
「・・・・違うの・・・?」
蘭世振り向きながらたずねた。






「今日は何日だ?」
俊は言った。
「えっ?3月・・・じゃない・・・4月・・・1日・・・?」
蘭世は突然の質問に拍子を狂わされながら答えた。





「そ、今日は4月1日。神谷の言ったことは気にするな」
「・・・?・・・・・あっ!!!やられたーーーー!もう!神谷さんったらーーーーーっ!悔しいーーー!」
(でも・・・・・なんだ・・・よかった・・・・ホントよかった・・・)





蘭世は安堵感からその場に崩れて座り込んだ。
「なんだぁ・・・・・・びっくりした・・・・」
「お前なぁ・・・そんなの嘘ってすぐわかるだろうが。それともそんなに俺って信用ねえのかよ」
ぷいっと俊は顔をそらしながら言った。




「えっ!いや、その・・・そうじゃないんだけど・・・・だっておばさままで来てるし・・・」
蘭世はしどろもどろになりながらいった。
「神谷の親父さんがやたらお袋に会いたいっていうもんだから連れてきたんだよ。
お袋も久々に会って話したいっていうし・・・」
「・・・そうだったの・・・(だからあんなにおばさま楽しそうだったのね・・・」






「はぁ・・・なんだか力抜けちゃった・・・」
蘭世は小さく息をついた。




俊はその姿を横目で見ながらフッと笑った。
(まぁ、いっか。逆の立場でなかっただけでも・・・)
俊はまだ絨毯の上に座り込んでいる蘭世に近寄った。
「もうちょっと俺を信用しろよ☆」
そういってきょとんとしたままこちらを見ている蘭世にそっと口づけした。
「・・・うん☆」
蘭世は泣きはらした目をにっこり微笑ませてうなづき、俊の胸に体をあずけた。







あとがき

もうすぐ4月1日だと気づいて急いで書き上げました。
言い訳とおわびをつらつら・・・・
小説というより起こったことをそのまま書き記したって感じですね。
まあいっか。(いいのか?)

曜子がちょっと悪者になってしまった感があって、
書きながら陽子嬢、ごめんねごめんねと謝り続けてました。^^;
曜子ファンの方々にもごめんなさい。
お許しを・・・。
『暗幕』に無理やりつなげてしまったので、話の流れはあんまり暗幕のイメージはわかないと思いますね。
なかなか案のわかないkauranをお許しください〜〜〜〜〜。











062 暗幕