065 自転車に乗って
気候もだんだん春めいてきた今日この頃。
学校も春休みに入り、街中に学生たちがあふれ出す。
最近になってようやく恋人らしくなってきた俊と蘭世も今日はデート。
街の雑踏から少し離れた郊外まで足を伸ばしていた。

電車で30分も揺られると、つい先ほどまでの街の慌しさを感じることもなくなり、心なしか時間もゆったりと流れているような気分になる。
この辺りは古き時代からの遺跡や古墳なども出土していることもあり、観光客らしき人もちらほらと見受けられたがさすがに2人のような若いカップルは少ない。
整った顔立ちに地元の人も目を奪われ、返って目立ってしまったりもしたが、のどかな空気に2人は心地よく身を預けていた。

忙しい毎日に追われ、ゆっくりすごせることもままならない状態が続いていた2人にとって、こういう落ち着いた場所は恰好の安らげる空間だった。

「たまにはこういう場所もいいね」
蘭世が俊に笑顔を向けながら言った。
デートのために先日新しく購入した白いスプリングコートが風にはばたく。
「そうだな」
う〜んと大きく伸びをしながら俊が答える。

ブラブラと2人でやってきたもののあてもなく歩くのも疲れてくる。
どうしたもんかなと俊は考えていたが、ふと駅の横にレンタサイクルの店があるのを見つけた。
(自転車か・・・こういうのどかなところを自転車で走るってのもいいかな・・・)
「自転車でも借りて少し走るか?」
俊はそう蘭世に問いかけた。
「え!?じ、じてんしゃぁ?」
何を言い出すんだと言わんばかりに蘭世は目を見開いて俊を見た。
「そう。お前運動不足だろー。こういうところ走ると絶対気持ちいいぞ」
俊はそういって大きく息を吸い込んだ。
「じ、自転車は・・・」
(わたし、の、乗れないーーーー!!ていうか乗ったことなーい!やだー、練習しておくんだったぁ・・・)
蘭世がそう考えながら返答に困っている間に俊はついいつものように蘭世の心を読んでしまった。
「え!?お前、乗れねえの?」
「え!?やだ!ちょっと真壁くん!また読んだの〜!?バカバカーー!!」
「えっ!?いや。悪い。ていうか聞こえてくんだよ」
「もう!知らない!!」
(もーバカバカ!私としたことが・・・。恥ずかしいじゃない!この年になって自転車に乗れないなんてぇ〜〜・・・また真壁くんにあきられちゃうわね)

心を読まれたのと自転車に乗れないのと、両方の恥ずかしさが一気に蘭世に襲い掛かり蘭世は顔を真っ赤にしながらぷいっと顔を横に向けた。
(だから、そんな大声で考えるなつうの。進歩ねえんだから・・・)
俊は再び聞こえてきた蘭世の大きな心の声にぷっと吹き出した。
だが、そういう姿もなんだかかわいらしい。
可笑しさを堪えながらポンと俊は蘭世の背中を押して言った。
「ほら、行くぞ。」
そう言って俊はレンタサイクルのショップに向かって歩き出す。

「え!?ちょっと真壁くんったらーー!私乗れないんだってばぁーーー」
俊の唐突な行動に思わず蘭世はその背中に向かって大声で張り上げる。
(あいつ、またそんな大声で)
くっくっと笑いながら店のおじさんに俊は声をかけた。
「一台お借りできますか?」
「ああ。いいよ」

俊が一台の自転車を押しながら蘭世の元に戻ってきた。
「・・・一台・・・?」
「そう。ほら、お前は後ろ」
「えっ?」
「ほら、早く乗れよ。置いてくぞ」
「う、うん」
蘭世は少し顔を赤らめてすでに俊がサドルにまたがり支えているその自転車の荷台によっと乗った。
(真壁くんと二人乗りなんて・・・なんかうれしいな・・・。こ、恋人同士みた〜い。なんっちゃって・・・・)
(こいつ、まだ俺のこと恋人って思ってないのか?ふっ。まあいいか)
「行くぞ。ちゃんとつかまってねえと落っこちるぞ」
そういって俊はペダルをこぎだした。
「ぶっ。落っこちたりしませんよーだ」
そういって蘭世はぎゅっと俊の背中につかまった。

2人を乗せた自転車が勢いよく走り風をきった。
少し肌寒いがそんなことは気にならない。
(自転車に乗れなくって返ってよかったかな・・・えへへ)
蘭世はもう一度ぎゅっと俊の背中を抱きしめた。



あとがき

二人乗りがテーマです。
高校生の時、付き合っていた彼とよく二人乗りをしてあちこち遊びに行きました。
私の場合は蘭世ちゃんのようにしがみつくというより、後輪にステップをつけて立ち乗りをしていたので「行け行けゴーゴー♪」状態でしたが・・・(あんまり色気なし)

舞台はとりわけココといったところではないのですが、
奈良の明日香村を参考にしました。
遠足で行ったことがあり、そこで自転車で回ったことを思い出したので、
それをヒントに書きました。
ときめきの舞台は一体どこだろう。まあおそらく東京だと思ったのですが、
東京近辺にレンタサイクルで周れそうなのどかな地域があるのかどうかがまったくわからなかったので地域的にはまったくの空想の世界です。

蘭世ちゃんにしろ真壁くんにしろ自転車に乗ってるシーンがないのですが(たぶん)、
蘭世ちゃんは絶対乗れなさそう(ごめんね。)
蘭世ちゃんは後ろに乗ってるのが似合うな♪