066 NO.1
「悪い。明日のデート、延期してくれねえか?」
携帯の向こうから聞こえてきた俊の言葉は蘭世の浮かれていた気分を一気に突き落とすものだった。

「え?どうして?」
明日の土曜日は俊も久々にOFF。二人は1ヶ月ぶりのデートを予定していた。
プロボクサーとして将来有望の俊は、その一方で練習を欠かすことができない。
合宿、合宿の日々。
スポンサーもある程度つくようになり、まずまずの一歩を踏み出していたが、
二人がゆっくりと会える時間はどんどん減っていた。


「日本に戻ってきてた小関さんが、急にアメリカに戻ることになったんだ。
んで、急遽送別会することになって・・・。小関さんにはずっと世話になってるし・・・」
俊がらしくない弱気な口ぶりで述べる。

「おい、聞いてるか?」
「・・・聞いてるよ」
蘭世の沈んだ声に俊は何も言えなくなる。

俊の将来のため・・・。蘭世の頭ではわかっている。
こんな沈んだ声を出せば俊を困らすこともわかっているのだ。
だけど、どうしても感情がついていかない。
ずっと楽しみにしていた分だけ落ち込みも激しくなる。


「・・・もういいよ」
「・・・江藤・・・」
「しょうがないよね。今一番たいせつなときなんだもん。
私なんかいつだって会えるし・・・。
真壁くんにはボクシングが第一だもんね」
「・・・そういう風に言うなよ」
「・・・もういい!じゃあね!」
勢いに任せてまくしたて携帯を切る。
その後、俊からの着信メロディが何度か流れるが出る気分にはならなかった。
出たところで、同じことの繰り返し。
今、この状態では気を利かして送り出すことなんて毛頭できない。
かといって行かないでと言えるほどの勇気もなかった。
泣きながらベッドに入る。
明日着ていくために用意していた服もそのままいすにかけられたまま。


次の日も昨夜の気持ちを引きずったまま目覚める。
携帯を見たが、あの後3度俊からの着信があったが、それからは電話もメールもなかった。
「・・・真壁くん、あきれちゃったかな・・・?」
ベッドに置いていたぬいぐるみを取ってぎゅっと抱きしめた。



一方、俊も落ち着かない気持ちのまま、小関の送別会に出席していた。
(あのヤロウ、一方的に電話切りやがって・・・)
グラスに注がれていたビールをぐいっと飲み干す。
ずいぶん、飲んだが酔わない。酔えない。

「お?真壁もいい飲みっぷりになったなあ。ほらよ」
そういって小関が俊のそばに腰をおろし、空いた俊のグラスにビールを注ぎ足した。
「あ、すみません。小関さんもどうぞ」
俊は小関の持っていたビール瓶を自分の手に取り小関のグラスに注いだ。

「どうかしたのか?さっきのスパーリングにもいつものキレがなかったし、上の空って感じだったがな」
いつもより増して寡黙な俊に小関は問いかける。
「あ、いえ・・・別に・・・」

「そういえば最近見かけねえな。あの髪の長い子。まだ続いているんだろ?」
「・・・・・・。ええ、・・・まあ・・・」
いつもなら真っ赤になって否定するはずなのに、今日は張り合いのない俊の答えに
小関は拍子が抜ける。
「・・・どうした?ケンカでもしたのか?」
「・・・」
沈黙は肯定を意味する。
小関はふっと笑って俊の肩をぽんと叩いた。
「今日はやけに素直だな。
真壁、がむしゃらに夢に進むのもいいが、ほっと息を抜くことも大切だ。
見守っている人のことも時には大事にしろよ。」
そういって、小関はもう一度俊の肩を叩いてニッと笑い別のテーブルに立っていった。

残された俊は飲みかけたグラスをゆらゆら揺らし一点を見つめていた。
泣き顔が脳裏に浮かぶ。
(あ〜あ。いつから俺はこんなに弱くなったんだ?)
フッと苦笑して俊は立ち上がった。
小関のそばに行く。
「小関さん、今度会うときはチャンピオンになってますから・・・。
すみません、そのためにも今日はお先に失礼します。大事なものを失くさないために。」
ぺこりと礼をしてその場から立ち去る。
あっけに取られている周りをよそに小関は一人、含み笑いをし、
ぐいっとビールを飲み干した。



江藤家に向かって走っていく途中、ふと俊は気配を感じた。
(江藤・・・?)
公園から感じる恋しい気配。
(何やってんだ?こんな時間に・・・)
探しあてた視線の先にはブランコに揺られている蘭世がいた。
無言で近づくと蘭世がはっと顔を上げた。泣いてはいない・・・。
「・・・真壁くん!」
「こんなとこにいたのか?」
「・・・」

俊は蘭世の前に立った。
「・・・今日、悪かったな・・・」
「・・・ううん。いいの。私のほうこそごめんなさい。勝手に電話切っちゃったりして・・・」
昨日とは違って落ち着いた口調で蘭世は話す。
昔とは違う・・・。蘭世も一回り大人になった。
俊の心に暖かな風が流れる。

(かなわねえな・・・やっぱり・・・)
傷つけても責めようとしない蘭世を見て、俊は罪の意識を感じながらも
一層の愛おしさを感じる。
(勝手な男だな・・・俺は・・・)

俊は蘭世を抱きしめた。
そして静かに告げる。

「俺にはボクシングしかない。でもそれは・・・
お前がそばにいてくれることが前提だ。
お前がいるから俺はがんばれる。
・・・勝手だが・・・わかってほしい・・・」

俊の腕の中で蘭世は俊の声を聞く。
耳からだけでなく、頭、腕、背中、そして鼓動から・・・
俊の鼓動が大きくなっていた。
蘭世の鼓動もそれに合わせて波打っていった。
同じ時を打つ・・・。

蘭世は顔を上げ俊の瞳を見つめた。
「しょうがないなあ」
そういってにこっと微笑む。
俊はそういう蘭世から腕を放し、こめかみをこぶしでぐりぐりさせた。
「イタイーーーー!」
「調子に乗るからだ。」
「もう!」
蘭世が俊を両手で突き返した。
その腕を俊はもう一度引き寄せて唇にキスを落とす。
人気のない夜の公園で二人は甘い空気を堪能していた。



一方、先ほどの送別会はお開きとなり、
小関は旅立つ明日のためにすでにベッドにもぐりこんでいた。
「先輩の送別会を女のために抜け出しやがって・・・」
俊のことを思い出して、小関は苦笑していた。
「あの、真壁がねえ・・・。
覚えてろよ。次戻ったとき、まだチャンピオンになってなければ、
ぎったぎたに打ちのめしてやるからな・・・。」
かわいい弟分の行く末を楽しみに
眠りにつく小関だった。




あとがき

よくあるお話でした。ごめんなさい。
でもこんなものわかりのいい女性っているのかな?
少なくともkauranは違う(笑)

そしてこのサイトの俊はどんどん軟弱になっていく(笑)
もっとクールな姿が好きなのにな・・・^^;
(自分で書いといて・・・)
まあいっか。