072 ENDLESS
日曜日の昼下がり−−−−−−−−−

真壁夫婦は2人だけになったリビングで入れたての熱い紅茶をゆっくりと味わっていた。



先日、2人の二番目の子供である愛良が結婚式をあげた。
愛良の旦那となった開陸も、俊に負けじと劣らず若いながらも波乱に満ちた人生を生きてきて、
愛良とも幼い頃から関わって生きてきたため、愛良の両親である俊と蘭世の2人も、
愛娘の結婚とはいえ、ある程度すんなりと受け入れることができた。

母親に関してはそうなることが当然であったとでもいうように喜び、親子揃ってバタバタと準備に
追われていた。


一方、父親の俊は、娘の結婚というものを、あらかじめ想定はしてきたし、
相手も予想通りの男であったし、心の準備はしてきたつもりであったが、
気持ちの奥は言葉には言い表せない虚脱感と喪失感とに覆われていた。


娘の幸せを願うことが親の役目だとわかってはいても、気持ちだけはさすがの俊にも、
どうにもならず、娘の空気がなくなったこの家のなんともいえない寂しさを俊は人一倍感じていた。



「やっぱりいなくなると、あの子の存在の大きさがわかるわね・・・・・・」

俊の気持ちを汲み取ったかのように、蘭世は紅茶をすすりながらしんみりといった。


「・・・・・・まあな」

俊は寂しさを悟られまいと、至って普通どおりであるかのように、
言葉少なに答えてみたものの、それは無駄な努力であることは自分でもわかっていた。



心を読む能力があるわけではないのだが、蘭世はいつの頃からか、
夫の考えていることがわかるようになってきたらしく、
隠し立てなどは全くできなくなっていた。

特に娘に関する不安だの心配だのは、
手に取るようにわかるらしく、
若い頃はその手に関しては、俊の方が圧倒的に優勢を誇っていた2人の関係も
最近では、対等、時には蘭世のほうが強くなる場合もある。



「寂しいね・・・・・・2人だけになっちゃって・・・」

蘭世は視線をテーブルの先におとして言った。


「・・・・・・静かでいいさ。それに最初の頃の状況に戻っただけだ。」

俊は読みかけたまま置いてあった雑誌を手に取り言った。
あくまでも寂しさを見せまいとする俊を見てくすりと笑った。



「なんだよ・・・・」

俊は横目でジロリと蘭世を睨んで言った。


「ううん。あなたはいつまでも変わらないなぁと思って・・・・・・」

蘭世は笑いを堪えながら答えた。


「どういう意味だ?」

「別にーー♪」
(素直じゃないんだから・・・)
蘭世はそういってストンと俊の隣に座った。



「・・・・・・それに静かなのも今だけさ。
卓たちがしょっちゅう、香南を連れて来るし、愛良たちもじきだろ・・・?」

俊は雑誌に目を戻して言った。




確かに−−−−−−−−
卓とココの娘の香南も幼稚園に入り、よく真壁家に遊びに来る。
ココやアロンに似たのであろう。
おてんばで気性の激しい香南に大人たちは振り回されっぱなしだが、
俊も蘭世も初孫を大変かわいがっていた。

多少は調整しているものの、見た目は孫がいるとは到底見えない二人ではあったが、
やはり孫というのはかわいいもので、さすがの俊も愛良にはなかなか見せられなかった笑顔も
香南の前では自然にこぼれる。



「それもそうね・・・・・・」

蘭世は天井を見上げながら言った。


「でも・・なんだか不思議・・・・」
「何が?」
「なんかさ・・・・ずーっと続いていくんだなーって思って・・・」
「・・・・・・」


蘭世は続けた。

「お父さんとお母さんが愛し合って私と鈴世が生まれて、
魔界ではあなたのお父様とお母様の間にあなたとアロンが生まれて・・・・
そして
私とあなたが出会って・・・・・愛し合って・・・・
卓と愛良が生まれて・・・・・
卓はココちゃんと、愛良は開陸くんと、それぞれ出会って・・・・一緒になって
そして香南が生まれて・・・・
愛良にもいずれ赤ちゃんが生まれて・・・・・・・

鈴世は鈴世の方で、また道ができて、
アロンはアロンでまた道ができて・・・・・・


終わりがないまま、愛は続いていくんだなーって・・・・・


なんか神秘的な感じがしない?」


蘭世はひととおり話し終えると、俊の方を振り向いて微笑んだ。


「私たちの抱いた気持ちが、これからも子供や孫や、そのまた子供とか・・・・
ずっとずーっと続いていくのよねー?
そう思うと、寂しくなくない?」

蘭世は付け足して言った。


「・・・・・・そうだな」

蘭世の話を自分の気持ちを交差させながら聞いていた俊はパタンと雑誌を閉じて、
視線を空(くう)に漂わせながら言った。


娘を思う気持ちは、お義父さんも、俺も、アロンも、そしていずれ味わう卓も・・・・・
みんな同じ−−−−−−。
どんどん、受け継がれていくんだ・・・。




「お前は・・・・その・・・・幸せだったか?」
俊はふと蘭世を見ていった

「え?」
蘭世は俊の唐突な質問に一瞬首をかしげた。


「その・・・・こんな俺でさ・・・」
俊はポリポリと鼻をかき、口ごもりながら言った。


「・・・うん!とっても幸せだったし、これからもずっと幸せよ。知ってるくせに〜♪」
蘭世はニコッと微笑んで、少し照れながら俊をつついた。




俊はその笑顔に年甲斐もなく釘付けになった。
昔とちっとも変わらない笑顔。
自分を励ましたあの笑顔、結婚を誓い合ったあの時の笑顔が、
ー−−−−−今もここにある。

俊は胸をギュッと握られたように息が止まったまま、その笑顔に
そっと口づけをして抱きしめた。


ずっと終わることのない愛。

2人の間でも。

2人に託した者たちも、2人を受け継いでいく者たちも・・・・・・。





「ねえ・・・」
「・・・ん?」
「若返りの鏡使ってさぁ、昔の姿に戻ってデートしない?」
蘭世は悪戯心の芽生えた瞳で上目遣いに俊をみて言った。

その姿がとてもかわいらしくて、俊はふっと笑って言った。
「ま、たまにはいいか・・・その代わりお前、興奮しすぎるなよ」
「もう!大丈夫よ。中身は大人なんだから!」
「いや、じぶんで言うところが一番怪しいからな」
「もう!」

そういって2人はいそいそと江藤家の地下を目指して出かけていった。




あとがき

なんだか、内容が浮ついた作品になってしまいましたね。
ENDLESSの意味、理解してただけましたでしょうか。
自分の中でも中途半端な状態の考えなので、
それを文章にするのは、非常に難しかったんですけども・・・・

いろんな永遠があるんですよね。
自分の気持ちであったり、受け継がれていく気持ちであったり、
血筋であったり、

人間は移り変わりやすい生き物ですけど、変わらぬ愛というものに、
いつまでも身を置いていたいものですね。