074 楽園




    俊が江藤家に結婚のお願いに伺うお話です。
     一応、COUNT GETの『男が涙を流す日』の前設定です。











 









普段は何かとにぎやかな江藤家。

それが今日に限っては、いつになく未経験レベルの緊張感に包まれていた。

望里は、リビング、玄関ホール、自分の書斎を何度もあちらこちらと行ったり来たりしているし、

椎羅は、本日2枚目のお皿を手から滑り落とし、

鈴世は、ペックと一緒に玄関ホールにある窓から体を乗り出して、本日の来客を今か今かと待ちわびていた。











そんな家族中の緊張を一身に受けながら、蘭世は椎羅の手伝いでもしようとキッチンに入った。

「あ〜、お母さん、さっきもお皿割ってなかった?」

「ああ、蘭世。こっち来ちゃダメよ。まだ欠片が残ってるかもしれないから・・・掃除機かけるわね」

「大丈夫?」

「ええ・・・もう落ち着かなくって・・・」

「お母さんが緊張することないじゃない」

「そんなこと言ったって、緊張するわよ。一生に一度のことだもの」

そういう椎羅を見て蘭世は黙ってほほ笑んだ。

そう言われると、どこかくすぐったい気持ちになる。

嬉しいことなんだけど、少しだけ恥ずかしくて、ちょっとだけものさびしくもあり、大いに照れる。








「掃除機持ってくるね」

「ええ。お願い」

蘭世はキッチンを出て階段の下にある納戸に向かいながら、ふぅ〜と長く息を吐いた。

緊張しているのは家族だけではない。

自分だってそれ以上に緊張しているんだから。

何かしていたいと思うんだけど、何かをしはじめるほどの時間もなく

待ち人の来訪をドキドキしながら待っていた。











本日の来客・・・真壁俊。

来訪の目的・・・結婚の申し込み・・・・・。














そう、つい先日のことだった。

俊が思いもかけずに蘭世にプロポーズをしたのは・・・。

俊はどう考えていたのか知る由もないが、とにかくそれは予想さえしていなかった蘭世を

驚かせ、慌てさせ、そして・・・恐縮さえ感じるほどの歓喜に満ちさせた。

しばらく涙が止まらなくて、泣きやんだ時には原型が失われるほど瞳がはれ上がってしまっていたが、

最後に必死で応えた「よろしくお願いします」という言葉を聞くと、

俊は黙って見守った後で、蘭世を強く抱きしめたのだった。



そして、

・・・お前の了解は得たから、急で悪いんだけど・・・といって、俊はご両親にも挨拶をしたいと、

その日を指定した。

それが、今日。













パニくったのは江藤家。とりわけ望里と椎羅。

近い将来こういう日が来るということは二人とも心得てはいた。

若い二人をさく障害はもう何もなかったし、もう本当はいつでも一緒になってもらってよかったぐらいだ。

娘を奪っていく男が、どこの骨かもわからない、ましてや以前のように人間だなんて言い出したのだとしたらそれは問題だが、

相手は自分たちも十分に知り尽くした、もうすでに家族と言ってもいいくらいに彼の運命を傍で見守ってきた男である。

反対するつもりだって毛頭ない。

ただ、こういう格式ばったことからは逃げ出したくなるのだ。

どうせなら、そのまま黙って奪って行ってくれた方が逆にありがたいとすら感じてしまう。

そんな蘭世の愛する家族たち。





しかし、蘭世から俊が「どうしても・・・」と言っていると聞いたからには、それに応えるべきことであるし、

緊張の糸をほどけないまま今日の日を迎えてしまったのである。














「みんな、もっと落ち着いてほしい・・・」

掃除機を椎羅に渡してリビングに戻ると蘭世はそのままソファーに崩れ落ちるように座った。

そしてとりあえず、自分だけでも落ち着こうとまた深く息を吐きだすと、鈴世がバタバタと駆け込んでいた。

「お姉ちゃん!お兄ちゃんが来たよ」

窓から俊が来るのを息をのんで監視?していt鈴世はそのキラキラした眼でどうやら俊の姿をついにとらえたらしい。

「ほ、ほんと?」

そう答えたのと同時に、玄関のインターホンが鳴り響く。

一瞬、蘭世以外のものがシンと時間が止まったのを感じながら、蘭世は玄関に駆け出した。





そして、震える手でゆっくりドアを開けると、俊が「よお」とはにかんだ。

「い、いらっしゃいませ」

ピシッと着込んだ俊のスーツ姿はあまり見慣れず、蘭世はドキリとする。

やっぱり普段とは違うんだな〜なんて、ぼーっと考えてると、俊は袖を少しずらして時計を見る。

「ちょっと、早かったか・・・」

そんな姿もかっこよくて、ついつい見惚れていたが、ハッと我に返る。

「あ・・・ううん。全然大丈夫。たぶんみんな待ちくたびれてる・・・」

「なんで?11:00の約束だったよな?」

「そうなんだけど・・・みんななんか緊張しちゃってて・・・」

「・・・緊張してんのはこっちだっての」

「え?」

蘭世の返事を待たずに俊は家に入る。

「お兄ちゃん!いらっしゃい。待ってたよ」

そういう鈴世に俊は微笑んで「また背が伸びたな」といって頭に手を置いた。

そんな二人を後ろから眺めてると、胸がジンと熱くなる。

鈴世が俊になついているのはもともとだし、俊も鈴世には気兼ねなく声をかけてくれる。

でもこれからはホントの義兄弟になるんだななんてふとそんな考えが心に宿った。

プロポーズされたことを、一番最初に鈴世に話した。

どんなときもずっと側にいて応援してくれた、大事な弟。

予想通り、鈴世は自分のことのように喜んでくれた。それが一番嬉しかった。






*****     *****     *****








先ほどまでウロウロしていた望里がなかなか姿をみせないかがらもようやくリビングに顔を出し、全員がそろった。

席を外そうとした鈴世に俊は「鈴世もここにいてくれ」といい、5人がこの場に座っている。

この家では珍しい静かな空気が流れる。それを破ったのは俊だった。





「急にお時間とっていただいてすみません」

「あ〜。いや。構わんよ」

「あの・・・」

そういって俊は少し言葉を澱ませたが、すぐに顔をすっと上げ望里と椎羅を見つめた。





「お話はもう聞いていただいてるかとは思いますが・・・」

俊がそう切り出すと望里はさっと手を掲げた。



「あぁ。真壁くん。蘭世から話は聞いた。私たちは反対する気なんてさらさらないし、君のことだってよく知ったものだ。

こういう堅苦しいのは省かないかね?いや〜、なかなか性に合わないというか・・・なぁ椎羅」

「え、ええ。そうね。私なんてもう小躍りしちゃうくらいで、ねえあなた」

そう笑い合う二人を俊はだまって聞いていたが、しばらくしてから「いえ」と一言で遮った。





ピタリと笑いが止まる。

蘭世はドキドキしながら俊を見守る。こんな真剣な表情の俊は初めてだ。

いつだってポーカーフェイスだが、今日の顔はそれとも違う。

有無を言わせないほどの凛としたその態度に蘭世の鼓動は大きく鳴り響き続けていた。








「お二人、そして鈴世にも・・・俺はずっとお世話になりっぱなしでした」

「そんなことは・・・」

「いえ、聞いてください。生まれ変わってからというもの、身を守って頂いた上に、ゾーンを始め魔界のこともしかり、

特に江藤・・・いえ、蘭世さんのことに関しては、俺の力が足りないばかりに危険な目にもあわせ、傷つけ、

結果的には魔界人にもどったものの一度は人間にまでさせてしまいました。

本来ならば、憎まれても当然で、そんな俺はこの場所に招きいれられるべき男ではないぐらいです。」



「真壁くん・・・」



「ずっと謝りたかった・・・そしてずっとお礼を言いたかったんです。

本当に申し訳ありませんでした。そして、こんな俺をゆるし、蘭世さんとのことも見守り続けていただいたこと、本当に感謝しています。

どうもありがとうございました。

蘭世さんをいただきたいとお願いする前に、さきにどうしてもそれをお伝えしておきたくて・・・」





蘭世の瞳からぽたぽたと涙があふれ出した。

こんなことを言い出すとは思ってもみなかったのだ。結婚するということにただ浮かれていた。

だけど、今改めて感じる。この人は・・・この真壁俊という人は・・・。
















黙って俊の言葉を見守りながら聞いていた望里は、俊の言葉が途切れるとゆっくりと息を吐いた。

そして姿勢を正す。

「君の気持ちはわかった。じゃあ私からも言わせてもらう」

「確かに、我々は、・・・蘭世もそうだが・・・、君の運命に巻き込まれた。蘭世も君に出会っていなければしていなかったはずの苦労をした。命だって危険にさらされた」



「お父さん!」




「いいから。」

蘭世が望里に何かいいかけようとするのを俊は制した。そして望里にまっすぐ向き直る。




「はい。それはおっしゃる通りです。謝っても謝りきれるものでもないと思ってます」

「・・・ただね、それは真実というだけの話であって・・・

誤解しないでもらいたいのは我々はそのことに腹を立てたり、蘭世を人間にさせた君を恨んだり・・・

そんなことはこれっぽっちも思っていないし、そんなことを君に気に病んでほしいとも思っていないということだ。

それに私たちは、君に頼まれて君を助けようとしたわけじゃない。私たちがそうしたいと思ったからだ。

いや、君の人柄が私たちにそうさせたんだ。」

「・・・・」

「もちろん、最初は蘭世ありきの話だった。

蘭世が君を好きで、そんな君が命を狙われた・・・。

蘭世はもちろん君を助けようとする、君を追いかけようとする。そういう子だ。

でもなぜだろう。そんなことはいつのまにかただのきっかけだけになっていたんだ。わかるだろうか?この意味が」





「それは・・・どういう・・・」






「君がどう思っているのかはわからないが、蘭世が君を大切だと思うように、いつの間にか私たちも君を大切だと思うようになったということだ」

「・・・!」

「蘭世と君が結婚する。それは君が我々の息子になるということだが、そんなことは今から始まることじゃない。

もうとっくに昔から少なくとも私は君のことを本当の息子のように思ってきた」






「わ、私だってそうです」

「僕だって、本当のお兄ちゃんみたいに思ってた!」

横から椎羅と鈴世が涙をぬぐいながら口をはさんだ。

「・・・だそうだ」

そういうと望里は俊に向かって軽くウインクした。




俊は眼を見開いたまま、硬直していた。

そしてその瞳から一筋だけ涙が零れ落ちるのに気付くと、慌ててさっと指でそれをぬぐった。




「・・・なんていっていいか・・・




「何もいう必要なんてないさ。ただ、蘭世を幸せにしてさえくれればそれでいい」



「・・・はい・・・・それは・・・任せていただいて結構です。必ず・・・俺の力の限り、

必ず蘭世さんを幸せにします」




「・・・うむ・・・それでいいな。蘭世」

「・・・はい・・・。お父さん・・・ありがとう」

「よかったわね。蘭世。おめでとう」

「うん・・・ありがとう・・・」

蘭世は涙を拭きながら幸せいっぱいの笑顔を浮かべる。

俊はその表情を見て、ほっと胸をなでおろした。

「さぁさぁ、それじゃあもういいでしょ。みんなパーティーにしましょ☆蘭世、手伝って」

「はーい」


















椎羅と蘭世が部屋を出て、リビングには男だけが残される。

その空気の流れにそって俊はソファーにぐったりと身を任せた。

「お兄ちゃん、気が抜けた?」

鈴世はそういいながら俊の背後にまわり、後ろから抱きつく。

「生意気言うんじゃねえよ」

俊はそういって横から顔を出している鈴世の頭をぐしゃぐしゃとなでた。






「あ〜でもホントよかったぁ」

そういいながら鈴世がソファーの周りをまわってきて俊の隣に腰を下ろす。

「お前に隣でそんだけほっとされたら俺はどうすればいいんだよ」

「えへへそっか・・・。でもお兄ちゃんが魔界人に生まれ変わって、そりゃあいろいろあったからお兄ちゃんは大変だったと思うけど、

僕はホントお兄ちゃんが魔界の王子様でよかったな〜って思ってるんだ」





「そうか?」

「うん、だってもしお兄ちゃんが王子様じゃなくて、普通に人間として過ごしてたらきっと今ここにはいないもん」

「そんなのわかんねえだろ」





『もし』なんて考えるのは好きではないが、俊は時々思う。

もし、あの時、生まれ変わることがなかったら・・・そしてその後決まってこう思う。

・・・いや、生まれ変わることがなかったとしても・・・たぶん自分は彼女に惹かれていくのだろう・・・と。






「ううん。絶対ないと思う。その前に絶対お母さんに猛反対されてるよ。ねっお父さん」

冷めたコーヒーをすすっていた望里がその拍子にブっと噴き出す。

俊は望里に顔を向けた。



「いやぁ・・・どうかなぁ。お母さんは心配性だからねぇ・・・ハハハ」

「心配なんてレベルじゃないでしょ。あれは」

鈴世は腕ぐみをして奮起する。



「人間と魔界人ってことだからですか?」

それなら気持ちもわかる。自分だってそれが原因で別れようとさえしたのだから・・・。




「・・・それもあったのはあったが・・・まあどちらにしても真壁くんのよさはあの後できっとわかったただろうし、結局決めるのは本人同士だよ」

「でも危なかったよね。実際お兄ちゃんもかみ殺されそうに・・・」




「え゛っ!?」





「りんぜ〜〜〜♪」

鈴世が最後まで話し終わる前に椎羅がそっと忍び寄り鈴世の口をふさいだ。

「ぐっ・・・」

「かみ・・・殺・・・?」



俊がじとりと背中に冷や汗をかきながら椎羅の様子をうかがう。



そういえば、確かに中学時代、この人は怖かった印象があるが、まさかそういう怖さだったのか?





「や、やぁね〜。鈴世ったらもう・・・あることないこと・・・。ねえあなた」

「あ・・・あぁ・・・もちろんだとも。ダメだぞ。鈴世」

「うぐぐ・・・」

椎羅に口を塞がれたままの鈴世はそのままもがいている.




「あ・・・でも・・・そういえば・・・狼女・・・さんでしたっけ・・・?」

俊はおそるおそる尋ねる。

自分は魔界の王家の人間で、確か不死身で・・・怖いものなんてあるはずもないのに

この妙な恐怖感はなんだろう・・・。





「やだわ・・・真壁くんまで・・・。そんな過去のことはもういいじゃない♪ホホホ。

それよりも、さあさ、ダイニングへどうぞ。用意ができましたわ。」

「あ、は・・・はぁ」

鈴世はそのまま椎羅に引っ張っていかれる。







「・・・・・」

「・・・・・」

残された二人が視線を合わせる。

「ホントの話なんですね」

「まあ・・・椎羅が気性が激しいってことは君も知ってるだろう・・・。

そんなこと言い出したら、私なんか何回かみ殺されそうになったか・・・ハハハ。狼女を嫁にもらったのがウンのつきさ。

だから、君も妻の母親が狼女だったんだとあきらめてくれ。怒らせさえしなければ大丈夫だ」

そういうと望里はウィンクして微笑んだ。といっても苦笑に近かったが・・・。




「今ほど魔界人でよかったと思ったことはないです」

俊はそういうと二人でプッと噴き出した。




「ゾーンをも超えるって?」




望里がそう口にした途端、ピンと耳の生えた椎羅がダイニングの入口に仁王立ちしていた。

「誰がゾーンをも超えるですってぇ??」





「「え゛っ」」





「あーた!!俊くんも!!」

そういって椎羅は望里を追いかけるといいつもの惨劇が始まった。



「ちょっと!お母さんもお父さんも!やめてよ!真壁くんもいるんだからぁ・・・

・・・もう!いっつもこうなるんだから・・・ごめんね。真壁くん・・・」






「くくっ」

俊は肩を揺らして笑った。

「まあ。いいじゃねえか。嫌いじゃねえよ。俺・・・あんな感じ。イヤでもこれからは巻き込まれるんだろうな」

俊が笑う。

「スミマセン・・・」






「『俊くん』・・・だってさ」

「え?」

「お袋さん。今俺をそう呼んだ」

「ほんと?気付かなかった・・・」








俊は妙に胸が躍っていた。

蘭世をもらおうと決意してこの家にやってきた俊だったが、今は、逆に自分がもっと大きなものにほんわりと包まれた気がした。

その感覚が心地よい。

胸がジンとして、鼻の奥がツンとする。

この場に自分が自然となじんでいく気がして嬉しかった。

「ねえねえ。先に食べよ♪」

鈴世が俊と蘭世の服を両手で同時に引っ張る。

二人が振り向くと、鈴世はにっこりと顔をほころばせる。

俊と蘭世は視線を合わせるとふっとお互いにほほ笑みを交わした。

いつのまにか慣れ親しんだこの江藤家のリビングが、またいっそう、俊の心を優しくなでた。

新しい楽園が今ここに現れた。。。











<END>










あとがき

俊の結婚のお願いの話はずっと書きたいと思っていたネタなんですが、
なかなか難しいもんですね。
ちなみにkau自身のときは、挨拶らしい挨拶も特にせずに結婚してしまったので
何の参考にもできず・・・
ダンナくんはタンクトップに短パン姿で「結婚しようと思ってるんでぇ〜」てめちゃ軽な感じで
うちの親に言いやがった・・・。
それを受け入れるうちの親も親ですが・・・。


書いてるうちにちょっとコメディー的な部分も入れたい!って衝動にかられまして(どんな衝動だ)
無理やり入れてみたりして・・・
結果、今回も玉砕です。

以前に書いたCOUN GETの『男が涙を流す日』の前設定ということで
このパーティーの次の日の話が『男が〜』という風につながってます。
(というか無理やりつなげてます)

ちっとも甘くもないですし、望里さんの想いもあまり表現できませんでしたが、
まぁいっか☆といつもの調子で自分に甘いkauなのでした。










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