076 シュークリーム











「待ちなさい!愛良!それは卓の分でしょーーーー!!」

「そこに残ってる分だけで充分だってーー。じゃあ行ってきまーーすvv」

ココの怒声もさらりとかわし、愛良は急いでコートをはおって家を飛び出した。

「ったく・・・愛良のヤツー。自分だけ多く持ってっちゃってーー」

ココはテーブルに残されたシュークリームに視線を落とした。

愛良と二人でお昼過ぎから作り始めたそれは、予想以上に上手くできた。

先日、初めて食べたシュークリームに魅了されたココは、自分でも作ってみたいと愛良を半強制的に誘い、

今に至っている。

そのシュークリームを半分以上愛良が持っていってしまったものだから、ココも面白くないわけで。

帰ってきたらどうやってとっちめようかと企んでいるところに卓が帰宅し、

「いいにおいがするな」と言いながら入ってきた。

ココは愛良のことはとりあえず深い奥に追いやり、

「私が作ったの♪」といってお皿に一つシュークリームを盛り、にこやかに卓に差し出した。







*****     *****     *****








「うわぉ、寒っ!!」

街の中を強い北風が一気に駆け抜ける。

愛良は身を縮めてわずかながらそれに抵抗し、コートの前のボタンを閉じて

ただ引っ掛けてあっただけのマフラーもきちんと首に沿わせて巻きなおした。

そして持ってきたシュークリーム入りの箱を見てニコリと微笑んだ。

同時に怒りに燃えているココの姿も思い浮かんだが、それを打ち消すように愛良は左手で空を払った。



せっかく作ったシュークリームを一刻でも早く新庄に渡したい一新で思わず飛び出してきてしまった。

新庄は夕刻までバイト。夜少しだけ会う約束はとりつけてあるのだが、それまで待ってられなかった。

今日はバレンタインデー。

チョコを作ろうと思っていたら、ココがなんだかシュークリームにはまってしまったようで

有無を言わさず計画していたチョコ作りはシュークリーム作りに変更されてしまった。

でもそれでもまあいっかって思う。

とってもおいしくできたし、渡したい気持ちに変わりはないんだから。。。

気持ちはとうに伝えてはいるけれど、それでも何かしたいって思う・・・そんな日。

一つ一つに。心を込めて。



だけどあいにく今日は土曜日。

夕刻まで花屋のバイトに入っている新庄が、家にいるわけがないと途中で気づいた愛良は

行き先を新庄のアパートからバイト祭の花屋に変更した。

とはいいつつ、花屋にたどり着いたものの、いくらバイトとはいえ、仕事中の彼のところにいきなり持っていくというのも

気が引けて、愛良は道路むかいの電柱の陰から店内の様子を伺った。

店内には数人のお客さんが入っていて、新庄は忙しそうに接客をしていた。

普段一緒にいる時には見せることのない笑顔に愛良はやり場のない小さな嫉妬を覚えた。

いわゆる営業スマイルというものなのかもしれないが、そういう新庄は愛良にとってとても大人に見えて

それは6歳という年の差を改めて感じさせるには十分なことで

電柱のかげにうずくまってそぉーっと持っていた箱のフタをあける。



こんなのあげて迷惑じゃないのかな・・・



愛良の心が曇り、それに呼応するように急に空も雲が増え始めた。

だけど・・・



それでも・・・これが今の私にできるせいいっぱい・・・



箱の中にはシュークリームが形よくならべられてある。

愛良はもう一度新庄のいる花屋に目を向ける。

先ほど応対していた客は花束を抱えてすでに店の外に出ていた。

一息ついたのか、新庄は普段の顔に戻って花を入れたバケツを動かしていた。

花屋という仕事は見かけ以上に労働力を伴い、それでいて繊細な仕事であることを

愛良は新庄を通じて初めて知った。

重い荷物を運び、温度には注意し、そこに接客・・・

しかし、重労働のかげにも穏やかな表情が絶えないのは、やはり心から花が好きで慈しむ想いからくるものなのであろう。

そして、そういう新庄だからこそ、愛良は彼を好きで彼に憧れるのだ。



本当はもっと高価なプレゼントだとかあげたいが、もらっているおこづかいでは限界があるし、

でも何かを贈りたいいう想いはあふれるばかりで・・・。

勢いよく出てきた割には土壇場で勇気がそぎ落とされ愛良の心は重くなった。






「どうしよっかなぁ・・・・」

「何が」

「え!?あ、新庄さん!!な、なんで?」

愛良が慌てて振り向くといつのまに側にきたのか新庄が立っていた。



「お前、それ隠れてたつもりか?店のほうから丸見えだぞ」

「えっ!?うそ」

愛良は立ち上がって道路の向こう側を見ると花屋の店主と奥さんがこちらに向かって手を振っていた。

「あ・・・あれ?」

愛良は新庄の表情を伺うと、エ、エヘ・・・と愛想笑いでごまかした。

新庄は半分困ったような顔で笑う。



「どうかしたのか?約束の時間にはまだ早いだろ」

「あーー、えぇっと・・・」

といいながら愛良はゆっくりと持っていた箱を背中に回したが、新庄はその動きを見逃さなかった。

「なんだそれ」

「え、なんでもない」

「なんでもないって・・・今日は何の日かぐらい俺だって知ってるっつの」

「あ、あの・・・」

新庄はひょいと愛良の背後に目をやるとさっと取り上げた。

「あーーーー!!!」

新庄は愛良の叫びを無視して箱の中を覗いた。



「チョコじゃない」

「ご、ゴメンなさい・・・ココお姉ちゃんが・・・どうしてもシュークリームだって聞かなくて・・・だ、ダメだった?」

上目遣いに恐る恐る覗きこむ愛良を見て新庄はフッと笑った。

「いや。すっげえうまそう」

「ホント?・・・ってま、まだあげるなんていってないもん!」

「・・・じゃあなんでこんなのもってこんなとこでうずくまってたわけ?俺の働く店の真ん前で・・・」

新庄はにやにや笑いながら愛良を見つめている。

「だから・・・それはぁ・・・」

たぶんこんな見え透いた嘘も完全に見透かされているだろうし、素直に渡せばいいものをそれさえも

妙に沸き起こる意地が邪魔してしまう子どもっぽさを愛良は気づかずにはいられなかった。



愛良はそれ以上の言葉を見つけられずに、下を向いて黙り込んだ。

もっとかっこいい渡し方もあったはずなのだ。

こんなところで渡すこともなかったし、いや、大人しく約束の時間まで待ってさえすれば

もっと素直に渡せることもできたのに。。。

何も考えず、ただ渡したいという安直な考えだけで飛び出してきてしまったことを愛良は後悔した。



6歳上に憧れれば憧れるほど自分がいかに子どもじみているかを思い知らされる。

愛良の瞳に涙がたまる。

そしてあと、0コンマ何秒かであふれ出すというその刹那、新庄が愛良の頭にポンと手を置いた。

上目遣いに愛良は見上げる。

新庄は口元を緩めて微笑んだ。



「今さ、すっげーこれ食いたいけど、ここで食うのもなんだし、後で食うよ」

愛良はまた下を向いてうんと答えた。

「ごめんなさい・・・お仕事の邪魔しちゃって・・・」

「・・・・・・どうせなら一緒に食いたいからさ、時間あるんだったら俺んちで待っててくんねえ?」

愛良はうつむいたまま目を見開いた。

「え?」

「あと、1時間くらいでバイト終わるから」

「え、あ、あの」

「予定ある?」

愛良はブンブンと首を振って「あるわけナイデス」ときっぱり答えた。

新庄はクスリと笑う。

「じゃあこれ」

そういって箱を愛良の手に返し、そしてポケットからキーケースをとりだしてそれを箱の上に置いた。

「あ・・・」

「隠れてないで大人しく待ってろよ」

「か、隠れてないもん!」

新庄はアハハと笑った後その場を離れ店に戻っていった。

愛良は突然なことに目をパチクリとさせながら去っていく新庄の背中と箱を交互に見比べていた。

しかし、あふれそうになっていた涙はいつの間にかどこかにいってしまっていた。

雲が重く立ち込めていた冬の空はすっきりと晴れて日差しも戻り少し温かみも感じられる。



箱の蓋に置かれた鍵を見つめると、きゅんと胸の奥がなった。

「なんだ・・・やっぱり家の前で待ってたほうがよかったじゃん」

悪態をついてみるも、胸に感じた甘い痛みを愛良はもどかしそうにかみしめて

ニコリと微笑みながら花屋を後にした。








END






あとがき

結構前に書いてあってそのままになっていた作品です。
V.D.が近いということでUPしてみました。
kauの中では初の新庄×愛良・・・かな?
私の中ではやはり愛良というのは子どもさが抜けきれないのでやたらと子どもっぽくなってしまいましたが・・・
新庄の行動にもちょっと制限をかけてしまう・・・^^;
この後二人がどうなるのかは知りませんが・・・(笑)
でももひとつ新庄のキャラというのもつかみきれない。
俊×蘭世の設定でも書けたかな?と書いてしまってから思うkauなのでした。。。
ま、たまには気分を変えようってことで・・・^^;









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