081 印鑑
3月に入ったというのにまだ外は寒々とし、空も思いっきり冬の空。
草花たちも土の中で春はまだかと待っている・・・そんな日だった。

明日、私たちは籍を入れる。
来週には結婚式、新居の準備も整い引越しもすんだ。
当日は忙しいからと一足早く籍を入れることにした。

お昼間、市役所で婚姻届をもらってきた蘭世は、それをテーブルに広げたまま、
旦那様になる人の帰宅を今か今かと首を長くして待っていた。
(真壁くん、おそいなあ)
この薄い紙を手にしたときから蘭世はそわそわ落ち着かない。
将来を誓い合ったとはいえ、この一枚で二人の人生が決まるのだ。

二人の人生・・・。
長かった今までを振り返りながら蘭世は陶酔していた。
これを書いたら・・・二人は晴れて夫婦。
魔界流の夫婦になるための儀式もあったようだが、俊がそれを拒否した。
”人間界のやり方で、こいつと生きていきたいんだ・・・。”
そういった俊の言葉を今思い出しても涙が出そうになる。
こんなに幸せでいいのかな・・・。蘭世は届けを胸に抱き、もう一度幸せをかみしめた。
俊の姿を思い出す。。。

「酔いしれてるとこ悪いけど・・・」
我に返った蘭世が振り返ると俊が帰ってきていた。
「や、やだ、真壁くん、帰ってたの?声かけてよー」
(かけたけど・・・)
笑いをこらえながら、俊は言う。
「邪魔しちゃ悪いと思ってさ」
「んもう・・・ご飯は?」
「ああ、あとでいい。それより待ち遠しそうだから、とっとと書いちまおうぜ。その胸に抱えてるやつ」
「え?あ、あはははは〜」
じゃあと言って蘭世はテーブルに着く。俊も向いに座った。

「お前から書けよ」
「え?////真壁くんから書いてよ〜」
「・・・ったく、しゃあねえなあ」
そう言って俊は届けに記入しだした。
(真壁くんがこ、婚姻届を書いている・・・・)
蘭世の胸はキュンと鳴った。
(あっ、真剣な目・・・。でも字はおもしろい字書くよね・・・)
ジロッと俊が蘭世を睨む。
「悪かったな・・・下手な字で」
「や、やだな〜、下手なんて言ってないよ。ってまた読んでる〜!」
「だから、声が大きすぎんだよ!」
理由にならないいいわけを述べながら俊はポンと印鑑を押した。
「ほらよ、次、お前」
「あっ、はい・・・」
緊張でふるえる手を押さえながら蘭世は記入していった。
「間違えるなよ。」
俊は忠告する。
「ま、間違えませんよーだ。いざとなれば私だってきちんとできるんです!」
最後に印鑑を手にとって朱肉をつける。
(これを押すと、真壁くんの奥さん・・・)
俊と目が合う。
蘭世はにこっと微笑むと俊も同じように微笑んだ。
優しい瞳・・・。

ポンと蘭世は判を押した。
「できたー」
蘭世は婚姻届を宙にかかげた。
「じゃあ後は明日持っていくだけだね」
蘭世は俊に向かってウィンクした。
「・・・よろしくな。奥さん」
俊が言った。
「奥さん?奥さんか〜。照れちゃうな〜」
(まあ、俺はとっくに夫婦の気分でいたんだけどな・・・)
自分で考えたことに照れて鼻をかきながら俊は言った。
「腹減った。飯にしようぜ」
「うん!」

二人だけの生活が始まる。
長い未来への第一歩を二人は一緒に踏み出し始めた・・・。
春はもうすぐ・・・。




あとがき

印鑑と聞いてなんと短絡的な考えなのでしょう(笑)
でも俊はともかく蘭世はまちがいなく婚姻届を書くときは幸せ気分がピークに達してるんじゃないかなっと
思って、書いてみました。
書くだけじゃなくてちゃんと出してから夫婦になるんですけどね。
蘭世も俊もちょっとあわてんぼさんです。(汗)

私も実は先日、籍を入れたのですが、(いきなり暴露)実際はなんてあっさりしてるんだろうと
拍子抜けしましたね。
私も蘭世のようにちょっとばかりこんな感じかな〜と考えていたりもしたのですが、
根はちょっとクールな女なので、たんたんと終わってしまいました(笑)
しかも押した印鑑を訂正印にも使ったし。。。
(ていうか間違えるなよ(笑))
お話の中だけは蘭世に重ねて少女気分でいたいかなっという気持ちの表れなのかもしれません。(笑)

でも最近、話が偏ってきたな・・・。
シリアスなのにも挑戦してみようかなと思うこのごろです。