085 押す













こうしてこのドアの前に立って

もう何分時間が過ぎたのだろう・・・。

たった一つの簡単な行動ができずにいる。





はやる気持ちを押さえきれずに思わず駆け出した。



あいたい。

あいたい。

あいたい―――――――。



来たところで何を言えばいいのか、何を伝えればいいのか。

実際この扉の向こう側に彼がいるのかどうかさえわからないし、

いたとしても、「何の用だよ」って簡単に切りかえされるのがオチだけど・・・。



それでもアイタイって思う。



いつもは何てない道が、

彼の家に向かっていると思うだけで

何だかとても違って見える。



足がもつれそうになるくらいの期待と焦燥と。



一度も休むことなくここまでたどり着いた。





最初は呼吸を整えるため

次は心を落ち着けるため

三度目は伝える言葉を探すため・・・



インターホンを押すのをためらう理由を探す。

でもそんな理由もすぐ底をつき、空白の時間が過ぎる。

右手の人差し指をそっと掲げてみても

その先に腕をのばせない。



何のためにここまで走ってきたのか自分に叱咤するが

それも空しく頭の中で空回りするだけで・・・。



(今日に限っておばさまがいちゃったりするかもしれないし・・・)



少し後ずさり。

もう一歩後ずさり。

でも思いなおして一歩前に。

そんな堂々巡りを繰り返しながら無情にももう30分近く経とうとしている。



(いつまでもこんなところにいちゃ怪しまれちゃうよね)



よし。

大きく息を呑む。

そして呼吸を止めて

人差し指の先をインターホンにのせる。

あとはほんの少し力を加えるだけ。

ふぅと息を吐いて、

いざ――――――っ





そのとき、背後から声がした。



「江藤?」

震える指先が止まる。



(ん?)

蘭世が振り返るとそこには俊がきょとんとした顔で立っていた。

いつものようにボクシングのグローブを右肩にかけてたたずむ姿は

精悍で、凛々しくて、たくましくて、何よりカッコヨクテ・・・

蘭世の心は逸りだす。



「何か用か?」

予想どうりの言葉だけど、

想像してたよりはちょっと優しく感じたりして・・・



「えっ?いや・・・あの・・・用というか、何というか・・・えへへ」

ついつい笑ってごまかす。

言うべき言葉も実はまだ見つかっていないままだったから

それもしょうがないのだけど・・・。



「・・・相変わらず変なヤツだな」

俊はフッと苦笑しながらも蘭世の頭に大きな手のひらを乗せ

髪をくしゃっとさせた。



「何もねえけどまぁ寄ってけよ。茶ぐらいなら出すゼ」

(えー?えー?えー!?真壁くんが誘ってくれたぁーーーv)

蘭世は最高の笑みで答える。

まるで今にも仔犬が飛び掛ってきそうな笑顔。

俊は一瞬タジっとなりながらもちょっと首をすくめた。





インターホンは押せなかったけど

ここまできてよかったーー。



俊への距離がほんの一歩近づいた

そんな瞬間。








あとがき

ときめきアニメを見てて、ふとまだ出会った頃の二人を書いてみたくなって
ペンをとった作品です。
コミックスではそうだなぁ・・・4・5巻あたり?
これぐらいの関係の二人、もどかしくて好きです。
短くてホントただの日常の一コマですが・・・^^;





←back