089    B




蘭世は空を見上げながら歩いていた。

先ほど椎羅と一緒に作った夕飯の一部を詰めたお弁当を抱えて

いつものように俊のアパートに向かう。



空は晴れていて星が黒いドーム一面を覆うかのように散らばり瞬いていた。

蘭世は焦点の合わない目でどこともいえない空間の一部を追っていた。

一定の歩幅で一定のリズムで俊のアパートへと一歩ずつ近づいていくのが

今は何となく気が重い。



会いたくないわけでは決してないのだが・・・

心なしか緊張しているのである。

昼間、クラスメイトと交わした会話を、夜になった今でも引きずっていた。





*****     *****     *****




――――江藤さんと真壁くんってつきあってるんでしょ?――――

――――え!?つ、つきあってるっていうか――――

――――だっていつも一緒にいるじゃない?――――

――――それは・・・まぁそうなんだけど・・・っていうかどういうことをつきあってるというのかよくわからなくて――――

――――つきあおうって言われてないの?――――

――――ん・・・まぁ・・・――――

――――じゃあ態度で示されてるとか?――――

――――態度?――――

――――ほらぁ・・・いわゆるAとかBとか・・・Cとかさぁ〜〜〜きゃ〜!ど、どうなの!?―――

――――え!?///い、いや・・・あの・・・・さ、さよならぁぁ〜〜〜〜〜〜――――





*****     *****     *****





そのままの勢いで蘭世はその場から逃げ出してしまったのである。

ゾーンとの戦いが終わって早1ヶ月。

魔界にも人間界にも平和が戻り、時々蘭世は自分が魔界人であることさえ忘れてしまいそうになるほど

普通の女子高生として暮らしていた。

それは俊にとっても同じことで、自分のペースをつかめた俊は、ボクシングにバイトに日々勤しんでいる。

しかし、その平穏の中で変わり映えしないモノは二人の関係。

幸せにするだとか、必要だとか・・・

確かに言ってくれはしたけれど、それもその時だけで

それに代わるような言動をとってくれるわけではなく

かといって、別に冷たくされているわけでもないし、

こんな風に夜に会って楽しく過ごさせてくれるのは特別な存在なのだから

それはそれで幸せなことなんだとホッと心が温まったりすることもあって

いざ、あんな風に明らさまに尋ねられると返答に困ってしまう。

「つきあう」ということの定義がわからないのだ。



キスだけではなく、その先のことがあるぐらいウブな蘭世にもわけであって、

「つきあう」ということがそれを含めてのことを意味するのであるならば

今の自分たちの関係は、何と説明していいのかわからない。



元々硬派で通ってきた俊。

「女には興味がない」といってのけてきた俊であったが、

俊だって男である。

いわゆる「キスより先」について知らないはずがなく

本当に興味がないのか、日々の忙しさに疲れて完全に昇華されてしまっているのか

蘭世はその真意を未だ図りかねている。



―――そういえばお父さんがうちで魔界人を集めて学校やってた時も、俺が教えてやるとか言ってたもんなぁ―――

―――(しかも大真面目に・・・)―――

―――知らないはずはないのよ!(てかそのほうが怖いよ)―――

―――となると・・・やっぱり魅力がないのかな・・・私・・・―――



同級生達の話を聞いてると、そういう経験を済ませている子も結構いたりして、

若い男性が、どういうものかということも耳にする。

あいにく俊がああいうタイプだから深く考えることもなく今まで来たが、

ああいうタイプだからこそ今となっては逆に不安になってしまう。

いざ、その時が来てしまったら、それはそれで逃げ出しちゃいたくなってしまいそうなのだけれど・・・



蘭世は目の前に転がっていた小石を無造作に蹴り飛ばす。

行く先のない小石はそのまま転がって道路わきの溝に落ちた。

いつもの角をまがると俊のアパートが見える。

何気に蘭世が俊の部屋に目をやるとすでに明りが灯っていた。



―――あれっ?もう帰ってる!早いな今日・・・―――



蘭世は急いでアパートに向かって駆け出した。






*****     *****     *****





「早かったんだね」

持ってきたタッパを小さな丸い食卓に並べながら蘭世は俊に言った。

「明日ジムの試合だからな。今日はみんな早々と解散」

俊はシャワーを浴びたところだったらしく、上半身はだかのままバスタオルで濡れた髪を拭きながらすとんと蘭世の隣に座った。



――――ドキーーーーッ!!!―――――



蘭世の心臓は大きく跳ね上がる。

俊の裸なんて何度も見ていて見慣れているくせに、先ほどまで自分が考えていたことが思い出されて蘭世は真っ赤になる。

しかも、焼けた肌に濡れた髪からポタリポタリと落ちる雫が妙に色っぽく見えて、

蘭世はそんな俊に釘付けになった。



その視線に気づいた俊が「何だ?」と横向く。

「な。な、な・・・何でもない!!」

慌てて蘭世は顔を逸らせたが、どう見てもそのぎこちなさは不自然で、

俊は眉間に皺を寄せる。

「どうかしたか?」

「う、ううん。何でもないの!そ、それより何?明日試合?真壁くん出ないの?」

「・・・・・・。あぁ・・・オレはまだ調整ができてないからな」

「そ、そっかぁ・・・残念だなぁ・・・試合だったら見に行ったのに〜」

「まぁ、そのうちな」

「そ、そうね〜」

「・・・・・」

「・・・・・」

無言になる。

気持ちに反して目が合ってしまう。

蘭世は慌てて目を逸らすが。それが俊に苛立ちを与える。



「だから何だよ」

「な、なんでもないって・・・」

「何でもねえわけねえだろ。何か隠してるな」

「隠してないってば」

思わず蘭世が台所へ立とうとしたが、おもむろに俊がその手を掴む。

その速さに蘭世がかなうわけなかったが、その拍子に蘭世の体勢が崩れた。



「きゃ!!」

「!!」

とっさに俊の腕が蘭世の背中に回りこんだが、仰向けに倒れていく蘭世の体を止めるには少し遅すぎた。

そして勢いがついたまま、俊が蘭世に覆いかぶさるような形で

二人同時に畳の上に倒れこんだ。



お互い、目を見開いたままお互いのそんな目を凝視する。

というよりも目を逸らすタイミングを失って離せずにいたといったほうが近い。



予想外の展開―――。

”いざ、そんな時・・・”が、思ってもいないほど早く訪れた。



―――こ、これは・・・!!!

―――どうすべきなのーーーー!?―――



頭が真っ白になる。

二人の関係に進展を持たせるには、かなり事故的ではあるが、たぶん今が最大のチャンスなのだ。

このまま目を閉じれば、俊はその行為に応えてくれるのだろうか―――。

しかし、それを受け入れてもらえなかったら、火が出るほど恥ずかしいだろう。

・・・どれどころか、もう顔も合わせられないかも・・・

かといって、一歩踏み出すことに恐さを感じていることも正直な気持ちであって

こんな瞬時の間にも期待と不安が入り混じり、蘭世の頭の中は混沌としていた。



硬直していた空間の中で、俊の右手が蘭世の額にかかった。

そして蘭世の髪の流れに沿って滑らし、頬にかかる。

俊の瞳が緩む。

昔、小鳥に変身した時に見たあの優しい目がそこにあった。

ずっとあの目に見つめられたかった。

愛しそうに見るその目に自分が映るのを見て、蘭世の胸はキュンと鳴る。



進みたいのは山々だけど・・・・・

で、でもチャンスというのはいつも突然にやってくるんだわ・・・・・・

そう思うと蘭世はぐっと唇を噛みしめ、同じ勢いで目も閉じた。



「・・・ぷっ・・・」

ぷ・・・・?



俊は蘭世の背中から手を引き抜いて隣に仰向けに寝転がってプクククと笑った。

蘭世は目をパチリと開き顔だけを俊の方に横向ける。

「ま、真壁くん・・・?」

「おまえ・・・ガチガチすぎ・・・」

「えっ!?・・・・・///・・・・だ、だって・・・」

「チャンスとか言ってるし・・・」

「え゛っ!?ちょ、ちょっとまた読んだーーーー!???」

「そんな思いつめられるといやでも聞こえてくんだよ。必死に遮断させにゃならんオレの身にもなれ」

「ば、ばかーーーー!!!や、やだ!もう帰る!!!」

蘭世は赤面を通り越して湯気を出しながら立ちあがろうとした。



「待てって」

俊も起き上がり蘭世の腕を掴む。

「は、はなしてーーーー!!もう・・・もう恥ずかしいよ!」

「恥ずかしがることじゃねえだろ」

「だ、だって真壁くん笑ってるし・・・女がそういうこと考えてるのも、ふ、ふしだらだとか思ってるんでしょ!」

「思ってねえよ」

「うそ!絶対思ってる!」

「そんなことねえから」

俊はそういって暴れる蘭世を後ろから抱きしめた。

「・・・!!」

蘭世もその拍子に口ごもる。



「うれしよ。そういう風に思ってくれて・・・」

「ま、真壁くん・・・」

「でもおまえがあまりにも緊張してるからつい・・・」

「・・・ご、ごめん・・・」

「・・・でも・・・おまえの考えてることがわかったからーーー」

「・・・・・・?」





「次は途中でやめねえからな」





「・・・!?」

振り向こうとする蘭世の唇を俊は自分の唇で受け止める。

そしてすぐに離すと、右手の人差し指を蘭世の眉間に突き当てた。



「心の準備しとけよ」

「え・・・」

蘭世は目を見張ったまままた赤面する。

俊はその人差し指でコツンと蘭世の額を小突いたあとフッと笑った。

「飯くわせてくれよ。腹ペコ」

そういって俊は食卓に向き直ると「いただきます」と勢いよく手のひらを合わせた。












あとがき

ひっさびさのお題消化だというのに、何かいてるんでしょ・・・(-o-;)
このお題はこのネタ以外になにかないものかとずーっとずーっと考えていたんですが、
結局kauちょっとしか引き出しのない頭では思いつかず、
どうせないならもう書いちゃえ!てな勢いで書きました・・・^^;
でも、いちおうほのぼのラブサイトということで未遂です・・・
期待させてしまった方にはゴメンナサイ。
やっぱkauはそういう文は書けないので・・・ドキドキ。

久々に蘭世ちゃん視点で書いたけど、相変わらず苦手かも・・。

でもさ、最近、もうAとかBとかCとかって・・・死語ですかね?
今の若者言葉がわからんけど??^^;






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