092 引越し
「ようやく卓も一人暮らしか・・・」
蘭世が言った。
真壁家の食卓。明日から長男の卓は大学生になるのをきっかけに一人暮らしを
始める。
(もちろんココも一緒なのだが・・・)
家族そろってのも食事もひとまず今日で最後になる。
ココも明日からの卓との生活に備えて先週から魔界に戻っていた。

「お兄ちゃん、ちゃんと生活できるの〜?」
愛良が目を細めて言う。
「うるせえ。」
最後の食卓は通常通りに、そしてひそかに淋しさも混じりながら終わっていく。



「愛良、風呂あいたぞ」
風呂から上がってきた卓が雑誌を読んでいた愛良に声をかけた。
「はあい」
卓と入れ替わりに愛良はリビングを出て行く。
卓はバスタオルで頭を拭きながらどさっとソファに腰を落とした。

「引越しの準備はもう終わったのか?」
新聞を広げたまま俊は卓に尋ねた。
「ああ、だいたいな」
卓が答えた。
さすが俊の血を濃く引く息子。
下宿探しから、荷造り、引越しの手配まですべて自分ひとりでこなした。
弱音など吐くこともなかったが、よくここまで育ってくれたと
俊はふと思う。

「そうか。何か必要なら今のうちに言っておけよ」
少し照れながら父親らしい言葉を口にしてみる。
まあ断りの言葉が出てくるのはわかっているが、
やはり淋しさもあるのか、口にせずにはいられなかった。

「いや。大丈夫さ。
・・・・・・親父。・・・あのさ、・・・その・・・今までいろいろありがとな。
まあ、もうちょっと世話をかけると思うけどさ・・・」
俊は意表を衝かれて卓を見た。
まさかこんな風に礼をいわれるとは思いもしていなかった。
なんだか心がくすぐったい。
俊はちらっと卓を見て言った。
「まあ卒業するまでは面倒見させてもらうよ」

「・・・ココのことだけど・・・」
卓が口を開く。
「・・・」
「いずれは・・・その・・・結婚したいと思ってる。今はダメだけどさ。
アロンおじさんには、いずれちゃんとお願いしに行くつもりだけど・・・
親父には気持ち知ってていてもらいたいと思ってさ・・・」
卓が顔を赤くしながら俊に告げた。

幼かった卓が一人の女性を幸せにするということを決意している。
赤ん坊の頃から強い能力を秘め、俊ですら卓を頼もしく思ったことも
確かにあったが、やはり瓜二つの自分の息子。
いつまでも子供子供と思っていたが、
その息子が、今親元から離れ、一人の男性として
新しく生きていこうとしている。
俊は自分のことも含めながら今までのことを思い返していた。

自分には父親の存在がどういうものなのかわからないまま
手探り状態でここまで育ててきた。
自分のやり方が正しかったのかどうかはわからない。
だが、こんな風に自分の気持ちを父親に話した卓を見て
間違っていなかったとようやく自信が持てた気がする。
自分の息子ながら、立派に育ってくれたとうれしく思った。

「お前が決めたことなら俺は反対はしない。
・・・ただ、お前だけの問題じゃない。責任は持てよ」
ニッと笑って俊は卓に言った。
自分の若い頃を思い返すと苦笑いもしたくなるが、
妻を大切に思ってきたということには胸を張って誇れる。
「ああ。」
卓が笑って答えた。


二人の男の会話を蘭世はキッチンで聞いていた。
自分が愛した二人の男を蘭世はそれぞれの想いで見てきた。
俊の妙に父親ぶった台詞はおかしかったが、
何だか蘭世はそれがうれしかった。
俊には俊の想いがあるんだろうな・・・そう思った。

涙を拭いて入れたての紅茶をお盆に載せてリビングへ入っていった。
残された家族の時間をもうひと楽しみするために。




あとがき

久々に卓の出演です。
卓、好きなんですよね〜。真壁くんに似てるから・・・(笑)
ていうか卓も真壁くんでした(汗)
第3部は愛良が子供すぎて感情移入できなかった分、
卓&ココに気持ちが集中していました。
でももっと卓の姿が見たかったな〜。
そして卓&俊の親子っぷりも見たかった〜。
自分で書いてみましたが、う〜ん、消化不良・・・。
誰か書いてくれないかな・・・(ぽそ)

でもこの作品、卓が結婚するシーンみたいになってしまった。
ただ、一人暮らしするだけなのに(笑)
卓が大学生の分際でココと同棲なんかするからだ〜〜〜と人のせい(笑)