095 プリズム   〜Syun's heart 3〜
このお話は、
「088 等高線」、「095 プリズム」
とともに3部作になっております。

前作にあたる「ラビリンス」・「等高線」をまだお読みでない方は
お時間がございましたら、そちらからまずお読みくださるほうが、
気持ちをあわせやすいかと思います。
もちろん、全くの続き物ではないので、別のお話として独立して
読んでいただいてもOKです。
江藤のヤツが
また俺の様子を伺っていることに俺は気づいていた。























バカだ。
あんな風にお前を傷つけた俺を、それでもなお、
なぜお前は俺を追いかけようとするんだ。











ポンっと肩を叩かれた時、俺は、一瞬にして心臓がとまった。
もうかけられることのなかったはずの声が俺の中を通り抜ける。





それはつらくもあり、そしてうれしくもあった。
身勝手な男だと、自分を責める。
迷惑であると言い放ったあいつが、またこちらに向けられたことに、
正直な俺の心が、閉じ込めていた奥底で騒ぎ出した。

俺は何も言えないままその場に立ち尽くすしかなかった。
まだお前は俺を追いかけるのか?
思いを決した俺の決意が軽く交わされた様で、
俺は拍子抜ける。





























まだ温かいままのお弁当が、今日もポストに置かれていた。
おかずのいいにおいに交じって、体が覚えていた香りが
俺の胸を締め付ける。
・・・・・・・・・・・・・・・切ない。
何故俺なんだ。
頭にしっかりと残されていた、江藤の残像に
俺は静かにそして苛立ちながら語りかける。
泣いている江藤を責める。







だが、俺はそれを拒否しようとしなかった。
しようと思えば出来たはずだ。
だが、敢えてしなかった。
そんな俺を俺は自ら嘲った。
情けない。。。。
はねつけたはずの想いがまだこちらに向かっていることに、俺はどこかで安心している。
こうあることをどこかで期待していたのかもしれない。








本当はとうに分かっていた。
臆病な俺は、敢えて気づこうとしていなかっただけなんだ。
責任と誠意という、言葉に踊らされて、
俺はかっこつけていただけだったんだ。
うごかさないポーカーフェイスの奥で呼び続ける
いとしい名前・・・・・・・・
求め続けるいとしい想い・・・・・・・。




























確認したのはそれから幾日もたたない日のことだった・・・・・・・・・・・・・





俺の前に突如、ゾーンが再び現れたことで
俺は、江藤が人間になったことを知った。







そんな柔な体で、俺をまた助けようとする。
身を徹して守ろうとする。
俺は何をどう言えばいいんだ。。。。
守らなければいけないのは
俺の方であるのに。




















はりさけそうになる想い・・・・・・・・・・・・・・。





















こうなることを心の深い深い奥で期待していたことが
いざ、目の前に突きつけられた今、
俺はあふれ出す2人の空気が一つに交じり合うのを見た。


押さえようとしてももうコントロールがきかなかった。
こんなに人を愛しく想うことができるものなのだろうか。
そして
それを今、もっともそれに縁のなかった俺自身が味わっていることを、
妙に不思議に思う、客観的な自分がいた。










俺はあいつののばした手を払う理由なんてもうどこにもなかった。
人間になることをあれだけ拒んでいたはずが、
理由はわからなかったが、すんなりと俺は受け入れることができた。
申し訳ないという気持ちは起こらなかった。
逆に感謝の気持ちと、決意の気持ちだけが、俺の中を占めていた。






涙を流す潤んだ瞳の中に俺がはっきりと映っている。
その瞳に吸い込まれるかのように俺は江藤の体を引き寄せ抱きしめた。






もうずいぶん長い間会っていなかった永遠の恋人どうしのように
俺たちは抱きしめあった。
久方ぶりのくちづけ。
だが、それが俺の心の何かギスギスしたものをすっと溶かした。







何を悩む必要があったのだろう。
こうしていることが一番自然な形であることに、
ホントはずっと気づいていたはずなのに。。。。。。。。
そう俺たちはずっと昔から、
2000年も前から、いやもしかすると、もっともっと昔から、
ずっとこうやって生きてきたのかもしれない。。。。
離れられるはずなんてなかった・・・・・・・・・・。


















運命に幾度となく振り回される自分に、俺は嫌気がさしていたのかもしれない。
その運命にこいつを巻き込んでしまうことも・・・・・・・。
いや、あいつと過ごしていく運命を、断ち切ることで、新しい人生を手に入れたかったのかもしれない。
穏やかに生きていく人生を手に入れたかったのかもしれない。
















だが、江藤は言う。
「私は私の運命に従っているだけ・・・・・・・・」と。。

お互いの運命が交差して結ばれているのを、それを敢えてほどく必要なんてどこにもないはずなのに・・・
バカなのは俺のほうだった。


それはないものねだりの、
ただの俺のエゴでしかなかった。

妙なプライドと意地とそして臆病さのせいで、一人で空回りしていただけだった。。
あいつのいない人生がどれだけ俺の世界を色あせ、
無意味なものであるのかに気づく。
こんなにもお前を必要としている自分を俺はもう偽れない。
気づかないフリなんてもうできるわけがない。
























屈折して見えていた、偽りのプリズムの幻影はもう、折れることなく、
まっすぐに俺の心に向かって差し込む。
何かを通して見る必要はもうない。
鮮やかでなくてもいい。
光る一本の筋があればそれで・・・・・・・・
まぶしくても俺はもう視線をはずさない。












人間になった江藤を、今度は俺が守る番だ。
もう守れるのは俺しかいない。
そう俺しかいなかったんだ・・・・・・・・・・・・。
わかっていたはずの気持ちを
改めて噛みしめる。

















2人の運命がもう一度2人を引き寄せたように、
もう一度深く口づけを交わす。


江藤の想いが唇を通じて俺の中に流れ込んでくるのがわかった。
きっと俺の今までの抑えていた思いも、醜い感情も、すべてはじけ飛んで江藤の中に
流れ込んでいくのだろう。




人間になっても、能力がなくなっても、それがわかる。
























絆というものはそういうことなのかもしれない。



















一つになった影を俺は眺めていた。
そして、目を閉じて鼓動を感じる。
生きている・・・・・・・・
それだけでいい。













抱きしめた時、いつも俺の鼻をくすぐった江藤の香りが今日も同じように俺を包み込んだ。
ずっと求めていたこの愛しく感じる香りを
微量たりとも零れ落ちないように
俺はその香りに守られながら、
江藤の頭も髪も背中も全て自分の手で包み込んで、
もう一度強く抱きしめた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



















あとがき

3部作の完結編です。
俊の思いは完結できていたでしょうか。
離れたい、離れられない、離れなければ、でも・・・・・・・・・・
紆余曲折する俊の静かな葛藤が3作を通じて表現したかったのですけれど・・・。
















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