097 走る
「今日でこの教室ともお別れかぁ・・・」
聖ポーリア学園のとある教室で卒業式を終えた女生徒たちが残されたわずかな余韻を感傷深く味わっていた。
巷ではどの学校も卒業式シーズンを迎えている。
この聖ポーリア学園も例外ではない。
3年間それぞれの想いを抱えながら通った教室は
静かにたたずみ生徒一人一人をあたたかく送り出す。



「早かったよね。3年間って・・・」
同様に卒業を迎えた蘭世もしみじみ過去を振り返る。
前だけを見て突っ走ってきた蘭世にとって、この高校生活は人生を彩る1ページとして実にふさわしいものになっていた。
楽しかった過去もつらかった過去も全て自分を表現するものの一部となる。





「とうとう彼氏できなかったなぁ・・・・」
「私も〜」
隣にいた友人2人が卒業証書の筒をゴロゴロと机の上で転がしながらぼやいた。
「蘭世はいいわよね。ずっと真壁くんがいたもん」
「え?///いや、そんな。。。なはははは」
突然話をふられた蘭世が照れる。
(やっぱりそういう風に見えてるんだ。えへへ。うれしいな)
一人乙女モードをかもし出す蘭世をよそに友人たちは話を続ける。


「この際だから、誰かにボタンでももらう?」
「えー?誰によ。。。もらいたい人でもいるの?」
「別に〜」
「じゃあダメじゃない」
「はあ・・・卒業式だってのにおもしろくないわよね〜」


「ねえ・・・」
ようやく乙女モードから抜け出した蘭世が2人の友人に尋ねた。
「何のこと?ボタンって・・・」
乙女モードに浸っていてもちゃんと会話は聞いていたらしい。
「は?何言ってんの、蘭世。ボタンよ。金ボタンの話。卒業式にもらうでしょ?」
「そうなの?」
「やだ!蘭世知らないの?ありえな〜い。卒業式の時、好きな男の子に制服の第2ボタンを思い出にもらうのよ」
「へえ、そんなのあるんだ〜。すてきね」
蘭世は感心する。
「うちの学園はブレザーだから、金ボタンじゃなくて普通のボタンになるけどね」
「中学のとき、そういうのなかった?一大イベントよ」
「う〜ん・・・?」
(あ!そういえば私中学卒業してないんだっけ・・・?あぶないあぶない・・・)
「そ、そうだったかな〜あはは」
「まあ、あんたはいいわよ。どうせお願いなんかしなくてももらえるんでしょうから。」
ねーっと2人の友人達は声を合わせてむくれる。
(そっかなぁ・・・真壁くんそういうの興味なさげだけど・・・知らないんじゃないかな〜)
と疑いながらも蘭世は初めてのイベントに胸を躍らせた。



「あー、すごかったぁ〜」
そういって別の友人が威勢良く教室に入ってきた。
「あ、おかえり〜、どうしたの?」
「真壁くんよ、真壁くん!」
「え!?真壁くんがどうかした?」
蘭世は真壁と聞いてすばやく食いつく。
「あ、蘭世!!こんなとこでなにやってんのよぉー、真壁くん、大変なことになってるわよ」
「何?何?どうしたの?」
がしっとその友人の肩をつかみ蘭世は顔を覗き込んだ。
「(うわ!近いな・・・)か、神谷さんを先頭に女の子たちに追いかけられてたわよ」
「な、なんですって〜〜!!」
「きっと、ボタンを狙われてるんだろうけど・・・ってちょっと!蘭世ーーー?」
話を聞き終わらないうちに蘭世はすでに教室を出て廊下を猛ダッシュで走っていった。
「は、早い・・・」
「あの子、ボタンのこと知らなかったのよ」
「え?そうなの?マジ?」
「何か最後までドタバタね・・・」
そういって3人はにっこり微笑んだ。





「せんぱ〜い!待ってくださ〜い!!」
「真壁く〜ん!」
「ボタンくださ〜い」
「え〜い!うるさい!!にわかファンは帰りなさい!!俊のボタンは私の予約済なのよ!!」
曜子の一喝もさすがにこれほどの女の数にはひとたまりもない。
猪突猛進な集団が俊を追い回す。


(お前が一番うるさいだろ・・・)
と曜子に対して心の中で愚痴りながら逃げる。
「いいかげんにしろよ、まったく・・・」
追いかけられ続けている俊は走りながらぼやいた。
(どこまでついてくる気だ?どいつも体力あるな・・・)
「ふ〜、何なんだ。。。ったくしょうがねえな、やるか・・・」
そういって俊は校舎の影にすっと入り、一瞬でテレポートした。



バタバタと追いかけてきた女子の集団は前列が急に立ち止まったことにより
一気にぶち当たり雪崩状にくだけた。
「きゃ!」
「いた〜い」
「真壁くんは!!??」
「いなーい!!」
「逃げられたわ!!」
倒れこんだ山の一番下に下敷きになっていた曜子はえいっ!!と集団を押しのけてまた走っていった。
「す、すごい。。。神谷さん・・・」
女の子達は呆気に取られて呆然と走り去る曜子を見送っていた。





「はあはあ、いないな〜真壁くん・・・帰っちゃったのかな〜」
校内中走り回った蘭世だったが俊の姿を見つけられないでいた。
(ボタンかぁ・・・真壁くんのボタン・・・もう取られちゃったのかな〜。出遅れたよぉ・・・)
トボトボと歩く蘭世は校舎の角を曲がったとたんドンと何かにぶち当たった。


「あたたた・・・」
「あ!江藤さん!あなた、真壁くん知らない?」
「え!?(ドキ)さ、さあ知らないわ」
「あ〜ん、帰っちゃったのかしら・・・」
「ショック〜」
(やっぱり帰ったのか・・・)
蘭世は去っていく女の子たちを横目で見送った。
(あ〜あ、疲れちゃった・・・私も帰ろ・・・)
蘭世は教室に戻り、友人達に別れを告げて家路に着いた。





(真壁くん、どこ行っちゃったんだろ・・・)
俊を探しにアパートにも寄ったが帰ってきた気配もなく、蘭世はしょうがないなと思いながら家に帰っていた。

そのとき家の門のところに人影を感じた。
「あ・・・!!真壁くん!!!」
蘭世はその人影が俊のものだと気づくと側に走り寄った。


「よぉ、遅かったな」
「どうして、ここに・・・?」
「あんな状態じゃ一緒に帰れねえしな///]
[え!?」
ふっと俊が笑った。
(あ、ボタンがある・・・よかった♪誰にもあげなかったんだ・・・)
蘭世は俊のボタンを確認した。


「と、とりあえず中に入って!」
そういって蘭世は俊を家の中に入るよう促した。
「なぁ・・・」
「ん?なあに?」
「お前もいるのか?これ・・・」
俊はそういってブレザーのボタンをつまんでパタパタさせた。
「え!?」
(やだ、また聞こえちゃったのかな・・・?)
「お前が欲しいんなら・・・やるよ」
「・・・いいの?」
「・・・まあ///・・・中学のときもやれてねえしな・・・」
ポリポリと鼻をかきながら俊は言った。


「え!?真壁くんも知ってたの?ボタンもらうって話・・・」
「はぁ?何、お前知らなかったの?」
「え!?(ギクっ)そ、そんなことは・・・」
(どうりでこいつ、さっきの集団にいなかったわけだ。
真っ先に神谷と並んで追いかけてきそうな奴なのに・・・)
ぷっと俊は笑った。
「あ〜、笑ったわね〜〜〜」
蘭世が怒る。
俊はぽんぽんと蘭世の頭を軽く叩いて言った。
「ほら、いるのか?いらねえのか?」
「・・・・うっ・・・い、いります・・・」
ぷちっと俊は上着に縫い付けられた第2ボタンを指でちぎって
蘭世の手に渡し、そのままその手を握り締めた。






あとがき

ベタベタな卒業式ネタです。
シーズンですし、バレンタインはその機会を逃したので、今回は遅れないようにさっさと
書きました・・・(笑)
卒業とあとそれぞれの想いを抱えながら走るシーンを書こうと思ったのですが、
走るシーンはなんと中途半端に終わったことか・・・玉砕。

kauranにもボタンの想い出はありますが、それも中学までだったな〜。
高校の卒業式は某サイト様のBBSでも書きましたが、1月21日で、次の日が入試開始だったので、それどころではありませんでした(^^;)
早く打ち上げして帰らなきゃ〜という意識の方が強かったので・・・。
ちなみに高校の男子の制服はファスナーの詰襟でしたので、それ以前にボタンがないんですけどね・・・(笑)

ちなみに中学のとき、当日より前に、体育の時間に好きな人のボタンを友達とパクリに行った思い出があります。(コラ!盗人か?)
そして、さらに当日ももらったので私は結局その人のボタンは2個持っています。(笑)