改めて感じるひととき








ジムからの薄暗い道を俊はようやく一人で歩いていた。

今日は早めに上がり、時間は6時近くになっていたが、最近は日がまた短くなってきて、もうすでに日が沈み辺りは夜の風景へと少しずつ変化していっていた。

大通りから細い路地に急いで入り、振り向いて後ろに誰もついてきていないことを確認すると俊は軽く頬をほころばせた。








結婚して3ヶ月ちょっと。
新婚という響きは未だ照れくさい。
そんな俺を見て、ジムの奴らは、今こそが俺の弱みを握るタイミングだとも言わんばかりに口をを開けば冷やかしの嵐。
油断をすれば、家までついて来ようとする。
そんな奴らを、毎度毎度、俺は撒いて帰ってくる。

正直な話をすれば、連れて帰って自慢してやりたい気は山ほどあるのだが、
もう一人の俺がそれを遮る。

照れくさい・・・それはもちろんそうなのだが、
もっと大きな理由が俺の中にある。
自分でもそんな自分を疑うほど、滑稽にも思えるが、感情だけはどうにもならない。
二人の時間を邪魔されたくないのだ。
せっかくの手料理、せっかくの二人の時間を、今はまだ誰にも味あわせたくないし、邪魔されたくない。









細い道を抜けると、見慣れた風景が目に入ってきた。
通りに面して立ち並ぶ家々からは、それぞれの空気が染み出している。
夕食の香り、子供達のはしゃぐ声、テレビから漏れるノイズ・・・・
それらは結婚するまでは、自分の周りをただ通り抜けるものだけのものであったのに、
今は、自分自身の五感を通して、俊の中にとどまり、それぞれのもつイメージを溢れさせる。
それぞれが家族の中で生きている。その家、その家・・・いろんな形がある。
そして俊自身も、そういう人たちの仲間になった気がして妙に心が騒ぐのだ。


誰も見てもいないし感じてもいないのだが、それが妙に恥ずかしく、
心が逸るのを隠すように俊は少し小走りで家路を急いだ。

自分の視界が自宅にまで到達した。
リビングの明かりが外に漏れている。
その明かりの元にアイツがいる。
ただのルームライトの明かりであるのに、まるでアイツが放っているかのような
あたたかそうな光に見える。

一人で暮らしている時はこんな風に感じることもなかったし、できなかった。
そしてそう思うことのうれしさに3ヶ月もたってもまだ慣れなかったりする。
家で自分の帰りを待つ人がいる。
それが愛しい女ならなおさら・・・・


出迎えの風景を想像しながら、俊はドアノブを回す。
まだ、靴を脱ぎかける前に、蘭世がキッチンの方から走り寄ってきた。
「お帰りなさい!あなた♪」
零れ落ちそうな笑顔が俊の心に染みわたる。
この自分だけに向けられる笑顔も、まだ、誰にも見せたくはないなと思う。


最初は『あなた』というのも照れまくってた蘭世だったが、今は何のためらいもなく
さらっと言いのける。
女ってのは順応性があるのな・・・と改めて感じることの一つであった。
自分は未だ、『蘭世』と呼ぶのもためらってしまうから、わざと、「オイ」とかって呼んでしまうのに・・・。

想像通りの、いつもの言葉、いつもの笑顔に俊はぷっと軽く吹き出して、靴を脱ぎながら「ただいま」といった。
「あっ!なーに?どうしたの?何が可笑しいの?」
俊の反応に蘭世は目ざとく目をつけ、直ちに俊を質問攻めにする。








こういうところは昔と全く変わらない。
昔からコイツは俺の言動にいちいち反応する。
であった頃は、俺なんかに興味をもつなど、よっぽど暇な女だななんて思ったりもしたが、いつの間にかそんなコイツの存在が俺にとってなくてはならないものになった。
今では、この得意のコイツの質問攻めが心地よかったりもする。









「別に。お前の顔が相変わらず面白くてよぉ」
と思ってもいない悪態をいたずらっぽくいってみせた。
「あ〜!何それ!失礼しちゃう!もう!さっさと着替えてきてください!」
蘭世はふくれながらそういうとまたキッチンに入っていった。

「はいよ」
と一言言い残しながら、俊は部屋に入る。






俺はいつもあいつをああやって怒らせてばかりいる。
本当は俺の帰りを待ちわびているであろうアイツを抱きしめて、キスの一つでもして・・・なんてしてやりたいと思ってみても、この俺ができるわけがねえ。
結婚しても、俺のこういうところもまだかわらねえ。
だが、アイツのいつも変わらない反応、いつも変わらない笑顔、いつも変わらないふくれっつらを見たくて、
いや、抱きしめたい行動を悟られたくなくて、ついつい俺は意地悪を言う。
いつまでも子供なままの自分を情けなくも感じるが、
今は、まだこの新婚気分をゆっくりと味わっていたいんだ。









着替えを終えて、リビングに入ると蘭世の機嫌はもうとっくに治っている。
鼻唄まじりで夕食の準備をしている。

そんなまたいつもどおりの姿を横目で見つめながら、口元を緩ませて
俊はソファーにどかっと腰を下ろした。

「すぐあっためるからちょっと待ってね」
ソファーに座る俊に向かって蘭世はそう声をかけた。
俊はああと返事して、ローテーブルの上に無造作に置かれていた郵便の山を手に取っていた。
ダイレクトメールだの、公共料金の請求書だの、ろくなものが入っていない。
チャンピオンになってからというもの、俊宛のダイレクトメールは一気に増えた。
目を通すわけでもなく、機械的に封筒を手の中でくる作業を続ける。
その時、俊はふとその手を止めた。
蘭世宛のダイレクトメールだった。
もちろん宛名は『真壁蘭世』になっている。
当然といえば当然なのだが、改めて文字としてこの漢字の並びを目にすると、俊は何だかドキリとした。







恥ずかしいような、照れくさいような、そんな気持ちが俺を襲う。
探してみると、6通、蘭世宛の郵便物が来ていた。
自分達だけのことであると思っていたが、確実に着々と江藤蘭世ではなく、真壁蘭世としての存在が世間に広がり始めている。
俺の妻としての存在が・・・・・・。
何ともいえない気持ちが心の奥から溢れてくる感じがした。









「さっ用意できたよ」
蘭世は鍋を洗いながら俺に声をかけた。
その声に俊はハッとして顔をあげた。
そして、何も言わずに蘭世のそばに寄り添い、そのまま背中越しにそっと抱きしめた。

「ちょ、ちょっとどうしたの?」
蘭世は俊の珍しい行動に急にうろたえる。
俊は蘭世の言葉を無視し、黙って蘭世の首筋にそっと顔をうずめた。
蘭世の香りが鼻からすっと入ってきて、それは一気に俊の中で媚薬になる。
今や、真壁蘭世となった体は、実際には何が変わるわけでもないのに、
何だか、ほんのりあたたかい気がした。









俺の新しい家族、俺だけの、、、女。。。









こんなにも自分に独占欲があったことに驚きながらも、俊は蘭世を抱きしめていた腕の力をもう少し強くして、そっと首筋に口付けた。
蘭世も黙って俊の手に両手をそえ、ゆっくりと呼吸を合わせた。
先ほどまで水を触っていた蘭世の手はひんやりとした。
俊はその蘭世の冷たい手を自分の大きな手で包みながら、
「幸せになろうな」
と囁いた。
「・・・・うん」
蘭世も俊のその言葉にコクリとうなづきながらそっと目を閉じた。










<END>










あとがき

いかでしたでしょうか。
しぇるさんのリクエストは〜『二人の新婚生活』を何気ない日常の一こまという感じで・・・〜ということでした。
何げない一こまは得意なのですが、何気なすぎましたね・・・^^;ギャースミマセン(滝汗)
俊が正直ここまで細かく考えるだろうかということには大きな疑問が残りますが、
まあ、そこは目をつぶっていただくこととして・・・^^;
毎度ながら、いつも読み手に気を遣わせる作品で申し訳ないです・・・(平謝)

小説というより随筆みたいになってしまってますが、
結婚をしたんだなぁと俊がその甘さに浸っている感じが出せればいいかなと思ったんですが・・・
それもあまり出せてませんね^^;

拙いものになってしまってますが、しぇるさま、どうぞご笑納くださいませ。