朝もやの向こうに




突然目が覚めた。

つい先ほどまで夢の狭間を漂っていたはずだったが、何かに引き寄せられたように

まだうす暗がりの中で目が覚めた。

隣ではまだ母が小さな寝息を立てている。

時計を見た。まだ5時半過ぎ。暗いはずだ。

窓の外は少し白ばんできだしたあたりか・・・。

俊はうーんと伸びをして、寝ている母を起こさないようにそっと寝床から抜け出した。





ここは筒井のお兄ちゃんの別荘だと聞いている。

ここで俊は、母とそして蘭世と蘭世の家族達とともに住んでいる。

(そういえばもう一人の王子とやらも先日来たが)





俊には記憶が二つある。

母と以前2人だけで住んでいた頃の記憶と

もう一つは、ここで蘭世たちと一緒に過ごしている現在の記憶。

母の説明によると、自分たちは魔界人で、自分はその王子で、

何らかの力が働いて(それは何なのかよくわからなかったが)生まれ変わったのだと。

何となくわかったようなわからないような話ではあったが、今までなかった力が備わり、

現に二つの記憶を持ち合わせているのだから受け止めるしかない。



俊は現在、12歳になっている。

何歳かずつ成長していくのは、自分としては何だか意味が分からないし、その間の記憶は抜け落ちているわけだから、

釈然としなくて、それほど気持ちのいいものではないのだが、

成長するにつれて、周りが、特に彼女が、涙ぐみながら大喜びするものだから、

最近ではそれはそれで、まぁいいかと思うようになっている。



彼女とは、当然蘭世のことだ。

彼女は、まだ俊の知らない未来の自分、14歳以降の自分を知っているらしい。

それもまた理解しがたい状況だけれども、現にそうらしいのだから仕方がない。

彼女が側にいることが、当たり前のように過ごしてきたからあえて考えもしなかったが、

よくよく考えれば、何故一緒にいるのか(それは蘭世だけでなくその家族達も)

何故身の危険を冒してまでも自分たちを助けてくれるのかがわからない。





俊は台所に行って、コップ一杯の水を飲み干した。

その時、ふわっと空気が部屋の中に流れ込んでくるのを感じた。

そして何気に目を窓に向けると、少しその窓は開いたままになっており、

その向こうに蘭世が何か空を見上げて佇んでいる姿が見えた。



風が蘭世の髪を吹き揺らし、それらはまるで生きているように蘭世の背中で踊る。

空気は早朝特有の白い霧が薄くかかり、

まるで一枚の絵のような、幻想的な景色で俊は目を奪われた。

蘭世の周りだけが、まるでゆっくり時間が流れているようで、空気中のミクロな水飛沫の動きでさえ

スローモーションのように見えそうだった。



引き寄せられたのは、

このせいだったのか・・・?

俊より少し年上

だから惹かれるのか憧れてしまっているのか、どうなのかは俊にはよくわからない。

だが、



――― 綺麗だ ―――



俊は思わずそう思った。

そして、その姿を、朝もやの中で髪が風になびくその姿情を

俊は遠い昔から知っていると思った。

蘭世の横顔に俊は目を見張り、そのまま動けなかった。

心臓が何度も大きく弾み、体中の血が躍動し始める。



そうだ。

俺はアイツをずっと知っていた。



遠い昔に、あの細い肩をこの腕で抱き、あの長い髪に顔を埋めていた。

自分の意識とは少し違う場所で、その記憶が確かに存在するのを俊は肌で感じていた。





触れたいと思う。

体が意識よりも早く前に出る。

閉まりかけの窓を俊はもう一度開いて外に出た。

その音に蘭世は気づいて振り向いた。

その拍子に蘭世の髪がふわりと大きく触れる。

そして「おはよう、早いね」と蘭世は微笑んだ。

また心臓がドキンと鳴る。



やっぱり・・・知っている。



白い頬に手を伸ばしたい衝動をぐっと抑えて俊はつぶやいた。

「何見てたの?」

俊がそういってまだ青みの薄い空を見上げたのにつられてか、

蘭世ももう一度空を見上げた。

「ん・・・。今日晴れるかなって思って・・・」

蘭世はもう一度ニコリとする。

しかし、俊はそれがうそだと分かる。

蘭世はその空に自分の知らないもう一人の俺ってヤツの面影を映し出していたんだと思う。





晴れるかどうかなんてそんなことを考えている顔ではない。

どこか淋しげで、はかなげで、その泣きそうな瞳で何かを追い求めている・・・

そんな顔だ。

今ここにはない姿を、雲の隙間、空気と水蒸気の間、もっと超えたそのずっとさきまで探している

そんな瞳だ。

何かが零れ落ちそうなその瞳に見つめられて俊はまた何も言えなくなった。





守りたい・・・この人を・・・。





俊は震えそうになるのを堪えて蘭世の頬にそっと手を寄せた。

その瞬間ビクリと蘭世が全身を振るわせる。

そしてそのまま視線が合った。

「真壁くん・・・」

この間成長したおかげで、もう蘭世を見上げなくてもすむようになった。

しかし、蘭世が自分を見ている瞳は、本当に自分を見ているのかどうか

俊にはわからない。

自分のはずなのに自分ではない。

だけど、自分は確かにこの人を求めているんだ。

そして、この人はオレをこの先のオレを。。。

それでいい。

今の自分でなくても・・・



「オレは・・・」



俊はそのまま蘭世の肩を抱き寄せた。

この感じを覚えているんだ。



オレは生きなければ・・・

たとえ魔界の奴らがオレの命を狙っているとしても

この人を悲しませることはしてはならないんだ。

そしてこの人を守らなければ・・・

そう思うんだ。



「あ、あの・・・」

腕の中で蘭世が悶えている。

「え・・・?あ、ご、ゴメンっ///」

俊は慌てて蘭世を引き離す。

顔を真っ赤にして蘭世が慌てている。

「も、もう!真壁くんったら!ませてるんだから!」

そう言い放つと蘭世はそのままその場から走り去った。

「ちょ、ちょっと・・・!」

俊はしばらく呆然と蘭世の去っていった方を見送ったあと、

我に返って、ふーっと大きく息を吐いた。

何やってんだ。。。オレは・・・。

自分のしたことが急に恥ずかしくなって顔が火照る。

でも・・・

くそっ!アノヤロウ、ガキ扱いしやがって・・・。

俊は先ほど、蘭世がしていたように空を見上げた。

彼女が見ていたものは・・・

俊は手を伸ばして宙を掴む。

それをぐっと引き寄せてこぶしを胸の前で握り締めた。

初めて心から早く成長したいと思った。

彼女の見ていた姿を胸に刻みつけて俊はもう一度大きく息を吐き出した。






<END>







あとがき

原作では12歳になってすぐ、ターナさんが魔界に行ってしまったので
ちょっと話が変わってくるんですが、(隣で寝たりはしてないし、圭吾の家も出ちゃってるはずだし)
そのあたりはさらっと流してくださいませ・・・^^;
朝もやの中の綺麗な雰囲気を出したくて書いたお話なんですが、
文にするとフツーな感じになってしまいました。
別にたいして甘くもないし・・・。
ちょっとパラレルみたいになっちゃったし・・・

ダメだし点は山ほどでてきますが、
クレームはお見逃しくださいっ!!(お願い!)














  







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