蘭世は汗がこめかみを流れ落ちるのも気にせず、炎天下の中、息を切らして走っていた。






巷では、夏休みに入ったので、走っている間にも、普段のこの時間ではあまりお目にかからない
子供達に次々と出くわす。
小学生だろう。数人でキャイキャイと騒ぎながら、道いっぱいになって歩いている。

しかし、そんな彼らたちも、さすがの蘭世の勢いにはかなり驚いたようで、思わず
一斉にパッと道を開け、その間を走り抜けた蘭世の後姿をぽかんと口を開けて見送っていた。


「何だ?・・・・今のねえちゃん」
「・・・・・・さぁ・・・」





そんな小学生達には目もくれる余裕もないほど、蘭世の気は逸っていた。

白のTシャツにジャージ姿という軽装で何も持たないまま蘭世は走っていた。



ただ、一つだけ、銀色の鍵だけが上下に揺れるポケットの中で存在を大きく知らしめていた。













(・・・・・・真壁くん・・・・・・はぁはぁ・・・・一体どうしたの・・・・)











走る蘭世の心の中はただ、その想いだけが占めていた。



あの角を曲がれば、俊のアパートが見える。
蘭世は息をするのも忘れるほど、ただ、その面影だけを追っていた。









蘭世はようやくついたアパートを見据え、
カンカンカンカン・・・・・っとリズムよく鉄製の、少し錆びた階段を駆け上がった。





ドンドンドン・・・・
「真壁くん!!いるの?・・・・・真壁くんっ!」
勢いのまま大きくドアを叩き、蘭世は中に向かって声をかけたが、返事はもとより、物音すら聞こえない。




(まさか・・・倒れてるんじゃ・・・)





蘭世はいやな予感がして、右手を自分のジャージのポケットにつっこんで、持ってきた鍵をつかんだ。

つい先日、俊がくれた合鍵・・・。
まだ作り立てで新しく、強い日差しにきらりと光った。
まさか、こんなに早く、こんな状況で使うことになろうとは・・・・・・。



あせってなかなか鍵穴に入らないのを、ようやく成功させて、蘭世はドアを開け
部屋の中に入り込んだ。
締め切ったままで、俊のにおいが充満したその部屋には、当事者の姿は見つけられなかった。
「・・・真壁くん?」
誰もいないのはわかっていたが、とりあえず名前を呼んでみた。だが、当然、返事は・・・・・ない。

靴を脱いで部屋に上がり、周りを見回してみたが、結果は同じだった。
丸い小さな食卓の上に何かを飲み干した後のグラスだけが、何も語ることのないまま置かれている。

ボクシングの用意はしてあったが、それはそのまま置かれていた。

(学校にもジムにも行ってないってこと?)


(真壁くん・・・・どこ行っちゃったの・・・?)


蘭世ははぁはぁと息を整えながらも、誰もいない部屋を黙って見つめてた。




















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蘭世は、トボトボと、半分放心状態で、思わず飛び出てきた学校へと戻っていた。
先ほどはそうは思わなかったが、今は強い日差しが一層熱く感じられる。
額の汗を手の甲でぬぐいながら、蘭世ははぁとため息をついた。







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今朝もいつもと同じようにボクシング部の練習が予定されていた。
夏休みに入ってから、午前中は部活の予定が組まれていたのだ。

朝9時から始まるその練習に、
今朝、
俊は姿を見せなかったのである。





部長である俊が無断で部活を休むなんてことは、
まず、ありえない。
今までも、そんなことは一度たりともなかったし、
人一倍、熱心に取り組んでいたのは周知の事実だ。

4月に新しく入ってきた1年の新入部員達にとっても部長のその姿はとてもいいお手本であり、
目標であった。




それほど厳しい部長が、
10時になっても11時になっても来なかったのである。







最初は寝坊でもしたのだろうと思っていたものの、
さすがにこれだけ遅れると、やはり気になってくる。

蘭世は、先日一緒に買ったばかりの携帯で、電話をしてみたが、電波すら繋がらない。
仕方がないので、メールだけ送って、携帯を閉じた。




「どうしたのかな・・・真壁くん」
蘭世はタオルを抱えて戻ってきた曜子に声をかけた。

「めずらしいわよね・・・ちょっと私見てこようかしら・・・」
曜子はスクッと立ち上がって言った。
「えっ!?ちょっ・・・・神谷さん、ダメ!」
蘭世は思わず曜子の腕を掴んで引き止めた。
「え〜い!離しなさいよ!」



またいつもの小競り合いが始まろうとしているところに、日野が寄ってきた。
「まあまあ、落ち着けよ、2人とも・・・。それにしても
真壁のヤツ、どーしちまったんだろうな〜?
もしかして倒れてたりして・・・・」

「「ええっ!?」」
つかみ合ってた蘭世と曜子は、日野の言葉にぴたりと動きを止める。


(た、たおれてる・・・・・?真壁くんが・・・・?)
「真壁くん・・・・・・・・・」
蘭世はその瞬間、顔を青ざめさせたかと思うと、
ババババっとカバンの中から、鍵を取り出してポケットにつっこんで、そして部室から飛び出していった。




「えっ!?ちょっと!待ちなさい!蘭世ぇ〜〜〜〜」
追いかけようとする曜子を日野はぐっと止めた。
「まあまあ。2人で行ってもしょうがないだろ?ここは江藤に任せようぜ」
「な!何言ってんのよ!そんなこと誰が許すってのよ!」
「でも、マネージャーが2人とも行っちゃったらあいつらどうすんの?」
そういって日野は呆然と見ていたまだまだ頼りない1年生たちを親指で指した。

「う・・・もう!私だって俊が心配なのよ!」
「わかってるよ。わかってるけどさ・・・・」
そういって日野はポンと陽子の方に手を置いた。
「わかったわよ。今日のところは大目に見るわよ・・・・・・日野くん、一生恨むからね・・」
曜子は日野を指差しながら睨み、そして外に出て行った。



曜子は追いかけようとしたのを日野が止めたことに、本当は少しほっとしていた。
止めなかったら追いかけている。
だが、追いかけてしまったら、もっと辛い光景を見るかもしれなかったということに
わずかながらきづいていた。

(蘭世が持ってったの・・・・・鍵だったわよね・・・・・)

曜子は蘭世の走っていった方向をしばらく眺めていたが、
ブロック塀に背中を預けると、視線を地面に移し、こみ上げてくる何かをぐっと堪えた。















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(真壁くんのことだもん。事故ってことはないとは思うんだけど・・・・・
反射的に防護とかするだろうし・・・・・何よ!連絡すらくれないで・・・・)

蘭世ははぁとまた深いため息をついて
ようやく戻ってきた部室のドアをガチャリと開けた。



部室には日野だけがTシャツと短パンに着替えた状態で残っていた。
「よぉ。どうだった?」
日野は頭からかぶった水をタオルで拭きながら入ってきた蘭世に声をかけた。
「・・・・・」
蘭世は無言で目を伏せながら、首を横に振った。



「・・・・みんなは?」
室内を見渡して蘭世は聞いた。
「さっき、みんな帰ったよ。時間も時間だし」
日野の言葉に蘭世は左腕にはめた夏仕様の時計を見る。
1時を少し回っていた。
「・・・・もうこんな時間・・・・」
「とりあえず、俺も帰るけど・・・・お前も帰れよ。」
「・・・・ん・・・・」
「真壁のことだからさ、急にバイトでも入ったんじゃねえ?
あんま心配しすぎんなよ」
「・・・・うん。ありがと・・・」
















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日野と別れて蘭世はさらに高く上った太陽の下をさらにトボトボと歩いていた。
俊の姿を思い出すと胸が痛んだ。

(また・・・どこか行っちゃったんじゃ・・・・・・)
蘭世は過去の出来事がわずかにトラウマとなって心に残っていた。


(私、何かしなかった・・・・・・?)
記憶を手繰り寄せても、最近の俊の姿は、いつも優しい笑顔だった。
一緒に携帯を買い、合鍵もくれ、・・・・・・いなくなる理由も見つからない。
(バイト・・・・なのかな・・・・)
それならそれで連絡ぐらい・・・と思うものの、いちいち報告しなければいけない間柄ではないのかも・・・
と蘭世は一気に自信を落とす。


かばんから蘭世は携帯を取り出した。
色違いで買った真新しい携帯の一番最初に俊の番号が登録してあった。
試しに撮った写真の中に、少し照れた俊の笑顔がある。
それを眺めていた蘭世の手の中で、
その瞬間、携帯は電子音を立てながらバイブレーションが揺れた。
サブ画面に「真壁くん」と出る。



蘭世は思わず、携帯を落としそうになりながらも、着信を受けた。
「ま、真壁くん!?」
『よぉ』
「よぉじゃないわよ!今どこにいるの!?」
『・・・・・・お前んち』
「・・・は?」
『いいから、帰って来い』
「・・・・・・はぁ・・・・?」
『んじゃな』
そういうと、電話はぷちっと切れた。
「ちょ、真壁くん!?・・・・切れてる・・・・・もぅ・・・」
(でも・・・よかった。事故とかじゃなくて・・・)
蘭世はほっと安堵のため息をもらし、携帯を閉じて胸に当てた。
























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「ただいま!!!真壁くん!?」
蘭世は勢いよく家に飛び込んできて、「お帰り」の返事も待たずに、リビングの扉を開けた。
「・・・・真壁くんは!?」
蘭世はその部屋に俊がいないことを確認すると、椎羅に尋ねた。
「もう、なんなの蘭世。落ち着きなさいよ。
蘭世の部屋にいるわ。ちょうどよかった。ハイ、これもってって」
そういうと椎羅はサンドイッチとジュースを乗せたお盆を蘭世の両手に渡した。





逸る気持ちに反して、ジュースをこぼさないようにそぉ〜っと階段を上がる。
そして部屋の前でふぅっと息を吐いた。
まるで、何年も会っていなかった恋人に会うような瞬間。



「真壁くん・・・・?入るよ?」
そう言って蘭世は部屋の扉を開けた。

そこにはずっと追い求めていた俊の姿があった。
俊は窓の側に立っていて、蘭世の気配を感じ取ると振り返った。




「よぉ」
「・・・・・・だから、「よぉ」じゃないんだってば・・・・どこ・・・行ってたの?
探したんだよ?心配だってしたんだから・・・・・」
蘭世は押さえていた思いを涙と一緒に、一気にあふれさせた。
俊は蘭世の両手からお盆をとるとテーブルに置いて、
もう一度蘭世のほうに振り返ると右手でそっと蘭世の瞳から涙を拭いた。



「悪かったな。連絡もしねぇで・・・・」

「っく・・・・っく」
蘭世は嗚咽が止まらない。

「実はさ、魔界に行ってたんだよ」

「・・・・・えっ?・・・・魔・・・界?」
蘭世は泣くのをやめて、きょとんとした顔で俊を見た。


「これを取りに行ってたんだ・・・」
そういって俊は小さな、それでいて綺麗な球形の水晶がついたペンダントをポケットから取り出した。
普通の水晶に見えたが、それはしばらくすると、蘭世と俊の間で、そして俊の手の中でキラキラと
輝き始めた。



「・・・・なに?・・・・これ・・・きれい・・・・・・」

「恋人の森の池から取れる水の結晶なんだってよ」

「恋人の森の?」

「ああ、ちょうどこの時期の月夜の明かりが、水に反射すると、それが、こんな風に丸く固まって、
宙に浮かぶらしい。」

「宙に?でも・・・そんなこと、どうして真壁くんが知ってるの?」

「・・・・・前にお袋から聞いたんだ。そして、これは・・・・・その・・・お守りになるっていうか・・・」
俊は次第に赤くなりながらぽりぽりと鼻をかきながら声を小さくした。

「いや、すぐ帰ってくるつもりだったんだ。でも、せっかくだからと思って城に寄ったら、
アロンのヤツに飲まされちまって・・・・
そのまま、寝ちゃってさ・・・・
気がついたらさっき・・・・・悪かったよ。」

「そうだったの・・・・でもなんでそれがいるの?」

蘭世はふんふんと俊の話を聞きながらたずねた。

「はっ!?お前なぁ、何のために行ったと思ってんだ?」

「えっ!?な、何?」

「・・・・・・マジで言ってんのか?おちょくってるなら殴るぞ」

「な、何よ。おちょくってなんか・・・・・何なの?」

「・・・・・信じらんねぇ・・・・・・今日はなんの日だ?」

「えっ?今日・・・・?・・・・・・・・・・あっ!!!私の・・・・たんじょうび・・・・?」

俊ははぁ〜〜と大きく息を吐いてがっくりと肩を落とした。
「自分の誕生日忘れるかよ。この前まで、えらくアピールしやがってたくせに・・・・」

「ご、ごめん・・・・だって、真壁くんが連絡なしに部休むから、それどころじゃなくって・・・・・・」

「まぁ・・・それは悪かったけどよぉ・・・」
俊は半分侘び顔、半分呆れ顔で蘭世を見た。













そして、ふっと顔を笑顔に戻して、腕を回し、そのペンダントを蘭世の首につけた。

「誕生日・・・・・・おめでとう・・・・・・・・・・・・・・蘭世」
そういって俊はおおきな瞳を見つめて笑った。

「真壁くん・・・・・・うれしい・・・ありがとう・・・・・・」

笑顔でも溢れてくる蘭世の涙を、俊は唇でそっとぬぐい、そして、その唇を
蘭世のもとに持っていった。
俊は蘭世の肩に乗せていた両手を華奢な恋人の背中を優しく、そして深く抱きしめた。







そして、そのまま俊は江藤家に残り、夕刻から行われた蘭世のバースディパーティーは
大いにもりあがった。














あとがき



ひさしぶりにそれほど原作からかけ離れていないオリジナルを書きました。
まぁ、こんなときでないと書かないので・・・。。。^^;

それにしてもまぁ、なんと中途半端な終わり方。
しかも何?水晶って・・・・ごめんなさい。完全にそして適当に作りました(笑)
どんなものであるかは皆様に想像していただくとして・・・。
そして題も適当です。
題を決めるのって難しいんですよね〜。苦手だ。
話自体に盛り上がりがないし・・・(汗)
なんか全然甘くない題だし・・・^^;お話も対して甘くないけど・・・。
すみません。即席なもので。


あまりにも中途半端なので、サイドストーリーを近いうちまた書くつもりです。
とりあえずは、蘭世ちゃまのBIRTHDAYに間に合わせたかったので・・・・。え〜いUPしちゃえってな感じで。
俊サイドで、ペンダントの具体的な話も入れるようにします。
乞うご期待!(そんなに期待していただく必要はないのですが・・・・)




















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