群青に沈む夜 たわいもないことが原因だった。 俊が蘭世に黙って合コンなんかに行ったものだから話がややこしくなったのだ。 冷静になって考えれば俊がが自ら進んで合コンに参加したわけじゃなく、 友人に無理やり頭数合わせとして連れられていったのであろうこともわかったはずだが、 最近、何かとすれちがいばかりだったことが、さらに蘭世の気持ちを煽った。 高校を卒業して短大に進んだ蘭世は、日々の授業やレポートに追われている上に、バイトなんかも始めて、 一方の俊もプロボクサーとしての道を歩み始め、お互いがそれぞれ忙しい日常を過ごしていた。 なかなかゆっくりと会うこともままならない状態だった中で、 ようやく時間が取れそうな矢先のことだった。 今日はジムも休みの日だからと大学が終わったあと、俊に電話をいれたが、連絡はとれず、 トボトボを歩いている途中に出会った友人に声をかけられ、 一緒に居酒屋に入った店先で見つけたものに蘭世は目を見張った。 俊が知らない女性たちに囲まれてお酒を飲んでいる。 俊は黙々とお酒を飲んでいる感じだったが、特にその隣に座っていた女性は 何やらしきりに俊に話しかけていた。 「何あれ・・・」 呆然と蘭世はその場に立ち尽くした。 今、自分のおかれている状況がなかなか理解できない。 しかし、俊のいるところに近づいてはいけないということだけはわかっていた。 グサリとまるで胸がえぐられるような衝撃が走る。 その激しい空気の衝動に俊がハッと気づき、蘭世の姿を捉えた。 一瞬目が合う。 たぶん、一瞬だったのだと思う。 しかし、蘭世にはスローモーションのように時間がゆっくり過ぎていくように感じた。 そしてそのペースでゆっくりと俊から目を逸らすと、「ゴメン、帰る」と友達に告げて そのまま店から走り出た。 視界の端で俊がガタンと椅子から立ち上がったのを蘭世は捉えた。 しかし、そのすぐ後、その隣の女性にグッと引っ張られてまた椅子に座り込んでしまったのもなんとなくわかった。 蘭世は勢いよく店外に出て路地に入ると、その場にいた野良犬に噛み付いて駆け出した。 ***** ***** ***** 俊が江藤家に着いたとき、蘭世は自宅にいなかった。 鈴世が俊を睨みつけている。 「お姉ちゃんなら、魔界に行ったよ」 「魔界?」 「どこにいったのかは知らないけど、犬の姿でいきなり飛び込んできたかと思うと、 そのまま地下室に降りてっちゃった。何かあったの?」 「・・・・・・ちょっと・・・な」 「お姉ちゃん・・・泣いてた。ケンカしたなら早く仲直りしてあげてよ」 「・・・・・・」 俊は口元だけ軽く緩ませて鈴世の肩にそっと手を置くと、開けっ放しになっている地下室の入り口から 下に下りていった。 魔界の切れることのない深い霧の中を進んでいく。 こっちも夜か・・・。 俊は目を閉じてシンとした空気の中で耳を澄ます。 サワサワと揺れる風の中で小さな小さな泣き声が響いている。 いた・・・・・・。 あそこは・・・。 俊は立ち止まり、思い浮かべた場所にテレポートした。 ***** ***** ***** 蘭世は風が静かに揺らしている水面を眺めていた。 泣けば泣くほど悲しみが増してくるようだ。 ―――でも・・・でも・・・悲しかったんだから――― あれが合コンだと気づいたのはここに着いてからだった。 それまでは一目散に走って走って、ただ走るのみだった。 立ち止まることは何故か怖くてできなかった。 そして、ようやくこの大好きな場所にたどり着いてやっと、深呼吸できた。 百歩譲って、無理やり参加させられたとしても、見知らぬ女の子たちにベタベタされているのをみるのは 正直面白くないし、そこまで心も広いわけじゃなくて・・・ でも、あの場にズカズカ乗り込んでいく勇気も出ずに、 蘭世はキラキラと光る湖の水面をただただ、眺めるだけだった。 ***** ***** ***** 俊はたどり着いた先の湖のほとりに蘭世が座っているのを見つけた。 足を前に投げ出して、ボーっとたたずんで・・・。 蘭世はもう泣いてはいなかった。 しかしその姿は、とっても悲しげで淋しげで・・・俊は切なくなる。 あんな顔をさせたは自分だということにも辛くなる。 俊はそっと蘭世の背後に近づいて、そのままゆっくりと蘭世を後ろから抱きしめた。 蘭世がビクリと体を震わせて、後ろを振り返った。 そして俊の姿を確認するとまた瞳にみるみる涙が充満し、あふれそうになる瞬間に顔を前に戻した。 「ごめん。黙ってて。でも・・・無理やり誘われただけなんだ・・・」 「・・・・・・」 わかってる・・・そんなことはわかってるんだけど・・・ 感情だけはどうにもならなくて・・・・・・ 蘭世の気持ちが俊の心に直接響く。 そして俊は蘭世を股の間に挟むようにして座り直し、もう一度しっかりと抱きしめた。 沈黙のまま時間が過ぎる。 二人は黙って湖を眺める。 すると、湖の向こう岸のほとりに、ジャンとランジェらしき二人の幻像が現れ、 幸せそうにお互い見つめあったり、またダンスしたり、笑いあったり、そして頬を寄せ合ったりして・・・ そしてその幻影を包むかのように、湖の水面から無数の滴が立ち上がり、空気をキラキラと光らせた。 そして、その滴はどんどん空に向かい、群青色に変化して同化した。 群青に輝く滴たちは当然のように、そのまま俊と蘭世を取り巻き、 二人はただ、黙ってなされるがままになっていた。 ふわりとあの感覚が蘇る。 初めてここにきたときに感じたあのえもいわれぬ雰囲気を再度感じ取る。 「私・・・」 「・・・ん?」 「ここ好きなんだ」 「・・・・・・」 「いろいろ思い出があるからっていうのもあるけど、 ・・・一番の理由は、あの懐かしい雰囲気を感じるから・・・ 真壁くんも・・・今感じたでしょ?」 そういって蘭世は俊の顔を見つめてニコリと微笑んだ。 蘭世はもう泣いてはいなくて、俊はその姿が一瞬ランジェに見えた。 たぶん・・・・・・蘭世には今、俊がジャンに見えているのだろうと思う・・・。 たぶん・・・二人はここでこうやって過ごしたのだろう。 俊は「・・・そうだな・・・」と答え、蘭世のその髪の毛に、その額に、その瞼に、その頬に・・・そしてその唇に 黙って口づけを降らせた。 なんだか、ここにいると、愛おしさが倍増してくるような気にさえなる。 いや、普段でも十分愛おしんだけど・・・/// そして二人はその群青の夜に静かに沈んでいった。 <END> あとがき 勢いで書いたため、何が書きたかったのかわかりませんが・・・^^; とにかく、あま〜い雰囲気を出したかっただけです。 (それほどでもないか・・・汗) いいのかこれで!って思ったんですが、時間もなかったので・・・とひたすら言い訳して 逃げます!!! |