貴方と秘密と思い出と








   後 編
                   
 written by 美波

















『秘密』

それはほかのやつら(特に蘭世)が知らないからこそ、意味がある?のであって・・・・・・

まさかこんな場面でばれるとは思わなかった。

せっかくひた隠しにしてきたのに、あいつ(神崎)め・・・・・

神崎に「好きな女のタイプ」を聞かれて、こう答えてしまったのが全く運のつきだったと思う。





――「髪の毛のきれいなやつ」





だれがどう解釈しても、江藤蘭世を指しているとわかってしまうと今なら思う。

本当に、その瞬間までは意識していなかったけれど

俺は知らず知らずのうちに、江藤の髪の毛に見とれていたのかも知れない。



おふくろも昔はきれいな髪の毛をしていたが、仕事柄いつも括ってしまっている。

看護婦、という職業柄自分のことは二の次三の次・・・・という状態だったせいか

いつの間にか髪の毛がぼろぼろになってしまったらしい。

いつだったか、俺の髪を見て



「俊の髪はサラッサラよね?それに比べて、お母さんの髪は枝毛だらけよ(泣)」



と言っていた。

 

それに比べてあいつ(蘭世)の髪は、長くてきれいだ。

おふくろが見たら喜びそうだな・・・・・・・、いや羨ましがるか。と思ったのが一番初め。

その後は特に意識もしていなかったような気もするが。

いまでは正確には思い出せない。

 

 

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「そういえば・・・・・・」



という声で、俊は我に帰った。

次にあいさつに回ったテーブルでは、相変わらず俊の話で盛り上がっていた。

常に「真壁君大好き」オーラを振りまいていた蘭世とは違い、

俊はひたすらオーカーフェイスを貫き通し、「好き」という言葉の「す」の字も言うこともなかった。

だからこそ気づいたらこう言うこと(蘭世と俊が結婚すること)になっていた、という



俊の話題は尽きるところを知らない。
 
 
少々堅苦しい感じのするチャペルでの挙式とは違って、

友人たちが心をつくして祝ってくれる、楽しい雰囲気の中に進められる披露宴。

その華やかな雰囲気も手伝ってか

俊にとってはあまり知られたくない(特に蘭世には)ようなことばかり、ドンドン披露されてしまう。
 
 
 
記憶の奥底に放り込んで、忘れ去っていたことを根掘り葉掘りほじくりだされるのは、正直つらいものがある。

しかし、本日の主役は何といっても花嫁蘭世。

彼女が喜んでいるのであれば、多少はずかしい過去の一つや二つ、暴露されてもいいではないかという気分にもなる。





・・・・・少々やけくそ気味の俊であった。






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「でさ、蘭世って真壁君のどこが一体良かったわけ?」

と直球の質問を投げかけてきたのは、蘭世の友達、彩。

神谷曜子並みに直球勝負をかけてくる女性であるが、蘭世とは仲がいい。

ポケポケタイプの蘭世とストレートの彩、正反対の2人であるが不思議とウマが合っている。



「ええとぉ???・・・・・・・///////



相変わらず、のんびりでもさすがにテレまくって、いつもに増しておっとり口調になる蘭世

いいからさっさと喋れ!!!と思わず突っ込みたくなる彼女だが

そんなところも彩にとっては「蘭世らしい」と許せてしまう。



「あのね・・・・ええとね・・・・・・」



となかなか先を言わない蘭世。

俊も気持ち身を乗り出して、彼女が先の言葉を紡ぐのを待つ。



「えっとね、横顔が素敵だったの。そこがよかったのかな」



はいはい、ごちそうさま」

という声があちらこちらから聞こえる。
それを適当に聞き流しながら

俊はこういった場でも自分の気持ちを素直に言葉にできる蘭世に心から感心していた。





(俺は二人きりでも自分の気持ちを言葉にできない)





そういう性格だから仕方ないね、と二人で笑い合っているものの、

本当のところ彼女はどう思っているのだろうか。

聞いてみたことはないけれど、もしかしたら言葉にしてほしいと思っているのかもしれない。





「で、真壁はどうなのよ?」





声のするほうを見ると、ニヤニヤと笑みを浮かべる日野の眼と、俊の目が合った。



「なんだよ」

とぶっきらぼうに返す。

「蘭世ちゃんのどこが良かったわけ?????」

「・・・・・・」

「まさか、秘密だなんて言わないよな、真壁君

「秘密だ」と言って切り返そうとした俊の心の内を読んだかのように、日野に先手を打たれた。

「あと、黙殺するのもなしな」

「・・・・!!!!!!!!!!!!!!!!」

まるで彼の行動の先を読んだかのように、次々と封じ手をくらわされる。

持ち札すべてを封じられて動揺している俊をさも楽しげに、そして面白そうに見ている日野。



ここまで来たらこれ以上かく恥もない、というように

俊は覚悟をきめて、いままで胸の奥にしまってきた想いを少しだけ披露した。





「・・・・・・・守ってやりたい、と思ったからだよ・・・・・・・・・・」





と小声で答えると



「守ってやりたい、だって!!!!!みんな聞いたかよ!!!!!」



せっかくほんの数人にしか聞こえないように喋ったのに、

すぐさま会場全体に響き渡るような大声ですべてをばらしてしまう日野。



先ほどの「秘密」の暴露と言い、今日はとことんいじめつくされる運命にあるらしい。

なんだ、今日は厄日なのか!?と少々恨めしくも思うが、そんなこと口にできるはずもない。



さて、肝心の蘭世はどうしているのかとふと横を見ると

もう今すぐにでも、涙を流さんばかりに感激している。

ここで泣き出されたら収集がつかなくなることは、過去の経験から容易に想像できる。



(こりゃやばいぞ、何とかしないと・・・・・・)



と思ってどうしたものかと思案していると





「・・・・だから私じゃ駄目だったわけね」





と背後から聞きなれた声がした。






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今日こそあいつの存在を有難いと思ったことはない。

窮地に陥った俺を救ってくれたのは

神谷の「だから私じゃ駄目だったのね」の一言だった。



後ろを振り向くと

「ひさしぶりね、蘭世、俊。ようやく話ができるわね」

と神谷がにっこり笑って立っていた。





―――「だから私じゃ駄目」



俺と神谷、神谷と蘭世の関係を知っている皆はこの一言で納得したらしい。

つまり、神谷はどうみても「守ってあげたい」存在ではなく、

「守ってあげたい」女が好きな俺の好みではない。

そういう意味では、「守ってあげたい」蘭世と俺が最終的にこうなった。

そんな解釈が一瞬にしてなされ、そして皆の中で納得した形になったらしい。

神谷のおかげで何とかこれ以上冷やかされるのは避けられたが、

なんだか申し訳ないような気もする。



しかし、当の本人はそんなこと気にもしない(いまさら何よ)と言わんばかりで、

「俊、蘭世、本っっっっ当におめでとう。親友の私も嬉しいわ」

と心からの祝福を述べ、蘭世が泣いていた。



「なぁぁぁに泣いてんのよ。化粧がはげてボロボロじゃない。まったくアンタって世話が焼けるんだから・・・」

と蘭世の世話を焼く神谷。



「・・・なんだかんだいいつつ、二人は仲が良かったのね」

「元ライバル、今親友、ってやつだな」

いつの間にか話題の中心はおれではなく、彼女と蘭世に移っていた。





(サンキュー神谷)






と心の中で礼を述べると、まるでその声が聞こえたかのように神谷がウィンクしてきた。

全くあいつには頭が上がらない。

一人の女性として意識することは最後までできなかったけれど、

神谷曜子という女性はなかなか心意気があり魅力的な女性だと思う。

いつの日か、あいつにふさわしい奴が現われて幸せになってほしいと思う。



心から。






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そのあとは各テーブルを回り、さんざん冷やかされたあとゲームや余興で盛り上がり、

「両親への手紙」では蘭世が手紙を読みながらまた大号泣し

つつがなく披露宴は終わりを告げた。

ゲストはみな揃って「良い式だった」と感想を述べ、

それぞれ蘭世手作りのクッキーというプチギフトを手に帰路についた。

料理が上手、という彼女の評判もあり、このサプライズギフトは大ウケだった。



俊は

「いいなぁ???料理上手の奥さんで。」

「幸せ太りするなよ」

「おすそわけ、いつでも期待してるぜ(?)」

「江藤さんは美人だし、料理も上手。おまえは世界一の幸せもんだよ!!!」

などと最後まで容赦なくからかわれていた。

言いたい放題言われ、内心ちょっとムカムカ気味の俊ではあったが

立場上無愛想にふるまうわけにもいかずぎこちない笑顔でそれらを交わした。



一方の蘭世は

「幸せになってね」

「おいしい料理で俊君を太らせちゃえ(???)」

「蘭世ならいい奥さんになれるよ」

などと祝福の言葉を受けていた。



彼女は律儀に一人ひとりに丁寧にお礼の言葉を述べている。

そんなところまで自分とはまったく違う、と俊は思っていた。
 
 
 
 
 
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すべてのゲストを見送った後は、二人だけの時間。

今日だけは、として奮発してあるホテルのスイートルームに1部屋取った。

着なれないドレスとタキシードから普段着に着替え、リラックスタイム。



「今日一日お疲れさま。疲れただろう?」

と妻をねぎらう夫。

優しい言葉にちょっぴりドキドキしながらも

「ううん、大丈夫」

と極上の笑顔でこたえる妻。



「まか・・・・『あなた』こそ疲れたんじゃない?」

「大丈夫だ(散々な目にあったけどな)」

「あなた、なんて初めて呼んだ」

「・・・・・・照れくさい?」

「ちょっとだけね」



どこまでいっても二人の世界に浸る甘い空気があたり一面を包んでいた。
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「披露宴は疲労宴である」という話がある。

まさに俺にとっては「疲労宴」だった。

知られたくない(できればそっとしておいてほしかった)過去を暴露され

ことばにすることが難しい(照れくさいから)気持ちをばらされ

こんなことをやりたいと頑張るやつらの気がしれない。



・・・・・しかし、花嫁にとっては一生に一度の晴れ舞台。

蘭世が喜んで、笑顔を見せてくれたならそれでもいいかと思ってしまう。

全く、俺はどこまでも彼女に惚れぬいているんだなと今更ながら実感する。

「恋人」という存在と「妻」という存在ではこうも違うのかと思うほど、彼女が愛しくてたまらない。
 
 
 
先ほどの「守ってやりたいと思った」ではないが、

自分の一生をかけてこいつを守ってやりたいと思う。

「妻」の笑顔が俺を癒してくれるエッセンスとなるのだから。




だからだろうか。

急に「ねぇ、どうして二人の再会のいきさつを「秘密」にしようなんて言ってたの?」

と聞かれたとき、素直な気持ちを話してしまったのは。 
 
 
 
 
「どうしてもいいたくなかった。二人の大切な思い出だから・・・・」
 
 
 
 
本当は彼女が二人のことを誰かに言いたくてたまらないことを知っていた。

こんなことやあんなこと、せめて仲の良い友達には伝えたいと思っていることも分かっていた。

けれど俺はできれば、誰にも知られたくなかった。

きっと冷やかされるだろうことが容易に想像できた、ということもある。

それ以上に、二人の大切な思い出を他人に踏みにじられたくなかったからだ。



蘭世と出会いそして別れ、また再会。

お互いの想いのすれ違いから現在に至るまでのいきさつを大切な思い出として持っているように、

俺もまた同じ想いを抱えていた。




大切なことは二人だけがわかっていたら、それでいいと思っていた。






しかし、それだけでは足りないことがある。
 
 
 
 
本当に大切なことは目には見えない。

だからこそ、ことばという形で伝えないといけないこともある。





「大切な思い出は二人だけのものでいたい、というのは俺のわがままかな。」





(どういうこと?)

というように、蘭世が俺を見つめる。



だから、思い切ってことばにした。

胸の奥にある大切な想い。



「色々なことがあったからこそ、いまこうしてここにいる。」

うん、と彼女がうなづく。

「そのことを改めて考えると、『運命』ってこういうことを言うのかなと思う。だから・・・・」





だからこそ言いたくはなかった。

蘭世が言うのであればともかく、自分が言うとなんだかさまにならない。

「真壁らしくねぇ」

とかなんとか冷やかしのネタになることは想像できる。

冷やかされれば冷やかされるだけ、大切な思い出を踏みにじられるような気がしたから

言いたくはなかった。
 
 
ふと見ると、彼女の額に涙が一筋流れていた。

何か変なことを言ったかと慌てて

「どうした!?」

と聞くと



「なんだか嬉しくて・・・・」



とさらに泣き出す。

とりあえず、落ち着かせようと彼女を抱きしめると

涙ながらにこう言った。





「初めてことばにしてくれたね。」





ああ、やはり大切なことは『ことば』にして伝えないと伝わらない。

想うだけでは伝わらないこともある。







そのことに気づかせてくれた彼女を、本当に愛おしいと思った。














<END>