星空の唄
    




                                              


静かで穏やかな夜だった。



町はクリスマスも近いことから、定番のクリスマスソングもあちこちで流れ、
夜遅くまでにぎわいを見せていたが、
一歩、住宅街にはいると、大きな物音もなく、しんとした静けさが広がっていた。

12月に入ると、さすがに気温も下がり冷たい空気に包まれはしていたものの、今夜は風もなく、
時折見かける家屋に施されたイルミネーションが一層、冬の静けさを引き立たせていた。



蘭世は椎羅とともにキッチンで夕食の後かたづけをし、リビングでチェスをしている望里と鈴世に食後の紅茶を運んだ。
重厚な暖炉には薪がくべられ、ぱちぱちと小さな音を立てている。
ぽかぽかと暖められた部屋で家族がそろい、ほっと落ち着けるそんなある夜のひとときだった。

蘭世が紅茶をすすりながらチェスの対戦をのぞき込んだとき、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。





「あら、真壁くん、いらっしゃい」
玄関先に椎羅が顔を出すと俊が白い息を吐きながら立っていた。
「こんばんは。あの・・・江藤いますか?」
「ええ、まあどうぞ、お入りなさいな。蘭世〜。真壁くんよ〜」
椎羅がリビングに向かって声をかけると入れ違いに蘭世が出てきた。

「あ、真壁くん♪いらっしゃい。どうしたの?こんな時間に。めずらしいね」
「ああ、ちょっとな、江藤悪いけど、出れるか?」
「え?うん、いいけど・・・。ちょっと待ってて。コート取ってくる」
そう言って蘭世は2階の部屋に上がっていった。



俊はふうと息をついて玄関のドアにもたれていると鈴世がリビングから顔を出した。
「お兄ちゃん、いらっしゃい。あれ?入らないの?チェスしてるんだけど、一緒にやろうよ。
 お父さん、弱くってさ」
ぺろっと舌を出して、鈴世は首をすくめた。
「悪い。また今度な。ちょっと江藤借りるから」鈴世の頭をくしゃっとなでながら俊は言った。
鈴世は、しばらくじっと俊の顔を見あげていたが、きゅっと口元をほころばせると、
「・・・・・・ふう〜ん。そっか。・・・じゃあ、今度対戦してよ」
と言った。





とたとたと蘭世が二階から降りてきた。
「真壁くん、お待たせ。・・・・・ごめ〜ん、ちょっと出かけてきま〜す」
蘭世はリビングにいる父と母に声をかけた。
「すみません、ちょっとお借りします。すぐ戻りますから・・・」
俊も続いて付け足した。二人は外に出て行く。

「どこに行ったんだ?」
まだ熱いままの紅茶をすすりながら、望里が誰にともなく尋ねた。
「ぼく、なんだかとーってもいい予感がするな」
望里の言葉に対して、鈴世はにこにこ微笑みながら答えた。
「いい予感って?」
椎羅が問う。
「お姉ちゃん達が帰ってきてからのお楽しみ!」
鈴世はぽかんとしている父と母にウィンクして見せた。





「どこ行くの?真壁くん」
冷たい空気が顔をひんやりと冷やす。
何もしゃべらずに歩き続ける俊に蘭世は我慢できずに声をかけた。

(どうしたんだろ?真壁くん、黙り込んだまま・・・。)

「・・・・・・散歩」
「散歩?真壁くんが?めずらしいね」
「そうか?」
「だって・・・」
「寒いか・・・?」
「ううん。・・・平気」
キュッと首をすくめて蘭世は答えた。



静まりかえった空気が重い。
俊がこんな夜に、こんな風に蘭世を突然誘い出すことなど、めったにない。
思いがけない行動が蘭世を妙に不安にさせる。

そしてこの静かな空気・・・。
(私にも真壁くんの気持ちが読めればいいのに・・・)
蘭世は心でふとそう思う。
だが、実際は声をかけるスキも見あたらずに蘭世も黙り込んでいた。



十数分歩いただろうか。
先ほどから続いていた静けさを俊の一言がくずした。

「ここ・・・」
二人は江藤家から少し離れた河原の土手まで歩いてきていた。

「おまえ、登れる?」
土手を目で指しながら俊は蘭世に聞いた。
「あ・・・うん。大丈夫」


「よっ・・・」
「ほら・・・」
先に土手を登った俊が蘭世の手をゆっくりと引っ張った。
蘭世もそっと俊の手を握りしめた。

(大きい手・・・)

手をつないだだけで気持ちが伝わり合うような気がする。
蘭世が俊の目を見ると俊も同じように蘭世を見つめていた。

愛おしそうに・・・。

蘭世は心に何か暖かいものがながれこんでくるのを感じた。
ハッと俊は目を見開いて照れたように顔をそむけた。
蘭世はその姿を見てにこっと微笑んだ。



「ほら、見てみろよ」
俊が気を取り直して、あごで漆黒の空を指しながら蘭世に言った。

空には、今にも手がとどきそうなくらい近くにたくさんの星々が散らばっていた。
どれもがきらきらと輝いて胸に刺さる。

「うわっ・・・すっごい・・・・きれい・・・こんな近くでこんなにたくさんの星が見れるなんて・・・」
蘭世は空を見上げたままほっと息をついた。

「さっき、ジョギングしてたらココ見つけてさ。お前にもみせてやろうと思って」
土手の草原に腰を落として俊は言った。

「そうなの?うれしいー。ありがとう!」
蘭世は俊にとびきりの笑顔をむけてもう一度落ちてきそうな星たちを眺めながら俊の隣に座る。



雲もなく、明かりもなく、月も出ていない。空気も透き通った中で見る星は格別だ。
星の光だけが二人を静かに照らす。
普段は住宅やネオンの明かりでここまではっきりと星は見えない。

目に見えるものだけが全てではない・・・
空にはこんなにたくさんの星があったのかと改めて気づかされる。
あまりの多さに見上げている自分もすっとその中にそのまま吸い込まれそうな錯覚を覚えて
蘭世は思わずぶるっと身震いした。



「星の光ってさあ、何万年?何光年?とにかく気の遠くなるくらいすっごく昔に輝いた光がここまで届いているんだよね。 
そう考えたら、なんだかとっても不思議・・・」
蘭世はそっとつぶやいた。

「遠い遠い昔からとぎれることなく時が一瞬一瞬つながってるんだなって思う・・・」
「・・・・・・そうだな」
俊も少し間をあけたあと、ぽつりと答えた。



「寒くねえか?」
「うん、全然大丈夫!」
俊がそっと蘭世の頬に手をよせた。

その仕草はいつも蘭世をどきっとさせる。
「冷え切ってるじゃねえか。マフラーぐらいしてこい」
そう言って俊は自分のマフラーを蘭世の首にぐるぐる巻いた。
「真壁くん、く、苦しい・・・」
「いいからしとけ」

(真壁くんのにおいだ・・・。あったかい・・・)

ぐるぐる巻きのマフラーの中で蘭世は微笑みながらそっと目を伏せた。



「なあ、江藤」
しばしの沈黙を再び俊が破った。

「なあに?」

「・・・・・・」

「・・・・・・?」



「もうすぐクリスマスだな」
俊は空を見上げながらつぶやくように言った。

「・・・そうね」

「実はさ・・・・・・ちょっと早いんだけど・・・これ・・・」
俊は羽織っていたジャンバーのポケットから小さな包みを取り出し、
黙って蘭世の方にそれを差し出した。

「え?」
突然のプレゼントに蘭世は目を丸くする。

「え?何?あけていい?」

「・・・ああ////」
照れているのか俊は立ち上がって反対側を向いたままだ。
封を解いた小箱の中には・・・・・・。



「真壁くん・・・・・・これ・・・」
まるで、今見ていた星をもぎとってきたような小さいダイヤの入った指輪が蘭世の手のひらに包まれて輝いていた。



「・・・去年のクリスマス・・・俺が言ったこと覚えてるか?」
俊が蘭世にぽそっと言った。

「・・・う、うん///」

「・・・俺もようやくボクシングで食っていけるようになったし、まあまだまだ安いもんだけどな。
 だけど、少しは自分に自信がもてた。・・・だから・・・」
ふうと息をついて俊は振り返って言った。



「迎えに来た・・・」



力強い言葉だった。
照れてはいたが、それを振り切るように力強いまなざしで俊は蘭世を見つめた。



「・・・真壁くん・・・」

「俺たちは死なねえし。今、この瞬間に輝いた星の光を遠い未来にきっと見ることが出来る。
 そのときもお前と・・・こんな風に、こんな夜に、こんな空をまた・・一緒に見上げられたらいいなと思う」
俊はもう一度満天の星空を見上げた。



そして蘭世はもう一度指輪を見つめる。
涙でかすんでよくは見えなかったが、小さな輝きはよく見えた。

「この輝きもきっとずっと続くんだろうね。あの星と同じように・・・ずっと」
涙声で蘭世は答えた。



「気の遠くなるほど一緒にいなきゃならねえんだぞ?・・・いいのか?」
ぽりぽり鼻をかきながら俊はまたぽつりと言った。

蘭世は黙って立ち上がった。
そして俊の正面に回り込んで背伸びをする。
瞳を閉じて俊の唇にそっと自分のそれを合わせた。


胸の中の何かがざわめく。言葉にできないとはこういうことか・・・
はじめて蘭世は俊の気持ちが分かったような気がした。



唇を離して蘭世は涙いっぱいの大きな瞳を俊に向けた。そして言う。
「敢えて答えなくても私の気持ちは真壁くんが一番よくわかってるでしょ?」
微笑んだ蘭世の瞳から涙がこぼれ落ちてはじけ飛ぶ。

俊は蘭世を抱きしめた。
抱きしめる以外に蘭世のあふれてくる想いを受け止めるすべが俊にはわからなかった。



(あたたかい・・・)



二人の想いが重なり合う。今まで何度も心を通い合わせてきたつもりだったが、
ここまでぴったりと合わさったことがあっただろうか?

どちらからともなく二人はもう一度唇を重ねた。
満天の星が落ちて二人を包み込んだ。
気の遠くなるほど昔に輝いた光が時を越え、二人を今ここで祝福する。
やわらかな空気があたりにしみわたった。
二人の人生がまた新しく始まる・・・・・


一方、江藤家では
そわそわした3人が二人の帰りを今か今かと待ちわびていた。
静かな夜がにぎやかな夜に変わっていく・・・






あとがき


白川綾さまのサイトで催されたテーマ競作に参加させていただいたときの作品です。
ちょうど1年ほど前にこの作品を書きました。
再録するにあたって、ちょっとだけ加筆しました。
(ほとんど変わってないけど・・・)

もっと早くに出してもよかったんですけど、シーズンをかなり大きく出していたので、
この時期まで待った次第です。

この作品を書いたときはまだお話を書き始めて間もない頃で、
勢いで参加させていただいたようなものでして、(こんなものでもUPしていただいた綾様に感謝!)
今読んでもちょっと恥ずかしいのですが・・・
かといって修正するのも難しいしさ〜^^;

このお話に関する裏話?は綾様宅でUPしていただいているあとがきに記してますので、
よければそちらも参考にしていただければv

書きに書き尽くされた、プロポーズのお話、よく考えたら、私これしか書いてない!?
唯一かも・・・。
いろんなバージョンを他所様でも読ませていただくので、私もかなり書いた気になってました(オイ!)
また違うバージョンも考えてみるかな〜。






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