母からの伝言










「次は兄上の番だね」

「は?」




俊は黙々と動かしていた手と口を止めた。
声がした方向に目をやると、アロンはにんまりとした笑顔でこちらを見ていた。

「何が?」

動きを止めていた口を再び俊は動かしながら、きょとんとした顔でもう一度尋ねた。





人間界での一人暮らし。
最近は、蘭世がお弁当を届けてくれたり、料理を作りに来てくれたりして、食事に困るということはないものの、
今、目の前に並んでいるごちそうにはめったにお目にかかれるものではない。
王子だの、王家だの、全く興味のなかった俊だが、
今だけは自分の立場を心よりありがたく思った。

フランス料理のフルコース・・・なんてレベルではない。
俊の目でも質がいいとわかるほどの真っ白い生地のクロスがかかったテーブルの上に
次々と運ばれてくる料理の数には圧倒されるほどである。





今日、魔界では双子の弟、アロンの王位就任式とその婚約者フィラとの結婚パーティーが
厳粛にかつ華やかに執り行われていた。
ゾーンの一件も一段落し、2人の父である大王がいなくなったとはいえ、
いつまでも大王不在のままというわけにもいかず、就任式と結婚式は
予定よりも急遽早められた。


宴たけなわの中ッ披露パーティーはお開きになり、
途中で蘭世をつれて抜け出していた俊も、そのまま帰るつもりであったが、
家族だけで食事をするからと再び城に呼び戻された。
蘭世も同伴で・・・とのことだったが、蘭世は家族水入らずを邪魔しちゃ悪いから・・・と遠慮し、
先に人間界に戻っていた。


そしてここには俊、アロン、フィラ・・・そしてターナが同席していた。




「何って、決まってるじゃないか!結婚だよ、結婚!!」
アロンから発せられた言葉を耳にするや否や、
俊は口の中に放り込んでいた食材を一気にブブブーーーーっと噴出し、その後、ゲホゲホとむせた。

「な、何言って・・・」
俊は咳と、同時に騒ぎ出した自分の心臓を懸命に整えながら、ようやく返答した。

「あぁ、もう俊はきたないなぁ・・・」
アロンは自分の言ったことなどコロッと忘れたかのように、俊の答えには反応せず、
俊の状態を眉間に皺を寄せながら眺めた。

「お前が、突然妙なこと言い出すからだろ!」
俊はとっくに王子衣装から自前のパーカーに着替えたその袖口で、
口を慌てて拭きながら怒り口調でアロンをにらみつけた。


「何だよ〜。僕そんなおかしなこと言った?言ってないよねぇ、母上」
「クスクス。そうね。」
俊は、2人のやり取りを見ながらと笑っていた母親もアロンに向けた目と同じように睨んだ。


「だって、僕が結婚したんだから、後は兄上だろ?それとも何?結婚しないつもりなのか?」
アロンはもぐもぐと口を動かしながら言った。

「そ、そういうわけじゃねえけど・・・」
俊は顔を赤くさせながら、ぼそぼそと答えた。

「蘭世ちゃんにはプロポーズしたのか?」
アロンは食べるスピードを変えることなく飄々と同じように俊に問いかけた。




「ブーーーーーっ!!!」
気持ちを落ち着けるためにグラスに入った水をがぶがぶと飲んでいた俊は、
そのまま、アロンをめがけてそれを口から逆噴射させた。

(こいつ、まさか俺の気持ち読めるわけじゃねえよな・・・)


ーーーーいつか・・・・・・−−−−−−

俊は先ほど、蘭世に告げた一言を思い出した。
一般的に言えば、あんなものはプロポーズとは言わないのかもしれない・・・。
いずれは、きちんとした言葉で・・・とは思ってはいるが、
だが、現在の俊にとってはそれがせいいっぱいの表現の仕方であった。
蘭世もその短い一言の意味を十分に受け取ってくれたはずだ。

アロンの結婚式は、普段はそんなものとはあまり縁のない俊に
結婚を意識させるには十分の価値があった。
アロンを「弟」と意識したことはなかったが、今日は何だか、妙に血のつながりを感じた。
もっと小さい頃から一緒に育っていたら、もっともっと今日のこの日に感じる気持ちは違ったのだろうか。








「うわーーっ!!!俊っ!!汚いって言ってるだろ!」
口からの水の噴射を顔面に直接受けたアロンは、そばにおいてあったナプキンをひっつかみ、
顔を拭う。
「・・・ったく、もう・・・。俊は食事のマナーを身につけないとダメだ!」
アロンは俊を睨みつけながら言った。

「お前が悪いんだ!」
俊は冷静さを装いながらぷいっと横向いた。
その視線の先でターナと目が合う。
ターナは口元をほころばせてた後、視線をそらして、自分のナプキンもアロンに渡した。

「なんで僕が悪いんだよ!僕は弟として兄上の恋の行方を案じてるっていうのに!」
アロンはターナからナプキンを受け取りながらふてくされながら言った。

「うるさい!いいんだよ俺はっ!もう俺は帰るからな。んじゃ!ごちそうさん。」
俊はそう言い終わると勢いよく重厚な椅子から立ち上がって、そのままの勢いで大きな音を立てながらその部屋から出て行った。

「あっ!待てよ!俊・・・・あ〜あ、逃げられちゃった・・・相変わらず慌ただしいヤツだな。」
アロンははぁと小さくため息を漏らした。

「クスクス。照れてるのよ、俊は。」
ターナは口元に手を添えて笑いながら、ちょっと見送ってくるわね・・・といってその場を立った。







     *****     *****     *****






「・・・俊。」
城の門をでたところで俊を見つけたターナはそう声をかけた。
俊はテレポーテーションしようとしていたところに不意に声をかけられて、
ちょっと前かがみによろめきながら、背後に視線を走らせた。

「なんだ、お袋か。驚かすな。」

「あら、気配感じなかったの?隠したつもりはないわよ」
ターナはにっこり微笑みながら答えた。

「///っ!!」
俊は声を詰まらせて顔を背けた。

「何か用か?まだ飯、途中だろ?」
顔を横向けたまま俊はターナに言った。
苛立っているのか、右足のつま先でトントンと地面を小突いていた。


「・・・あなたにも教えておこうと思って。」
「何を?」
「水の結晶の話。」
「・・・水の・・・結晶?何だそれ」
「まだ時間いいでしょ?ついてきてちょうだい。」
ターナはそういってゆっくりと歩き出した。
俊はきょとんとして母の見ていたが、反抗するのも無意味に感じて、そのままターナの後に続いた。






     *****     *****     *****








「・・・・・・ここは・・・・・・」
俊は前方で立ち止まった母に気付くと、足を止め、あたりをざっと見渡した。
心臓が再び大きく鳴り出す。

ターナについて歩く途中から、もしかしたら・・・という予感はあった。
母がどこへ行こうとしているのか・・・
でもたまたま方向が同じなだけだと思っていた。
ターナの心を読もうとしたが、読めなかった。
思考を閉じることぐらい母の中では簡単なことなのであろう。
一言も言葉をかけることなく、黙って歩く母に、俊は何も話しかけることもできずに、
同じように黙って歩いた。


俊はもう一度ぐるっと辺りを見回すために首を動かした。
その瞬間、また以前に感じたデジャビュを味わった。

(ここは、やはり俺にとって特別な場所なのかもしれないな・・・)

俊はその心地よいデジャビュを感じながら、蘭世のことを思い浮かべた。
そして先ほど、自分の唇に触れた彼女の柔らかいそれを思い出した。








「この池はね、不思議な池なの。」
ターナは、しんとした静かな沈黙をゆっくりと破った。

「・・・不思議・・・って?」
俊はターナのその後に続く言葉を待った。
母に、ここで以前から感じていた意識の感応については話してはいなかった。
母がそれを知っているとも思えずに、この後、何を言い出そうとしているのかが俊はとても気になった。




「ある時期だけなんだけどね、
月の明かりに照らされた水が丸く固まって、小さい水晶のような結晶ができるの。
それを自分の手で手に入れて、大切な人に渡すを、ずっと幸せにいられるっていう言い伝えがあるのよ」
ターナは目の前に広がったキラキラと輝く水面を目を細めながら眺めて言った。



「・・・へぇ」
俊はターナに向けていた視線を、池の方に移した。
太陽に照らされた水面は、風が吹くとその方向と同じ向きに波を起こし、
それが無数の光の屈折を引き起こし、眩しいくらいに光り輝いていた。




「私もね、まだあの人と結婚する前にもらったの」
「えっ!?」
俊は顔をハッとあげてそのままターナに向けた。


「・・・親父に・・・?」
「・・・そう。」
ターナは顔を動かさないまま答えた。




「だったら・・・・」
俊はもう一度池に顔を戻して言った。
「その話はただの言い伝えでしかないんじゃねえの?」
誤解であったとはいえ、夫に魔界を追放され、記憶を奪われ、
さらには、これからというときに先立たれたターナを俊は不憫に思うことがあった。
親父と一緒になっていなければ・・・などと思うことすらあった。





「・・・・・・」
ターナは黙っていたが、ふっと口元をほころばせた。
「そんなことないわ。」
「だけど・・・」
「あの人が結晶を渡してくれたときのこと、今でもよく覚えてる。。。
いろんなことがあって、そして今はもう側にいないけど、
あの人がずっと見守ってくれてる。この結晶と一緒に・・・」
そういってターナはいつの間にか手に握っていた小さな透明の玉を見つめた。




「アロンにもこの前教えたのよ。結婚式には間に合わなかったけど、次の時に撮りにくるんじゃないかしら・・・」
ターナはにっこりと微笑んだ。そして「あなたの調子だとまだ間に合いそうね。」と茶化した。


「なっ・・・///だから俺は別に・・・」
俊は急に自分のことに話を振られて、たじろいだ。


「信じるか信じないかは俊次第。でも・・・幸せになれるだけじゃなくて、あなたに勇気も与えるんじゃないかしら・・・」
ターナはそういってウインクした。




「・・・いつなんだ?その時期ってのは・・・」
俊は瞳をそらしながらぼそぼそとつぶやいた。

「7月の満月の日よ。」

(7月・・・アイツの誕生月じゃねえか・・・)




「何?取りに来る気になった?」
ターナはイタズラっぽく俊を睨んだ。

「ばっ!ち、違う!ちょっと聞いてみただけだよ」
俊は顔を真っ赤にさせて否定した。

(そんな顔して、ばれないとでも思ってるのかしら・・・)
ターナは息子の相変わらずの照れっぷりを見て、我が子ながら可笑しくなった。
(でも、俊とこんな話できるようになるなんて思ってなかったわ・・・)
少しずつでも確実に大人に成長している俊の姿を見てターナはしみじみと思った。

「は、話はそれだけか?じゃぁ俺は行くからな」
「引き止めちゃってごめんなさいね。蘭世さんのところに行くの?」
「////っ!!・・・ったく、しつこいぞ!」
「くすくす。わかったわよ。」
「じゃあな」
そういって俊はクルッとターナに背を向けた。






「・・・・・・」
だが、俊はそのままの状態でしばらく立ち止まっていた。
「・・・・・・」
ターナもそのまま動かずに息子の背中を見守った。
「お袋は・・・・今幸せなのか?」
俊は振り向くことなく、そうつぶやいた。
「・・・・ええ、とっても幸せよ。あなたがいて、アロンがいて・・・あの人と一緒になってよかったと思ってるわ」
ターナは俊は振り返ることはないとわかっていた。
だが、ありったけの笑顔を俊の背中に送った。

「・・・・そっか・・・。」
俊は一言そういうと、テレポーテーションをして姿を消した。
ターナはそのまま笑顔を崩すことなくもう一度光り輝く水面を見つめた。







<END>






あとがき

蘭世ちゃんの誕生日記念に書いた『Look for』のサイドストーリーです。
書こう書こうと思いながら、書けないままで、どうしようかと思っていたのですが、
この機会に書かせていただきました。
1周年記念には何の関係もないのですが(笑)
日ごろの感謝を込めて、ストーリーの裏話などをUPしようかな〜なんて思いついたもので・・・。
(だれもそんな裏話なんて興味ないけど・・・^^;)

だけど、同じ時期にいくつかの話を書くと、どうしても思考が偏るわ〜。
祭りに出した話と最初の方似てますでしょ?
ちょうど今、俊×アロンのやり取りと口からブーーーーッな俊(笑)にはまっているので・・・^^;
どうもすみませんです。

しかも、今回、ノートの書かずに直打ちです。
無謀なことをしでかしてます。
乱文になっていると思いますが、どうぞお許しください〜〜〜。











←back