守るべき人へ

とある日の夕方、真壁卓は自室のベッドの上にごろんと横になったまま、
天井をぼんやりと眺めていた。




只今、2学期末の試験の真っ只中。
そのため、学校が終わるのも早い。
卓も例外なく、時計の針が正午を示す前には自宅に帰宅していた。
そして母の用意していた昼食をぺろりと平らげたあと、
自室にこもり、そのままずっと今の状態が続いている。



周りは今頃必死になって、まだまだ残っている試験に向けて、
テスト勉強に励んでいることだろう。
しかし、卓はすでに推薦が決まり、春から進学する大学は内定していた。
そのため、今後の試験もいわば、形だけ。
もともと勉強が得意ではない卓が、この状況下で、試験勉強に熱心取り組むはずもなく、
突然与えられた貴重な時間を、何をするわけでもなくだらだらと過ごしていた。






やりたいと思うことはいろいろあった。
だが、心のひっかかっているあることが卓の行動を邪魔していた。



サッカーボールを天井に向けて何度も投げては受け投げては受けしていた卓は、
その動きをはたと止め、むくっと起き上がって、机の2段目の引き出しの中から、
手のひらサイズの箱を取り出した。

幼い頃に初めて手にした箱は、長年、そのままにされていたにもかかわらず、
今もなお上品なベルベットの生地に覆われ、肌触りは昔の感触となんら変わっていなかった。



右手でその箱のふたを開ける。
その中には、小さな鍵の形をしたブローチがそっと横たえられていた。
昔、母から「お守りにするように」と渡されたブローチ。
うれしくてずっと持ち歩いていたものの、成長するにつれてそれが妙に恥ずかしく感じられ、
いつの日か、もらったときと同じように箱の中にそっとしまった。





(確か・・・親父からもらったって言ってたよなぁ・・・)
卓はゆっくりと天井に目を向けながら、これをもらったときの記憶を手繰り寄せた。






・・・・・・これはね、ママがパパからもらった思い出の品物なのよ・・・・・・
・・・・・・きっと卓を守ってくれるから、あなたのお守りにしなさい・・・・・・・・

そういって微笑んだ母は、そっと自分の手にこれを握らせてくれた。
あまりにも母がうれしそうに笑うので、とっても素晴らしいお守りなんだと、
子供ながらにそう思って、とてもうれしかったのを覚えている。






(親父がねぇ・・・・・・自分で買ったのか?信じられねぇな・・・)



卓はパタンと箱のふたを閉じ、軽く上に投げてパシッともう一度掴むと、
また、ベッドにどさっと倒れこんだ。






目を開けてもう一度、箱を見る。
そして少し目をそらして、瞼の裏にココの姿を思い浮かべた。
ココは階下で、母とともに夕食の準備をしているはずだ。
寝返りを打って仰向けになる。
天井を眺めながら、さっきから考えていたことをもう一度頭の中に駆け巡らした。




大学に入れば、この家を出て一人暮らしをするつもりでいる。
それはその大学を受けるときに両親には了解をとっていた。
だが、一つひっかかっていることがある。

ココのことだ。

自分がこの家を出るとなると、あいつはどうするつもりなんだ?
魔界に帰るのか・・・?
自分としては一緒にいたいと思う。
一緒に住めたらと思うが、まだ大学生の分際でそんなことが許されるのだろうか・・・。
将来のこともままならない状態で、あいつを連れて行くことなんてできるのだろうか。



どうするべきかと決めかねていた。
まだ、家を出ることをココには話していない。
出るといえば、あいつはきっとついてくると言うだろう。
しかし、何の約束もない状態で、不安にさせるだけではないのだろうか・・・。
ココを愛していること、これからも愛し続けていくということには自信がある。
ただ、それをどう表現すればいいのか、どうすれば不安を与えることなく
あいつに伝えることができるのか、答えが出ないまま、ただ、時間だけが無駄に過ぎていっている。







トントン・・・・
不意にドアがノックされた。
卓は慌てて持っていた箱を枕の下に隠し、平静を装いながら「なに?」と答えた。
がちゃっとドアが開き、俊が顔を覗かせた。

「何だ?勉強してたんじゃないのか?メシだとよ」
「あ?ああ、わかった」
卓の答えを確認すると俊はそのままドアを閉めようとした。



卓は思わず、「あ・・・親父・・・」と俊を呼び止めた。
俊はきょとんとした顔で振り返る。
「なんだ」
「ちょ、ちょっと尋ねたいことがあんだけどさ・・・」
卓は顔を背けながらぼそぼそっと言う。
「ん?」



卓は父を部屋の中に引き入れて廊下に顔を出し、誰もいないこと確認するとドアを閉めた。
「な、なんだよ」
俊は息子の妙な行動に眉を潜める。




俊は自分の父だといっても若い。
多少、年齢の調節はしているらしいが、周りの友人の父親に比べるとやはり若いし、
息子の目から見てもかっこいいなと思う。
時々くだらない話などしていると、父というより兄貴のようなイメージをもつことすらある。
理解に苦しむところがないわけでもないが、
卓にとって俊は憧れであり、理想でもあった。
だが、自分も、そして父もシャイなだけに腹を割って話すということがあまりなかったように思う。



思わず呼び止めたものの、いざ向かい合ってみると言葉の糸口が見つからない。
机にもたれて立っていた俊はそんな卓の気持ちをくみとったのかどうなのか、
「どうかしたのか?」と口元を緩めながらたずねた。



しばらく黙っていた卓だったが意を決して、枕元から先ほど隠した箱を取り出す。
「これなんだけどさ・・・・」
卓は中のブローチを手にとって俊の前に差し出した。

俊はそれが何かを確認すると、みるみるうちに顔を赤らめて口をあんぐりとあけた。

「なっ、なっ・・・///何でお前がそれを・・・・」

「ガキの頃、お袋からもらったんだよ。お守りにしろって言われて・・・」

「ガキの頃?いつだ」

「覚えてねえよ。愛良が生まれる前だったけど・・・」

「そ、そうか・・・それがどうかしたのか?」
俊は平静を取り繕って尋ねた。

「これってさぁ、親父がお袋にあげたんだろ?」
卓はそういいながら俊を見た。俊は案の定顔を背けている。



「自分で買ったのか?」
卓は真面目な顔をして尋ねた。

「ばっ・・・///ち、違う・・・」

「違うの?じゃあどうやって手に入れたんだ?」

「それは・・・って、なんでそんなこと聞くんだ」

「・・・・・・ん?・・・・まぁ・・・ちょっとな/// 親父がどんな風にしてコレを渡したのかなって思ってさ」




いつになく卓が真剣だったからか、それとも若い頃の自分を思い出していたのだろうか、
卓の言葉を聞いて、俊はしばらく黙っていた。

そして、ふうとゆっくり息を吐いてから言った。
「それは、俺のお袋からもらったんだ」

「お袋って・・・魔界のばあちゃん?」

「あぁ。お袋はそれを親父・・・お前は会ったことないだろうが、おまえのじいさんにもらったんだそうだ」

「じいちゃんが・・・ばあちゃんに?」

「あぁ。で、お袋が、アイツにやれって言って俺にくれたわけ」

「・・・・・・へぇ・・・。じゃぁ、ずっと受け継がれてきてるってことか・・・」




(じいちゃんがばあちゃんに・・・ばあちゃんが親父に・・・親父がお袋に・・・お袋が俺に・・・・・
そして俺は・・・・・・)




卓はじっとそのブローチを眺めた。
意識して見るとそれは、かなり深い意味を持ったもののように思えてくる。
人一人、十分に守れるだけの強い力が備わっているように思えた。
ずしりとした重みすら感じる。



「お袋はそのこと知ってるの?」

「いや。特に言う必要もねえだろ」

「そっかな・・・(言ったら喜ぶと思うけど・・・)」

俊はばっと卓を見て指差した。
「言うなよ!絶対!」

「わ・・・わかったよ・・・・・・」
卓は苦笑しながら答える。

「話はそれだけか?だったら早く下に来い。」
そういって俊は立ち上がった。
そしてドアまで歩いていくとその手前で立ち止まって振り返った。



「それ・・・そろそろお前も渡すのか?」
俊は真剣な眼差しで卓を見ながら言った。


「えっ・・・///」
卓は不意に尋ねられたじろぐ。




「そいつにはみんなの想いが詰まっているからな・・・お守りの効果は抜群だぜ」
俊はそういってにやっと口元をほころばせながら出て行った。











何事もなかったように食事を済ませる。
卓はちらっと俊を見たが、それには気づいていないのか、あえて気づかないフリをしているのか、
俊は黙々とご飯を口元に運んでいた。



かちゃっと箸を置く。
そして卓は隣に座っているココに視線を向けずに言った。
「食事が終わったら、俺の部屋に来てくれ。話がある」

「えっ?」
ココはきょとんとして卓を見る。

卓は自分の顔が赤らむの感じ、ばっと席を立ってその場を後にした。



「何〜?なんだろね。お兄ちゃん・・・。怪しいなぁ〜♪」
愛良はニヤニヤしながら言う。

「愛良。ご飯こぼしてるぞ」
俊が愛良の言葉をさえぎるように言った。
「えっ!?あっ・・・」
俊は卓の背中を眺めながら無言でエールを送った。










「卓?私。入っていい?」
「あぁ」
卓の返事を確認してからココが部屋に入ってくる。



いつになく神妙な顔つきの卓を見て、ココもその雰囲気に呑まれる。
「・・・話って何?」
空気をどうにかして変えたくてココは自ら話を切り出す。




卓は返事もせず、しばらく黙ったままだったが、一息ついてココの顔を見つめた。
「・・・・・来年から大学にいくことは言ったと思うけど・・・・」
卓がぼそぼそとした口ぶりで話し始める。

「・・・うん・・・」

「・・・・それと同時に、この家を出るつもりだ」

「えっ!?出るって・・・・?」

「一人で暮らすつもり。」

「・・・・・・そんな・・・・・・聞いてないわ。どうして?通えないの?」

「そういうわけじゃねえけど、通うなるとちょっと遠いし・・・」

「でも・・・・じゃぁ私は・・・・」
ココはそこまで言いかけて口をつぐむ。
その先を言うことができない。その先を言うことで二人の関係が大きく崩れてしまいそうになる。

「・・・・・・」

「・・・・・・」



黙り込んだままの空気がきんと張り詰める。
何も言えないままココが目に涙を溜めはじめた。
はっとして卓はココを見つめる。




(早く言わねえとこいつ・・・また誤解する!)




「あ、あのさ・・・これ!」
卓は後ろ手に隠していた小箱を勢いに任せてココの前に差し出す。

「・・・何・・・これ?」
ココはつんと鼻をすすってその小箱を見つめる。



「お前にやる。お守りだ。お前を守ってくれるはずだから・・・」



ココは黙ったまま卓を上目遣いに見つめ、視線を小箱に移すとそれを受け取った。
「・・・きれいね・・・お守りなの?何のお守り?」
ココは箱から中のブローチを取り出して額の前に掲げる。
真ん中にはめ込まれた小さな石がきらっと輝いた。



「そ、それをやるから・・・」

「・・・やるから?・・・魔界に帰れって言うの?」
ココは潤んだ瞳で卓を睨みつける。



(ああ・・・やっぱりそうなるか・・・)



卓はがくっと肩を落とした。

「そうじゃなくて・・・・・・一緒に来いよ」
言い終えたあと、卓はどさっとベッドに腰を落とした。

「え・・・・」
ココはまったく予想をしていなかったかのように目を丸くして卓を見つめた。

「一緒に?」

「そう。イヤか?」

ココは真っ赤な顔をしてブンブンと頭を左右に振る。



「多少はまだ親のすねかじることになるかもしんねえけど、
バイトでも何でもしてお前ぐらい食わしていけると思うし、
お前と離れて暮らすことはもう今の俺には耐えられない。
・・・・・・一緒に来てくれるか?」



卓はココを見つめた。懇願をするような目でココの瞳を捕らえる。
ココは一粒瞳から涙をこぼしたあと、ブローチを握り締めたあとコクリとうなづいた。
「卓と一緒に行く・・・」

その言葉を聞いて卓はほっと顔を緩ませ、立ち上がるとココを自分の胸に抱き寄せた。



「・・・・・・」
卓は、言おうか言わまいか迷っていたことを考えていたが、やはりと思って口にした。
「そのブローチさ・・・」

「・・・・うん?」

「親父がお袋に結婚前にあげたやつなんだってよ。

俺がガキの頃にお守りにしろってお袋がくれたんだ」

「へえ・・・素敵な話ね」

「親父も魔界のばあちゃんからもらったらしい」

「おばあさまから!?」

「ばあちゃんもじいちゃんからもらったんだってさ」

「そんな昔からあるものなの?・・・すごい・・・ずっと受け継がれてきてるんだ・・・」
ココは手のひらのブローチをしみじみと眺めもう一度強く握り締めた。



「私がもらっちゃっていいのかな・・・愛良にあげたら?」

「あいつはいいの。俺が守りたいヤツに渡すべきものなんだから。」

「・・・卓・・・うれしい。」
ココはもう一度卓の胸に顔を寄せた。



「そんな言い方したら愛良怒るわよ。」
くすっと笑ってココは言った。

「アイツは俺が守らなくても他の男が守ってくれるだろ。でもお前は俺だけだ。」
卓はぎゅっと抱いていたココの細い体を強く抱いた。



「・・・ありがとう」

「失くすなよ」

「失くさないわよっ!」
見詰め合って二人は微笑んだ。そしてゆっくりと顔を近づけて唇を合わせた。






新しい主人の元にたどり着いたブローチは、
また気分も新たに・・・というように、キラキラっとココの手のひらの中で輝いた。
次の主人の元に渡るまでの間、
この温かい手のこの方をお守りすることを心に誓いながら・・・







<END>






あとがき

いかがでしたでしょうか?Tana改め棚花さまのリクエスト作品でした。
あんまりクリスマスには関係なかったね・・・^^;
ただ、まあ時期的にということで。
俊が蘭世に渡した時もクリスマスだったので、この時期に合わせましょうかということになりまして。

棚花さまのリクエストは
>「お守り」です。クリスマスの贈り物で蘭世が卓に「お母さんはいっぱい 守ってもらったから…」
>と言った台詞がなんとなく気になってまして。
>私的な思いですが、あの鍵のブローチはターナから俊へ受け継がれて、
>蘭世から 卓へと贈られていったりするの も素敵だなぁって。
>…となると、今はココの元にあるのかしら?

というような感じで頂いておりました。
おぉ、なるほどね〜と私もステキだな〜と思いまして・・・。
でもこんな感じになってしまいました。棚花さま、中途半端でごめんなさ〜い(泣)
しかも早くにリク頂いてましたのに遅くなってしまってすみませんでした。

それでですね・・・
私が何を皆さんに見ていただきたかったのかというと、
この画像のブローチ・・・
な、なんと・・・
★棚花さまの手作り★
なんですよぉ〜〜〜〜〜!!!!
銀製だそうです。
すごいでしょ〜〜〜!正確に実物化されてますでしょ!
私、最初にこれを見せていただいて、興奮しすぎでぶっ倒れそうでした^^;
こんなの作れるの〜〜!?という驚きと、ときめきの世界が現実化しそうな感慨深さ、
素晴らしいです!!
これはクリスマスプレゼントとして皆様に見ていただかなければ!との使命感に駆られました!

棚花さま、どうもありがとうございました!
ようやくお目見え!ですよぉ〜〜〜≧▽≦

(自分の文章が恥ずかしいわ・・・皆様文は目を伏せて!!)










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