男が涙を流す日







ピンポーン・・・

「はぁい・・・あら・・・真壁くん」
椎羅がドアを開けるとそこには俊が立っていた。

「どうも・・・昨日はお世話になりました・・・」
少し照れた顔をしながら、俊はぺこりと頭を下げる。

「いえいえ、こちらこそよ。蘭世、出かけちゃったんだけど、すぐ戻ると思うからどうぞ入ってちょうだい」
椎羅はにこやかに俊を招き入れる。

「あの・・・実は、今日は地下室をお借りしたくて・・・」
「地下室?・・・魔界に行くの?」
椎羅は重厚なドアを閉めながら俊に問いかける。

「ええ・・・まぁ・・・」
少し視線をそらした俊の真意を椎羅はハッと汲み取ってにっこりと微笑みながら言った。

「そう・・・そうね。どうぞ使ってちょうだい。もう家族なんだから♪」

「・・・はい。。。ありがとうございます。それと・・・魔界に行くことは、江藤には黙っててもらえませんか?
今日は一人で行きたくて・・・」
俊はうつむき加減で椎羅の反応を伺うように表情が動くのを待った。

「ええ、わかったわ。黙っておきます。」
椎羅が笑顔でうなづいてくれたのを見て、俊も表情を和らげ、
「じゃぁ」といって、もう一度頭を下げた。



椎羅がリビングに戻ったのを確認すると、俊は銅像の鼻の中に指を突っ込んだ。
それと同時に地下への例の階段が大きな音を立てて現れる。

(なんで、よりによってこんな開け方なんだ?江藤んちらしいと言えばらしいんだけど・・・
 どうもまだ慣れねえな・・・人がいるとやりづらい・・・そのうち、俺も慣れるんだろうか・・・)

地下への長く湿った階段をカツカツと降りながら、俊はくくくっと笑った。



開かずの扉をぐっと開けると、いつもと変わらず、幻想的な異空間が視野に広がる。
能力を消して人間界で過ごしていると、時折、フッと自分が魔界人であることを忘れてしまう時がある。
それほどの長い間、人間界で生きてきたからに違いないが、一歩、この深い霧の中に足を踏み入れると、
あぁ、自分はやはり、魔界人なんだなと改めて実感させられる。

魔界全体が俊を呼び、俊を引き込み、大きな何らかの力が俊を包み込む。
俊自身の体も、それに呼応するかのように血が騒ぎ始める。
そして、その高揚が心地いい。

誰もがそうなのか、俊が王家の人間だからなのかはわからないが、
この地で生を受け、本来ならこの地で生きていくのに相応しい体であるのだということが
身をもって感じられる。
魔界で生活をしたことがなくても、本能がそれを覚えているのかと思うと、俊は妙に切なく思った。



しばらく魔界の中をぶらぶらと歩き、その後、繁華街から少し離れた、殺風景な場所にひっそりと、だが厳かに立てられてある石碑の前に俊は立った。
来る途中で立ち寄った花屋ででに入れた白い、それでいて不思議な光を放っている花束を何も言わずに黙って、その前に置いた。

「・・・・・・親父・・・・・・」

ここは、あのゾーンとの最終決戦が繰り広げられた場所だ。
そして、この場でレドルフ大王は姿を消された。
俊の蘭世の盾となるべく、ゾーンの攻撃の前に立ちはだかった。

・・・一瞬だった。さすがの俊も止められないほどの、ほんの僅かな瞬間だった。
あの光景は今でも俊の目の奥に焼きついている。
そして、最期に振り向いて見せたレドルフの顔は、魔界の大王としての顔ではなく、
ただ、息子をこの手で守りたいという一心の、一人の父親としてだけの顔であった。

俊は、あの時、生まれて初めて、父親の顔というものを目にしたと思った。
和解できたあとも、幾度かは話をしたが、それはやはり親というよりも、大王の顔つきであったように思う。
もっともっと、これから親子の失われたつながりを、長い時間をかけて取り戻していくはずであったのに・・・と
俊はそのことだけが今でも悔やんでいる。



ぐっと目を強く閉じて、そしてその石碑の前にしゃがんでから、俊は再びゆっくりと目と開けた。
そして口を開く。

「・・・親父・・・。俺・・・・結婚しようと思う」
ゆっくりと、そして力強く言葉を並べる。

「相手は・・・江藤蘭世・・・まぁわかってるだろうけど・・・」
蘭世の名前を口にしたとたん、急に恥ずかしくなって俊は一人照れ笑いをした。
「昔の親父なら、きっと・・・身分が低いだのなんだの言って怒るんだろうな。・・・そして、俺はそれに反発して飛び出したりなんかして・・・・・・でも・・・」
そういって、俊は顔をあげて石碑を見つめる。

「今の親父なら、笑って許してくれるだろ?俺はアイツを愛している。今までも、そしてこれからもずっと・・・
 親父がずっと・・・お袋を愛してたように・・・。アイツはお袋に負けないぐらい頼りになるぜ・・・」
俊はそういってフッと小さく笑ったその瞬間、辺りをごぉぉーーーっと強く風が吹きぬけた。
そして少し薄暗くなった。

俊の目の中に、うす白く光る光が見えた。俊は目を細めて何度か瞬きをして正体を捉える。
はっきりとは分からないが、それは亡き父の姿であることを確信した。



”・・・・・・おめでとう・・・俊。・・・・・幸せになるんだぞ・・・・・・”



そして何か大きなぬくもりが俊の頭上を、そっとなでた感じがした。
俊は目を大きく見開いたままその温かさを感じ取ると、その瞳からポタポタと何粒かの温かい滴が零れ落ちた。

幼い頃からずっと心の奥に閉じ込めていた想い。
ずっと触れたかった父親のぬくもり。
反抗心で覆いかぶせていた確執。
それらが、ふっと緩ませていた心の隙間から突如としてあふれ出し、流れ落ちた。

柄にもなく、年甲斐もなく、もう十分大人になっている男が一人、
声を殺して・・・泣いた。

幼い頃、もう二度と泣くまいと誓った日から何年が過ぎたのだろう。
この場に蘭世が連れてこなくて正解だったと、俊は大きな息を吐きながら思った。
鼻をクッとすすり、涙の後を腕でふく。
そして、俊は石碑に向かって言った。

「ありがとう・・・親父。今度は江藤を連れてくるよ」

ここに来てよかったと俊は思い、口元をほころばせながらその場を離れるために振り向いた。
そしてそのとき、ある人影に気付く。



「げっ・・・お、お袋・・・?いつのまに・・・?」

「さっきからいたわよ。私の気配に気付かないなんて、俊もまだまだね」
ターナはくすくすと笑う。

(うそつけ・・・!気配消してやがったくせに・・・)
と心の中で愚痴りながらターナを睨む。

だが、そのターナの目にまだ、キラリと光る滴が残されているのを俊は見つけた。



「・・・何で、ここにいることがわかったんだ?」

「母親なら当たり前よ。お父さんに報告はすんだ?」

(・・・・・・お父さん・・・か・・・)
俊は石碑を振り返りながら、あぁ・・・と答えた。

「じゃ、次は私と弟ね。城へ行きましょ!」

「え!?あ・・・いや・・・それはまた今度・・・」
俊は急に顔を赤くさせながらうろたえる。

「どうしてよ。お父様だけ特別なの?私たちだって聞きたいわ。俊の結婚報告!」

(くっそぅ・・・やっぱり今の聞いてやがったな・・・)

「お袋たちは、今度っていったら今度なんだよ!どうせわかってんだろ?
江藤も連れてきた時に寄るよ」

俊は真っ赤な顔をプイっと横に向けながら答えた。

「・・・くすくす・・・そうね。わかったわ。楽しみにしておきます。・・・・なるべく早くね♪」

「・・・ああ///もう!わかってるよっ!!!」

(・・・んっとに・・・こういう人のからかい方は、アロンと似てるよなぁ・・・)

「じゃ!またな」
そういって、俊はテレポートして、姿を消した。

ターナは慌てて帰った俊をくすっと笑って、その後石碑に視線を移した。

「あなた・・・許してくださってありがとう・・・これからもあの子達を見守っていてあげてくださいね・・・」
そういって、俊が無造作に置いた花束を、そっと花挿しにさした。






<END>




あとがき

いかがでしたか?

今回はaoさんのリクエスト「王子の涙」にお答えいたしました〜☆

>嬉しい時、悲しい時、悔しい時、等kauranさんの都合の良いパターンでOKです。
>また、蘭世がその涙を見た時(気付いた時)、見ていない時(気付いていない時)、等でも
かなりストーリが変わると思いますが、本当にkauranさんがストレスを感じないもので良いです。

ということでいただいておりました。

どうしようかな〜とかなり考えていたのですが、王子ってどんな時に泣くんだろう・・・と考えた結果、コレでした。(ホントに泣くのか??)
完全にkauranの都合の良いパターンになってしまいました☆
aoさん、すみませ〜〜〜ん!!!
ラブ度全くなし!蘭世も涙見てないし!こんなんでいいのかどうかわかりませんが・・・

ちなみにこの日の前日は江藤家に俊が結婚の挨拶に行って、ドンちゃん騒ぎが繰り広げられた・・・という設定があります。書いてませんが・・・(書けよ!)最初の椎羅と俊のやり取りの裏にはそういう事情があるんですね〜。(小ネタ)

aoさま、こんなのでよろしければ、40000ゲットの記念として、どうぞお受け取りくださいませ〜〜。
リクエストいただきましてありがとうございました♪










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