パパとママの苦悩










久々に何の予定もない日曜日、開け放たれた窓からすーっと入ってきたさわやかな風に頬をなでられ、俊は重いまぶたをゆっくりと開けた。
うつぶせに寝返りを打ち、まだまどろみながら顔だけを横に向ける。

数十センチ離れたもう一つのベッドに妻の姿はもう見あたらない。
ベッドカバーはきちんと元通りに整えられている。

もう起きているのかと頭の中で気づくのと同時に、階下からその妻の声と、息子のはしゃぐ声が聞こえてくる。

(卓もか・・・・・・)

俊はうーーんとのびをして起き上がり、Tシャツとジーパンというラフな部屋着に着替えると、一階に降りていった。




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「あら・・・おはよう。今起こしに行こうと思ってたとこ♪」
リビングのドアを開けると、蘭世はグラスにミルクを注ぎながら俊にそう声をかけた。

「ああ、おはよう・・・」
俊がそういい終わらないうちに、「パパーッ」と卓がパタパタと俊の元に走り寄ってきた。
俊は「オスッ」と言いながら、足元まできた卓を両手で抱き上げてそのまま、
朝食の用意が済まされたダイニングのテーブルについた。
そして、卓も子供用の椅子に座らせる。

しかし、やんちゃざかりの卓は大人しく座っていない。
パッと飛び降りてあたりをぐるぐると駆け回る。
俊はその様子を見てはぁ〜と息をついて、
「コラ、卓!食事の時は大人しく座ってろ!」と一喝入れた。

卓はその声にピタリと立ち止まり、しばらくそうしていたかと思うと、みるみる瞳に涙をためて、
ワーンと大きく声を上げながら蘭世の足にしがみついて泣き出した。

「ほら・・・卓。大人しくしていないからでしょ?さっ、泣き止んでごはん食べなさい。」
蘭世はあやしながら卓を椅子に座らせる。
俊はそれを横目で見ながらもう一度はぁ〜とため息をついた。



子供を叱るのは、正直言って苦手である。
いけないことをいけないと教えなければと思うものの、ついつい大声で怒鳴りつけてしまう。
そうすると、卓はいつもこんな風に泣き出して、蘭世に助けを求めるのだ。

どの家庭もそうなのだろうか。
自分に父親がいなかった分、父親像というものがつかめなくて、
俊は焦りと苛立ちを感じていた。

卓への愛情は十分にあるのに、それもうまく伝えられない。
父親は怒るものという印象だけが卓の意識に植え付けられてしまいそうで、もどかしいのだ。
そしてその分、蘭世と卓の結びつきが一層強くなっていくような気がしてまたおもしろくない。

ちらりと二人に目をやると、卓はすでにすっかり機嫌を取り戻し、蘭世に向かってしきりに何か話している。蘭世もニコニコと微笑みながらそれにうなづく。
自分の居場所が何となく見当たらなくて、さっさと遅めの食事を済ませ、俊は席を立った。





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食事の後片付けをすませて、蘭世はコーヒーをお盆に乗せてリビングのソファーの前のテーブルに置いた。そして、俊のとなりに腰を落とす。

「まだ、怒ってるの?」
蘭世は先ほどの一件以来、ずっと黙ったままの俊にそう尋ねた。

「何が・・・?」
「卓のこと」
「イヤ・・・別に・・・卓は?」
「部屋で遊んでるんじゃないかしら?」
「・・・そうか」
俊はそういってはぁーっと伸びをして天井を見つめた。

「子育てってのは大変だよな」
俊はそのまま天井を見つめながらつぶやいた。

「そうね・・・。でもよくやってくれてると思ってるわ」
蘭世は俊の肩に頭を乗せながら言った。

「・・・そうかな・・・自信がない・・・」
「そんなことない!大丈夫よ」
「・・・・・・」
俊は黙って蘭世の肩に腕を回した。

二人でこういう時間を過ごすのは、久しぶりな気がする。
卓がもっと幼い頃は、常にかかりっきりで、毎日が戦争のようだった。
今では、卓も一人で遊んでいられる年齢にまでなり、少しは時間の余裕がもてるようになった。
しかしその分、俊の表での仕事が忙しくなり、日曜でも家をあけることが多い。
二人だけで過ごす時間は確実に減った。

俊は、蘭世の長い髪を後ろ手で弄びながら、久々に体内に欲が沸き起こる。
子供がいるといってもまだ年齢は若い。やはり、二人だけで体温を感じているとそういう気分になる。

俊は蘭世の肩に回していた手をそっと彼女の頬にあてて、こちらを向かせると、蘭世もそれに抵抗することなく、なされるがままに従う。
そして、俊はそのままそっと、愛妻の唇を自分の唇で塞ごうとする・・・・・・
その瞬間・・・・

鋭い視線を俊は感じて、はっと動きをとめ、その視線の方に目を向ける。
すると、そこにはドアからじーーっとこちらを見つめる卓の姿があった。

「うわっ!!!卓!!!」
俊は慌てて蘭世から離れる。

「えっ!?」
俊の声に、それまで意識を朦朧とさせていた蘭世も、びっくりした表情をさせ、そちらに目を向ける。
卓はそのままスタスタと歩いてきて、二人の間に無理やり入り込んだ。

(な、なんなんだ・・・コイツは・・・)

俊は眉間に皺を寄せながら、パッと席を立った。

(・・・ったく・・・続きは夜だ・・・)
俊は、体を動かしてくるとだけ言い残してリビングを出た。





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(せっかくの休みだったのになぁ・・・アイツともゆっくり過ごせないままだったし、
いっそ3人でどこか出かけたほうがよかったかな・・・)

夜になって、俊は妙に気疲れした体をベッドに投げ出して寝転がっていた。

どうも卓は、蘭世になつき過ぎている。母子なんだから当然と言えば当然だが、
俊にとってはそれがどうも面白くなかった。

自分にもっとなついて欲しいとも思うし、蘭世にこれ以上なつかないで欲しいなんて思ってしまう。あいつは母であるのと同時に、いや、母である前に俺の女なんだ。
自分の息子にヤキモチをやくなんて、子供じみたことを思っているということは自分でもわかっているが、そう思わずにはいられない。
俺に似ているのと同時に、あいつはあの男に似てるんだ。

俺は父親失格だな・・・と思いながらベッドのうえでゴロゴロしていると
風呂から上がってきた蘭世が寝室に入ってきた。
少し上気した体が艶かしい。

「卓は寝たか・・・?」
俊はそう蘭世に尋ねると「寝たと思うわ」と蘭世は答えた。

「じゃぁ、こっちこいよ」
そういうと、俊は魔力を使って蘭世を自分の元に引き寄せた。
キャッと蘭世は声を上げたかと思うと、そのまま俊の腕の中にすっぽりと収まった。

「もう・・・!卓には力を使うなって怒るくせに・・・」
「誰も見てなきゃいいんだよ」
俊はそういって蘭世を下にして、自分の体を腕で支え、そのまま蘭世に覆いかぶさった。

蘭世は、「そんな問題じゃないでしょ」っとあきれながらも俊の唇を受け、背中に腕を回す。
そしてそのまま、本格的に大人の世界があふれ出そうとした時・・・・・・・・

わーーーーっと遠くから泣き声がした。





二人は動きをピタっとやめ目を合わせる。
そして、すごい勢いでパタパタと廊下を走ってくる足音がしたかと思うと、それは二人の寝室の前で止まり、泣き声と一緒にドンドンとドアを叩く音に変わった。

俊は、今日何度目かのため息をついて、蘭世から体を離した。
蘭世は俊の目を見ながら衣類を整え、ドアを開けた。

「どうしたの?卓・・・」
卓はドアが開くや否や、部屋の中に飛び込んできた。
そして、そのまま蘭世に抱きつくのかと思いきや、そのまま一直線に俊の元に駆け寄って
しがみつき泣きじゃくった。

「な、何だ・・・?どうした、卓・・・」
「パパが・・・パパが・・・どこかに行っちゃった・・・」

卓はしゃくり声をあげながらポツリポツリという。

「夢を見たのか・・・?パパはここにいるよ・・・卓・・・」
俊はフッと笑いながら、自分の胸にしがみついているサラサラの髪に覆われた小さな頭を優しくなでた。

「ほらっ。もう泣くな。男だろ?卓は・・・。今日はここで寝ていいから・・・なっ?」
そういって俊は卓を抱き上げて自分のベッドに寝かせて、自分もその隣に身を横たえた。

「うん!!」
卓は涙目のまま、満面の笑みでうなづいて布団をあごまで引き上げた。
蘭世はあっけにとられた顔で、二人の様子を見ていたが、
”続きは明日な・・・”
と俊からのテレパシーが飛んでくるのを感じると、プッと口を膨らせたままニッコリと微笑んだ。

新米のパパとママの苦悩は続く。
だが、一つ一つ、着実に家庭の絆はしっかりと築かれていきつつあった。







<END>






あとがき


いかがでしたでしょうか〜。
今回は浅川繭乃さんのリクエストにお答えいたしました。

リクエストの内容は「真壁夫婦+卓の3人家族の時のお話」ということでした。

>まだ愛良の存在がなかった頃(愛良ごめんなさい;) の3人のほのぼの話が読みたいなぁと。
>お約束な.卓がママにべったりで真壁くんがヤキモチやくお話でもいいですし 普通に3人でお>出かけとかしてほのぼの話しでもいいですし ・・・

という感じで頂いておりました。

ヤキモチ真壁くんは、私も好きなのでコレ頂き〜〜!って感じだったのですが、
ヤキモチばかりもかわいそうなので、最後は花を持たせてあげました^^;
あ〜、繭乃さん!こんなのでよかったでしょうか〜???イメージ崩しちゃってたら、
ホントごめんなさい!!!

こんなのでよろしければ、繭乃さま、どうぞご笑納くださいませ♪
リクありがとうございました〜☆








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