Sentimental Day

                 後 編







なんとなく心が躍っていた。

父を一人で迎えに行くなんて、何年ぶりだろう。

まだ小学生のころ、こっそりジムに練習を見に行ったとき以来だ。

大人になっていくにつれて、親への想いというのは妙にこっぱづかしくなって、

ゆっくり話すことすら少なくなった。

元々口数の少ない親父だ。

話をするといっても、何言か言葉を交わすといった程度で終わっていた。

二人だけで歩く間、何を話せばいいのか、ふと不安に駆られる。

無言でいるのも妙に居心地が悪いし・・・。

思わず衝動で迎えにきてしまったことにわずかながら後悔した。

しかし、心とはうらはらに、足のスピードは何故か早まっている。

心の焦りがそのまま体に表れているようだ。

会いづらいけど会いたい・・・そんな微妙な心境。





足元を見ながら歩いていたのを、ふと顔をあげたとき、ちょうど向こうから歩いてくる見慣れた姿が目に入った。

長身の身で、トレーニングウェアの上にウィンドブレーカーを羽織って歩く姿は、

家族のひいき目を除いてもかっこいいと思う。

自分も瓜二つだといわれ続けてきたが、やはりどこか自分とは違う。

どこか貫禄というか、犯すことのできない神聖なオーラに覆われているような気がする。

自分の父であることが不思議な気分にすらなる。

卓はふと足を止めた。

止めずにはいられなかったといった方が正しい。

前に立つ卓の姿に気がつき、俊と目があった。





「よぉ、どうした?」

俊は右手を軽く上げて微笑んだ。

近づいた俊の目の中を見ると、今の自分の顔が映っていた。

背の高かった父と同じくらいの身長になって、もう見上げることもない。

だが、今も、その目の中に自分が映っていることが、やけに気持ちをセンチメンタルな感じにさせて、

何か胸の奥からこみ上げてきた。

真正面に立ってるのだから映っているのは当然のことだ。

この年になってまで不思議がることも、嬉しがることもおかしな話なのだが、

ああ、やっぱり自分はこの人が好きで、

この人の息子でよかったと何故か思ってしまうのだった。





卓は気持ちを変えようと、ふっと息を吐いた。

「一人じゃ帰って来れないんじゃないかと思ってさ。迎えに来てやったんだよ」

卓は妙な感動を悟られないように、いつもどおりの悪態をついて、にやっと笑って見せた。

「何言ってんだ。行くぞ」

俊は卓の返事を待たずに、止めていた足をまた家に向かって動かしはじめた。

卓は置いてきぼりの状態になり、そのまま父の後ろ姿を見た。

俊の左手には、あるケーキ屋の袋がぶら下がっていた。

愛良はその店のプリンが大好きだった。





親父のやつ・・・愛良の好物、やっぱ覚えてたんだ。





卓はそそくさと追いかけて俊の隣に並んだ。

「淋しいんじゃねえの?」

「何が」

「愛良がいなくなるから」

「お前なぁ。娘の結婚を喜ばない親がどこにいるんだよ」

ふっと俊が笑った。





だが卓は見逃さない。

その笑いの中に、淋しさの表情が見え隠れしているのを。

つっこんで聞いてやりたい気もあったが、それはできそうになかった。

それは俊の持つ威厳のせいもあったが、それよりもその淋しさが痛々しく感じられたからだ。

そして、それを決して見せまいとする俊の姿が逆に痛々しいのだ。

親ってこんなものなのかな・・・とふと思った。

自分もこうなるのだろうか・・・。今はまだ実感はないが、ナリが嫁いでいなくなるという実感もないのだからそれは当然なのだろう。





「さっき、家によったけど、愛良の部屋、もうなんも残ってねえのな。」

「ああ、今日全部持っていくって言ってたな」

「これからどうすんだ?お袋と二人になっちまうし・・・なんだったら一緒に・・・」

その後を続けようとすると、俊が遮った。

「バカ。人の心配より自分ちの心配しろ。ナリもこれからが大変なんだぞ」

卓は額を軽くこづかれる。

(ったく・・・親父はいつまでも俺を子ども扱いなんだから・・・)

卓ははぁと軽く息を吐いた。





俊は横目で息子を見た。

(いっちょまえなこと言いやがって・・・)





だが、普段は気づかなかったが、こうやって並んで歩いていると、

背も同じくらいで、歩幅も同じで、

小さい頃は、歩くペースを合わせてやらないといけなかったのに、

いつの間にか大きくなっていたんだな・・・と改めて感じさせられる。

カルロの生まれ変わりかと思ったこともあったが、この横顔は、やはり俊のものだった。





・・・まさしく俺の横顔なんだ。。。





ここまで立派に育ってくれて、正直嬉しかった。

時が時だからか、なんだか感傷的になっている自分がおかしかったが、

こんな時だからこそそう思えるのかもしれない。

明日は愛良の結婚式だ。





正直、家族の待つ家にまっすぐ帰る気にはなかなかなれなかった。

どんな顔をして、どんな態度で愛良を送ってやればよいのかがわからなかったのだ。

でも、卓が来てくれて、よかったと思う。

こんな時、息子がいてくれて助かったと思う。

妹を大事に思う兄ならなおさらだ。

おそらく、自分と同じような気持ちを抱えているのだろう。

だからこそ、こいつも俺を迎えに来たのかもしれない。





「お前、愛良が嫁に行くのどう思う?」

「は?」

俊の突然の言葉に卓は意表をつかれた。

そんなストレートに言葉を投げられるとは思ってなかったのだ。



「どうって?親父は反対なの?」

「・・・いや。反対とかいうんじゃない。愛良が決めた男なんだし、男目からみても開陸はいいやつだ」

「・・・まぁな。それは認めるけど」

「ただ、お前は兄としてどう考えてるのかと思ってな・・・」

俊はふっとはにかんだ。

「どうって言われてもなぁ・・・ただ・・・まぁちょっと淋しいというか・・・心配というか・・・」

卓はぽりぽりと頭をかいた。

(親父に聞くつもりだったのに、なんで俺が逆に聞かれてるんだ・・・)

だが、その後、思いがけない予想だにしない俊の言葉に卓は耳を疑った。





「そうだな・・・俺もそうだ」

「えっ?」

「心配だ。ちゃんとやっていけるのか、泣いたりしないか・・・嫁にいっちまったらもう俺は助けてやれない・・・」

「・・・・・・」

「・・・なんてな。まぁ、嬉しいのと淋しいのが入り混じったって言う感じか。

あっお前、誰にも言うなよ!お前と俺だけの秘密だ」

「う、うん・・・」

卓は何の言葉もかえせず、うなづくだけだった。

もっと言いたいことはあった。自分も同じ思いだということだとか、もっともっと、

この際だから、愛良以外のことだって、聞いてみたかったのに、どんな言葉を返せばいいのかわからなかった。

それほど意外だったのだ。父がここまで素直に言ってのけるなんて・・・。

だが、それと同時に、自分が言わんとしていたことを、一字一句相違のないぐらいそっくりそのまま話した父に

妙に感激を覚えた。

そして二人だけの秘密は、まるで幼い頃に戻ったように嬉しかった。





俊の横顔を見た。

今日の父はいつにもまして凛として、さわやかで、かっこよかった。

いつもは自分の感情を表に出すことのない父が、今日は違う。だが、違う親父もたまにはいい。





「ほら、つまんねえ話はもう終わりだ。さっさと帰らないと女たちが怒るぞ」

俊はぽんと卓の背中を押しながら歩き出した。

父の大きな手が背中に触れた瞬間、卓の心の軋みがふっと取れた。

そしてふぅと息を吐いて口元を緩ませた。

「よし!今日は、せいいっぱいお祝いしてやろうぜ。

こんなかっこいい親父と兄貴を持ってるなんてあいつは幸せものだ!」

卓はにやりとしながらあごをさすった。

「きれいなお袋ってのもつけたしといてやれ。すねるからな。」

「ぶっ・・・じゃぁきれいな義姉ってものいるな・・・。火つけられるわ」





愛と希望と楽しさに満ち溢れたあの家に一歩一歩近づいていく。

父はあの家に戻ったらまたいつもの親父に戻るだろう。

妻や娘にそんな弱さを感じさせる感情を見せるわけがない。

だが、卓だけは知っている。

自分と同じ想いを抱えている父を。

これからはもっともっと近づいて話せるようなそんな気がした。

明日は結婚式。

いつまでも大切な娘に妹に・・・愛を・・・。












あとがき

ようやく書き上げましたが、ただの散文になってしまいました。
書きたかったことというのは、最初は愛良のことを語る俊と卓ってのを目指していたのですが、
なんと中途半端な・・・
語らそうと思えば思うほど、kauの頭の中では彼らは無口になっていくのであります。。。(泣)
そして妻であり母である蘭世ちゃんは今日も蚊帳の外であります・・・。(ごめんね。)
ていうか、もうそれぞれの想いみたいな感じになっちゃいました。
まぁもういっか。
書き直せないし・・・^^;(そんな技術はkauにはない)
もう一つ、愛良と開陸ネタを書きたいんですが、
とにかくもいっかい第3部読み直さないと・・・。
実はあまりちゃんと読んでなかったりして・・・よく覚えてないんす^^;
乱文、読んでいただいてありがとうございました。
(2周年記念とするにはあまりにもヘタレ文なのでフツーの文章ということで)





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