Sweet snow









pipi・・・pipi・・・pipi・・・


耳元で心地よい電子音が響いて、蘭世は待ってたかのようにすばやく目を開いた。

そして確認のために2・3度そのまま瞬きをしたあと、布団からゆっくりと左腕をのばして、鳴り続けていたアラームを止めた。

起きていたわけではない。一応は眠っていたように思う。

ただ眠りが浅かったのだろう。

実際寝ていたのかどうかも疑わしいほど、眠り込んだ実感がない。

その割には、頭のなかはすっきりとしていて、眠さはまったく感じなかった。



いつもならアラームが鳴っているのも気づかないか、

ひととおり鳴り終えてからやっと重い腕をのばしてその時計を布団の中に引きずり込むか、

最悪の場合には、鈴世がパタパタと入ってきて代わりに止めてくれる。

だが、今朝だけは違っていた。

心のざわめきと興奮が冷めやらず、何度も寝返りを打ちながら眠りにつくことが出来ずに、

ようやくうとうととしかけたのはもう空がゆっくりと白ばみかけた頃だった。



蘭世は無意識に鼓動が大きくなっているのにふと気づくと、両手で胸をぐっと押さえた。

そして、慌ててベッドから抜け出すと、そばに据えられている机の引き出しを勢いよく開けた。

その中には、昨晩、そぉーっと入れた、手のひらに乗るサイズの小さな箱が、そのままの状態で何も言わずにその場に佇んでいた。

蘭世はその箱を両手にとって、少し重く感じるそのふたをそっと開ける。

まずキラリとした小さな光が目に飛び込んでくる。そしてすぐに小さな鍵の形をしたブローチが蘭世の目で認識できた。








昨晩、このブローチを俊がくれた。

あまりの一瞬のことで、お礼を言うまもなく俊は立ち去ってしまったけれど、

そのあと残されたこのブローチが全てを物語ってくれたような気がした。







・・・・・・いつか、お前をもらいにいく・・・・・







あれは・・・あの言葉は・・・



プロポーズと捉えていいのだろうか・・・



いいんだよね・・・。






未来の扉で、「真壁卓」と称する子どもが持っていたブローチ。

ママが・・・パパから・・・もらった・・・

同じブローチを俊がくれた。

ママが・・・パパから・・・?

そのことを思い出せば思い出すほど、蘭世はぼっと顔から火を出して、

枕に顔を埋めながら、両足をバタバタさせながら、襲ってくるこの世のものとも思えない興奮に一晩中耐えなければならなかった。





嬉しくて涙が出た。

あまりに大きい鼓動に耐えられずに、そのまま俊の元に駆け出しそうにもなった。

でも、いざ彼を目の前にすると、きっと照れと恥ずかしさで何を言っていいのか、わからなくなることも容易に想像がついた。






望里にも椎羅にも鈴世にもまだ昨日のことはまだ伝えていない。

あまりの突然のことに蘭世自身がまだ信じられずに、引き出しにしまい込んだ箱を、何度も取り出しては確認していたほどだ。






「・・・真壁くん・・・」

蘭世はその箱を胸にしっかりと抱きながらそう小さくつぶやいた。

小さい声だったはずなのに、その声は自分の体中を駆け巡り、胸の奥を何だか甘噛みしたような感じに襲われた。



「蘭世〜。起きてるの〜〜?早く用意なさい!遅刻するわよ」

階下から椎羅の声がする。その声に蘭世は現実に引き戻されて、はっとした。

「はーい」

蘭世は遠くにいる母に向かって声をかけた後、抱え込んでいた箱を先ほどと同じように、引き出しの中にそっと入れて、ゆっくりと閉めた。








     *****   *****     *****









マフラーに深く顔を埋めながら、蘭世は気を抜けばふわふわしてくる足元を、一歩一歩ゆっくりと踏みしめて学校への道のりを進んでいた。

今日はクリスマス。

試験休みからそのまま冬休みに入るこの時期でも、聖ポーリア学園はミッション系の高校ということで、

この日は学校がある。

鈴世は早々に出かけていったが、蘭世は何となく気分が乗らなくて支度にも普段以上に時間がかかり、ようやく先ほど家を出たところだ。



・・・真壁くんに出会ったら、まず何て言おう・・・

お、・・・お礼を言わなきゃね・・・///



蘭世は白い息を吐きながら、火照る体を抱きしめたくなった。

長い間夢見ていたことが思いがけずに身に降りかかってくると、どうしていいかわからなくなる。



・・・だって・・・その後の事なんかまで考えてなかったよぉ・・・



嬉しい反面、次に顔を合わすのが、恥ずかしいような、照れくさいような・・・そんな複雑な想いが駆け巡るのだ。



はぁぁぁ・・・・

蘭世は一旦立ち止まって、朝から逸りっ放しの鼓動を落ち着けようと、一つ大きく息をついた。

「あ。遅刻しちゃうじゃない・・・」

蘭世は「よしっ」と気を取り直して、小走りで駆け出した。



ドンッ!!!



蘭世が走り出したちょうどその時、先にあった四つ角の右側から、人が飛び出してきた。

「キャッ!」

「っつ・・・あ、悪い・・・」

地面に座り込んだまま、二人は同時に顔を見合った。

「江藤・・・」

「ま、真壁くん!・・・」

先ほどまで頭で思い浮かべていた姿が、すぐ目の前にある。

二人の間に妙な沈黙ができていた。

蘭世は一瞬の出来事できょとんとしていたが、見つめていた俊の顔がみるみる赤く変わっていくのを確認すると、

急に現実味を帯びてきて、俊につられてか、あるいは、昨日のことを思い出してか、自分の顔にもどんどん血が集まってくるのがわかった。



「あ、あ、あの・・・・おはよぅ・・・」

蘭世は平静を保とうと無理に笑顔を作ってみるものの、にやけ顔と赤ら顔は治りそうになく、恥ずかしさでうつむいた。

「お、おぉ・・・オス」



一方の俊の顔色も、今までに見たことのないような赤さで、それでも平静を装うと懸命に努め、

わざとらしく視線を合わせてこない俊を見ていると、蘭世は急にかわいく思えて、ぷっと吹き出した。

「な、なんだよ・・・」

俊はジロリと蘭世を睨んだ。

恐らくこういう目つきの方が慣れているからであろう。俊の先ほどの顔の赤みはすっと引いて、普段の顔つきに戻った。

「い、いえ・・・・・・・あ、あの・・・コホン」

蘭世は自分の笑みをすっと真顔に戻して言った。



「き、昨日は・・・・あの・・・・どうもありがとぅ・・・///」

ボッ!!!いざ、言葉にすると、何て照れるんだろうーーーーー!!!

蘭世の顔色は数秒単位で変わっていく。

ようやく落ち着いたと思っていた心臓の音も、また再び大きく鳴り出した。

「い・・・いや・・・・///」

俊の顔色も蘭世の変化に伴って同じように赤らむ。

「あ、あの・・・とても・・・うれしかったデス・・・///」

「お、おぉ・・・そっか・・・」

「「・・・・・」」

何をどう話せばいいのか、よくわからずに、お互いが甘痒い沈黙に襲われる。

えっとえっと・・・と言う蘭世の隣で、ポリポリと頭をかく俊がいた。



どんよりとした雲が空を覆っていた。

始業時刻はとっくに過ぎ、ほとんど通学する学生のみしか使わないこの道はすでに誰もいなくなっていた。

二人だけの時間が、そのままそこで止まってしまったかように、何の音も聞こえなかった。

自分達の心臓の音だけが響き渡っているような気がする。

だが、お互いがお互いの気持ちをわかるだけに、その沈黙の空間は決して居心地の悪いものではなかった。



蘭世がごくりと唾を飲み込んで、その場の空気をやわらげた。

「あの・・・あれは・・・あの言葉は・・・・・・そのままの意味で捉えても・・・いいんだよ・・・ね?」

いつの間にか膝を抱えて座り込んでいる蘭世は、ポツリポツリと言葉を切りながら言い、そのまま視線を俊に向けた。





「・・・・・・」





俊も胡坐をかいて座り、前で組んだ指をクルクルと動かしながら視線を少し先の地面の辺りを漂わせていたが、

ふぅ・・・と一息つくと蘭世に視線を合わせた。






「あぁ。そのままの意味で受け取ってくれればいい。」

「・・・・・・」

「今はまだ学生だし、生活の糧もねえからダメだが、ちゃんと食えるようになったら・・・・」

「・・・・・・」

俊の低くて、それでいて優しい声が蘭世の耳にゆっくりとそしてしっかりと入ってくる。

その声が蘭世の中を一周していくごとに、蘭世の大きな瞳が涙で潤っていく。





「・・・・・そのときは、親父さんとお袋さんに話に行くよ。・・・・それまで・・・・待っててくれるか・・・?

 ・・・というか・・・・待ってて欲しい。・・・・お前に待ってて欲しいんだ・・・・」





「・・・真壁くん・・・・」

蘭世の瞳から、一気に涙があふれ出した。

そして、その涙と同時に、空からたまりかねたように、白いふわふわしたものが降ってきて、二人をゆっくりと包んだ。

昨日も降っていたその雪は、蘭世の涙にそっと溶けてきらりと輝いた。


俊は蘭世の黒髪に落ちては消えていく雪の雫をそっと払ってやり、

そのまま蘭世の頭を右手で抱えてそっと自分の胸に抱き寄せた。



「・・・待ってるね・・・私・・・」

蘭世が俊の胸の中でそう小さな声でつぶやいた。

しかし、その声は、俊の体をゆっくりと伝い、俊の胸の奥をしっかりと包んだ。

「・・・頼むな・・・」

俊は口元緩めてそういうと蘭世の頭にそっと口を寄せた。








     *****     *****     *****









「あっれぇぇぇ???何やってるんですかぁ?お二人さん」

突然のその声に俊と蘭世ははっとし、その声の方に顔を向けた。

そこには日野克が、両手を膝にかけながらしゃがみこんで、ニタニタとにやけながら二人を眺めている。

「ひ、日野!?」

「日野くん!?」

二人はぱっと離れて立ち上がった。

いつから見ていたのか気づかなかった自分に俊はちっと舌打ちする。



「こんな公衆の面前で抱き合っちゃってぇぇぇ♪♪♪さては・・・昨日・・・本気で狼にでもなっちゃった???」

克の容赦ないからかいに俊も蘭世も顔を真っ赤にさせる。

「あっら〜〜〜?その顔はず・ぼ・し?真壁ちゃ〜ん!」

「///・・・んなわけねえだろっ!!!」

俊は地面に落としていた薄っぺらいカバンを拾い上げて、それで克の頭をパシッと叩いた。

「でもねぇ・・・じゃぁ何で学校さぼってこんなとこで抱き合っちゃってんのよぉ。

 昨日のな・ご・りなんじゃないの?な〜江藤〜。

 コラッ!!イエス様に言いつけるぞ!!」

そう言いながら克は俊の首に右腕をまわして、もう片方の手で横っ腹を軽く小突く。

「うるせえな!」

俊はそういって今度はグーで克のみぞおちに仕返しした。

「ってぇ・・・」

「行くぞ。江藤」

「え・・・あ・・・う、うん・・・」

赤い顔をした俊の後ろを赤い顔した蘭世がパタパタと走ってついていった。

「う〜む・・・どう見たって怪しい・・・」

左手で殴られたお腹を、右手で自分の顎をさすりながら克は早足でその場から立ち去ろうとする二人の後姿を眺めながら、

ニタニタとまた笑いながら言った。

「お〜い。待てよ〜」





先ほど降りかけた雪はもうやんでいた。

二人のためだけにふったかのような、

そんな優しい雪だった。












<END>






あとがき

いかがでしたでしょうか。
今回はtakayoさんのリクエストにお答えしました〜。

リク内容は

>クリスマスの贈り物のラストの後の二人の心境+行動

>喜び一杯で幸せ気分に浸る蘭世ちゃん。
>その様子を平静を装いながらも内心テレまくる真壁君。
>日野君が絡んで真壁君が赤面。

でした。

クリスマスの贈り物の後というのは、人それぞれいろんな妄想?があると思うので
一つに絞るは難しいかなぁとドキドキしていたのですが、
こんな感じにしあがりました。
すみません。これは完全にkauran個人の妄想です^^;

しかも、なんちゅー季節外れな時期にUPしちまったんでしょう・・・^^;
でも書いてて雪を想像してると涼しげ〜な気分になりました〜♪

真壁くんは全然、平静を装えてないし・・・(笑)
でもたまには照れっテレの王子もいいかなと勝手に判断・・・。

takayoさま、こんな感じでどうでしたでしょうか?
イメージに合ってなかったかもしれませんが・・・(ワーー)
そのときはどうぞ広い心でお見捨ておきくださいませ・・・m(_ _;)m 深々
よろしければどうぞご笑納くださいませ。

リクエストどうもありがとうございました☆
そして、UP、大変遅くなって申し訳ありませんでしたぁ・・・。





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