粉雪が舞う夜に






















「・・・・・・アイツのこと・・・・・・好きなの・・・?」










     *****     *****     *****











昔、そう尋ねてみたことがあった。





あの時も、今日みたいな冷たい風が頬に当たっていたのを思い出す。

高校3年生の時だった。

ちょうどクリスマス前だった気がする。

私は卒業後の進路を未だ、決められずにいた。

心にずっとひっかかっていたものは、どんどん成長して

それが自分の全ての行動や思考の大きな障害になっていた。

長い間、蓄積された想いを抱えておくにはもう限界にきていた。



すでに日が沈み、一層冷え切った空気が辺りを包む中、

私は彼を無理やり呼び出した。

無理やりなのはいつもどおりであったが、普段とは何か違う雰囲気を感じ取ったのか、

彼は黙ってついてきて、人気のなくなった公園のひっそりとたたずむベンチに座った私の隣に

どかっと腰を落とした。









     *****     *****     *****










言いたいことは山ほどあった。

好きだ好きだと言いつづけてはいたものの、実際、こんな空気の中で、

いわゆる告白というものはしたことがなかったように思う。

それをする必要もなかったのかもしれない。



彼がどう思っていようと、彼と私は離れることはないと思っていた。

自分の気持ちをのらりくらりとかわす彼も、そのうちきちんと向き合ってくれると信じていた。

そう、アイツが彼の前に現れるまでは・・・。







私達の関係はなんら変わらない。

私が彼を追いかけて、彼は困った顔して逃げる。

それでも好きだった。そんな関係が好きだった。

何よりも彼が、他の女にも同様の態度を取ることが、私の唯一の可能性だった。

彼が私をどう思っていようとも、他の誰よりも私が彼の近くにいるということが

最高の優越感だった。










だが、アイツが現れてからは、彼の中の何かが変わった。

近くにいるからこそ、その違いに気づかずにはいられない。

周りから見れば、彼の態度は私に対しても、アイツに対してもたいした違いは分からないかもしれない。






でも、近くにいるからこそ、ずっと見てきたからこそ、

私だけがその違いに気づいてしまう。

アイツのことを見る目、アイツのことを話す様子・・・

それだけでも分かってしまう。

最初は気のせいだ、と自分に言い聞かせてきた。何かの間違いだ、と。

だけど・・・

明らかに彼の中に存在していた、言葉では言いきれない何かが、大きく弾けとんだ気がする。

尖っていたものが何かそぎ落とされた、丸くなった・・・そんな感じを

感じずにはいられないのだ。







年齢をおったというだけの結論ではない。

明らかに、彼の変化には何かが大きく影響している。

そして、それと比例するかのように彼とアイツの間に存在する空気も確実に変化している。










     *****     *****     *****











「・・・・・・アイツのこと・・・・・・好きなの・・・?」











     *****     *****     *****










最初に出た言葉はそれだった。

もっと他に言うべきことはあったはずなのに、それがまず最初に口から飛び出した。




そしてそう聞いた私に、彼は否定も肯定もせず、

黙ったまま、漆黒の空を眺めただけだった。




私は、最初にそう聞いてしまった自分にひどく後悔した。

『アイツ』としか言わなかったのに、

彼はその『アイツ』を間違いなくアイツに当てはめて、自分の中でイメージ化させ、

実際には目の前にいないはずなのに、まるでそこにいるかのように

はっきりと心の目でアイツを見つめていた。

そして、そんな表情の彼に向かって、

私はもうその後の言葉を発することはどうしてもできなかった。








だって・・・・・・

何て言えばよかったの?

何て答えてもらえばよかったの・・・?







何でもいいから何かを言えば、何かを答えてくれたかもしれない。

懇願でも、叱責でも、罵倒でも・・・







でも何一つ言えなかった。そうするだけのプライドを捨て切れなかった。

それよりも何よりも、何かを言えば、もう今までみたいに追いかけることすら

できなくなる気がした。

それだけが怖かった。










「あ・・・」

空を見上げたままであった彼がずっと閉じていた口を開いた。

私はほんの少し後で、その声の理由が

空から静かに舞い降りてきた粉雪を見つけたために発せられたものであるということがわかった。

あたりはあまりにも静かで、雪の降る音が聞こえてきそうだった。

だが、その静けさは私にとって痛すぎるものだった。

彼が、私ではなくアイツを呼んでいる声までも聞こえてきそうだった。









「・・・・・・・俊・・・・・」

小さな声で、私は彼の名を呼んだ。

「・・・ん?」

呼んでみたものの、後に続く言葉は未だ見つからなかった。

ただ、静かに僅かな時間を過ごしただけで、私の疑心は確信に変わった。




「・・・何でもない・・・」

そういって私は立ち上がってじゃぁ、帰るわ、と俊に背中を向けた。

その瞬間ずっと抑えていた涙があふれそうになる。

こぼれる前に・・・と早々と立ち去ろうとした。






「・・・・・・神谷・・・」






歩き出した私を背後から俊は呼び止める。

私は振り向かないままで足を止めた。






「・・・また明日な」






俊が言った。

幼い頃、同じようによく俊がそういっていたのを思い出す。

彼のそういう優しさが辛く、だけどそういう優しさがやっぱり好きなのだ。

涙が零れ落ちる。

・・・・また明日・・・

きっと彼は私にいつもの私でいることを求めているのだと思った。

そしてそれが今までの二人の関係を発展させることのないという意思表示であることもわかった。

わかっていたことだったけれど・・・・・・。

冷たい雪が頬にあたって涙と一緒になって溶けた。














「ママ・・・?何してるの?」

振り向いて視線を下に落とすと風が私を見上げていた。

「・・・ん?ちょっとね思い出してたの。・・・夢々は?」

そういって私はしゃがんで風の視線の高さまで顔を下ろした。

「夢々?向こうでサンタクロースはパパだろうってパパに問い詰めてる。」

「・・・あっ・・・そう・・・」

私は力と夢々のやりとりが目に浮かび、少し苦笑いした。

「ねぇ、ママ。何思い出してたの?」

風もその場にしゃがみこんで私の目を覗き込みながら首をかしげて聞いてきた。

その仕草がとてもかわいらしくて、私は思わず抱きしめたくなった。

ここに私の幸せがある・・・

あのころの想いが私を強くさせ、私にこの幸せを与えてくれたのだと思う。








「ママの若い頃のことよ。さっ、寒いから中入ろ。パパと夢々と一緒にココアでも飲もっか」

私は微笑みながらそういって風を部屋の中に入るように促した。








雪の日は嫌いだった。

でもいつからか、嫌いじゃなくなった。

クリスマスはもうすぐ・・・。

サンタが今年も我が家に幸せを運んでくれる・・・。











<END>











【あとがき】

ようようサマのサイト「この胸のときめきを」サマの20万HITのお祝いに以前贈らせていただいた作品です。
そいえば自サイトでUPしていなかったな・・・と思い出して、季節外れですがUPしました。
やっとUPしたら再録かよ!と怒らないでぇぇぇ!
思い出したときにしとかないと忘れちゃうのです・・・(汗)

暗い?暗いね。
貢物だったのに、、、うぅ。ようようサマすみません・・・(と今更こんなとこで謝る・・・)
kauは結構曜子の切ない一人語りってのが好きかも・・・











←BACK