Charmingly naive











「あ〜あ・・・掃除当番なんてつくづくついてないのだ・・・」

モップ状の箒をあごで支えながら蘭世は教室の窓から外を眺めていた。

放課後の校内はざわついている。

そしてこの無秩序に行き交う学生達の中に、きっと蘭世の想い人はいない・・・。

箒を振り回して遊んでいる男子達や、手より口の方が頻繁に動いている女子達は

一応形だけの「掃除」を行っていた。

蘭世もそれらの学生達と寸分も違わずに、心ここにあらずのまま、手だけを惰性で動かしていた。



蘭世の想い人―――真壁俊―――は終了のチャイムが鳴った途端、誰よりも早く教室を飛び出して行った。

いつもどおりの光景である。

そこに付け加えるなら、曜子と蘭世が競い合うようにその後を追いかけるといった感じ。

しかし、今日は不幸にも蘭世は掃除当番で、俊と勝ち誇った顔の曜子を

泣く泣く見送ったのだった。

「神谷さん、絶対真壁くんを追いかけていったはずだわ。あぁ・・・真壁くんが神谷さんを振り切ってくれてますように!」

誰にと言うわけでもなく、蘭世は一人つぶやいて両手を目の前で組んだ。


この中学に転校生として入学して以来俊の虜となってしまった蘭世。

ここぞといつもアプローチをかけているものの、曜子の邪魔が入ったり、俊のそっけない性格が災いして

効いているのかいないのか、ちっともよくわからない。

「女心がちっともわかってないんだから」

と、とりあえず目の前にあるゴミ箱に持っていた箒で当たってみる。



「ちょっと蘭世!何やってんのよ」

振り向くとかえでが呆れ顔で立っていた。

「あ・・・かえでちゃん・・・アハハ」

「ったく・・・掃除終わったよ。とっくに」

「あれ?」

辺りを見回すと掃除のために移動されていた机たちもすっかり元通りに並べられ

当番だったクラスメート達もいそいそと帰る準備を始めていた。


いつものテンションの蘭世ではなく、それに気づいたかえでは蘭世に声をかけた。

「ぼぉっとして、どうしちゃったの?」

「あ、ううん。なんでもなーい」

「・・・ははーん。真壁くんのことでしょう」

かえではにやにや笑いながらひじで蘭世をつつく。

「ドキーーっ!な、なんでバレちゃうの?」

「蘭世見てればわかるわよ。真壁くんがいるといないのとでは大違いなんだもん。カマかける必要もないわ」

苦笑いするかえでに、蘭世はアハハと頭をかいた。

「だってさぁ・・・真壁くんったら気づいてるのかどうなんだか、いっつもはぐらかせてばかりで・・・

のれんに腕押しってこういうこと?」

「へぇ・・・蘭世でもそんな言葉知ってるんだ」

「ぶっ☆そ、それくらい知ってます・・・」

クスクスとかえでは笑った。蘭世をからかうのは面白い。

いつも大真面目で、一生懸命で、素直で・・・

だから、かえではそんな蘭世が大好きなのだ。

「でもさ・・・のれんに腕押しってわけでもないんじゃない?」

かえでの言葉に蘭世が反応してすばやく振り向く。

「なんで?どうして?どの辺が??」

「いや、だって・・・その・・・真壁くんってさ蘭世が転校してきてから少し変わったかなって・・・」

かえでは蘭世の勢いに一瞬たじろぎながらもそう答えた。

「うそ!」

「ホント。前はもっとピリピリしてたし、まぁ神谷さん以外に話しかける女の子もいなかったわけだけど・・・怖くてね・・・

でもなんだかんだいって真壁くんってよく蘭世と話してるじゃない?」

かえでの目から見ても俊の変化は著しい。

俊が曜子以外の女の子と会話をするなんて光景を目にしたことがいったい何度あっただろうか。

蘭世に対しても悪態めいたことはついているものの、傍目から見ると案外楽しそうに見える。

笑顔だってこぼれるくらいで、明らかに蘭世が彼を変えているといっても過言ではないと思う。



「うーん、でもそれは私が一方的に話しかけるからで・・・」

「他の子ならあんなに会話続かないと思うよ。神谷さんなんかもっと一方的でしょ?」

そういうと曜子の姿を頭の中で思い出したのか、かえでは苦笑した。

「ほ、ホント?」

蘭世は瞳をうるませて上目遣いにこちらを見ている。

(かわいいじゃない。)

かえではにっこりと微笑んだ。たぶんこういうところが、あの硬派に丸みを持たせているのだと・・・。

「そうかなぁ・・・でもかえでちゃんにそういってもらえると私なんか元気出てきた!」

蘭世は右手でこぶしを作ってぎゅっと握り締めて微笑んだ。



かえでと別れて一人帰途につく。

「そっか・・・真壁くんは変わったのかぁ・・・」

ウフフと一人でにやけたが、ふと周りの視線が気になって平常心を取り戻した。

「でもなぁ・・・だからって今の関係から発展ってあるのかなぁ・・・神谷さんもいるし・・・」

空を見上げながら蘭世は歩いた。

俊の姿を思い浮かべる。はにかんだ笑顔がそこにあって、蘭世はふっと口元を緩ませた。

「早く明日にならないかな〜。早く真壁くんに会いたいよ」



そう一人でつぶやいた時、四つ角の一角から誰かが出てきて

蘭世は出会い頭にぶつかった。

「うわっ」

「・・・った・・・ご、ごめんなさい。ぼーっとしちゃってて・・・」

蘭世は顔をあげた瞬間、あっと息をのんだ。

「真壁くん!」

「なんだ。江藤か・・・今帰りか?遅えな。」

(会えちゃった・・・)

あまりの偶然に蘭世はあんぐり口をあけたまま放心していた。

「何やってんだ?帰らねえのか?うちこっちだろ?」

俊は親指で先の方向を指しながら蘭世の顔を覗き込んだ。

「あ・・・あぁ・・・うん。真壁くん、どこか行ってきたの?」

一目散に教室を出て行ったわりには俊はまだ制服姿のままだった。

「あぁ。お袋の病院。ちょっと用があってな。」

「そっかぁ」

何はともあれ、こうやって会えたのはラッキーだった。

掃除当番にも感謝というもので。。。

「やたらニコニコしてんな。お前。気持ち悪いぞ。」

俊は呆れ顔。しかし、そんな皮肉なんて蘭世にしてみれば全てまるで愛の囁きのように聞こえるのだから

なんてことはない。

「今日は神谷さんもいないし・・・エヘヘ」

そういって微笑む蘭世に俊は首をすくめた。

「そんなこと言ってるとまた襲われるぞ」

蘭世はつい先日曜子の仕掛けた男に襲われそうになったばかりだった。

ちょうど俊も通りかかり難を逃れたのだが・・・

「そしたらまた真壁くんが助けてくれればいいなーv」

「あのなぁ・・・(汗)俺はお前の子守ばっかしてらんねーの」

「あー子守だなんてぇ。失礼しちゃう!レディに向かって。」

「れでぃ?どこだ?レディ」

そういってしらじらしく辺りを見回す俊に蘭世は「もう!」と頬を膨らませてカバンを頭上に掲げた。

俊はそのカバンをよけるようにして右手でつかみ引っ張った。

その拍子に蘭世は前のめりによろける。



「あっ・・・」

そう言ったのと同時に、蘭世の華奢な体は俊の腕に支えられた。

お互いに思わずカバンを手から離したため無音の中で落ちていく音だけが響いた。

時が数秒間止まった気がする。

それなのに、蘭世は自分の鼓動だけが数倍もの速さで動くのを感じた。

ただ単に驚いただけでなく、俊の腕の中にいるという事実にこの先の展開が飲み込めない。

つかまれている腕に熱が帯びる。

そして急に蘭世の思考回路が再び動き出し蘭世は我に返った。

慌てて、俊の片腕に預けていた身を立ち直らせる。

「ご、ごめんなさい///」

顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。

俊がじっとこちらを見ていることがさらに蘭世を緊張させた。

上目遣いに俊の表情をぬすみ見るとバッチリ目が合ってしまった。

(わっ!!!)

ぬすみ見るという妙に後ろめたい行動をしたせいで、さらに決まりが悪く蘭世は慌てて目をそらすようにうつむいた。

そんな蘭世の頭の上にポンと俊の手が置かれた。

「そういうとこがー面倒見なきゃいけない気になるって言ってんの!」

「えっ!?」

蘭世が振り向いた時、カバンをポンと投げ渡され、俊はもう一歩先を歩こうとしていた。

「それって・・・どういうこと・・・?」

蘭世は一人でつぶやいた。

「それって・・・!」

俊にもう一度ちゃんと聞こうと蘭世は声を大きくしたが俊はもう何歩も先に行ってしまっていた。

「早くしねえと置いてくぞ」

カバンをかけた肩ごしに俊の声が聞こえる。

「あっ・・・ま、待って。。。」

蘭世はひとまず言葉を飲み込んだ。

その後の答えをいつか聞けるのかな・・・?なんて・・・

蘭世は心臓のドキドキを隠せないまま俊の背中に駆け寄った。

夕焼けが二人の長い影を作る。

ここちよく爽快な風が二人の間を駆け抜けた。







<END>









贈り物と呼ぶにはちっとも相応しくないいたってフツーなお話になってしまいましたが・・・^^;
初々しい二人、こんな感じを取り戻したいなと日々思う今日この頃・・・。。。(汗汗)
こんなお話でもお受け取りくだされば嬉しいです☆

今までホントにどうもありがとうございました。
今までのお礼と感謝とこれからの声援を込めて・・・。



kauran