俺とあいつとその関係









その日、俊は朝から嫌な予感がしていた。



空はどんよりとした雲に覆われ、雨が降るのか降らないのかもはっきりしない感じだし、

制服のシャツは裏返しに着てしまうし、

朝食用の牛乳が切れていたことを、冷蔵庫を開けるまで忘れていたし、

なんとなく頭がはたらかないそんな朝。

足取りも重く、つぶれたカバンを肩にかけて引きずるように歩く。

最近、バイトと部活に追われ、蘭世とも帰宅を共にするぐらいでそのほかはゆっくり会えずにいる。

忙しくしているときは、そんなに気にもならないのだが、

こんな風にちょっとテンションが下がっているような時は、

あのコロコロ変わる表情と、透明なまでも響くあの声におのずと慕われる。

調子いいことばっかり言って・・・といつものように頬を膨らませて怒る蘭世の顔が想像できた。

怒るのももっともなんだけど・・・と俊は一人苦笑した。



蘭世は変わったと俊は思う。

自分が王子として生まれ変わったことで、それは蘭世に対しても大きな影響があったのは明らかだ。

そのことが、二人の関係を親密にさせたことも。



出会った頃はこっちの都合がどうであろうと、積極的なアプローチがあったものだが、

今は少し、適度な距離を置くようになった。

俊の事情を、心理的にも物理的にも、今は十分理解できるようになったからであろうが、

こちらが忙しそうにしていると、あまり感情や望みを押し付けなくなったというか。。。

我慢させていることは俊にも分かっている。

だてに読心能力を持ち合わせているわけでもないし、現にこれだけ合う時間を作っていなければ気持ちを読むまでもない。

そして、放任を望む性格でもないことも手に取るように分かっている。

こんな時こそ、優しい言葉の一つくらいと思うものの、それができるなら苦労はしない。

結局、そのまま放置という状況が、1ヶ月近く続いていた。







予感が確信に変わったのは放課後になってからだった。

俊が教室で部室に向かう準備をしていると日野が俊の教室に走りこんできた。

「何だ?迎えならいらねえぞ」

しかし、日野は俊の皮肉めいた冗談に応じることもなく真面目な顔をして言った。

「江藤が2年の男に呼び出されてるぞ」

「あん?」

俊はいぶかしげに日野を見る。

「中庭のとこ。さっき見かけたからさ」

「2年の男子って誰だ?」

「俺も名前しか知らねえけど、森田ってヤツ。あれってどう見ても告白だぜ」

「ふーん」

「ふーんって。行ってやんなくていいのか?」

「いいも悪いも・・・」

そう言って俊は荷物を肩にかけ教室を出る。

「俺が行ったところでどうなんだよ」

「どうって・・・お前らつきあってるんだろ?ほっといていいのかよ」

「・・・」

「真壁!」

「答えを出すのはあいつだろ。俺じゃねえ」

俊は足を止めずにそのまま部室に向かった。いやむしろ早足で。

日野ははぁと左右に首を振りながら俊の後を追った。







朝からの嫌な予感はコレだったんだ。

やっぱりアイツがらみだった。最近の不機嫌のわけは結局のところいつもアイツかもしれない。



何故迎えに行ってやれないんだろう。

俊はサンドバックに休みなくパンチを打ち続けながらも、頭の中はそのことでいっぱいだった。

待てども待てども・・・あの元気な声が部室に響いてこない。

何やってんだよ・・・とただイラつくばかりで練習にも身が入らない。

合間の休憩で、俊はドサッと壁に体を預け、水分補給をする。

しかし、汗は無意味に流れるだけで、充足感も達成感も何も残らなかった。



「それにしても蘭世のヤツおっそいわね〜何やってんのかしら」

曜子の声が部室内を凍りつかせる。

日野が、「あっ!バカ!」と言って曜子の口を防ぐのを俊は見ないフリをした。

日野が無言で責め続けているのを俊も分かっている。

だからと言って、どうすることが正しいのかは分からないでいた。

俺の女だと言えば話は治まるのか。

でもそれなら蘭世が自分の言葉で断れば済む話で・・・。

じゃあなぜこんなに長引く必要がある?

断りきれない理由でもあるのか。

いや、実際の話、蘭世が断らなければならない決まりさえないのではないか。

ゆっくり話すこともせず、1ヶ月近くほったらかしにしてきたことは事実であって、

蘭世に愛想つかれていても実際おかしくのはないのでは、とか

らしくないことが頭に浮かんでさらに俊はイラついた。

考えれば考えるほど堂々巡りで、俊は大きく頭を振った。

はっと気づくと日野がこちらをニタニタと見つめていた。

さっきまで羽交い絞めにされていた曜子はすでに外に出されたらしい。

「なんだよ」

ジロリと俊は日野を睨む。

「あのさぁ。その『心配でしょうがないです』的オーラ、どうにかしてくんない?こっちが余計気になるんですけど」

日野は俊の前にしゃがみこんで、久に両ひじをついた。

「べ、別にそんなんじゃねえよ」

「素直じゃないねえ。意地張ってないで見て来いって。絶対無駄にはなんねえから」

なっと付け加えて日野は俊を部室の外へ追い出した。

「おい!コラ」

戻ろうとする俊に日野はジャージを投げつける。

「はい。イッテラッシャイ!」

俊は顔の前で投げられたジャージを受け取るとはぁとため息をついてしばらく考えた後、

中庭の方へ足を向けた。






中庭付近の校舎のかげから俊はひょいと問題の場所を覗いてみた。

日野が言う告白とやらは未だそこで続いていた。

顔は見えないが、男の後姿とその向こう側にうつむいた蘭世が立っていた。

(・・・ったく。いつまでも何やってんだ)

俊は眉間に皺を寄せて二人の会話に耳を傾ける。



「ですから、何度も言うように私には好きな人がいるので・・・」

「それはわかったって。でも一度くらいデートしてくれてもいいんじゃない?」

「だからそれは困ります」

「なんで?いいじゃん1回くらい。それに好きな人っていっても付き合っているわけじゃないんでしょ?」

「えっと・・・それは・・・」

蘭世は一度顔を上げて何か言おうとしたがそのまま黙ってまたうつむいてしまった。

(なんで何も言わねえんだよ・・・)

と俊はイラついた。しかしすぐ思い直す。

言わないんじゃなくて言えないのか・・・

俊は校舎の壁にもたれて空を仰いだ。陽はまだ高く登っている。

黙り込む蘭世の心の声が聞こえてくる。

(・・・つきあってるのかって言われても・・・付き合ってることになるのかな・・・でも勝手に言っちゃったら真壁くんに迷惑がかかるといけないし・・・)

俊は目を閉じて深く息をついた。

(いつまでも遠慮深いヤツ・・・お前が言えないんじゃ俺が言うしかねえじゃねえか)

俊はよっと身を起こし、立ち尽くしたままの二人の前に歩み出た。



蘭世は突然の俊の登場に「あっ!」と驚き、森田とやらはわけが分からないと言った状態で口をあんぐりとあけていた。

「いつまでも何やってんだ」

「ま、真壁くん!」

「な、なんだよ、お前は!」

俊は無言のまま男のほうに振り返る。

俊の鋭い眼差しが、森田の突然のことに当惑しきっている目を瞬時に捉えじっと見据えると、

森田はその目をまるで獣に行方をはばまれた草食動物のようにおどおどとさせた。

「お前こそ何なんだ?」

「な、何って・・・」

「こいつに用があるなら俺を通してからにしてくれねえか?こいつ・・・俺のだからさ」

「「俺の!?」」

俊は森田の声だけでなく、背後からも聞こえたすっとんきょーな声も認識した。

そして目をしかめて後ろを振り返った。

「間違ったこと言ってるか?」

蘭世は目を大きくして顔を真っ赤にさせたまま、ぶるぶると首を左右に振った。

「というわけだから・・・」

と言って、俊は目を見開いたまま呆然と立ち尽くしている森田に向き直り腕組みをした。

「で。用件は?」

森田は何か言おうとしたが、結局そのまま飲み込み、チッと舌打ちだけしてその場を去った。

森田がいなくなり、緊迫していたその場はふっと空気が揺らいだ。

蘭世も背後で大きなため息を吐いた。



「真壁くん・・・ゴメンね」

「・・・別に謝る必要なんてねえよ」

「・・・うん・・・でも嬉しかったな。ああいう風に言ってくれるなんて思わなかった・・・」

「ま、まぁ・・///たまにはな・・・」

俊の耳が赤く染まっていることに蘭世は気がついて頬を緩ませた。

「ねぇ・・・俺のってどういうこと?それって・・・か、彼女・・・とかっていう意味?」

「ば、バカ!そんなこと考えればわかるだろ!」

「だってーー。今度こういうときがあれば、どう答えればいいのかわかんないんだもん。また真壁くんに来てもらうわけにはいかないでしょ?」

「・・・///」

俊は眉間にまた皺を寄せて腕を組んだ。

蘭世は、2・3回パチパチと大きな目を瞬かせて俊の顔をじっと見つめる。

俊はそんな蘭世をチラリと横目で見た。

「・・・彼女なんて言葉・・・ありきたりであんま好きじゃねえけど・・・」

そういいながら俊は蘭世の頭に大きな手のひらを乗せた。

「でも・・・間違ってはないからな・・・」

「真壁くん・・・」

「ほら、行くぞ!部活抜けて来てんだから・・・ったく。。。アノヤロウ手間とらせやがって」

「くすくす・・・アノヤロウだって」

「あ・・・でもお前、今度こういうときがあればって言ってたけど、そんなもの好きが他にいれば・・・の話だからな」

「・・・ん?何、それってどういう意味よ!私だってもてるんだからね!」

「さぁ、どうだかね」

「何よぉー。だったらそんな『彼女』を持ってる、ま、真壁くんだってもの好きになるんだからね!」

「・・・ぐ・・・(やぶへび)・・・」

「フーンだ」

「俺はいーの。・・・ったく。。。俺だけで十分だろ・・・」

そういうと俊は蘭世の肩に腕を回した。

「・・・う・・・うん・・・!!!」

さっきの勢いはどこへやら・・・蘭世は俊の行動にカチンコチンに固まり、急にしおらしくなった。

(なんだかんだ言ってウブなんだから・・・)

俊は心の中でそう思った瞬間、遠くから叫び声に近い声が二人の間を突き抜けた。

「あーーーーー!!!俊に蘭世!何やってんのよぉーーー!」

先ほど日野に外に放りだされていた曜子が、運悪く?二人を見つけて猪突猛進状態で走りよる。

そしてそのまま蘭世はいつものごとく、曜子嬢による噛みつきの刑に処される。

陽はいつの間にか傾き始めている。

こいつにもいずれ話さねば・・・と思うのだが、この勢いにいつも負け、

今日もそのまま後ずさりをしながらその場をこっそり立ち去ってしまう俊なのであった。。。










<END>






あとがき

ぴーさん、一周年おめでとうございます☆

たいして甘くもなく、大事件というわけでもなく、いつものごとく女々しき王子の姿で、
贈り物には到底相応しいというものではなくなってしまいましたが、
お受け取りいただければ嬉しいです。
最近書く話はどれもこれも似かよってしまってます。
すみません。

ぴーさんには今後、二周年、三周年・・・と素敵なお話を発表されるのを楽しみにしています☆
そしてこんなkauですがこれからもどうぞよろしくお願いいたします^^