「勝利がもたらすものとは」




お題     【距離】
カップリング  【俊×蘭世】










一瞬の静寂が辺りを包んだかと思うと、それは一気に大歓声と拍手によってかき消された。



リングの上で、一人がよろけながら倒れ、もう一人はその動きをまるでスローモーションを見ているかのように息を切らしながら眺めていた。
俊の荒い息だけが、館内に響く。
観客は一同、固唾を呑んで、その一瞬を見守っていた。
レフリーがカウントを始める。

「ワン・ツー・スリー・・・・・・」

蘭世は両手を顔の前で組み、そのカウントに合わしながらうなづいていく。
(お願い・・・・立たないで・・・・・・お願い・・・)

見ているのもしんどくて、組んだ手をおでこにつけながら目をつぶる。
10までのカウントがこんなに長く感じたことはなかった。

「ファイブ・シックス・・・・・・」

目を開けて、まだ相手が立ち上がっていないのを確認すると、そのまま蘭世は視線を俊に移した。
まだ息は整えられてはいず、視線を下方に向けながら、大きく肩を動かして呼吸している。
だが、いつ飛び掛ってこられてもいいように、まだ体勢はガードをしたままだ。
しかし、倒れたままの相手はもう動き出す気配はなかった。


エイト・ナイン・・・テン!!!!!

「勝者!!!真壁俊!!!」

テンをカウントするやいなや、レフリーは引き叫ぶような声で勝敗の判定を下し、同時に俊の腕を掴んで頭上に掲げた。
一斉に観客が総立ちとなり、歓喜と拍手と激励の嵐を巻き起こした。
両手をかざしたまま、観客に自己をアピールしたあと、俊は視線を、差前列で見ていた蘭世にさっと向けた。

一瞬、目が合う。
すでに大きな瞳から涙が溢れ出していた蘭世をそのまま俊はじっと見つめていた。
そして、口元をふっと緩ませて視線を話した。

俊はじっと天井を見つめ、もう一度両手を上に振り上げる。
その動作に観客も一層の歓声を振りまく。

フェザー級新チャンピオン、真壁俊が、ここに誕生した。








*****     *****     *****     *****







歓声に包まれながら、俊は会場を後にするのを、蘭世は嗚咽しながら見守っていた。
やっと、やっとここまで来た。
であった頃から聞いていた俊の夢の話。
あれから何年の月日が流れていただろう。
あの頃は、この場に自分がいることすら想像もできずにいたが、この感極まる瞬間に自分が立ち会えたことを
蘭世は胸の中で噛みしめていた。

声援のしすぎか、蘭世の声は嗄れていた。
コホンと軽く咳をしてのどの調子を整えると、蘭世はふぅとのため息をもらした。

本当は駆け寄って俊の腕に飛びつきたかったのだが、周りの勢いに圧倒され、
そのまま、インタビューに突入、
あれよあれよとジム関係者に囲まれてしまって、そのまま俊は控え室に戻っていってしまった。
観客達も、俊の後を追うようにして、ぞろぞろと館内を出て行く。
今、控え室の方に行っても会うことも声をかけることもままならないだろう。
戦いの世界には自分は入っていくことはできない。
あふれ出しそうな気持ちを抑えるのに蘭世は必死だった。

「真壁くん・・・・おめでとう・・・」

誰に言うでもなく蘭世はそっと声にした。
一番最初に言いたかった言葉を外に出した時、蘭世は今まで張り詰めていた緊張がほどけて、
背もたれにどっと体を預けた。
うれしいような、寂しいような・・・
そんな思いを抱えながら蘭世は席を立った。





*****     *****     *****      ****





興奮が収まらぬままで、まっすぐ帰る気になれず、蘭世は街灯の灯された静かな公園の中にゆっくりと入っていった。
夜になると、気温は下がり、辺りの空気もひんやりとしている。
蘭世はブルッと少し体を振るわせた。

そっとベンチに腰掛けて体を落ち着けると、俊の勝利の瞬間の姿が思い出される。
戦いに勝ち抜いた、晴れ晴れとした表情。
普段ではあまり見られないそんな俊の姿に蘭世は見とれていた。
男の色気というのだろうか・・・
殴られた痕が痛々しかったが、それも一部分だけで、綺麗な顔のままであった。
ただ、ぎらついた鋭い瞳がその場の観衆を全て引き込むかのような力を放っていた。

すごい・・・と思った。
人間とか魔界人とか、そんなものは何の関係もなかった。
もちろん俊は自分の能力を意識下に閉じ込めて、人間としての力だけで戦ったわけだが、
それはあまりにも綺麗な勝ち方で、こういう人がどうして存在するんだろう・・・と
蘭世はまるでブラウン管越しに眺めるように、俊の残像を追っていた。




自分と俊は魔界人で・・・・・・心のどこかにそういった優越感が蘭世には存在していた。
彼の能力だとか、自分の能力とか、そんな目に見えるものではない。
それは、自分と俊との唯一のつながりであるように思っていた。
彼との距離をつなぎとめるだけの。

自分が生きていくうえでの存在価値というか・・・。
彼の側にいられる資格としての価値というか・・・。

魔界人の彼が生きていく側には、魔界人が必要・・・。
私にはその資格がある。
住む世界なんて関係ない・・・なんて言っていた自分が、単なる俊のファンたちとの区別をつけるために
そんなくだらないことを考えていたりした。

だが、そんな考えはもろくも崩れ去っていた。
彼には魔界人も人間も関係ない。
人間として戦い抜いた彼には実際、魔界人の能力なんてものも必要ないし、
彼の側にいられる権利も、魔界人ということなどは何の関係もないのだ。
わかっていたことなのに、そんなくだらないことにまでよりどころを求めていた自分が
蘭世は急に恥ずかしくなった。

日本中に、そして世界中に今後羽ばたいていうであろう俊を
自分は何をもって支えてあげればいいのだろう。
いや、その前に、自分にはそんな権利があるのだろうか・・・。
ただ単に、好きだった、好きなだけでよかった幼い頃がとても懐かしく感じられた。

(私なんかが、側にいていいのかな・・・私は何もしてあげられない。
魔界人としての能力も、何にも役に立たない・・・)


俊の勝利の笑顔がとてもまぶしかった。
もう自分には届かないところにいってしまったかのように、その笑顔はまぶしすぎた。
その笑顔が一瞬こちらに向けられた時もそれはまるで夢をみている気がして、
蘭世は足がガクガクしていた。
今は、その笑顔が自分に向けられていたのかどうかもあやふやだ。

何だかとてつもなく悲しい気分になって、蘭世の目から大きな滴が零れ落ちた。
ずっと一緒に追いかけてきた夢を彼は叶えた。
彼の夢は自分の夢でもあったのに、嬉しいことのはずなのに、
もうこの手から、遠くに飛び立っていってしまったようで、蘭世の涙はとめどなく流れた。
夢が叶えられたことで、遠い距離が感じられる。




今すぐ会いたいーー
会ってこの手で確かめたいーーー

「・・・・・・真壁くん・・・」

蘭世はそっと俊の名を呼んだ。





「江藤」

その声に蘭世ははっと動きを止める。
視線を少し前方に向けると、見慣れたスニーカーが目に入った。
蘭世の鼓動が大きく鳴った。
ゆっくり顔をあげると、そこには見慣れた顔があった。

「ま、真壁くん・・・・どうしてここに?」
「・・・・・・お前の声が聞こえたから・・・」
「・・・えっ?」

しばらくの間、二人はじっと見つめ合っていた。
まぶしかった姿が今、目の前にある。
まぶしかった瞳がじっと自分を見ている。

(夢・・・なのかな・・・?)
蘭世はふとそう思った。
それぐらい、辺りは静かで、何も聞こえなかった。
自分の鼓動だけが聞こえた。

「・・・夢じゃねえよ」
俊の言葉が沈黙を破る。
「・・・・・・そうだね・・・・・真壁くん、優勝おめでとう・・・」
蘭世はにっこりと微笑んだ。ズキリと心が痛む。
「・・・・・・」
俊は黙ったままだった。
蘭世もその沈黙に押されて、黙り込む。
涙がまたあふれそうになるのを蘭世はぐっと堪えた。






「お前さ・・・喜んでくれてる?」
俊はそっとつぶやく。
「・・・えっ!?・・・」
蘭世は咄嗟の俊の問いかけに思わず口ごもった。
「あ、当たり前じゃない!真壁くんが勝ったんだよ?チャンピオンになったんだよ?
私が喜ばないはずがないじゃない!でしょ?」
蘭世は思いっきり笑って答える。
「・・・」
「・・・や、やだな〜。真壁くんったら・・・。もう。それにしてもこんなとこにいていいの?祝勝会あるんじゃない?」
蘭世はわざとらしく明るい声を出して、いつものように明るく振舞うって、笑いながらさっと背を向けた。



(お願い・・・真壁くん。もう行って・・・)
そう心の中で蘭世が思ったとき、俊は後ろから蘭世を抱きしめた。




「!!・・・ま、真壁くん・・・?」
「・・・”こんなとこ”なんて言うなよ」
蘭世はぐっと胸を詰まらせた。
「だ、だって・・・・」
「こんなお前・・・置いていけるかよ」
耳元から流れてくる、俊の声が蘭世の胸を大きく揺さぶる。
蘭世の目から再び大きな涙の滴がはらはらと零れ落ちる。
それが蘭世を抱えた俊の手の甲に落ちた。



「俺に隠し事なんて無理だっていってるだろ」
「いや・・・読まないで・・・!」
蘭世は左右に大きく首を振って、俊の手のしがらみから逃れようともがいた。
だが、その腕は振り切れるほどの簡単な力ではどうにもならなかった。


「じゃあ、そんなくだらねえこと考えるな」
「だって・・・私は・・・私は・・・」
「・・・俺は何のために戦ってると思ってんだ?」
俊はため息をつきながら背後からつぶやいた。


蘭世も動きを止める。
「お前が喜んでくれないのなら、俺は勝つ意味がない。チャンピオンになったって何にも嬉しくない」

「・・・何言ってるの?真壁くんの夢でしょ?夢だったでしょ?」
蘭世はくるっと振り向いて俊に言った。
「私、嬉しいよ。真壁くんが一生懸命練習してきたことも知ってるし、中学の頃からずっと夢にもってたことだって知ってる。
ホントに私、嬉しいの。でも・・・でも・・・真壁くんが手の届かないどこかにいっちゃいそうな気がしちゃって・・・
ごめんなさい。ただの私の我侭なの。だから、だからそんな顔しないで」



蘭世の瞳からポロポロととめどなく流れる涙を俊はそっと自分の唇で塞き止めた。
「試合中・・・お前の声が聞こえた。」
「えっ?」
「アイツを倒す直前に『真壁くん、がんばってーーーー』って言っただろ?それまで何も言わなかったくせに・・・」
「そ、そうだっけ?」
蘭世も熱中していて、自分が言葉を発したかどうかなどは覚えていなかった。
「覚えてないけど。。。真壁くん、よく聞こえてたね。すごい歓声だったでしょ?案外余裕あった?」
俊の腕の中で蘭世はうふふと笑った。


「お前の声だけが聞こえた。」
俊は微笑んで蘭世を見つめながらそういった。
蘭世は真顔になって俊を見つめ返した。
「私だけ・・・?」
「そ。お前だけ。・・・やっぱ惚れてる女の声はイヤってほど耳に入ってくんのかな・・・?」
俊は蘭世の頭を自分の胸に引き寄せながらそういった。
「・・・真壁くん・・・」



「お前の声がなかったら、俺は勝ててなかった気がする・・・お前が笑っていてくれないと、
お前が応援してくれないと、お前が喜んでくれないと・・・俺は勝てない」
「そ、そんなことないよ」
「いや、そうだ。ずっとそうだったんだ。あの時もそうだった」
「あの時・・・?」
蘭世は俊の胸に顔をうずめながら小さな声でたずねる。
「昔、手の甲骨折したまま試合したことあっただろ?」
「あ、あぁ・・・神風高校との・・・」
「あのときもそうだった・・・おまえの言葉が俺を本気にさせた・・・ずっとそうだったんだ」
俊は今や遠くなりつつある記憶を自分の脳裏に引き戻すかのように、空を見上げながら模索した。
「・・・うれしい・・・真壁くんがそんな風に言ってくれるなんて思ってなかった」
蘭世は目を閉じて俊のぬくもりを感じる。
俊の鼓動が聞こえた。

(そりゃ、俺だってこんなこっぱずかしこと言いたかねえけどよぉ)

片手でぽりぽりと照れながら俊は自分の鼻をかいた。

(こんなときでないと言えねえからな・・・)




「俺は、どこにもいかねぇ。お前を守るって約束しただろ?
お前を守るために俺は勝つ。お前を守るために俺は生きてく。
だから俺のことちゃんと信じてくれ。俺のために・・・」



俊は蘭世の体をそっと自分から離して瞳を覗き込んだ。
蘭世はもう涙は流していなかった。
その代わり先ほどとは全く質の違う笑顔が目の前にあった。
今度は俊がその笑顔をまぶしく感じた。
この笑顔を離したくない。
この笑顔のために俺は・・・。



「・・・うん♪真壁くん、ホントにおめでとう」
「ああ、サンキュ」
「じゃぁ、私帰る。真壁くんも戻らなきゃいけないでしょ?」
「え?あぁ、まぁそうなんだけど・・・」
「何?」
「もし、よかったら、俺の部屋で待っててくんねぇか?遅くなるけど・・・」
「えっ・・・いいの?」
「今夜はお前と一緒にいたい・・・・」
そういって俊は蘭世の唇に自分のそれを合わせた。
誰もいない静かな公園でそれを邪魔するものは何もない。
こんな境遇でいつもは照れる俊も今日だけは違っていた。
次第に深くなる口付けに蘭世は理性を失いそうになる。
二つの唇は離れがたそうに何度もついばみ、そしてどちらからともなくそっと離した。
「このままいたらこの場で押し倒しそうになる・・・」
ふっと俊は笑った。
蘭世はボッと火を頭から噴いた。
「あははは〜。いってらっしゃい・・・♪待ってるから」
「あぁ、悪ぃな・・・じゃあ」
「うん♪」







俊は辺りを見回して誰もいないことを確認すると、蘭世に軽くウィンクしてからぱっと姿を消した。
「いいな〜真壁くんはテレポートできて・・・」
蘭世はぷっと頬を膨らませながらもニコリと笑った。
今日は、俊がどれだけ帰りが遅くなっても、ずっと待っていられそうな気がした。
先ほどまでのわだかまりは、もうひとかけらも残っていなかった。
あんなに遠く感じていた距離も、今はどんなに離れていてもすぐそばに彼がいるような気がした。

彼の言葉一つで私はこんなにも強くなれる・・・
彼が抱きしめてくれるだけでこんなにも・・・
そして彼のもし同じように思っていてくれるなら・・・私はもっと強くなれる・・・

俊が自分の体に残してくれた温かい空気を蘭世は感じていた。
今夜のことを一人で勝手に想像して、蘭世は赤くなりながらも
足取り軽く、俊のアパートに足を向けた。






<END>







あとがき

文化祭1作目の作品です。
途中で何が書きたいのかわからなくなってきました。
しかもありふれてるし、中途半端だしぃ・・・
どうせならプロポーズさせちゃえばいいのに、それも書きにくくて玉砕。
お祭りにこんなの出していいのかよぉ(怒)(←自分で怒ってる・・・じゃぁUPすな)

タイトルも最後まで考えてなくて、つけるキーワードが見当たらず、結局こんなの。
お題も最初違うもので書いてたんだけど、合わなくなってきて、急遽訂正加筆。
何やってんだぁぁぁぁ!自分(汗)
こんなもの読ませてしまってすみませんでした〜〜〜。
書いちまったものはしょうがないっと・・・☆(開き直りかヨ)

でも書き直すこともしない・・・っと^^;





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