貴方と秘密と思い出と





   前 編                         written by kauran








見上げるとその真っ白なチャペルは、雲ひとつないその真っ青な空の中に身を置いていた。

蘭世は感慨深くその崇高な姿を眺める。

チャペルと空の間を白い鳥が数羽ゆっくりと通り過ぎていった。

そしてサワワと風がその後に吹き抜ける。

穢れないチャペル、一斉に飛び立つ鳥達、ヴェールを揺らすそよ風、そして優しい光を注ぐ太陽・・・

何もかもが輝いて見えて、まるでパステルカラーで描かれた一枚の絵のような風景の中に

真っ白なドレスを着た自分がそこに存在していることが、

式を終えた今でもなお、不思議に思ってしまう。



今日は俊と蘭世の結婚式である。

チャペルの頂上で鳴る鐘を見上げながら、蘭世は無意識に隣にいる俊の腕を掴んだ指に力を込めた。

俊はそれに気付いて蘭世の様子を伺う。



「どうした?」



その声に蘭世はハッとして俊を見た。

ずっと見つめてきたその顔。

クールで硬派で照れ屋で、それでも優しくて頼りがいがあって・・・

こちらを見つめるその優しい目に吸い込まれそうになって

蘭世はドキリとする。

先ほど、「生涯の愛」なるものを誓い合って「夫」となったというのに、

気持ちはあの頃とちっとも変わっていなくて、蘭世はじわりと心の奥に何かが込みあげてくるのを感じた。

気を緩ますと涙があふれてきそうで、蘭世はいったん静かに目を伏せると

もう一度ゆっくりと俊を見つめて、ニコリと微笑んだ。

その笑顔に俊も笑顔で応える。

そしてそっと蘭世の綺麗に結った髪に手を伸ばす。



「ついてた」



蘭世は俊のその指先に目をやると、花ふぶきのかけらがそこにあった。

先ほど、チャペルから出てきたときにみんなが一斉に花ふぶきをかけてくれた。

その時のかけらだろう。

蘭世は俊の指からそっとその花片を受け取る。

小さなピンクが真っ白な蘭世の手袋の上で踊る。

俊はその花びらをふっと吹いて蘭世の手のひらから飛ばした。



「あっ・・・」



蘭世は俊の方に顔を向ける。

俊はベッといたずらっ子のように舌を出して笑った。

蘭世は「もう!」と膨れながらもそれにつられて「ウフフ」と笑った。













「コラーーー!いちゃつくのは帰ってからにしろーーー!」



声の方に目をやると日野を先頭に本日の参列者達が一斉にこちらを見ながらニヤついていた。



「今日はこれからなんだから!徹底的にからかってやるから覚悟しとけよ♪

んじゃまたパーティー会場で☆」



それだけ言うと日野はまたニヤリと笑う。

俊はなんともいえない複雑な苦笑でそれに返した。











*****     *****     *****











窓の外はいつのまにか淡い群青と化していた。

披露宴会場内も上品に照明が落とされ、優しい間接照明と、各テーブルに備えられたキャンドルのオレンジに暖かく包まれていた。

式の参列者に、披露宴から参加のものたちも加わり、しっとりと執り行われた式と比べるとうってかわって

和やかで賑やかなパーティーが始まっている。

出席者の人たちにはアットホームに楽しく過ごして欲しいとの蘭世たちの希望もあって、

披露宴とはいえども、形式ばったものではなく、こじゃれたレストランを貸し切っての二次会も兼ねたパーティーだった。

小さいながらも一応用意されていた壇上では、

主催者側であるにもかかわらず、江藤夫妻の十八番であるマジックショーが早くも繰り広げられていて

拍手喝さいを浴びている。





イブニング仕様に仕立てられたタキシードとドレスに着替えた主役の二人も、

パーティー開始当初から、あちらこちらのテーブルからお呼びがかかり、自分たちの席に戻るまもなく出席者達に挨拶に回っていた。








「今日は来てくれてどうもありがとう」



蘭世はあけぼの中学時代の面々が集まるテーブルの側までくると深々と礼をした。

一方傍らにいた俊はちょっと照れくさそうにはにかんで会釈だけで済ます。

「待ってました!はい座って座って」

その声にニコリと微笑みながら蘭世たちはそのテーブルの一席に腰を下ろした。

聖ポーリアでも一緒だった楓も一応このテーブルに席を落ち着けていたが、曜子はなんだかんだとあらゆる席を転々としている。

来てくれはしたけど、そういえばまだ一緒のテーブルに座って話してはいない。

気にはなってはいるものの、他の人たちにもどんどん話しかけられるものだから

なかなか曜子に話しかけるタイミングもつかめずにそのままになっていた。





「はい」と渡された空のグラスにビールが並々と注がれると

まずは飲んでとはやし立てられて俊もグラスを気持ちよく空けていく。

お酒には強い強いとは思っていたが先ほどからあちこちで飲まされているにも関わらず

まったく顔色一つ変えない俊に蘭世は素直に驚いていた。

二人でいると自分がそれほど飲めないものだから、俊もきっと加減はしているのだろうが、

こんなに長く一緒にいても気づいていないことってたくさんあるんだな・・・なんて

しみじみ思ってしまったり。。。

ふとそんなことを一人で思っていると同級生の一人が話し始めた。





「それにしてもホントびっくりだよね」

「ホント」

同級生たちがそういうのにたいして蘭世はきょとんとした顔を向ける。

「何が?」

「何がって真壁と江藤がまさかこんなことになってるとは・・・だよ」

そういわれると蘭世はボッと顔を赤らめた。



「え・・・?///ナ、ナハハ。まぁおかげさまで・・・///」

「何がどうなったらこうなったわけ?」

「まあ確かに二人して転校していった時点で怪しくはあったけど」



「あぁ・・・まあそれはぐ、偶然よね」

蘭世はちょっと顔を引きつらせながら俊に同意を求める。

俊がまさか赤ちゃんに、魔界の王子に生まれ変わりましたから・・・なんて言える訳もなく。



「こいつはオヤジさんの都合でイギリス。俺はお袋の再婚。たまたまその時期が重なっただけだ」

聞かれたらこう答えるように口裏は合わせてある。

俊が言うのに蘭世も少しオーバー気味にうなずいて見せた。



「でもそのあと、再会を果たすわけでしょ?ドラマよね」

「聖ポーリアに入ってきた時にはもう二人一緒だったものね?」

楓もニコリと二人に微笑みながら言った。

「そっか。楓は二人がそうなってること知ってたんだよね」

「どんな再会だったわけ?」

「それよね〜。そこが気になる。」

「それはぁ・・・まあ・・・いろいろと」

「何よ〜教えてよ!」

「ひ、秘密デス!」

「ケチー!!」

「意味深だな〜」



ホントは言いたくてたまらない。

こんなことがあって、あんなことがあって・・・抱えきれないぐらいの出来事が二人の間にあったこと。

溢れだしそうな想いが二人の間を幾度も通り過ぎたこと。

恋することを知って、愛することを覚えて、

そしてその末に今の二人がここにいること。

でもそれは秘密。

秘密ということにしようと言い出したのは彼のほうだった。

魔界のことを話すわけにはいかないから、「留学と再婚」のように適当に話をつくろうと言った蘭世に

俊は首を立てに振らなかった。

「何で?」と尋ねる蘭世に俊は「何ででも」との返答しか返さないまま、今に至っている。

真意は読めない。

多くを語りたがらない俊のことだからとは思っていたが、「秘密」と答えたら周りがこういう反応を示すことは

簡単に想像がついた。

実際先ほどのテーブルでも同じようなことを聞かれ、同じように俊は「秘密」と答えた。

「何で秘密なんすかー!」

そういってすねる俊のボクシングジムの後輩に俊は蘭世に言ったのと同じように「何ででも」とだけ。






『秘密』





今の俊もいつものポーカーフェイス。

同級生につっこまれたところで「秘密」「何ででも」を繰り返すだけだから

蘭世もそれに合わせるしかない。





「秘密って言えばさぁ・・・」

少し静まった空気の中で、同級生の神埼という男が口をはさんだ。

中学時代は一匹狼的な俊だったが、比較的彼とは俊もよく話していた覚えが蘭世にもある。

一斉にテーブルの面々がそちらに注目する。



「俺、真壁の当時の秘密を知ってる」

「何?真壁くんの秘密って・・・」

「真壁くんに秘密?気になるな〜」

「そんなものねえよ」

「蘭世知ってるの?」

「さ、さぁ・・・」

突然ふられて蘭世もきょとんとした。

まさか魔界人だということを知られているわけではないだろうが、その話の流れが気になる。





「真壁はね〜。当時からちゃ〜んと江藤のことが好きだったのさ」





ブーーーーーーッ!!!

俊が口に含んでいたビールを思わずぶちまけた。

「ちょ、ちょっと真壁くん!!大丈夫?」

「お、おま、お前!何言って・・・」

「・・・・・・」

神崎が俊と視線を合わせて無言の会話を交わす。

そして俊が何かを悟ったのか一瞬にして顔色を変える。

ビールをあれほど飲んでも変わらなかった俊の顔がみるみるうちに赤く染まる。

「お、お前!!」

神崎はニヤリと顔を緩ませる。

「秘密主義な真壁くんにお仕置き」

「え〜!そうだったの?全然知らなかった!」

「蘭世知ってた?」

蘭世も俊の動揺ぶりに驚きながらもその姿につられて真っ赤になる。



「俺聞いたことあるんだよな」

「何を?」

「い、言うな!」

「何よ〜」

「言うなって!!」

「い〜じゃん。結婚したのがちゃんと江藤なんだから」

「なになに?どういうこと?」



「昔、真壁にどんな女がタイプか聞いたことあってさ、そのときはそんなの興味ねえっていってたくせに、

江藤が転校してきてからだぜ。もう一回聞いてやったら〜」

「やったら?」

俊は耳をふさいでうずくまっている。

蘭世は俊と神崎を見比べながらその内容に耳を集中させる。





「ちょ〜っと考えてさ、『髪が綺麗なヤツ』って言ったんだ」





「髪が」

「綺麗な」

「ヤツ・・・?」



そう一人ずつ言葉を繰り返しながらゆっくりと一帯が蘭世の方に視線を向ける。





「わっかりやすいだろ〜?俺はそん時敢えて『江藤だろ?』なんて言わなかったけど、なるほどねって思ったね」

「へ〜」

「確かにわかりやすいわ」

「あ、あの・・・」

蘭世が何か口にしようとした瞬間、俊はバッと蘭世の腕をとって立ち上がった。



「ここはこれぐらいでいいだろ。次のテーブル行くぞ!!じゃ、そういうことで」

「え、ちょ、ちょっと真壁くん、私もっと話聞きたい〜〜!」

「いいから」

そのまま蘭世は俊にひっぱられていった。



「あ・・・逃げちゃった・・・。」

「何かでも真壁くんも普通の男の子だったのね」



後姿でさえも照れているのがわかる俊と、

戸惑いながらも幸せがあふれ出ている蘭世の横顔を見送りながら

同級生達はその二人が違和感なくそこに絵になる光景に

微笑ましい気持ちで見とれていた。







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