『君との距離、あと何mm?』


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   アンケートときめきの名シーンより
    第5位 「8巻のペンダントを直した後のキス未遂シーン」
   からヒントをいただきました。
   俊の気持ちを中心に・・・って感じです。
















「もうちょっとだったんだけどな・・・」



夕食を終えて自分の部屋に戻った俊は大きくため息をつきながらベッドに横になった。

まだ心臓がドキドキ大きく動いている。

あんなことになるとは、ホンの何時間か前までは考えてもいなかった。

彼女の肩の形が、感覚として今でも手のひらに残っている。

小さい肩を思い出して、俊は枕をギュッと抱え込んで瞳を閉じた。





*****     *****     *****





・・・私のことどう思ってるの・・・



そう聞かれたとき、ぐっと体中の血がたぎった。

江藤がじっとこちらを見ているその視線から、何故か今日は逃げられない気がした。



大きな瞳をゆらゆらと揺らしながらこちらを見つめる目には、そう、幾度となく引き込まれそうになった。

ただ、そんなことをコイツは知らない。

見つめられれば逸らし、逸らせばまた見つめられ・・・

魔界人として生まれ変わる前から、

自分もそして江藤もただの人間だと信じて疑わなかった頃から、

ずっとそんな意味のない繰り返しを続けている。

なぜなら感情を表に出さないことが自分というものを保つことができる唯一の箍だったからだ。



彼女の気持ちを知らないわけではなかったし(実際、はっきりと言われたことだってあるわけで)

最初は多少面倒だと思っていたが、いつの間にか思われているのが当たり前のような感覚になってきて、

自分の気持ちにはっきりと向き合う機会を持てないまま、魔界人として生まれ変わり

それこそ恋だの愛だの、叫ぶ状況にない状態が続いて、結局今に至ってしまった。





どう思ってるなんてこの俺に聞くか!?





と、つっこみたくなる衝動に駆られつつも、今回はそう軽口をたたける雰囲気でもなかったし、

実際のところ、感情を出さないはずの自分自身が思いのほか素直な気持ちが胸の奥からこみ上げてきた気がした。





ずっと、目をそらしていた気持ち。

本当はじっと前から他の女性に対する思いとは違う、特別な感情ってヤツが心を揺さぶり続けていたことに

気づいていたのに、俊はどうすることもできなかった。

言葉になんか、到底できるわけがなかったし、ましてやそのときそのときの感情に走って行動を起こしていたのならば、

たぶん、ムダに彼女を傷つけていたかもしれない。

彼女を求める心は本当のところ、それだけ膨大で制御不能で危険であるということを

直感でわかっていたのだ。

だから、それならば気づかないフリをしていようと・・・。

気づいて抑えられなくなるよりもずっと・・・。



だけど、彼女の気持ちを知っておきながら、彼女がはっきりこちらの意思を聞いてこないことにかこつけ、

甘えてきたことも事実であって、結局それで逆に傷つけてしまったことだって多々あったわけで、

今回のことだってその典型的な例だ。



・・・・まとわりつくのがイヤになったの?・・・・



そんなことあるはずないのに・・・

でもそう彼女が誤解したって不思議なことは何もない。

そう思わせてしまったのは、気持ちを伝えてこなかった自分のせいでもあるのだ。

泣きじゃくる彼女を、自分にとって言葉という至極面倒で困難な方法を使って、慰めることも

ましてや思いを全部ぶちまけることもできない俺は・・・






どうしたらいい?





いや・・・・





俺は・・・どうしたい・・・・・?










そう思ったとき、自然と体が動いた。

濡れた瞳に覗き込まれた俊は、それまでの蘭世とのやりとりに加えて、ストレートに自分をどう思っているかと

質問を投げかけられたのと相合わさり、今まで感情を抑えつけてきた堤防なんかは、もろくも崩れ去って

びっくりするくらい素な自分が表面に現れてしまった。





俺は・・・・




お前のことを・・・・




こんなにも・・・・・・・・・・







心臓は意思をもって飛び出しそうなくらい激しく動いていたが、そんなことを絶対悟られなくない俊は

まだかろうじて残されていた抑止力でできるかぎりのポーカーフェイスを作って

首に回していた手をそっと肩に置き、ゆっくりと彼女の唇に自分のそれを近づけていった。







あのとき、邪魔が入っていなければ・・・・・

どうなっていただろう・・・。

感情は・・・自分でも予想がつかないほど、

走り出してしまっていただろうか・・・。





時間がたって、落ち着いて先ほどのことを思い出すと、どっと冷や汗が出てくる。

彼女の家族がいる同じ屋根の下で、

俺は何をやらかしてしまうところだっただろうか・・・。

たぶん、キス・・・・・・だけでは済ませられなかったと思う。

今までの、心に秘めていた彼女への感謝と好奇心と独占欲と・・・。

全てを含めた欲望を一気に彼女に向けて放ってしまっていたに違いない。







俊は仰向けになって額に腕を当てた。

もう一つため息を吐く。

この家にいられない理由・・・。

それを現実として目の前に突き出されて俊は愕然とした。



だから・・・

そうなることが、

自分を止められなくなるのが、

わかるから・・・





感情に流されたくないんだよ・・・

俺はいとも簡単に、ただの男になっちまうんだから・・・。







俊がベッドの上で何度目かの寝返りを打った時、

トントン・・・・

と俊の部屋のドアがためらいがちにノックされた。





「真壁くん・・・入っていい?」




突然の蘭世の訪問に俊は慌てて身を起こす。

そして気持ちを無理やり押し込めていつものポーカーフェイスを作った。








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