引き留めた瞬間に


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                                                        お題配布元: ≪プレゼント≫






     俊×蘭世です。
      二人が魔界人にもどったあと辺り
      無駄に長いっス・・・

















今日もいつものように蘭世が俊のアパートに弁当の差し入れに行くと、そこにはいつもならついていない明かりが点り、

そこの住人はすでに帰宅を終えていて、蘭世をはにかんだ笑顔で迎えでた。



「もう帰ってたの?」

「ああ。予定より早く片付いたもんだから」








俊は学校が終わったらそのまま土方のバイトに直行する。

俊と蘭世が思いを通わせてよりを戻してから、俊はそれまで開店休業になっていたボクシング部も

復活させたため、部活を終えてからすぐバイトに走る。

そのスケジュールは非常に過密だ。

しかし、魔界からの援助も断っている一人暮らしの俊は、働かないことには生きていけないわけで

自ら選んだ道を悔やむことはない。

むしろそれは少しずつであるが自分への自信にもなっている。

それは人間になって全ての自信を失った俊が、もう一度歩きだすために新しく見出したもの。

そしてそれは魔界人に戻った今も変わらない。







それでも、帰宅が毎日遅くなり食事の準備もままならない俊にとっては、

毎日蘭世が届けてくれる食事はこれほどありがたいことはない。

申し訳ないとは思いつつも、蘭世の好意についつい甘えてしまう。

救いなのはそれを蘭世も苦にならずに自ら進んでしてくれることだった。







今日の弁当もすごくおいしくて、俊はあっという間に平らげた。

それを蘭世は頬杖をつきながらニコニコと眺めている。



「おいしい?」

「ああ・・・。日々うまくなってる気がする」

「ほんと?よかったぁ☆・・・って最初はまずかったってこと?」

蘭世が一旦伏し目がちにしたまま瞳を俊に向ける。

俊にはその仕草がひどく愛おしく見えて、そっと蘭世の頬に指先を滑らした。



「そうじゃねえよ。最初からうまかったし。サンキュ」

その言葉を聞くと蘭世はパッと笑顔になった。








俊はその蘭世の優しい表情にドキリとする。

最近、よくこんな風に心臓が大きく躍動する。

それは決まって蘭世のこんな表情を見たときだ。



いつからだろう・・・。蘭世がこんな顔をするようになったのは。。。

ここ数日のことではない。

気づかないフリをしていたが、もうずっと前からだ。

俊に別れを決意させたのも、本当はこの心臓の鼓動が大きくなりすぎていくのが怖かったからだ。






人間と魔界人。



彼女と同じ道を歩いてはいけないと考えたとき、それは俊にとっての大きなネックだった。

ダメだと考えれば考えるほど蘭世に対する気持ちが比例するように膨らんでいく。

それは、かつてのような「気になる存在」といったような子供じみたものではないことに

俊はとっくに気づいていた。

自分のモノにしてしまいたい衝動。

それはまるで無限であるかのように広がっていった。

自分でも抑えきれないくらいに広がってしまったら

自分はどうすればいいのかなんて、俊には見当もつかなかった。

行動に移した時が最後。

どうせともに歩いていけない運命ならば、理性のあるうちに別れるべきだと思っていた。

あの時はそう考えることしかできなかったのだった。








それが今はどうだ。

思いを通わせ、そして魔界人に戻ってしまった今、自分はなんてずるい。

俊をとどめているものはかろうじて残された理性のかけらのみ。

それは下手に手を出すことで彼女を傷つけてしまいそうな恐怖と罪悪感。

だが、それは彼女のこんな表情一つだけで、日々急激なスピードで思考のスミに追いやられ

徐々に失われつつある。

そしてそれに反比例して膨らんでいくのが男としての本能。

こういうことは魔界人も人間も関係ないんだな・・・なんて、軽薄に考えるも、

その自分の中の変化には、怖いくらい衝撃を受けている。

それをどうにかこうにか時には力を使ってまでも抑えているのだ。

こんなことで力を使うなんて・・・

本末転倒な気がしないでもないが、彼女を傷つけてしまうくらいならまだマシだ。








俊は気を紛らわせるためにふぅと小さく一息ついた。

鼓動を抑えるために俊がなんとか見つけ出した手段。





しかし、小さく吐いたつもりだったのに、予想外にそれは大きく出てしまったようで

蘭世がそれに気づいた・





「疲れてる?大丈夫?」

その心配そうな顔だって、逸りだした俊の心には逆効果なのだが、

蘭世もまさか俊がそんな気持ちでいるともつゆ知らず、深く俊を覗き込んでくる。






(小悪魔め)






俊はふっと笑って蘭世の頭をポンポンと叩いた。

「なんでもない」

「そう・・・?でも・・・やっぱり疲れてるよね。部活から体動かし通しだもん。私帰るね」

ふと漏らした蘭世の溜息とどこかもの寂しげな憂い顔。

そしておぼろげに聞こえてくる蘭世の思考。





(疲れてるんだもん・・・しょうがないよね・・・・でも・・・)



でも?





(でも・・・もっと一緒にいたい・・・・そして・・・もっと・・・・・)





・・・・!!








俊はハッと目を見開く。そして治まりかけた鼓動がドクドクと再び波打つ。







「ゆっくり休んで」



そういって蘭世はほほ笑んでその場をたとうとした。

俊の胸がまた一段と大きくドクンと動く。

そして体中の血が一気に騒ぎ立つ。

蘭世が立ちあがるのを俊の腕が瞬時に蘭世の腕を引き寄せることで遮った。








一瞬だった。

何も考えてなかったのに、帰るといわれて反射的に腕が出てしまった。

そして思わず引き寄せて自分の腕の中に蘭世を収めてしまってからその状況に気がついた。

もっと一緒にいたいのは自分も同じで、

だがそれ以上のことを求めているのはどうだろう。

それがわからない。

わからないから進めない。

しかし、蘭世の思ったその「もっと」の先は何なのだろう・・・。






「えっ・・・」

「あっ・・・」

(やべ・・・)

蘭世を見ると顔を赤らめてはいるものの、状況の判断をつけかねているようで

困惑したように見てとれる。

確かに、もう10時半も回って11時近くになろうとしている。

いいかげん家に帰さないととわかっていて、今までだってそうしてきたのに

たぶん日々をかさねていくごとにその緊張感も薄れつつある。

そこに加えて自分の気持ちは膨らみ続ける。





これじゃ、我慢のきかないガキとおんなじじゃねえか・・・





頭ではしっかりわかっているものの、その理性の決壊ラインはもうすぐそこだ。

そして思わず引き寄せてしまったがために、蘭世は自分の腕の中。密着状態。

ダメだ・・・ダメだ・・・と頭の片隅でもう一人の自分が叫んでいるのに、

体の奥から湧き出てくるような欲望はそれに耳を貸そうしない。



腕の中の蘭世は勢いよく引っ張られたためにすでに体勢は半分倒れたような状態で、

蘭世の上から俊が見下ろすような形になっている。

俊は蘭世をみつめた。

見つめたというより、一度視線があってから離すことができなくなっていた。










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