大切に想うのは  〜卓のタイムトラベル〜


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プロローグ *****















「どうしてあなたっていつもそうなの!?」

「うるせえな。朝っぱらから騒ぐなよ」

「騒ぎたくもなります!いつもいつもわたしばっかり!」

「そんなことはねえだろ」

「いいえ。そうです」

「ああ・・・もうわかった。じゃあ話は後で。出かけるから」

「え!ちょっと待ってよ!話はまだ終わってないでしょ!あなた!」

蘭世が呼び止める甲斐もむなしく、俊はその蘭世から放たれる非難の嵐をすり抜けるかのように

バタバタと飛び出していった。

蘭世の呼吸は怒りに任せて乱れていたが、はぁと強いため息を一息吐くと、

そのあともうひとつ長く息をゆっくりと吐いて気分を落ち着かせ肩を落とした。





「どうしたんだよ。朝っぱらケンカ?珍しい」



2階まで届いてきた激しい蘭世の口調を聞いた卓は俊が出て行ったのを確認すると

リビングに入ってきて蘭世の様子を伺った。

「ああ・・・なんでもないの。ごめんね」

「親父になんか言われたの?」

「ううん。大丈夫よ」

「あんまり大丈夫って顔じゃねえけど?」




俊とケンカした後は決まって蘭世はこういう表情をする。

怒っているのかと思いきや、次の瞬間にはもう泣き出してしまいそうで、

息子である卓が見ても胸がギュっと痛むようなそんな悲しそうな顔だ。

その様子はとてもほっておけるようなものではなくて、

こんな時、いつも卓はそんな表情をさせる父に苛立ちを覚える。

長年夫婦をしてるんだから、どんなことを言ったら怒らせるのかそれくらいわかりそうなものなのに、

こういう光景は子どもの頃から卓はよく目にする。

同じ男として、そして恋なんてものも覚えだした卓にとって、

俊の行動というものには、ああまたかとあきれてしまう。

不器用で言葉足らずで頑固な父に、よくもまあ愛想もつかずに母はついていってるものだと

それはある意味尊敬に値するぐらいだ。





母にたいして父はこうすればいいのに・・・、そして母も父にそこまで求めなければいいのに・・・なんて

二人のやり取りを見てると卓は歯がゆい気分になってしまう。

それでいて、次の日にはいつの間にか仲直りしちゃってるんだからまたそれはそれでわからない。

二人の間に何があってどういうやりとりがあってそれを長年繰り広げながら今に至るのか、

それは卓にとって両親のいつまでも解き明かせない不思議な部分だ。





「俺が言ってやろうか?代わりに」



蘭世がいたたまれなくなって見ていられない卓がそういうのを蘭世はえ?っと一瞬顔をきょとんとさせたが、

次の瞬間、ふっと苦笑して「ありがと」と言った。



「優しいのね。卓は」

「・・・そうでもないけど・・・まあ親父よりは?」

「ふふ。そうね」

「ずっと不思議に思ってんだけどさ、なんで親父なわけ?」

「え〜?」

「頑固で無口で、しゃべったと思ったら口悪いし」

「やあね。そんなこと言ったらまた叱られるわよ」
「どこがいいわけ?親父の」

「さ〜どこかな〜?」

「他にいなかったのかよ。ほら、例えばもっと優しくてもっとマメで・・・昔もよく親父に泣かされたとか言ってたじゃん」

「そうね〜。いたかもしれないけど、忘れちゃった。」

「なんだそれ」



蘭世はそうやってはぐらかしたが、いつの間にか先ほどの悲しげな表情はもう消えていた。

その変わりようの早さに卓はまたあっけにとられる。



「ケンカしてたんじゃねえの?」

「してるわよ。」

「嫌になったりしないわけ?」

「もう何よ。卓ったら。そんなにお父さんとお母さんをケンカさせたいの?」

「そ、そうじゃなくて。俺はただ!」




(お袋が悲しそうな顔をするのを見たくないだけ・・・)





という言葉を卓は飲み込んだ。

そんな卓の気持ちを汲んだのかどうか、蘭世はもう一度

「卓は優しいのよね。ありがと」といってふっと笑った。






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「どうもわかんねえな。」

「あ、お兄ちゃん。どうだった?お母さんの様子」

卓が2階に戻ってくると、愛良が心配そうな様子で部屋から顔を出した。

「あ〜なんかわかんねけど、ま、いつものことみたいだな」

「そっか。あ、それよりさ、お兄ちゃん、コレ見て?」

招き入れられた愛良の部屋に入ると、愛良はじゃ〜んといって1冊のアルバムを見せた。




「アルバム?」

「ホラ見て。お父さんとお母さんの若い頃の写真」

「へえ。どれ?」

そういって卓は愛良が袋を広げていたお菓子を口に放り込みながらアルバムを覗き込んだ。










「聖ポーリア高校時代の頃。お父さんもかっこいいけどお母さんもかわいいよね〜」

愛良はキャッキャとはしゃぎながらページをめくっている。



「でもあんまり二人っきりで映ってるのとかってないよね」

「ああそうだな。」

たいてい、神谷のおばさんが映りこんでいたり、日野さんやゆりえさんなど大勢で映った写真が多い。



「オヤジ達ってさぁ、この頃から付き合ってたんだよなぁ」

「う〜んそうじゃない?よくわからないけど」

「そこ、そこなんだよな〜。二人ってさ、なんか一方的にお袋が親父のこと好きだったみたいなとこねえ?」

「え〜。そんなことないでしょ。」

「そうかなぁ。俺は時々お袋がけなげに見えてしょうがねえ」

「ぶぶっ。お兄ちゃんはなんだかんだいってマザコンだもんね」

「な、マ、マザコン?なんだそれ。そんなんじゃねえし」

「い〜や、絶対そう。こういうタイプの男ってお母さんみたいな女の人に弱いんだろうね〜」

「こういうタイプって。。。親父と一緒にするなよ」

「だってそっくりじゃない」

「どこが。」

「若い頃のお父さんなんてほんとそっくり。それに、お父さんもああ見てて結構お母さんのこと気にしてるよ」

「なんでわかるんだよ」

「だって見てきたもん。私。過去で」

「え?過去?」

「そう。メヴィウスさんちにある過去の扉から行ったことあるんだ〜。

そしたら若いころのお父さんがいて、私とお母さん間違えるかな〜って思ったんだけど、全然間違えなかったし。

なんだかんだとお母さんのこと話してたから」


「へえ。ほんとかよ。」

「ほんとよ。その時は中学時代だったし、高校とかになってたらもっと進展してるかもね〜。

そうだ。お兄ちゃんも見てきたら?」

「な、なんで俺が」

「だって心配してるじゃない。百聞は一見にしかずって言うでしょ?

よし決まり。行こう!レッツゴー!」

「ちょ、ちょっと待てって」

卓の返事も待たずに愛良は卓の腕を掴んで一瞬のうちにテレポートした。

部屋には食べ散らかされたお菓子の袋とアルバムだけが残されていた。




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