大切に想うのは 〜卓のタイムトラベル〜

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前編 *****














そっとのぞいたメヴィウスの家は、幸いにして住居人は不在にしているようで

卓と愛良はこっそりと足を踏み入れた。

そして奥にあるカーテンをめくり、たくさんの扉が並ぶ部屋の中央に立った。

「過去の扉は・・・っと・・・あ、これだ」

愛良が扉を指差しながら卓を見ると、卓は無言のままその過去へ通じるとされるその重厚な扉を睨んだ。





「ていうか、お前も一緒に来い」

「いや〜行きたいのは山々なんだけど、私もいろいろ忙しくってさ。

今回はおにいちゃん見てきて教えてよ」

「一人は嫌だ。」

「怖いんでしょ」

「そ、そうじゃねえけど(嘘)」

「大丈夫だから、はい!いってらっしゃい!」



ドン!



「ちょ、お、おい!」

そういって卓は背後を振り返ると空間が淀んで行く中でコイジワルそうな顔で笑っている愛良の姿が薄れていくのを感じた。






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「いってぇ・・・愛良のヤツ思いっきり突き飛ばしやがって・・・ったく・・・

それにしてもいったいどこに来たんだ?」

愛良に心の準備も整わないままに勢いよく押された卓は

着地場所の予測すらできずに、そのままどこかの芝生の上にドンと落ちた。

ぶつけた腕をさすりながら卓は辺りをきょろきょろと見渡す。






「学校・・・か?」

見覚えのある風景。

しかし、卓の知っているその風景よりはここは全体的にどことなく新しさを帯びている。

ちょうど終業の時刻に差し掛かっているのだろう。

生徒が次々に、まるで校舎から吐き出されてくるかのように出てくる。

帰宅するために校門に向かう流れもあれば、運動部員であろうユニフォームに着替えた集団などが入り混じり、

学校の中心から少し離れた、卓のいるこの小高くなった場所からは、

まるで校内が混沌とした渦を描いているようにも見える。

そして、校舎の天辺には十字架、礼拝堂のような建物があるのにも気づいた。





「聖ポーリア・・・親父たちの学校か」





卓はよっと立ち上がって、芝生の丘から駆け下り、とりあえず知った顔がないか探した。



「なんか・・・やたらと女が多いなぁ・・・ん?」

しばらくきょろきょろと行き交う生徒達を眺めていた卓だったが、気づくといつのまにか逆に自分が見られていることに気づく。

大勢の女生徒の中に一人だけポツンと男。かなり目だった状態であることは確かだ。




「誰かしら・・・」

「制服も着てないし・・・」

「会長に知らせたほうがよろしいんじゃなくて?」




そのうち、生徒達はヒソヒソと話し出した。明らかに卓の素性を探るものだ。




「あ〜、えっと、俺は決して怪しいものではなくてぇ・・・」

卓は焦りに顔をゆがめながら後ずさる。

そのとき、斜め前の方から透き通ったそれでいて凛とした声が聞こえた。




「何を騒いでるの?」

「あ、会長!」

卓は会長と呼ばれた女子学生を見た。




「あ、もしかしてゆりえおばさん?」

「おばさん!?」

「会長に向かってなんてことを!」

「え・・・あ・・・いや・・・」

ゆりえは表情を変えることなくじっと卓を見つめている。

「なぜ・・・私のことを?ごめんなさい、私はあなたのことは記憶にないのだけれど・・・」

「あ〜、そ、そのー・・・すみません!退散しますっ!」

卓はそういうと、その場から一目散に駆け出した。



「あっ!逃げた!」

「待ちなさい!不審者!」

大勢の女生徒が一呼吸遅れて卓を追いかける。

しかし、卓が校舎の角を曲がったのを最後に、卓の姿は消えていた。




「あれ?いない」

「どこに逃げたの?逃げ足の速い!」

「すみません、会長。取り押さえられませんでした。」

「まぁいいわ。ただ、まだ潜んでいるかもしれないから、身辺には十分気をつけてください」

「はい・・・」




ゆりえは生徒達が帰っていくのを見届けると、卓が消えた方を振り返った。

「・・・誰かに似てると思ったんだけど・・・」

そう一人つぶやいたが、首をかしげ、釈然としない表情のまま立ち去った。





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「はぁ・・・危なかったぁ・・・」

女子達に追われたとき、とっさにテレポートした卓は、息絶え絶えに中庭まで飛んでいた。

運良く中庭には今のとこひとけがない。

卓は深く息をついてぼやいた。




「なんでこんな女ばっかなんだ?こんなとこにマジであの親父なんかがいるのかよ」

しかも、ゆりえに声をかけてしまったのは明らかに拙かった。

卓の知っているゆりえは今はもうアラフォーだが、若かりし姿には確かにそのゆりえの面影があり、

彼女の若い頃の様子が母親から昔から聞いていたとおりの印象だったものだから、つい興奮して声をかけてしまったが

ここにいる彼女が自分を知っているはずもなく、不審がられるのも無理はない。

「それに・・・「ゆりえおばさん」はマズかったよなぁ・・・・。ここにいればどう見ても同世代だっつーの」





卓は大木の陰に身を寄せて周りを見渡した。

「親父たちは・・・部活かな?って部室どっちだよ。」

たった今騒ぎを起こしかけたところだ。また出歩いてウロウロしたら探しあてる前につまみ出されることは必須だ。

「じいちゃんちで待つとか・・・よし、それで行こう」




卓はそう思いついて立ち上がった時、向こうからまた女生徒が走ってくるのに気づいた。

「やべ!見つかったか?」

慌てて卓は身をかがめて隠れ、様子を伺う。

そしてその女生徒の姿を見ると、心臓が止まった。

「あれは・・・愛良・・・じゃなくて・・・お袋?」




長いストレートの黒髪が揺れる。

愛良にやはり似ているが、それでいてやはりどこか違う。

そして、小走りで走ってきたと思ったら、蘭世は卓の隠れていた大木をはさんだ向こう側にドンと背を預けた。





(なっ・・・み、見つけたのはいいとして、これは出るに出れねえじゃねえか・・・)





卓は心臓をバクバクさせながらさらに様子を伺う。

サララと流れる髪からはシャンプーの香りがした。















(あ・・・同じにおい)




卓は木をはさんで背向かいになっている蘭世を背中に感じていた。

過去の世界のまだ若い母親は、確かに母親ではあるが、母親とは到底思えず、何だか妙な気持ちになった。

(でも、魔界人なわけだし、俺が過去の扉を使って未来から来たって言っても信じるだろうけどなぁ・・・)

何気に一人で卓がそう物思いに耽っていると「っく・・・うっく・・・」と背後から声が聞こえてきた。





(え・・・?もしかして・・・泣いてる?)






そう思ったと同時に卓の体は、木の陰から飛び出してしまっていた。

「どうした!?」

「きゃっ」

あまりにも急に卓が飛び出してきたものだから、蘭世もびっくりして息を詰まらせた。



「だ、誰?」


「あっ・・・(しまった・・・また何も考えずに・・・)」

卓はとっさに言葉を失って立ち尽くした。

「え、えっと俺は・・・そのぉ・・・」



(あんたの息子だって言うには状況が悪い気がする・・・)



「あなた・・・」

蘭世はじっと卓の方を見つめていた。

マジマジと穴があくほど、そしてびっくりした大きい目で見つめていた。

「あ、あの・・・」

「あ・・・ごめんなさい。そっくりだなって思って・・・」

「え?」

「ううん。あなたは誰?ここの生徒じゃないですよね?お名前・・・聞いてもいいですか?」

「あ・・・俺は・・・えっとぉ、た・・・たく・・・卓哉・・・」

「卓哉くん・・・?そう。私は蘭世。江藤蘭世っていいます」

「ああ、え、とう・・・さんね」



(思わず・・・偽名にしてしまったけど・・・)



卓は思いのほか突如として出会ってしまった若い頃の母親に

どう声をかければいいものか迷いながら、さらにその場に立ち尽くしていた。








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