想いが重なるとき
「ここ・・・想いが池・・・・・?」

夜の想いが池は想像を絶するほどの神秘さをかもし出していた。
月の光がそよ風が撫でる水面にキラキラと反射して目に飛び込んでくる。
周りの木々も草花もその池を見守るようにひっそり息を潜めていた。

「うわぁ・・・・太陽が出ているときとは全然違うのね・・・・こんなにきれいなところ見たことな〜い」
笑顔で率直に感情を表現する蘭世にシュンはフッと笑った。

「お前はよくコロコロと表情が変わるんだな」
草むらに腰を下ろしながらシュンが言った。
「な、何?今笑った?笑うことないでしょ〜?ホントにそう思ってたんだから・・・」

フンとふくれて蘭世は池のほとりまで駆け寄った。

「この池も飛び込んだら人間界に行くんでしょ?」
「ああ」


「でも、私が今ここに飛び込んだら、どこに行っちゃうんだろう・・・」



蘭世はその後の言葉を濁した。
「・・・・・・」



暫くの沈黙を破ったのはシュンの方だった。
「・・・・戻りたいか?やっぱり・・・」
シュンは視線を蘭世にとどめたまま言った。


「・・・そうね。ここは、・・・ここは、私がいた世界とそんなに変わらないけど、
自分が違う空間から来たことなんて忘れちゃうくらい変わらないけど、
やっぱりここに私の居場所はないわ」
「・・・居場所なんてこれからいくらでも作れる」
「・・・ん。。。でも・・・・でも・・・ここには真壁くんがいないわ・・・」
蘭世は涙を大きな瞳に浮かべながら淋しそうに微笑んでシュンに言った。


「そんなにいいのか?そいつは。俺とどう違う・・・?」
シュンは尋ねた。
「・・・・どうだろう?わかんない。とても似ているけど、どこか違う。
メヴィウスさんがさっき言ってたでしょ?力を引き出すものがあるとかないとか・・・」
「ああ」
「あれね、わかる気がするんだ。私は基本的な力なんてたいしたことないの。普通の吸血鬼だし、噛み付いた人に変身するぐらいで・・・でも真壁くんがそばにいるだけで、自分でもびっくりするぐらい力が出せちゃうんだ♪なんでかな?真壁くんが力を貸してくれてるのかな。そういうのが無意識にできちゃうの。たぶんそれは私がとっても真壁くんのことが好きで、真壁くんも私を信頼してくれてるからだと思うの。真壁くんが一緒じゃなきゃ、私は私でなくなるわ・・・。」
蘭世は大きな満月を見ながら話した。
「お母さん、狼に変身しちゃうかな〜。あ、私、異種族間に生まれたハーフなのよ。お母さんは狼女なんだ〜」
蘭世はキャハハと笑った。


「俺では役不足か・・・」
シュンはフッと笑って悲しそうに微笑んだ。
「俺は同じ顔をした女両方ともに逃げられるんだな・・・」

「・・・そんなことないよ」
蘭世は言った。
「あなたにはランゼさんがいる。ランゼさん、きっとあなたのこと愛してると思う。私、なんとなくわかるんだ。ランゼさんの気持ち。あなたの気持ち見えなくて怖かったんじゃないかな。」
「俺の気持ち・・・?」
「あなたもランゼさんのこと愛してるんでしょ?」
「・・・・・・」


「ちゃんとそれを言葉で伝えた?言葉にしなきゃ伝わらないよ」
蘭世はシュンにウィンクして見せた。


「子供のころ、よくここにランゼと来た。
こんなふうな静かな夜によく城を抜け出して・・・
あのころはよかったな。あいつはあの頃から大人しかったが、
いつもうれしそうに俺を見た。
楽しそうに笑って、俺もその笑顔をみるのが楽しかったし、うれしかった。
親父にランゼは将来俺の妻になる女性だと聞かされたときは
眠れないほどうれしかったよ。

でもいつからだろう・・・
思いをうまく伝えられなくなったのは・・・・
そしてあいつもそうだった。
ある日突然敬語で話すようになって・・・
俺に意見もしなくなった。
俺のいうことばかり聞くようになって・・・・・・


・・・・・・
あいつは・・・・あいつだって自分のホントの気持ちを見せない・・・。
結婚していいのか、いやなのか。。。流れにそって生きていくだけだ。
たいしてうれしそうにもしないし・・・だからといっていやそうな顔もしないし、
俺がわがままをいったって、きついこといったって、寂しそうに微笑むだけで・・・・
俺のことを好きなのかどうなのか・・・何にもわからない・・・」



くそっといいながらシュンはこぶしで地面を叩いた。


「・・・言えないのよ、きっと。あなたは王子だから。。。そういう教育を受けてきたから言えないのよ。
違う?」
「どうして俺に媚びるんだ!そんなの俺にはうっとうしいだけだ!」
「好きだからよ!」
シュンは口を噤んだ。
「あなたを本当に大切に想うからこそ、王子のあなたに恥をかかせないようによき妻であろうとしてるのよ」
「・・・・・」


「・・・・お互いの想いが重なっていないだけ。気持ちが違う位置を通ってお互いの方に向かっているだけで、一つの線の上を同じように走れば、きっとそこで出会えるはずよ。本当の気持ちに・・・」
蘭世は想いが池を眺めながら言った。



「・・・・お前達は想いを重なり合わせてるのか・・・?」
シュンは荒げた呼吸を整えながら言った。

「・・・う〜ん、わかんない。不安になることもあるよ。そんなときの方が多いかも・・・。ふふふ。
でも、私は真壁くんを好きなことに変わりないし、真壁くんもそのことはわかってると思うんだ。
真壁くんは私の心読めちゃうしね〜。それに真壁くんは私が危険な目に遭うと絶対助けに来てくれる!そういう人なの。私信じてるんだ。信じることで私は強くいられるの。言葉にしてくれればもっとうれしいけどね」
そういって蘭世は笑った。



「そうか・・・・」
シュンは言った。
「お前とランゼが逆だったらもっと違っていただろうか・・・」
シュンはじっと蘭世を見つめた。何かを訴えるような鋭い瞳。
「・・・・・・ん、好きになっていたと思う。だって・・・・」
強い眼差しは別人とはいえ、俊を彷彿させる。蘭世は言葉をつなげられないまま口を閉ざした・・・。
「・・・でも・・・・それはもしもの話♪私は真壁くん以外の人は好きにならない。・・・あなたもでしょ?」
そういって蘭世は軽くウィンクをした。

シュンはふっと小さく笑って、蘭世から視線をそらし、遠くをみつめながら言った。
「もし、・・・・もし俺がここで強く念じたら・・・・ランゼは戻ってくるだろうか・・・」
「・・・・そうかもしれない。。。世界が違ったって、強く思いさえすれば届くかもしれない。私も・・・・・・」
蘭世は両手を胸の前で組み合わせて、瞳を輝かせた。







                                 
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