想いが重なるとき
ある晴れた日の午後だった。


穏やかな天候に恵まれたその日、蘭世は朝早くから出かける仕度を整えていた。
おろしたてのワンピースにおろしたての靴。
お気に入りのバッグを箱から出して、自慢の長い髪を念入りに梳かす。
そして首元には思い出のネックレス。

今日は久しぶりのデート。
最近ろくに一緒にいれなかったからと、珍しく俊の方から誘った。

待ち合わせは午後からだったのに、あまりのうれしさに気が高ぶり、
蘭世はいつもより早く目が覚めた。
デートの日だけは早いんだね、という鈴世のもらした皮肉も今日は耳に入らない。

俊からの誘いなどめったにない。
いつも誘うのは自分からばかりで、時折蘭世は不安になる。
誘ってばかりも悪いかなと思い、しばらくほおっておくとそのまま音沙汰なしになって
しまうこともしばしば。
思っているのは私ばかりとため息をついていた矢先での俊の誘いだった。
浮かれるのも無理はない。


(待ち合わせは1時だけど、落ち着かないしもう出かけようかな・・・)

蘭世が目をやった時計の針はもう少しで正午を指そうとしていた。
待ち合わせの駅までは15分もあれば到着するが、蘭世は出かけるために
まっさらの靴に足を落とした。



「それじゃあ、いってきまあす。」
「あら、もう行くの?」
リビングから椎羅が顔を出した。
「うん」
蘭世が答える。
「また、お洒落してるわねえ」
「えへへ」
「真壁くんによろしくね」
「はあい。行ってきまあす」
「行ってらっしゃい」
蘭世は手を振ると笑顔で外に出て行った。


「蘭世はもう出かけたのか?」
望里にしてはいつもより早い時間だったが、慌ただしさに目が覚めたらしい。
目をこすりながら望里が入れ違いでリビングに入ってきた。
「ええ。ちょうど今。うれしそうに出かけたわ」
椎羅が答えた。
「デートとなると人が変わったように行動が早いな、蘭世は」
ハッハッハと笑いながら望里は言った。
「本当に。。。」
椎羅も半分あきれながらも一緒になって笑った。
「お兄ちゃんの力ってすごいね」
鈴世もニコニコしながら言う。

江藤家のリビングが賑わう。
この後、思いがけない出来事が起ころうとはここにいる誰も気づいてはいなかった。





          ******************




蘭世は駅までの道を足取り軽く歩いていた。
日曜日ということもあり、親子連れやカップルの姿もよく見る。
駅から少し離れたこの辺りは、閑静な住宅街で、普段は静かなたたずまいが続いているが、
今日はいつもより人通りも多い。
楽しそうなカップルの表情がどうも自分と重なってしまって蘭世はつい顔がほころぶ。

(私もああいう風に見えてるのかな・・・えへへ)
自分と俊の姿を2人と重ね合わせて蘭世はほおを緩ませた。

(おっといけない、いけない。今日は大人っぽく大人っぽく・・・)
自分に言い聞かせて蘭世は口をきゅっとひきしめた。


蘭世もいつまでも少女のままでいられない。大人の女性というものに憧れたりもする。
真壁くんにつりあう女性にならなくちゃ・・・
大人っぽい俊をそばで見ていて、蘭世は最近特にそう感じた。しかし・・・・・

(でも・・・・楽しみ〜〜〜〜!!!♪)
感情が咲きに立ってしまう蘭世は、やはりまだそう長く大人っぽさを維持しておくことができない。


顔の引き締めと緩ませを繰り返しながら、蘭世は目的の場所を目指して進んでいった。



そのとき――――――――
ゴォーーーっという大きな音とともに強い風が辺りを吹きぬけた。
「きゃ・・・ん?」
蘭世は一瞬、辺りが暗くなった気がして立ち止まったが、
目をぱちぱちと瞬きさせてみるといつもの光景と何の変わりもなかった。
たださきほどまでいた人々はいつのまにか消えていた。

「・・・?なんか変なの。あーあ、髪がばさばさ〜」
強風に煽られた長い髪を手櫛で元に戻し、蘭世は再び歩き出すため一歩を先に踏み出した。


―――――――ぐにゅ
「ん・・・えっ!?」
足元のマンホールからうっすらと光がもれている。
先ほどまでは何の変哲もない普通のマンホールであったはず。だが今は少し違う。
そしてその変化に気づかずにそのマンホールのふたを踏んだ蘭世は
妙な違和感を覚えて足を元の位置に引っ込めた。

「何・・・?今の・・・」
何だか足が埋まった気がした。
光の漏れたマンホールを蘭世はじっと見つめた。
光はもれているものの、見たところは何らかわりのない鉄製の硬そうなふたに見える。
「あっれ?気のせいかな。。。でも何?この光・・・」
蘭世は足でふたをとんとんとこづいて探ってみるが普通の鉄のようだ。
そしてもう光は発していなかった。

「おかしいな〜。まあいっか」
蘭世は首をかしげてこづいていた右足にもう一度力を入れてマンホールのふたを踏んだ。

その瞬間――――――――――
先ほどもれていた光が一転、マンホールのふた自体が光だしまた一層大きな轟音とともに強い風が吹き抜けた。
「きゃーーーーっ!」
そして蘭世の足元の、鉄でできていたそのふたはぐにゃりとまるでぬかるみのようにゆがみ、
蘭世は右足からそこに沈んでいく。
「何これーーーー助けてーーーー真壁く・・・・ん・・・」


一瞬だった。
路地はいつもの風景と変わらない。
誰もいない。いやいなくなった・・・・・・。
蘭世が先ほどまでつけていたバレッタがマンホールのそばに落ちていた。
静かに風だけが吹き抜けた。





                   
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