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第1話
written by kauran
始業ベルが校内中に鳴り響く。
しかし、あけぼの中学校3年B組の教室のざわめきはおさまる気配を見せることはない。
ガヤガヤと騒々しくあるその教室の一番後ろの席で
ひときわ盛り上がりを見せている三角地帯が今日もそこにあった。
いや、盛り上がっているのはそのうちの二点だけ。
江藤蘭世と神谷曜子である。
そして、残りの一点である真壁俊は、両腕に頭を乗せ机にうつ伏せたまま
我関せず状態で目を閉じていた。
「図々しいのよ、あんたっ!俊にお弁当を作るなんて100万年早いっ!!」
「いーじゃない!真壁くんのお母さん、今日夜勤明けで作れないって言ってたんだもん。」
「だから何であんたがそんなこと知ってんの!!」
「昨日、真壁くんに聞いたのよ!」
「ちょっと俊っ!どういうことよ!そういうことは私に言ってくれればいいじゃない!水くさいんだからぁ・・・。
私だったらこんなちんちくりんのじゃなくて、特上5段重ねのお重で用意したのに!」
俊は聞いているのかいないのか、反応することもなく眉一つ動くことはない。
「どうせ神谷さんのなんかどこかで手配するだけでしょ!私のはちゃーんとて・づ・く・りなんですからね」
「けっ。あんたの手作りなんか食べたら俊、お腹壊しちゃうわ。
試合前の大事な時にそんな得体の知れないもんなんか食べさせられるか!」
「何ですってーーーー!!」
「何よっ!しゅーん!パパに電話してフレンチのフルコースを用意して持ってこさせるわっ☆」
「いーえ!真壁くん!心を込めて作りましたっ☆真壁くんが好きだって言ってたハンバーグも入れたのよ☆食べてね」
「いーえ!私!」
「私!」
「・・・・・・」
俊の眉間がピクピクと動き、皺がよる。
そして、二人の火花が焼きつくその瞬間に俊は素早く身を起こし、机を勢いよくドンッと殴りつけた。
蘭世と曜子だけでなく、騒々しかったクラス中がピタっと静まり返る。
「いいかげんにしろ!朝からお前らうるせぇんだよ!俺はどっちも食わない!購買で買うから。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
シュンとうつむく蘭世と曜子だった・・・が・・・
「あんたのせいで怒られたじゃない!」
「何で私のせいなのよ!神谷さんが横からしゃしゃり出てくるからでしょ」
「んなっ!あんた生意気なのよ!」
「神谷さんこそっ!」
「何なのよ!」
「何よ!」
静まりかえったのもホンのつかの間。
すぐさま。二人のバトルは再燃し始め、それを見ていた俊ははぁ・・・と大きく息をついて
あきらめ顔で頬杖をついた。
そのまま窓の外に目をやる。
今日も空が青い――――――。。。
二人のこういうやりとりはもう慣れっこだ。
蘭世が転校してきてからというもの、顔を合わせると毎度のことで
たまに俊が先ほどのようにキレて怒鳴ることで、バトルをやめさせようと試みるが、
それも結局毎度のことながら失敗に終わる。
自分が原因であることはわかってはいるが、だからといって何をどうすればよいのか
正直俊もわからないでいる。
はねのければ済む話なのではあるが・・・・・・。
特にこの転校生―――江藤蘭世―――。
こいつにはどうしてもペースをくずされてしまうのだ。
たいていの女子は(神谷を除いてだが・・・)まず、俊に近づいてくることはない。
札付きのワルとして名が通ってきた俊に気軽に話しかけてくることもしないのに
この蘭世だけは臆することなくふとスキをついて、俊の中に入り込んでくるのだ。
最初の頃はとまどいもしたが、今ではそれにも慣れてしまったし、
最近ではそれが逆に普通にすらなっている。
聞かれることには答えてしまうし、普通に世間話なんかもする間柄になった。
この1年ほどで、俊の中での、とりわけ蘭世の存在というのは
今まで築いてきた女性に対する態度を大きく覆した。
そういう意味では、蘭世は神谷曜子を完全に超えたのかもしれない。
昨日だってそうだ。
下校途中に何故か母親の話になって、夜勤の話から弁当の話になった。
―――「じゃあ、真壁くんの分も作ってきちゃだめかな・・・?」
―――「いいよ。悪いし。」
よくよく考えると、曜子にバレて騒ぎになることぐらい簡単に想像がつくのに
―――「大丈夫よ♪遠慮しないで☆一人分も二人分も一緒だから」
と笑顔で腕まくりをする蘭世を見ていたら、そこまで考えが及ばなかった。
「楽しみにしていてねv」と微笑む蘭世に対して、「あぁ」と素直にうなづく自分がいた。
不思議な女だと―――思う。
曜子のようにただ単に押しが強いだけではない。
世話の焼けるヤツだが、どうしても手を貸したくなってしまう。
ほっとけない・・・。
そしてその後で、「何でオレが・・・」と思ってしまうのだ。
何なんだろうな・・・と俊は蘭世に視線を向ける。
オレらしくもねえ・・・と考えている間も、二人の口論は未だ続いたままだった。
俊は今日何度目かのため息をついてから、キッと机の前でざわつく二人を睨みつけて
もう一度「いいかげんに・・・」と言いかけたその時―――。
教室のドアがガラリと開いた。
「お前ら、席につけー。」
クラス担任の丹羽が入ってくるなり、皆に向かってそう大きく声をかける。
そして、それぞれが自分の席に着き、ようやく静かになったところで丹羽が話し出した。
「今日は新しい先生を紹介するぞ。今日から教育実習できてもらうようになった、津村圭介先生だ」
教室内がざわざわとざめつく。
そして、一斉に教室の扉の方に期待と好奇に包まれた視線が注がれる。
一人の男がゆっくりと教室に入ってくる。
一瞬にして生徒達のとりわけ女生徒たちが色めき立った。
年の頃は二十歳過ぎらしく自分たちよりぐっと年上に見えて
その上、整った顔立ちが女生徒の視線を釘付けにさせていた。
「津村圭介です。今日からどうぞよろしく。」
津村はそういってクラス全体をゆっくりと見渡した。
(教育実習の先生かぁ・・・)
蘭世は一人、他の女生徒に混じることなく、ぽかーんと津村を眺めていた。
見れば、曜子ですら指を胸の前で組んで見つめている。
(神谷さんまであんな顔しちゃって・・・)
――私は真壁くん一筋ですからねぇ☆
といくらかの優越感を抱いて蘭世は視線を教卓の方に戻したその時、
バシッと津村と目が合った。
そしてその瞬間、津村が口元をニコリと綻ばせた。
(ん?笑った・・・?)
津村の表情が一瞬気になる。
だが、津村はすでに蘭世から目を離して違う方を見ていた。
(なんだ・・・気のせいか・・・)
蘭世が頬杖をついて一瞬の緊張をほどいてまたぼーっと津村を眺めた。
すると、その津村がまた口元を綻ばせた。
しかし、今度は蘭世に対してではなく、その津村の視線を辿っていくとその先には俊がいた。
(えっ?・・・)
蘭世が俊を見つめる。
(ん?なんだアイツ・・・)
興味なしと思ってロクに見てもなかったのに、鋭い視線を感じて俊は津村に目をやった。
すると、案の定津村は俊の方をじっと見つめていて、俊が顔を上げたその時、ニヤリと口端を上げた。
なんだか妙な含み笑いで気になった。
隣の方からも視線を感じてそちらを向くと、蘭世もこちらを見ていた。
津村の視線に気づいていたようで少し心配そうな目をしている。
だからといって、知り合いなわけでもないしどうすることもできずに、
俊は何も言わずに視線を元に戻した。
津村はもう違う方を見ていて、担任の丹羽が津村個人のことや、担当科目などの説明に入っていた。
俊はなんともいえないもやもやした感情が胸の奥に巻き起こるのを感じていた。
1限は担任である丹羽の授業で、HRから引き続いて授業が始まった。
津村は音楽担当だとのことだったが、今の時間は授業がないのか、そのまま教室の後ろまで移動してパイプイスを広げて座った。
俊は顔を動かすことなく津村の動きを目だけで追った。
しかし、津村はそのあと、俊の方をそして蘭世の方も見ることなくそのまま通り過ぎた。
(・・・・気のせい・・・か・・・)
俊はふぅと息を吐いた。
それにしても後ろにも教師がいるってのはやりにくいぜ・・・と俊はまた違った意味の息をついて
椅子の背もたれにドカッと背を預けた。
蘭世もチラっと津村の方を見ているのに俊は気付く。
蘭世は俊と目が合うとピクっと肩を震わせて軽く微笑むと視線を戻した。
教育実習生なんて始めてじゃないのに、
なぜか今回のヤツはいつもと違う・・・そんな気がした。
クラスの女子達がなんとなく浮き足立っていること以外は
特に何事も変わらず、そのまま1限の授業は終わった。
終わると同時に、女子達はこぞって教室の後ろに駆け寄る。
爽やかで、若くて、容姿端麗で・・・そんな教育実習生を女生徒たちがほっとくわけはなく
一瞬にして、津村は芸能人バリの人気者となった。
自分の席の側で騒がれるのに嫌気がさして俊は廊下に出る。
するとその後を蘭世が追ってきた。
「真壁くん」
蘭世の声に俊が振り向く。
「あの・・・あの先生って・・・知り合い?」
蘭世が教室の中をうかがいながら尋ねた。
「いや。全然」
「そ、そう・・・。なんか知ってそうな感じだったから」
「そういうお前こそ、知り合いなのか?」
「えっ!?ううん。知らないんだけど・・・」
「微笑まれた・・・か・・・」
「え・・・いや・・・その・・・」
俊は教室の中で爽やかな笑顔を振りまいている津村を見た。
気のせいかと流そうとしていたが、そうできない何か直感めいたものがずっと胸の中をもぞもぞと動いていた。
今のヤツの笑顔と先ほど自分と恐らく蘭世にも向けた含み笑いは
明らかに質の違うものだということが改めてわかる。
しかし、考えても仕方がないことで・・・。
「ま、実習生だから愛想でも振りまいたんじゃねえの。気にすることねえだろ」
「・・・そうだよね・・・」
蘭世が何かをふっきったようにニコっと笑ったので、俊もそれにつられてフッと笑った。
「そうだ!さっきお弁当のこと、騒いじゃってごめんなさい・・・」
「あ?あぁ・・・まったくだ。お前らはたかが弁当のことぐらいで、ホントうるせえんだから・・・」
「はぁ・・・」
「ま、頼んだ俺にも責任はあるわけだから、お前のはちゃんと食うよ」
「え?ホント?」
「あぁ。神谷にだけは見つからねえようにすっから。」
「わ、わかった!私、お昼休み神谷さんを引き止めておくからその間にどこか持ってってね」
ウインクした俊に蘭世は勢いよく真面目にガッツポーズで臨んだ姿勢に俊はプッと噴出した。
その時―――。
二人の背後にいつの間にか津村が近づいてきた。
二人はぎょっとしてふり向く。
どうやら二時間目の授業が始まるらしく、津村は職員室に戻るところだった。
しかし、二人の側を通り過ぎるとき、津村は小さくつぶやいた。
「・・・君の秘密・・・知ってるよ・・・」
「えっ!?」
蘭世がさっと顔を青ざめさせて津村を見つめる。
(・・・・・・秘密・・・・?)
俊は蘭世をちらっと見てから津村に視線を向けた。
すると津村も俊の方に目をやった。
そして、先ほどのように口端をあげて笑った。
明らかに何か挑戦的な目で一度蘭世を見てから、そして再び俊を見る。
「何だよ」
イラついた声で俊が津村に尋ねる。
しかし、津村はフッと鼻で笑っただけだった。
それがまた俊をイラつかせる。
「まぁ、せいぜい守ってあげろよ。彼女を・・・」
「どういう意味だ」
「さぁ。彼女に聞いてみれば?」
そういって津村はその場を去っていった。
「・・・なんだ・・・アイツ・・・」
俊は訳がわからないまま蘭世に目を向けた。
すると蘭世は去っていく津村の背中をじっと見つめていた。
顔は先ほどのように青いままで表情は引きつり、少しカタカタと震えていた。
「おい・・・江藤、大丈夫か」
「えっ!?あ・・・う、うん。」
「あいつ、やっぱり知ってんじゃねえのか?」
「う、ううん・・・。知らない・・・知らないはずなんだけど・・・」
そういって蘭世はもう一度廊下の向こうに目をやる。
「あいつが言ってた・・・秘密・・・って・・・」
「えっ!?あ・・・な、何でもないよ・・・や、やーね。秘密だなんて・・・。なーんにもないのに・・・
わ、わたし・・・き、気に入られちゃったのかな〜〜??ハハハ・・・」
そういって蘭世は後ずさりしながらその場を去っていった。
「おい!ちょっと・・・」
(何なんだ・・・。あの先公といい、江藤といい・・・。)
(守ってやれって・・・どういうことだ・・・。アイツをか?)
俊は蘭世のあとを目で追う。
蘭世のあの表情・・・あんな顔は初めて見た。
切羽詰ったような・・・何かにおびえた様な・・・。
何の根拠もないのに蘭世の身に何かが起こるような気がして、
俊は 釈然としない気持ちを抱えながら俊ははぁ・・・と息を吐いた。
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素材提供:マリー・テレーズさま