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           第2話                       written by kauran










津村が教育実習生としてやってきてから3日。

津村は早くもクラスにとけこみ、女子だけでなく男子の間でも人気を博していた。

しかし、その一方で俊はえも言われぬ不穏な空気を感じずにはいられなかった。

これがいったい何であるのか、自分だけが感じるものなのか

それすらもわからず、一人苛立っていた。

なんてことはないのだ。

実際に目に見えて何かが起こっているわけではなく、自分にとって不都合なことがあったわけでもないのだが

ただ、最初にヤツが見せた含みのある笑いは、今もまだ続いていた。

直接津村と会話しているわけではなく、どちらかというと避けているような状態なのに

津村の意識は常にこちらに向いているような気さえする。

そして、事あるごとに俊にニヤリと視線を投げかけてくるのだ。

自意識が過ぎるか・・・?

最初はそう思ったものの、いまや、それはやはり気のせいだけではないことがわかった。



(何者だ?)



俊は非常口から外にある階段に出て手すりに身を預けた。

どこかで会ったことがあるのか・・・?

ボクシングで対戦したなら年が違うし、だとしたら勧誘かとも思ったが、それならまどろっこすぎる。

ヤツの知り合いとケンカでもしたかな・・・とか考えられるあらゆる可能性をひねり出してみるのだが

どれひとついまいちピンとくるものもなく、それがさらに俊を苛立たせるのだった。



(何なんだ・・・いったい・・・)



チッと俊は舌打ちをして、手すりを支えに頬杖をついた。

初夏の心地よい風が頬に触れる。

その風に少し心を洗われて、俊はゆっくりとため息をついた。

頭にふっと蘭世の面影がよぎる。

はっきりとした答えが出てこないのはこのことも原因だった。

津村が見せる笑みやその視線の確率は、蘭世といる時はほぼ100%であるのだ。

自分だけに向けられているときももちろんあるのだが、蘭世と話しているときは決まって津村の視線を感じるのだ。

遠くにいたはずなのに、蘭世と話しはじめたとたん、すぐ真横に来ていたことさえあった。

当の本人も津村が近づいたり、視線を感じたりすると妙にびくついたり動揺したりするものだから

それも最初は偶然だと思うようにしていたが、こう毎回続くと意識的としか思えず、

津村の見せるその視線の原因が、蘭世がらみであるのかと思わざるを得ない。

逆恨みのような類であるのだとすればどうしようもなく、それこそ自意識過剰な気もして

なかなか結論付けられない状況ではあった。



ただ、津村が初めて来た日の台詞―――



――『せいぜい守ってあげろよ。彼女を・・・』―――



あの台詞が俊の心の中をじんわりとうごめき続けていた。

(何でオレが・・・)

と頭では思うものの、気持ちの上では蘭世が気になってしょうがなかった。

アイツの身に何か起こるのではないか・・・と。。。

そしてそれは他の誰もが気づかずに、自分だけしか気づかないのかもしれない・・・そんな気にさえなった。

蘭世のビクつきようを見てると尚更そう感じる。

ヤツと蘭世の間にはきっと何かがあって、そこに何故自分が巻き込まれているのかはわからないが

いや、何も自分が守らねばならない理由すらどこにもないはずなのだが、

蘭世が何か不安そうな目でこちらを見てくるのを目の当たりにすると、ふっと腕の中に納めてしまいたいくなりそうで

自分が恐くなった。

それをどうにかやりすごそうと、俊はその度に、ポンポンと微笑みながら蘭世の頭を軽く手のひらで叩くのだった。

蘭世もそうするとふっと力が抜けて笑顔になるから、それだけでも効き目はあるのだろう。



(守ってやるっつってもなぁ・・・)



俊はもう一度大きなため息を吐いた。






「ため息は幸せが逃げるのよ」

俊がはっと振り返るとそこには蘭世が笑顔で立っていた。

(誰のせいだ、誰の!)

そういいたいのをぐっと堪えて俊は「お前か」と言った。

蘭世は俊の側にきて階段の手すりに背を預けた。

「真壁くん・・・。何か・・・考えてたの?」

蘭世は俊の方を見てそう言った。

俊もまさか、お前のことだなんて言えるはずもなく一言「・・・別に」とだけ答えた。

「そっか」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「お前さ・・・」

「ん?」

「・・・アイツとやっぱ知り合いじゃねえのか?」

「・・・アイツって・・・・・・・・津村先生?」

「あぁ」

「ううん。知らない。会ったこともないし・・・」

「でも、向こうは知ってる感じじゃねえか?」

「・・・・・・そうかな・・・やっぱり」

俊は蘭世の方を向いた。

蘭世は視線を下方に下げて何か思考をめぐらせているようだったが、知らないといったことは嘘にも見えなかった。

「心当たりないのか?」

「・・・・・・」

蘭世は無言のまま何も漏らさなかった。

(あるとすれば・・・魔界・・・なんだけど・・・)

だからといってそんなことを言えるはずもなく、しかし、多少なりとも何故か俊にまで迷惑をかけていそうな雰囲気は見逃せもせず

蘭世はふうとため息をついた。





「幸せ逃げるんじゃなかったっけ?」

俊は隣で校庭を見下ろしながらつぶやいた。

蘭世が俊の方を向くと、俊もフッと笑いながら蘭世の方を向いた。

「そうでした。」

蘭世はエヘっと舌を出してはにかむ。

その何気ない仕草が俊の鼓動をドクンと鳴らせた。

(だからーーー!その表情やめろって!)

俊は蘭世から視線を逸らせてまた校庭に戻した。





「でも、理由がわかんねえんじゃ、守りようがねえよな・・・」

俊がぼそっと言った言葉に蘭世は「え?」と振り向いた。

「真壁くんが・・・ま、守ってくれる・・・の・・・?」

(何を言い出してんだ!オレは!)

頭ではわかっているのに、この場の雰囲気にどうしても流されてしまう。

感情が走り出して止まらない。

「い、いや・・・あのヤロウがこの前、んなこと言ってただろ」

「そ、それって・・・ど、ど、ど、ど、どういう意味・・・・///???」

見ると蘭世は真っ赤な顔をしている。

「ど、どういうって・・・///お、お前、勘違いするなよ。アイツがあんなことオレにいいやがるものだから・・・

オ、オレにだって、せ、責任感ってもんがあるし・・・そ、そうだ。責任感だ。お前はおっちょこちょいでドジだから

ほっとけねえだろ!」

動揺を悟られないように慌てて訂正すると、蘭世は「ソウデスカ・・・」と早くもガックリとうな垂れていた。

でもスタっとすぐさま立ち直り顔を上げていた。

「ありがとう。大丈夫。真壁くんには迷惑かけないから☆」

そういって蘭世はニコッと微笑んだ。

(迷惑とか・・・そんなことじゃなくて・・・)

俊は蘭世を見つめた。

その笑顔の裏ではすぐにでも崩れ落ちそうな不安が立ち込めているのが手に取るようにわかる。

「・・・江藤・・・」

「なあに?」

「・・・・・あの時、アイツが言ってた秘密・・・ってのと関係あるのか?」

「・・・・・!!」

蘭世がひゅっと息を呑んだ。そして顔つきが一瞬にして変わる。

「そ、それは・・・」

(何かある・・・)

固まった蘭世の体の中で、長い髪と瞳だけがゆらゆらと揺れる。

「オレにも・・・・・・話せないことなのか・・・?」

蘭世が呼吸までも止めた。

緊迫した顔つきを見てるとまるで責めているような気になって、俊は後悔した。

しかし、そこに全ての鍵が隠されているようで後にもひけない。

俊はそっと蘭世の頬に手を当てる。

「秘密って・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「そ、それは・・・・」





その瞬間、バタンと非常口の扉が開いた。

そこには津村が壁にもたれて腕を組んだ津村が立っていた。

ハッと俊と蘭世は向き直り警戒する。

「・・・ふん・・・いい絵だな」

「・・・何が」

「二人のそういう姿」

「・・・・・あんた、いったい何なんだ。俺たちに何か用なのか?」

俊は津村を見据えて低い声でつぶやく。

蘭世が俊の制服を後ろから握り締める。

「・・・まぁ・・・用っていうか・・・・・・」

そういうと津村は思いがけない素早い速さで俊の前を横切ったかと思うとその瞬間、「キャッ!!」という悲鳴が聞こえた。

俊がハッと振り返る。

「真壁くん!!」

俊の目には、津村に組みふせられた蘭世の姿が映っていた。

「え、江藤!!お前、江藤をどうする気だ!」

「・・・・・・」

津村はフッとまたあの嫌な笑みを見せるとそのまま消えるような速さで俊の前から蘭世を抱えたまま過ぎ去った。

「え、江藤!!!」

何事もなかったかのような静寂と、ほのかな蘭世の香りだけが俊の周りを取り囲んでいた。

俊は目を見開いたまま拳を握り締めてその場に立ち尽くしていた。








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