この作品はさとくーさまより10万HIT記念に頂きました☆














      『Please hug me!』


                                        written by さとくー







新緑の季節を迎え、吹く風にも、萌え出づる葉の一枚一枚から放たれた、

碧の香りが混ざり合い、爽やかで穏やかな日々が過ぎてゆく。

かと思うと、季節が急に戻ったかのように、

朝晩には温もりが恋しくなるような日もある。



それでもやっと、魔界での騒動も過ぎ去ったものとして捉えられつつあるようになり、

新王となったアロンによって、安泰な世界に生まれ変わろうとしていた。




蘭世と俊も、その当事者から解放され、「魔界人」ではあるが、

再び人間界で新しい生活をスタートさせていた。

尤も魔界では、「魔界を救った2人」としてあがめられる事になっていたのだが。





俊は再びボクシング選手を目指し、真摯に打ち込み始め、バイトとジムに明け暮れる。

学校以外で蘭世と会う時間が幾分か減っていたが、それでも相変わらず、手作りのバランスの良いお弁当は、

既に定位置となっている部屋のドア付近にマメに届けられていた。

遅くなると危ないからという俊の言葉に従って、早めに届けられるそれは、俊が帰って来るまでには、

殆んどその温もりは無くなりかけていたが、その心遣いが充分に俊の身体を潤していた。







ある日、珍しくバイトから早く上がれる事になった俊はそれを蘭世に伝える。



「じゃ、ご飯作りに行ってもいい?毎日お弁当じゃ飽きるだろうし。

折角だったら作りたてのほうが温かいし、少しでも美味しいと思うから。」



弁当だけでも、実は充分美味しいし、正直、感謝もしている。

むしろ甘えているような気もするが、それが、コミニュケーションの一つである気がして、

作らなくてもいいと中々言い出せないでいた。

しかも、嬉しそうに献立を話す江藤は、妙に眩しくて、つい見とれてしまう。





バイトの帰りに、小さな身体に沢山の食材を抱えてアパートに向かう蘭世と会い、

その荷物を半分ひったくるようにして俊が持ってやると、にこぉっとした顔で微笑む。

そんな些細な事にでも、一々反応を示す江藤が可愛く思えて、

知らず知らずのうちに赤くなった顔を見られないように、思わず逸らしてしまう。




「お邪魔しま〜す。」




わざわざ、声を掛けて小さなドアから上がりこむ。

おもむろに、エプロンを取り出し、髪を後ろに束ねると、さも楽しそうに鼻歌を歌いながら、

普段の不器用さは何処へやら手際よく仕度を勧めていった。

俊と言えば、その急に視界に飛び込んできた、白くて細いうなじや、華奢な後姿に、

またも一人赤くなる。

台所に人のいる風景を眺めるのはいつ以来の事だろう。

遥か彼方、小さい頃の自分をふと思い出す。




小さなお膳の上に所狭しと並べられた料理は、どれもこれも、

作った人の愛情がそのまま湯気となって溢れ出たようで、俊の食欲をも如何なく刺激した。




「たまには、こういうのもいいよね。それに2人で食べる方が美味しくない?」

(そりゃ、勿論。)と喉まででかかった言葉を堪えて、

わざと憎まれ口を叩きながら箸を持ち上げる。




2人で食べる食事は、いつものお弁当より何倍も美味しかった。

温かい湯気の向こうで、それ以上に、心を温める笑顔がある。

慣れない光景にためらいを感じながらも、不思議と安らぎを覚える俊だった。






「あのね、鈴世が最近、TVゲームをやるようになってね。」




食事の片付けを終えた後、実にタイミングよく俊の前にマグカップを置きながら、不意に話し始める。

いつもなら、無機質なテレビの音を訳も無く鳴らしながら過ごす時間帯。

とても同じ時間とは思えなかった。



こんなに穏やかに時間を過ごすのは、いつ以来だろう。

小さい頃は、お袋が仕事でいなくて淋しい思いをしていた。

それをごまかす為に、無理に強がってた自分。それが次第に自分の仮面となってしまっていた。

そして、俊にしてみれば急に持ち上がった、王家の双子の王子の問題、そして、冥王との戦い。

次々に襲い掛かってくる運命の波にのまれない様に、

つい最近まで、必死にもがき足掻いていたのが嘘のようだ。




「ゲームにか?」

「うん、RPGなんだけどね。ストーリーがいいの。私も、横で見ててうるうるしちゃったー。」



そう言って、一人ストーリーを話し出す江藤。

人の、特に江藤の声が、耳に心地よく感じられ、何とはなしに耳を傾ける。



小さい頃から孤児院で育ち、誰にも心を開かなかった主人公、スコール=レオンハート。端正な顔立ちだが、無表情で無愛想。

非社交的な性格で、仲間意識はあまり強くなく、他人に深くかかわられる事を嫌っているクールな男。

兵士養成学校で、SEEDと呼ばれる傭兵となった主人公は、ある少女、リノア=ハーティリーと知り合う。

彼女はある国の要員の娘だが、それに反発して家を飛び出していた。

ムードメーカー的な穏やかさと、ワケ隔てなく人に接するやさしさをかね添えた少女で、

全身で感情を表現し、素直に自分の気持を伝える。時には無鉄砲な行動もとる。

それまで、他人との関わりを拒絶してきたスコールだが、

リノアの自由な生き方に、次第に影響されていく。

が、しかし、その時代は「悪い魔女が支配する」時代だった。

それに対抗する任務を負ったスコールと仲間たちと行動を共にしているうちに、

リノアはふとしたきっかけで「魔女の力を」受け継いでしまう。

一度は、自らの受け継いだ凶悪な力を封印する為に別れを告げるが、

スコールはそんなリノアを奪い返しに行き、最終的には仲間と共に、その元凶となった「悪い魔女」を倒す。




そこから、お得意の妄想モードが始まる。



「その主人公がね、真壁くんに似てるんだ。」そう言って、江藤がいたずらっぽく微笑む。

(つか、お前も似てるんじゃねーか、その無鉄砲なところが。)



「カッコよくて、強くて、いざって時に絶対駆けつけてくれるの。でもいつも、寡黙で、意地っ張りで」

(は?それのどれが俺に似てるんだ?後半部分は似てるような気もするけど。)



「…悪かったな、無愛想で」

「それそれ!!主人公の口癖なんだよ。」

「小さい頃に淋しい思いをして、人と接する事に苦手なんだけど、

少女と出会ってから、段々と自分の気持に素直になっていって。

不慮の偶然で魔女になってしまった彼女をずっと守ってあげることを誓うの。

ホントは凄く優しい人だと思うんだ。ね、似てると思わない?」そう言って暫く無口になる。






「だから…ねえ…ハグハグ、ギュ−ってして!!」






耳まで薄く朱に染めながらも、でも、極上の笑みを浮かべると、

思いっきり腕を広げて、抱っこをせがむように俊に迫ってくる。








「…なっつ!何言ってんだよ!!」

慌てて手から滑り落ちそうになったマグカップをテーブルに戻す。

いきなりの江藤の言葉にギョッとする。心拍数は確実に上がってる、

頬だって、確実に熱を持ったように赤くなってるのが自分でも分かる。



「やっぱり、いきなりは駄目かー、人もいないから言ってみたくなったんだけど…」



いきなりとかそういう問題じゃないだろ!

しかも、人がいるとか、いないとかの問題でもないだろーが。

自分だって照れてるくせに、何言ってるんだよこいつ。

この状況で、そういう台詞をポロッと簡単に吐き出すなよ。



「大体、何だよそのハグ何とかって…」

その体勢から意図するところは分かったものの、俊にはとても、全てはリピートできなかった。



「実はねー、リノアが「魔女の力」を受け継いじゃった後に、解決策を考えて宇宙の、ある場所に連れて行くの。

だけど、そこで精神を操られちゃって、以前に封印していた別の魔女の力を解いちゃうの。

自分もその力に巻き込まれて、宇宙空間に投げ出されてしまうの。

もう駄目だなって思ったときにスコールが助けに来てくれたの。

助けられて『生きているって実感したいな』ってスコールにそのセリフを言うの。

勿論、恋愛感情も含めてなんだけど、リノアの愛情表現の手段なんだよね。

人と必要以上にとも思われるスキンシップを図りたいってのは、

昔自分が、そうすることで凄く落ち着いて、ほっとするんだって。

ま、スコールはそれに慣れてなくて、戸惑ってるんだけどね。」





…そりゃそうだろう。俺だってびっくりする。

しかも何でお前が今、そういう発言をするんだ?



表情から見て取れたのか、エヘへと笑ってチョッピリ舌を出す。

正直言って…理性の欠片を総動員して繋ぎ合わせる。



「分かるんだ、彼女の気持。私も、小さい頃は家にいて外に出ることが無かったでしょ?

その分、良くお父さんやお母さんに抱っこしてもらって、凄く安心したの。

体温を感じるって言うよりも、温もりに包まれる感じかな。」





それから、また無口になる。が、自然と感情が俊に流れ込んでくる。





真壁くんと出会ってからは、随分といろいろな事があったな。

最初はぶっきらぼうだったけど、時折見せる優しさが好きで。

王子に生まれ変わった時には、無我夢中で、「好き」って気持だけで側にいたいと思った。

それから、和解して、平和になったと思ったら、今度は魔界で問題が起きた。

とまどい、自分のしたいことすら出来なくなって、それでも、真っ向から現実と向き合って。

私は、やっぱり側にいたいと思った。

途中で、人間となり、私の前から去っていった時、そしてその後の、あの出来事。

人間になったあの時は、自分の意志で決めた事。

だけど、ほんとは、チョッピリ不安だった。

もし、「もうお前の事は知らないって言われたら?余計な事するなって言われたら?」

それでも後悔しないと思った。



けどね、真壁くんは私を受け入れてくれたから、守らせてくれと言ってくれたから。



魔界人でなくなっても、あなたと共に、そばにいていいんだって、

それが、あの時に味わった、私の「生きている実感」。

その実感は、今も続いていると確信している。

でも、わがままかな?

平和になって時間が出来たら、もっと会いたくなって。

こうしていれることだって感謝しなきゃいけないのに。

ふと、確かめてしまいたくなっちゃうなんて…





「でね、でね。」

ブンブンと音が聞えてきそうなくらいに首を振り、考えをそらすかのように続ける蘭世。





「リノアは、今後、自分が己の意思とは無関係に操られてしまうのを恐れるの。

魔女の力を持った自分を、誰も触れてくれなくなるんじゃないかって。

その力を封じ込める解決方法が見つかるまで、他人から隔離される事を一度は決心するの。

けれど、自分ひとり封印された後に、スコールが助けに来てくれるんだ。

『魔女でもいいの?』って聞いたら『魔女でもいいさ』って。」



「凄いよね、人の気持がたった一人の人との交わりで変わっちゃうんだよ。凄い事だと思わない?」




よくもここまで、空想の産物に感情移入できるもんだと感心しながらも、

その一言に、俊は深く反応する。

ばーか、お前だってそうじゃないか。

凄いのはお前だよ。

急に生まれ変わったら、実の親に抹殺されようとしていた。

それを、必死に護ったお前だろ。

その後も、2000年前の王子の生まれ変わりだとか、

運命に流され、翻弄し続け、でも気付いたらいつもお前が側にいた。



守りたいと思ったのに、冥王との戦いで人間になった。

自分が相応しくないと思って無理に別れを告げた。

なのに、お前はその愛情を一心に受けた人々と永遠の道を歩いていく事を

自分の意思で拒み、一度は人間になった。

お前は強い人間で、俺は必死に自分の感情を押し殺した。

ほんとは、誰にも渡したくないままなのに、自分の心を最後まで偽って。



けど、ゾーンが現れたとき、に悟った。遅すぎる悟りだったけど。

たった一人の愛しい人さえも、守りきる力の無い、弱い自分だったけど。



そうだな、俺は、また一人になる淋しさに耐えられなかったのかもしれない。

逃げてるのはいつも自分で、コイツは真正面から立ち向かって。

長い間に培って、既に身体の一部となっていた、俺の仮面さえも剥ぎ取った。

唯一、どんな事があろうとも、どんなに不利な状況になっても、譲れないものがあると。

エゴイズムといわれようと。

コイツだけは、誰にも渡したくない。

たとえ、この身を盾にしても、非力でも、精一杯守っていきたい、ただ一人の女性。

そう思って、あの時、あいつの手をとった。








「あのー、真壁くん?」

もしかして、突拍子の無い行動に怒ったのかと勘違いした蘭世は、

沈黙を破るようにひっそりと俊に問いかけてくる。



で、「そいつは、結局、彼女の騎士にでもなったのか?」

「え?ストーリーを知ってるの?

そうなの、その後、『魔女』の力のまだ残っているリノアを守る為に、生きていく事を決心するの。」

…なこったろーな、お前好みの話の終わりかただもんな。





「生きてる実感か…」呟くように声に出してみる。

大切な人が、変わらず側にいてくれることを感じる事が「生きている実感」と呼ぶのなら、

今、生きてる実感をより強く感じているのは恐らく俊の方。







じっと蘭世を見つめた後に、ゴホッと一つ咳払いをしながら、顔を心もち逸らし告げる。



「…さっきの、…もう一回言ってみろよ。」



「…え?」



「あ、あの…」

さっきの積極的な仕草はどこへやら、あたふたと慌てふためく蘭世。

髪を押さえつけたり、服の皺を伸ばしたりと小動物のようにちょこまかとする。





その様子を噴出しそうになるのを堪えながら、俊は横目で眺めていたが、

優しい視線を今度は逸らさずに蘭世に向けた。



「言ってみろよ、どうして欲しいんだ?」



しばし見つめあう2人。

俊は瞳の奥の優しさを隠そうともせずに、蘭世の微かに潤んだ瞳の視線に応える。

そして、蘭世は、華が咲き誇るような微笑を浮かべると先ほどの台詞を繰り返した。




「真壁くん、ハグハグ、ギューってして! 生きているって実感したいよ!」




その台詞を受けて、蘭世の細い身体を抱き締める俊。

すっぽりと包み込むように腕の中に収めると、少し力を込める。

逆に、暖かく、優しい温もりがふうわりと俊を包み込む。



「これでいいんだろ?」

首筋を片方の手でなぞりながら、紅く染めつつある耳朶を甘噛みするように囁く。



「…うん。」

髪の毛を撫でてやると、細い華奢な腕がキュッと俊の後ろ髪を掠めて首に絡みついた。




このためらいもなく差し伸べられる手が、俺の生きている実感。




「魔界人の女性は、みんな魔女なんだよな…」

「?」

疑問符を顔一杯に浮かべる江藤。

(俺も、一生魔女(=お前)の騎士になって、守ってやるよ…)



「…ま、…」

決して口には出さないであろう言葉を想いに変えて、蘭世の口唇を封印する。



蘭世の発しようとした言の葉は風になって消えていった。












★さとくーさまからのコメント★

いつも、カッコよくて、Kauranさんの人柄が表れたような、
温かく、素敵なお話を楽しませていただいてます。
ええ、そのKauranさんに、「鬼畜なリク」をしたのは私です。
お礼の意味を込めて差し上げた、ブツですが、お礼になってない所が…(苦笑)

えっと、とにかく、10万ヒットおめでとうございます。以上です!!
  
                        2005.MAY  


<追記>一度、ブログにてお試し!?でUPしたものですが、
Kauranさんサイトに献上の際に、再度口を滑らし「加筆します」。(…汗)
加筆というより、別話になってしまいました。
それでも宜しければと思ってお送りしたのが「こちら」です。





★kauより★

キャーーー!!さとくーさま!
なんて素晴らしいものを・・・こんな素敵な作品を頂いちゃいまして、もうき、恐縮です・・・。
しかも、kauの大好きなスコール×リノアのエピソードまで入れてくださいまして・・・もう感激ですっ!!
そしてそして、王子かっこよすぎーーーーー!!!ヾ(≧▽≦)ノ
なかなか更新しないサイトのために、素敵な彩りを加えてくださってホントありがとうございます!
kauもこのパワーを頂いてまたまた創作に励もうと思いますので、今後ともよろしくお願いいたしますvv

加筆していただいたお話もとってもステキですよvv
スコール×リノアが登場してますが、もちろんわれらの王子もババーーンと登場されてますので、
みなさまもどうぞご覧になってくださいませvv

さとくーさまのブログは
こちらからどうぞ。ときめきSSもございますよv








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