SCENE
第9話  衝撃
俊と気まずい別れ方をしてから、蘭世はずっと俊を極力避けて過ごした。
そのまま前期の試験に突入したこともあり、大学内でブラブラ過ごすのも少なくなったせいか、
顔を見かけることはあったが、話をする機会は運良くなかった。



圭吾ともあの一件以来連絡をとっていない。
圭吾から「ごめん」との謝りのメールが一度携帯に入っていたが、
蘭世はそれにどう返信してよいかわからず、
そのままになってしまっていた。

謝るのはどう考えても自分のはずなのに・・・・・
そう思うといたたまれなくなった。
だが、言い方も言葉も、はっきりとしたものが思い浮かばずに、
携帯を開いてみるものの、
電話をかけることも、メールを送ることもできなかった。





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「お疲れ〜」
試験を受け終え、帰る準備をしていたときに、
同じクラスの吉岡サリと河井ゆりえが蘭世に声をかけてきた。

2人は大学の入学当時から、同じクラスで
経済学部では数少ない女子ということもあり、すぐに仲良くなった。
深い話まではまだしていなかったものの、
授業の合間などによく喫茶店などで、お茶をしながら時間をともに過ごしていた。


今日はまだ、試験の中日であったが、残りの試験はテキスト持込可ということで
ある程度めどもついているということもあって、
3人はそのまままっすぐには帰らずに、
町に出て、最近オープンした、ケーキがおいしいという評判のカフェでの
女子大生らしい慰労会が提案された。




「試験が終われば夏休みか〜」
「このケーキほんとおいしい・・・♪」
「ねー」



窓際の席を占領して繰り広げられる
他愛もない女友達同士の会話が、蘭世の心を紛らわせていた。
圭吾のことも俊のことも、2人には何も話していないことに、蘭世は少し後ろめたくなったが、
それはそれで、蘭世には安らぎを与えていた。
逃げているといわれればそれまでだったが、自分の気持ちにどう立ち向かっていいのかが
蘭世にはわからなかった。

3人の会話を心地よく楽しんで、笑いながらも
何か答えをだすということは、
こんなにエネルギーがいるものだったのかと、蘭世は改めて思った。





だが、その穏やかな時間はほんのつかの間であった。
河井ゆりえが突然振った話に、蘭世は一瞬動きを止めざるをえなかった。


「蘭世、最近、真壁くんと一緒にいないね」



蘭世は思いがけないゆりえの言葉に、2,3度瞳を瞬きさせて、なんで?とだけ答えた。

「ケンカでもしたの?」

「別にそんなんじゃないよ。ていうか、そんな仲でもないし・・・」

そういって、蘭世は視線を窓の向こうに送った。



「え?そうなの?てっきりつきあってるんだと思ってた。」
ゆりえは持っていたフォークを皿にもどして、意外そうに言った。




「そう見えた?」
蘭世は頬杖をついて、浮かない顔つきをしたまま
ゆりえとサリを交互に見ながら尋ねた。



「そりゃあねぇ」
と言いながら、尋ねられた2人は顔を見合わせながら答えた。









「・・・・・・そういう風な態度をとるっていうのは、ある意味、罪なことだよね」
蘭世は2人の返事を確認したからなのかどうなのか、
まるで自分に言い聞かせているように答えた。

俊と陽子の顔が交互に思い浮かんだ。
まぶたの奥で、蘭世は俊の隣に自分を立たせて、そのあと、自分の姿を陽子に置き換えた。
この2人は前者の方を真実として見ていたのだろうか。
それをわすかながらも自分自身も夢見ていたことが、蘭世は可笑しくなった。
自分にはれっきとした彼氏がいたことも忘れて、
相手には彼女がいることなど、想像もせずに。

ただ、俊にはなんてことはない。自分はただの女友達でしかなかったということが、
蘭世の心を締め付けていた。

何が罪なんだろう・・・・・・
彼女の存在を隠していた俊?
彼氏から心が離れていってしまった自分?
自分で言った言葉であるのに、ふっと心から出た本音に蘭世は苦笑した。







「それって・・・・蘭世のこと?」
黙って聞いていたサリが、蘭世と視線の位置をあわせる様に、頬杖をついて蘭世に問いかけた。




「う〜ん・・・・?お互い様・・・・なのかな・・・なんてね」
蘭世は少し間を置いて、淋しそうに笑って言った。












「お互い様・・・?でも真壁くんは蘭世のこと好きなんでしょ?ねえ」
ゆりえは、首をかしげながら最初に蘭世にそういって、そのあと、サリに同意を求めた。
サリもそれにうんとうなづいて見せた。



3人は黙って、しばらくそのまま動かずに見つめあっていたが、
蘭世はその沈黙を破った。

「何いってんの。そんなわけないでしょ?だって真壁君には・・・・・・彼女がいるんだよ?」

蘭世は一呼吸置いてから、目を伏せながら言った。
予想外に声が震えていたことに蘭世自身、驚いていた。



「でも・・・・日野くんが言ってたけど?」

「何て?」

「この前ね・・・・」





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「ねえ、日野くん、真壁くんと蘭世ってつきあってるんでしょ?」

「さぁな〜」

「どうなのよ?知ってるんでしょ?」

「マジで、よくわかんねえんだって。」

「ふーん、そうなの?仲いいけどね」

「あぁ。ま、江藤の方はわかんねえけど、俊は好きなんじゃねえかな?」

「そうなの?やっぱり?」

「ま、勘だけど。」

「へぇ〜。じゃぁさ、日野君はどうなの〜?」
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ゆりえは日野と話した様子を簡単にかいつまんで説明した。
その場にはサリもいたようで、そのゆりえの話をうんうんとうなづきながら聞いていた。


蘭世はわけがわからないといった顔で口をパクパクさせながら、
聞いていたが、ゆりえの話がひととおり終わると、
大きく息を飲み込んで言った。

「でも、そ、それって、日野君が勝手に言ってるだけじゃないの?私彼女と話したこともあるし・・・」
話したといっても対決といった方があの雰囲気に合っていたかもしれない。

「でも、日野くんがそう思うなら、可能性はゼロってわけでもないんじゃない?」
サリは先ほどからの頬杖の姿勢をくずさないまま言った。

「でも・・・・」

「でもじゃなくって、蘭世はどうなの?真壁くんのこと嫌い?」
ゆりえは身を乗り出して蘭世に尋ねた。

「え?・・・べ、別に嫌いってわけじゃ・・・」
蘭世はゆりえの勢いに押されて、少し背を後ろにのけぞらせながら
そして、先ほどから早まりつつある鼓動を必死で抑えながら、答えた。


「好き?」

ゆりえの目がまるで懇願するように見えて、蘭世は一瞬言葉を失った。
「・・・・・・」

だが、好きだということで思い悩んでいたのも事実。
サリも冷静な顔で2人を黙って見比べていた。

「・・・・・・・・好き・・・・・かな・・・・」
沈黙がいたたまれなくなって、蘭世は蚊の消え入るような声でボソッと言った。
言った瞬間、蘭世は自分の顔にどんどん赤みが差していくのがわかった。
それと同時に、心臓が飛び出そうなぐらいドキドキと大きく鳴った。

自分の想いを公表したということよりも
日野が言ったというその話が
真実かどうかもわからないまま、蘭世の耳に何度も響いていた。



「やっぱり〜」
ゆりえは蘭世の言葉を聞いてにっこりと微笑んだ。

「無理やり言わせたって感じもするけどね」
サリはゆりえを横目で見ながら、にやりとして言った。

「まぁ、いいじゃない?これで何の問題もないし」
ゆりえは微笑んだ顔をそのままサリに向けて言った。


「な、なんなの・・・・?」
蘭世は異常ににっこりとしているゆりえを上目遣いに見ていった。



「えへへ・・・実はね・・・・真壁くんを好きな蘭世にお願いがあるの〜〜〜」
ゆりえはさらに実を乗り出して言った。
「な、何よ」
「あのさ・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・えええ〜〜〜!?」




蘭世の声が店内に響きわたった。


























      ***********************************



















「真壁くん、み〜っけ♪」

あくる日、試験を受けるために早くから席に座っていた俊のそばにゆりえが駆け寄ってきた。

「はい、つめてつめて」
ゆりえは無理やり俊のそばに座り込む。
俊は誰かから借りたものであろうノートのコピーを、自分のルーズリーフを必死に書き写していた。
このクラスの試験は、自筆のノートでないとどうやら持ち込めないらしい。


「何の用だよ」
俊はノートから顔をあげないまま、めんどくさそうに言った。

「何してんの?」
ゆりえは俊の手元を覗き込みながら言う。

「見りゃわかるだろ」

「うわ、ふっきげ〜ん」

「うっせえな。時間がねえんだよ」
俊は手を止めることなくコピーとノートを見比べながら答えた。







「・・・・・・ねぇ、真壁くんってさぁ・・・・蘭世のこと好きなんだって?」



ボキッ
ゆりえがそう言葉を発した瞬間、俊の握っていたシャープペンシルの芯が激しく折れた。

「な、何言ってんだ。んなわけねえだろ!」

「どうしてよ〜。日野君が言ってたもん」

ゆりえはぷっと口を膨らませて言った。

(アノヤロー。軽々しく適当なこといいやがって・・・・・・)

「あいつがあることないこと言ってるだけだ」
俊は冷静さを取り戻して再度、シャープペンシルの芯をカチカチっと出して
先ほどの続きを書き始めた。

「ふ〜ん。」
ゆりえは頬杖をついて俊の横顔を見ていたが、にやりと口元を緩ませた。

「まあいいわ。じゃぁ、いいこと教えてあげようか?」

「はぁ?いいこと?さぁ、なんだろねぇ」


「ふふん。あのね〜、」







「蘭世は真壁くんのこと好きって言ってたよ」
ゆりえは俊の耳元に自分の右手と口元を寄せてこそこそっと言った。



ボキッ!!!
俊のシャープペンシルは更に激しく音を立てて折れ飛んでいった。
「はっ?な、何言って・・・・(この前も怒って帰ったし)」

「ホントよ」

「でも、あいつ男いるだろ・・・・」

「ふ〜ん、そうなの?それは確かじゃないけど・・・・でも今言ったのはホント。
蘭世に直接聞いたもん」

「・・・・・・・・・江藤がそう・・・言ったのか・・・・?」

「そうよ。(無理やり言わせた部分もあるけど・・・・まぁ、いっか)」




江藤が・・・・・俺を?
俊はノートの続きを書くのも忘れて、手を止めたまま、固まっていた。

(どういうことだ?ちょっと待て。あいつには彼氏がいて・・・・・)
俊の頭は錯綜した。
頭の中を整理しようと、俊は先日の蘭世の様子を思い浮かべた。


(あの涙は、あの男に向けられたものではなく、俺に向けられたものだったのか?
でも、2人で歩く姿はあんなに楽しげで・・・・
あー、わけわかんねぇ!!!)


俊は考えがうまくまとまらなくて、苛立ち、人差し指を机に向けてトントンと何回か落とした。


「ねね、真壁くん、ここで相談なんだけどさ、
今度の土曜日なんだけどね。そのときさ〜、
ちょっと!真壁くん聞いてるの!?」



ゆりえの言葉は耳から入ってきてはいたが、それはするするともう片方の耳から
零れ落ちているようだった。


苛立ちの中で、蘭世が自分のことを好きだという
思いがけなく飛び込んできたニュースに
俊はめずらしくたじろぎ、激しく鼓動が打っているのを感じ取っていた。

そのまま気持ちが落ち着くことはなく、
その日のテストは持ち込み可であったにもかかわらず、
単位落としは免れないだろうと俊は、どきどきしている一方で客観的に自分を見ていた。





土曜日か・・・・・・・・。
試験を終えて教室を出た俊は、逸る鼓動が苦しくて、
それを紛らわせるかのように、早足で歩いた。












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