SCENE
第8話  対立と・・・・そして
前期最後の授業は、特にいつもと変わり映えもせず、
坦々と終わっていった。


いつもより多い学生たちに交じって、蘭世と楓は教室を後にする。


「これからどうする?蘭世。時間あるならお茶でもしていかない?」
「・・・うん。いいよ」

蘭世はこのまま、まっすぐ帰っていく気分ではなかった。
楓と他愛のない会話などして、気分を紛らわしたいと思った。





2人が学生の流れに続いて、校舎からでたとき、
蘭世はふと視線を送った先に、見たことのある女性が白い柱にもたれたまま
誰かを探しているような様子で目をきょろきょろ動かしていた。

そしてその目は蘭世の姿を捉えると、
蘭世の視線とあわせたまま、蘭世を凝視した。

「あら?あなた・・・・・・・昨日の?」
その女性は立ち止まったままの蘭世に向かってそう声をかけた。

「・・・・・・」
蘭世は黙ったままその視線から目を離せないでいる。
心臓が大きく鳴っていた。

「蘭世・・・知り合い?」
楓は2人を見比べたあと、総蘭世に声をかけた。

「え?・・・・・あ、・・・まぁ」
蘭世はなんと答えてよいかわからずあいまいな言葉でその場を濁す。

「ふ〜ん・・・・・・あなた、俊と同じ学部だったのね。
ま、ありがち・・・・・か。・・・・・
・・・・・ね、俊知らない?」
その女性は蘭世を一瞥してそういった。

「・・・・・・さぁ。見てないわ」
蘭世はようやく彼女から視線をそらして、答えた。
(何・・・?ありがちって・・・・)
蘭世は彼女がぽろっともらした言葉に引っかかっていた。

「ふ〜ん・・・・まぁ、いいわ。
ねえ、あなたちょっと時間ない?少しお話がしたいわ。」

「え?何で私・・・・・・」

「俊のこといろいろ聞きたいの」

「・・・・・・」


その女性は少し口をほころばせて言った。
勝気な目がさらに弓のようにまがる。

「蘭世・・・・この人・・・・もしかして・・・・」
楓はその後に続けようとした言葉を飲み込んだ。
「・・・・ちょっと話してくる。楓ちゃん、ごめん。お茶はまた今度にして・・・連絡するから」
蘭世は意を決したようにうなずいて楓にそういった。
楓もその蘭世のうなづきにつられたようにコクンと黙って首を動かし、去っていく二人を見送った。



















         ***********************************************





2人は駅近くにある喫茶店で向かい合って座った。
運ばれてきたアイスコーヒーとアイスティーのグラスの表面が汗をかき始める。
蘭世はそのグラスの水滴を右手でそっとなぞった。




「私は、文学部の神谷曜子っていうの。同じ1回生よ。あなたは・・・・江藤・・・・・?
俊はそう呼んでたわよね」



張り詰めた沈黙を崩したのは曜子だった。
さらりと自己紹介めいたことをいって、蘭世を見つめる。



「・・・・江藤蘭世です」
蘭世は自分のアイスティーを見つめたままそう答えた。












「単刀直入に聞くわ。世間話なんて必要ないし・・・・・・。
あなたは、俊の・・・・何?」

曜子は蘭世を見つめた目をずっと動かすことなしにそういった。









「・・・・・別に何も・・・・。ただのクラスメートよ」
蘭世は先ほどと同じ姿勢でただ、それだけ言った。
それが本当のことであって、それ以上もそれ以下もない。








「ふ〜ん、それだけ?」

「それだけよ」
(他に何があるっていうのよ・・・)
どうしてこんな尋問めいたことをされなければいけないのだろうと
蘭世はふぅと小さくため息をもらした。










「でも、泣いてたわよね。」
蘭世はみられてたのかと思い、一瞬びくっと体を振るわせた。
「・・・・真壁君には関係ないわ・・・」







「ふ〜ん・・・・・そんな感じには見えなかったけどな。・・・私こう見えても、
勘って鋭いのよ。」







「初対面で何がわかるの?」
蘭世もなんとなく気分がイラつき、目を曜子の瞳に合わせて反論した。





「女のカンってヤツよ。あなたもそうなんじゃないの?カンが働いたから涙なんて見せたんじゃないの?」
曜子は右手で頬をついて言った。







「・・・・・・何がいいたいのかわからないわ」
蘭世はまた視線をそらせた。









「・・・・あなたは聞かないの?私と俊のこと」
曜子の言葉に蘭世は目だけ動かした。
心が激しく鳴り出す。






「・・・・・・」







「私は・・・・・」
(イヤ!聞きたくない!)
蘭世はきゅっと目をつぶった。















「中高から俊と一緒なの。私立のS大附属でね。・・・彼是、6年の付き合いになるかな。」









「・・・・・・そう」
蘭世はそれだけを言葉にできた。
他は何を言っていいのかわからない。
うつむいたまま黙っていた。








「俊はモてるわ。俊もああいう人だから、結構誰とでも親しくなっちゃうのよね。
で、女の子が勘違いなんかしちゃうわけ。
よくあることよ。」
曜子はまるで蘭世もその一人であるかというような口ぶりで言った。
そしてそれは自分自身にも言い聞かせているようにも見えた。








「まぁ、あなたと俊がどの程度の関係かは知らないけど、
もし、まだ本気じゃないんなら、今の内にやめておいた方がいいんじゃないかしら?」
曜子はグラスのストローに口をつけて少し氷がとけて薄くなったアイスコーヒーを口に含んだ。














「・・・・・・あなたにそんなこと言われる筋合いはないわ」
それまでうつむいていた蘭世はぱっと顔をあげてそういった。
もうごまかせないと先ほど楓と気持ちを確かめあったばかりなのだ。












「・・・・・・」
曜子は蘭世の視線に少し身をたじろぎながらも、蘭世を睨み返した。












「あなたと真壁くんが付き合ってるんだとしても、
あなたが私の気持ちを押さえつける権利なんてあるの?
別に邪魔しようなんて思ってないわ。
真壁くんとどうこうなりたいとも思ってない。
でも私は自分の気持ちに嘘はつけない。
私は真壁くんが好き。
ただ、好きなだけよ」










蘭世は予想よりもはっきりとしかも的確に述べた自分の言葉に
少し驚いていた。
正直、気持ちがはっきりと定まっていたわけではなかったのに、
やはり言葉にすればするだけ、口にすればするだけ、想いは本格的なものになっていくものだと
客観的に分析する自分がいた。
ただ、好きだということをはっきり言った瞬間から、
心臓がさらに大きく鳴りそうで、このまま表に飛び出てしまうんじゃないかと思った。













曜子は蘭世の言葉を黙って聞いていたが、
少し間を置いた。
心を落ち着けているようだった。





「わかったわ。好きにすれば?
でも忠告はしといてあげるわ。泣きをみるのはあなたの方よ。
あきらめたほうがあなたのためよ。
あなたが、俊のことを『真壁くん』と呼んでいるうちに・・・・・」

「・・・・・・!!」








曜子はそういい終わると、テーブルの上に無造作に置かれていたレシートを手に取ると
じゃあねといってそれをひらひらさせながら席を立った。


蘭世は去っていく曜子を目でじっと追いかけて
その姿が見えなくなると首を後ろの背もたれにあずかて
はぁ〜っと大きくため息をついた。

そしてゆっくりと目を開けて、
この場にいない俊の姿を思い浮かべた。




























       **************************** 














蘭世は喫茶店を出て、一人駅に向かって歩いていた。
一つ、何か大きなことをやり終えた後のように気分ごと疲れた感じがして、
蘭世はゆっくりとしたぺーすでだらだらと歩いていた。
そんな時、蘭世は
今の時間から大学に向かってくる学生は少ない中に、俊の姿を見つけた。



(やっば〜。どうしてこう会っちゃうかな〜)
どこか隠れるトコはとキョロキョロいるうちに2人の距離はどんどん縮まって、
俊も蘭世の姿に気がついた。





「よく会うな・・・」
俊はフッと笑って蘭世に声をかけた。






「そ、そうね。・・・・えっと・・・・い、今から行くの?」
蘭世は俊の目を見れずにそらしたままで答えた。





「・・・・・・あぁ。5限なんだ。授業。お前は?帰るのか?」
「・・・・・う、うん」




意識するとまともに話せない。こうなることが怖かったのだ。
「・・・・・・」
俊は黙ったまま蘭世を見ている。
(な、何か話さなくっちゃ・・・・)









「か、彼女がいたなんて知らなかったわ〜。そりゃ、私のことも否定するわよね」
(な、何言ってんの?こんなこと言いたくないのに〜)
思わず口から出てしまった本題に蘭世は心の中でうなだれる。



「彼女?」といいかけたまま俊はしばらく黙っていたが、その後口を開いた。







「お前こそ、急に帰ったと思ったら、男と会うためだったのかよ」
隅におけねーなぁと俊は軽く笑った。






「そ、それはたまたまで・・・・」
と蘭世は言いかけて口をつぐんだ。
確かに圭吾と2人でいるところをみられたわけだし、
その後は、最後までは及ばなかったものの、理由はどうであれ、
一時は圭吾とそうなることを望んだ自分がいたのだ。





「言っといてくれたらちゃんと挨拶ぐらいしたのよ」
蘭世はぷいっと横向いて言った。














「・・・・なんで泣き出したんだ?」
俊はめずらしく真面目な顔で蘭世にそう尋ねた。
あのときのことを言っているのだ。
蘭世の心臓はまたも大きく鳴り出した。




「な、なんでもないよ」
「ケンカでもしたのか・・・・?アイツと・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」






蘭世は俊の目を見つめた。
俊も同じように蘭世を見ている。






一瞬時間が止まったかのように、2人の視線が重なった。
暑いのも忘れ、人がいるのも忘れ、騒音も聞こえないまま、
蘭世は、その俊の胸に飛び込みたくなった。
今なら、俊は受けとめくれそうな気がした。
だが、蘭世は、ぱっと先ほどの曜子との会話を思い出した。












・・・・・・・6年の付き合いになるわ・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・結構誰とでも親しくなっちゃうのよね・・・・・


・・・・・・・女の子が勘違いなんかしちゃうわけ・・・・・・・・・


・・・・・・・女のカンってヤツよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・あなたが『真壁くん』って呼んでいるうちに・・・













・・・・・・・『真壁くん』って呼んでいるうちに・・・・・・・・・














「・・・・・・ほんとになんでもないの」

「でも、あんな姿見せられたら・・・・・ほっとけないだろ」






「どうして!?・・・・ほっといてよ!・・・・ま、真壁くんには関係ないでしょ!
彼女がいるなら・・・・・・優しくしないで!」



「えっ?」





(そう・・・・『真壁くん』には・・・・・・・・・・)







蘭世はまたあふれそうになった涙を寸でのところでぐっとこらえて、
バタバタと走りさった。










「・・・・・だから・・・・・何なんだよ・・・・じゃあお前はどうだっていうんだ・・・」

俊ははぁと大きくため息をついた。
だが、その後を追いかけていく一歩は、踏み出せずに、
そのままその場に立ち尽くして去っていく長い髪を目だけで追いかけた。














NOVELオリジナルTOPへ

←第7話へ
→第9話へ