恋路ひとえに



    










俊×蘭世。
設定は中学時代です。
原作のストーリーの流れは無視してますのでご注意を!














こんな気持ちを恋と呼ぶのなら

恋というものはなんて切ないんだろう。






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校庭の木々も徐々に色づき始めたそんなある秋の日だった。

文化祭を目前に控えて少しうきだった歩調を落ち着かせるのに苦労しながら

蘭世は鞄を抱えて教室から出てきた。

文化祭の準備で少し遅くなったがまだ日が沈むほどではない。

生まれてはじめての文化祭というものに蘭世は心躍らせていた。

このあけぼの中学に転入するまではほとんど社会経験というものをしてこなかった蘭世にとって

学校での出来事は楽しいことばかりだった。

授業やテストは正直苦手ではあったが、それよりももっと楽しいことの方が多かった。

日々催される行事もすべて初めてのことばかりで、そして明日に迫った文化祭も例外ではない。

筒井くんをクラスで呼ぶという予想だにしない(むしろ意に反する)展開にはなってしまったものの、

それでもクラス中はその準備に向けて盛り上がっていたし、蘭世自身はその他のクラスの出し物なども楽しみにしていた。

クラスで舞台劇をやるところもあれば、歌を歌うところ、模擬店をするところや、お化け屋敷のような催しなどもあって

それらのクラスは連日の準備や練習に遅くまで居残っているようでまだ校内はあちらこちらで賑やかな声が響いていた。

学校全体が普段とは違う勢いづいた空気に包まれているのを蘭世は肌で感じた。

その空気に自然と自分がなじみ一緒に心逸っているのが楽しくてしょうがない。

あとはそばに真壁くんがいてくれればなぁ・・・と

蘭世はふっと肩をすくめた。








俊はこんな行事には至って無関心だ。

教室中がどんなに騒いでいても一人どこ吹く風とそ知らぬ顔だし、

それがクラスメイトの中でもいつものこととして特に取り立たされることもない。

この前の臨海学校での俊の行動はそれだけに意表をついたことだったし、

ラストのフォークダンスに蘭世が無理やりにでも俊を引っ張り出したことはさらに皆を驚かせた。



真壁くんはただただシャイなだけなんだから・・・



蘭世は明日の文化祭当日には絶対俊を出席させようと意気込んでいた。

絶対にみんなの輪に入ったほうが楽しいんだから・・・と。

だけどそれはホントは建前。

ホントはただ俊と一緒に文化祭を楽しみたいだけ。

校内に俊の姿がないのがただ淋しいだけなのだ。

そう恋というものはただそれだけ。

学校に来て、いろんなことを知って経験して、そして

恋というものも初めて知った。

あの人を思うだけで心が騒いで眠れなくて、ただいつも側にいたいと思う。

今日も俊は自分の与えられた役割だけをとっとと済ますと「お先」といって帰ってしまった。

例えば待ち合わせをして一緒に帰って・・・とかできたらどんなに素敵なんだろう。。。

そして、明日の文化祭はちょっとしたデートみたいに一緒に回って・・・vvv

蘭世は抱えた鞄をギューッと握り締めていつもの甘い妄想を繰り広げた。

そして何気なくぼーっとしながら銀杏並木に目をやった時、蘭世はビクンと胸が鳴った。







あ、真壁くんっ・・・!



帰ったとばかり思っていた俊が銀杏の木に背中を預けて立っていたのだ。

よし、明日の文化祭のことを誘うチャンス!

と蘭世は俊の方に駆け寄ろうとした。その時、

俊の前に一人の女の子も立っていることに気づいた。



え・・・何?



俊のこういう現場を見ることなんて早々ない。

女の子達は俊には恐がってあまり近づかないし、俊自身が女には興味がないとまでいっているのだから

蘭世にはその風景の意味するところがピンと来なかった。



誰だろう・・・。



いやに物々しい感じがして、それでいて、曜子と俊が向き合っている時のように入り込んでいける空気ではない。

女の子は少し俯き加減で少し顔を赤らめて、

俊は不機嫌とまではいかない困ったような顔をしていた。

しかし、この距離だと何を話しているのか聞こえずに蘭世は歯がゆくなった。



う〜ん・・・何話してるんだろう・・・き、聞きたいっ!



盗み聞きなんてよくないってことわかってるんだけど・・・

そう思った気持ちはもう押さえきれなくて。

蘭世はキョロキョロと見渡すと「あっ!ロッキーちゃん!」といつものタイミングの悪い?ネコを見つけたとたん・・・



「カジっ!!」



思い切り蘭世は噛み付いた。





*****     *****     *****






ネコになった姿で蘭世はそっと俊の後ろに回り込んだ。

ロッキーのことは俊も知っているのだからあまり姿を見せるのもよくない。

そっと聞き耳を立てる。



「お願いします」

「・・・だからなんで俺のなわけ?」

「それは・・・///」

「他にいんだろ?シャツ貸してくれるヤツなんて」

「・・・真壁くんから借りたいんです!」

意を決したように女の子は手を胸で握り締めて俊を見つめた。

「・・・・・・」

その姿に俊も口を閉ざす。



恋だ・・・

恋をしている目だ。

真壁くんを好きな自分だからわかる。

女の子は確か隣のクラスの女子だ。

そういえば、他の子がクラスで出し物の衣装をそろえるために男子の制服の開襟シャツを借りるという話を先日耳にした。

隣のクラスの話だからとその場ではふ〜んと聞き流していたが、まさかその動きが俊にまで及ぶだなんて

蘭世は予想だにしていなかった。

しかも、まさかこんな風に・・・。これではまさに告白と同じだ。。。

蘭世はドキドキしながらその場を見守る。



「・・・でも明日だろ?俺忘れるかも・・・」

「今からじゃだめですか?一緒に取りに伺ってはいけませんか?」

「えっ」

(えっ!)

「今から・・・?」

「ご無理をいっていることはわかってます。でも、でも・・・お願いします!」

「・・・・・」

「・・・お願いします!シャツを・・・シャツを貸してくださるだけでいいんです。

終わったらすぐにお返ししますから!」

その勢いはたぶん誰にも止められない。

一度心にきめた女性というものはなんて強いんだろう。





「・・・・・わかったよ」

俊はそれだけいうと、黙ってその場を離れて歩き出した。

(嘘・・・真壁くん!)

女の子ははっと我に返り、顔に笑みを戻して俊の後ろを小走りについていった。



蘭世はその後を追いかけようとしたが、足を前に出せなかった。

追いかけていくことがいい結果を生むとは思えなかった。

俊の「わかった」という言葉の真意はわからない。

だけど、少なくとも女の子の気持ちは今は幸せなものになったことは確かだ。

俊にとってはただシャツを貸すだけの行為なのかもしれない。

あんなにお願いされたら貸すぐらいならと受け入れるだろう。

あれで完全に拒否していたら、蘭世の性格上、女の子の立場にたってしまって逆に俊を非難しかねない。

しかし。。。。

二人で去っていく後姿がこんなに心を傷めるものだなんて思いもしなかった。



(真壁くん・・・)



「ニャァ」

声にならないまま蘭世は痛む心を抱えてその場から走り出した。









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