黄昏キャンディー



     






      *克×ゆりえです






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trick or treat―――。

本日も晴天なり。



聖ポーリア学園における今週は1年の中で一番賑やかなスペシャルウィークである。

体育祭と文化祭が合わさった『ポーリア祭』なるものがこの一週間続くのである。

そしてその最終日の今日は幼稚園から高等部の全てにおいて、後夜祭を兼ねたハロウィンパーティーが催されるのだ。

各クラス、各教室そして校内全域に渡ってハロウィンにちなんだ装飾が施され、

そして生徒達はそれぞれお気に入りの衣装に身を包んで仮装をしている。

学園の生徒であることの証明にもなるカボチャのおばけのワッペンを見せれば幼稚園児が小学校内に入ることも、

小学生が高等部の校内に入ることなどもできるため、

この聖ポーリア高等部内も小さなかわいらしいおばけから妖艶さをかもし出した魔女まで一帯入り乱れてごった返していた。






「ねぇ。おかしちょーだい♪」

背後から甲高い声でそう話しかけられた日野克はふと振り返った。

そこには見たこともない子どもが2人。

小学校の低学年くらいだろう。

魔法使いらしい扮装をした男の子と女の子が悪戯っぽく微笑んで同時に克に向かって手のひらを差し出した。

克は「しゃあねえなぁ」としゃがみこみながら内ポケットを探る。

小さい子がこうやって上級の校内をうろうろしているのも、こんな風におかしをねだられるのも

この時期だけは毎度のことなので驚きもせず準備して懐に忍ばせておいたキャンディを一つずつ小さな手のひらにのせた。



「ほら。これでいたずらすんじゃねえぞ!」



子ども達は手の中のキャンディを確認するとニヤッと微笑み合って「ありがとー」と叫びながらまた別のおかしを求めて走り出した。

二人とも腕に中身でいっぱいに膨れているお菓子袋を提げている。



「あいつら・・・。あんだけ集めてるくせに・・・強欲だなぁ・・・」

克は走り去る二人を見送りながら苦笑した。

いっぱいにキャンディをつめこんでいたスーツの内ポケットも今はもうすでに軽くなっている。

朝っぱらからもう何人の子どもにキャンディをせびられたことだろう。

まあ・・・あまりすぎるってのも悲しいものがあるけれど・・・



克も今日は一応ハロウィンにちなんでドラキュラ伯爵の扮装で決め込んでいる。

クラスの女子に適当に頼んだらこれが用意されていた。

「日野くんは背も高いし絶対似合うと思って♪」

正直こういうのは面倒だったりするのだが、この日だけは制服でいるほうが逆に目立ってしまうほどだし、

用意されたのがフランケンやリアルな狼男の衣装でないだけマシだし、

ドラキュラの衣装といっても黒いタキシードにマントと牙が用意されているだけなのだから・・・と思い女子の厚意をありがたく受け取った。



「あ!日野くん♪」

名前を呼ばれて振り向くとそこには妖精のような格好をした江藤が手を振っていた。

「よぉ。そのかっこハロウィンとして合ってんの?」

「え〜変?」

「いやぁ変じゃねえけど、ハロウィンっつったら、もっとおばけというかモンスターっぽいのというか・・・」

「モンスターなんか見慣れてるし」

「は?」

「い、いいえ。なんでもない。こっちの話」

「変なヤツ」

「ところで真壁くん見てない?来てると思うんだけど見つけられなくて」

「あぁ・・・真壁ね・・・」

真壁になら朝一で会った。しかし、フツーに制服だったため返って目立つことを教えてやると

「帰る」と言って去っていった。その後の行方は知らない。

江藤には可哀想だけどこの雰囲気にどうもそぐわない真壁を引っ張り出すのも友人としては可哀想な気がして

「知らない」と軽く嘘をついた。

江藤は「そっか。じゃぁまたね」といってそのまま去っていった。


少し胸が痛んだが、どうせ二人のことだからなんとか連絡もつくだろうし、まあいいだろう。





江藤を見送りながら克はふと思い出した。

・・・・そういえばゆりえにも会ってねえなぁ・・・・

克はそのことに気づくととりあえずキョロキョロと辺りを見回した。

3年生は一応受験生ということもあって自由参加なのだが、2、3日前に尋ねたときはクラスの出し物があるからと言っていたし

来ているはずなんだろうけど一度も見かけていない。



校内放送が流れ出す。

後夜祭の一大イベントであるダンスパーティーがグラウンドで開催される時間を告げるものだった。

いったん気づいてしまうと人というものはどうしても気になってしまうもので―――。

別にダンスをしたいわけじゃないけど・・・

克は人ごみの合間をぬって校舎の方に向かった。





3−5の教室をチラリと覗いてみる。

多くはもうグラウンドの方に向かったのか、残っているのは数人でその中にゆりえの姿はなかった。

女生徒が一人、廊下のほうに出てきたので克は声をかけた。

「あ・・・河合は?」

「は?河合?」

そういってメガネの女史は克の方を睨んだ。

げっ・・・!よっく見ると生徒会の女!

「いえ・・・河合・・・さん・・・は?」

一応上級生であり、2学期から2年が生徒会を引き継いだとはいえ、元生徒会長であったゆりえへの馴れ馴れしい態度を非難する目は

付き合っていると噂されるようになった今も変わらず、副会長としてゆりえを取り巻いていたこの女も相違ない。



「会長は引退されたとはいえ、こんな行事の時には生徒会のお仕事でお忙しいのです。

貴方のように浮かれて遊んでいられるご身分ではないの!」

そういって克を一瞥するとその女生徒はスカートの裾を翻して去っていった。

その言葉を聞いて克はムッとする。



出たよ・・・。また身分身分って・・・。



ずっと自分について回ってきたコンプレックス。

ゆりえと自分の立場をいやでも思い知らされてきたその確執をようやく吹っ切れたと思っていても

それは二人の中だけのことであって、未だにこんな風に心無い言葉で克は苦しめられる。



別に浮かれてるわけじゃねえっての!



克はフンと鼻息を立ててその場を離れた。

ゆりえが忙しくしているだろうということはわかっていた。

だから無理に一緒にいようとは誘わなかったのだ。

だが、ゆりえにとっては今回で高校最後のポーリア祭だ。

今まで素直になれなかった分、

そしてお互いの気持ちを確認できた今、

何だかこのままポーリア祭が終わっていってしまうのがどことなく淋しく感じるのだ。

でも忙しく動き回っているゆりえは、そこまで考えたりしないのかもしれない。

生徒会としてこのポーリア祭を成功させることがゆりえにとっての

一番の思い出になるのかもしれない。

そう思うと克はやりきれなくなった。



こんなことなら真壁とバッくれてる方がよかったかな・・・



少なくともこんな黄昏時にこんなに孤独な気持ちにはならなかったかもしれない。



―――帰るかな・・・―――



克は廊下から夕焼けに照らされた華やかなグラウンドを見下ろし、ふっと息を吐いた。









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