大切に想うのは 〜卓のタイムトラベル〜
***** 後編 *****
「そう・・・編入希望の方だったんですね」
「・・・うん」
とりあえず、卓は、編入したいがために下見にやってきたと話を立てた。
蘭世は「なるほどぉ」と疑うそぶりも見せずにこの得体のしれない男に馴染んでしまっている。
(お袋のヤツ、こんなにあっけなく俺の話を信じやがって、大丈夫かよ・・・)
卓は蘭世を横目でチラリと見るとあきれた顔ではぁと息を吐いた。
母親の性格はわかっていたつもりだったが、今の状況を客観的に見ると非常に危険な気がする。
見知らぬ男を怪しむこともせずに、自分の名前まで早々と教えてしまっているのだから。
(ったく・・・俺じゃなくて、ホントの不審者だったらどうするつもりだよ・・・)
そしてもう一度卓が蘭世の方を見ると、先ほどより表情がずんと沈んでいるように見えた。
卓はその表情を見てドキリとする。
(あ・・・そういえばさっき泣いてた・・・)
「大丈夫?・・・さっき・・・泣いてたように見えたけど・・・」
卓はそう声をかけると蘭世は「えっ?」と卓を一瞬見たが、またふっと悲しげな表情に戻って目をそらせた。
「聞かれちゃってたんだ・・・ナハハ・・・かっこ悪い・・・」
「何かあったの?」
今となりにいる蘭世の表情と、家を出てくる前の母親の表情とがゆっくりとかぶっていく。
この人をこんな表情にさせる原因はたぶん・・・・・・
「・・・彼氏・・・とか?」
蘭世は何も答えずに黙っていたが、恐らく違うのならば思いっきり否定するはずで。
否定もないのは肯定と同じことであるというのは、高校生になっていろんな想いを抱えだした卓にもわかる。
「ケンカでもした?」
「う〜ん・・・ケンカっていうより・・・ただの私のヤキモチかな?」
「真壁くんはぁ・・・っていってもわからないよね。私の・・・す、好きな人なんだけど・・・」
そういうと蘭世はボッと顔を赤らめる。
(わからないもなにも・・・俺はそいつのあんたの息子だっての!)
とつっこみたくなる気持ちをぐっと押さえて卓は黙って聞く。
「真壁くんは、とってもかっこよくて、だからモテちゃうのよね。見学してたら気づいたかもしれないけどここって男の子少ないでしょ?だから余計に人気でちゃうのかな〜」
「あぁ・・・確かに女ばっかだと思ってた。こんなとこでオヤ・・・じゃなくてその真壁って人耐えられてんの?」
「へぇ〜よくわかるね。真壁くんも最初は耐えられないから辞めるって言ってたけど、ほらボクシング部作ったから」
(「ほらっ」て知るかよ)
「ボクシングもできるし、今は友達とかもできて大丈夫みたい。
でもあなたもそういうふうに思うんだったら、もし編入したらボクシング部入るといいよ」
「いや・・・俺はボクシングは・・・(痛いからイヤ)」
「そうなの?男子の運動部、他にないし結構いいと思うんだけどな」
「あんたは・・・マネージャーなんだろ?」
「えっ、すっごい、さっきからよくわかるね〜」
「・・・いや・・・ほら・・・彼女だろ?だから・・・」
そういうと、蘭世はまたふっと表情を曇らせた。
「彼女かぁ〜。彼女なのかな〜?私・・・」
「何言ってんだよ。今更」
「今更?」
「あ〜、いや、違うの?なんとなくそうなのかな〜って(危ない危ない)」
「よくわかんない。好きでいてくれてるのかなとは思うんだけど」
「はっきりしないわけ?」
「そういうこと言わない人だから・・・」
そういういいながらふっと瞳を伏せる蘭世を見て卓はまたギュっと胸が痛むのを感じた。
「昔からそうか」
「え?何?」
「いや、なんでもない。こっちの話。でもさ・・・」
そういって卓は足元に転がっていた小石をコツンと蹴り飛ばした。
「聞いてみねえの?自分のことどう思ってるのか〜とか」
「き、聞けないよ!聞いても答えてくれないだろうし」
「でも付き合ってるんだろ?」
「う〜ん。。。たぶん」
「はっきりしねえなぁ・・・。」
「それはそれでもいいと思うの。大事にしてくれてるのはわかるし。」
「それって大事にされてるの?」
「・・・」
一瞬言葉を失う。
そしてまた悲しげな顔。
「私、ちゃんと真壁くんに守られてるって思うんだ」
「でも不安なんだろ」
「不安の意味が違うのかな。大事にされてるってわかってるんだけど、でも、真壁くんは次々と告白とかされちゃったりするとそれでヤキモチ焼いちゃうんだよね。
信頼してないわけじゃないのに。
やっぱり自分たちの間だけじゃそれでよくても、私って、周りに真壁くんの彼女だ〜って認識されてない気がするとちょっと不安っていうか感情ってどうにもならなかったりするでしょ?」
「・・・それは・・・わからなくはないけど・・・」
「もっと私が強くなればいいだけの話なんだけどね」
「・・・やっぱりけなげだな」
「けなげ?」蘭世がふっと笑った。
「なんかごめんね。こんな話、あなたに全く関係ないのに・・・優しいのね。」
「そ、そんなことないけど・・・」
朝も同じように蘭世に言われた言葉。同じ表情で。
そんな悲しげな顔で。そういわれると卓はどうしていいかわからなくなる。
でもそんな卓の動揺には蘭世は気づかずに笑った。
「でもどうしてかな・・・不思議。なんか、あなたにはいろんなこと話せちゃう。・・・真壁くんに似てるから・・・かな?」
「え・・・俺?」
「うん。実をいうとそっくり。さっきはホントにびっくりしたの。髪の色とか雰囲気とかは違うけど黙ってればホントそっくり。」
「そんなに似てる?」
父親にそっくりだとは確かに子どもの頃からずっと言われてきたことだし、(ここにくるすぐ前に愛良にもいわれたところだ)
それはわかることだが、母親にはあまりそういわれたことがなかったものだから、卓は少し面食らった。
「うん。息が止まったくらい。真壁くんともこんな風に話せたらもっと違うのかな〜」
卓はそういって微笑む蘭世をじっと見た。
ちょっとした悪戯心が芽生える。
「そんなに似てるなら、代わりに俺と付き合ってみる?」
口にしてから「何言ってんだ俺は!」って思う。
しかし、一度口にしてしまうと引っ込みもつかなくて、そしてあの親父一筋の母親がどんな表情を見せるのかも見てみたいとも思ってしまう。
ためしにそっと頬に手を添えてみたら、蘭世はびくっと身を引いた。
蘭世はビックリした顔で卓を見つめていたが、しばらくしてからやわらかく微笑んだ。
「それはないでしょ」
「なんで?俺ならもっと・・・(もっと何だよ)」
「あなたは真壁くんじゃないもん」
「は?」
「真壁くんじゃない人を私は好きにならないもん」
「なんだ?それ。そんな理由ありなの?」
「おっきな理由でしょ?」
卓はう〜んと首をかしげる。よくわからねえ。この人の考えてることは・・・
そんな時、背後から「オイ」とドスの聞いた声がした。
「誰だ、お前」
(げ・・・もしかして親父?・・・)
二人の前にスポーツタオルを首からかけたジャージ姿で俊が現れた。
「ま、真壁くん」
始めてみる若い頃の父親の姿に、卓は呆然とした。
(これは・・・確かに似てるわ)
卓が知る父の姿は、やはりもっと成長した姿であって、若いこの父親は確かに髪の色や型は違えど、入れ替わってもわからないんじゃないかと思わせるくらい似ていた。
こんなに似てるのに、それでも蘭世が俺じゃなくこの人でないとダメだというのは何故だろう。。。
どこが違うんだ?
この自分と似た男に俊も警戒心を抱いているのか、じっと卓を睨みつけている。
(怖ぇ・・・)
背格好も年齢もそんなに違わないし、力相撲では張り合えるかもしれないが、俊の持つ威圧的な態度は、この時代からも変わらないようで、
しかも、やはり相手は(気づいてはないだろうが)父親で、自分が息子という関係は過去に来たところで変わることなく卓はタジっとなる。
「お前、何者だ?」
「あ、真壁くん、この人、卓哉くんっていって、この学校に編入してくるみたいなの。ね?」
「え・・・あ、ああ」
「編入?・・・で、コイツに何か用事でも?」
そういって俊はばっと蘭世の腕を掴んで引き寄せると自分の後ろに回す。
「あ・・・ちょっと真壁くん・・・」
「え・・・いや、用ってわけじゃ・・・」
「なんか、迷ってたみたいだから、ね」
「・・・・」
「・・・・」
沈黙が流れる。
俊は卓を見つめたままだし、卓もその視線から外せないでいる。
そして卓はようやく俊の後ろに引っ込められた蘭世に視線を移した。
ハラハラした表情で俊を見ている。
その表情をみて、母親が少しかわいそうになる。
(あんたが泣かしたせいだろうが!)
ぶすっと卓は横を向きながら言った。
「彼女・・・泣いてたみたいだからさ。
泣かせる男より俺にしといたらって言っただけだよ」
「ちょ、ちょっと、何言ってるの!?」
「泣いてたのか?」
俊は蘭世の言葉を遮るように蘭世の言葉にかぶせた。
「え・・・それは・・・」
「今、あんたが感じてる気持ちを彼女はずっと感じてるんだよ。ちょっとはわかった?」
「・・・・・・」
俊はじっと卓を睨む。
その表情にはいつもの余裕めいた父親はなく、威圧感の中にも焦りと不安が見え隠れする。
(親父もこんな顔するんだ・・・)
卓はふとそう思った。
いつもいたってクールなポーカーフェイスで感情を外に出さない父親のそんな表情は意外なものだった。
しかし、敵意さえ感じられる俊のその表情には引き寄せられる何かがある。
・・・・大事にしてくれてるのはわかる・・・
さきほど蘭世が言った言葉の意味ってこれだったのかも・・・
卓はそうふと思った。
言葉は少なくても、普段は感情を表に出さなくても
いざというとき、こんなふうに守ってくれる力。
たぶん、それが俊の心の奥に秘めてある蘭世に対する想いであって、
それだけで、十分彼女の心をひきつけてしまうのだろう。
今に至るまできっといろんなことがあって、それらの経験があったからこそ今の俊の姿があるのだ。
若いこの目の前の俊はきっと、まだ若いがゆえの不安定さがそこにあって
たぶん、それが気づかないところで蘭世を傷つけてしまったり。
だからといって、蘭世を大事に思っていないわけではないというのは彼の深い瞳を見ればわかる。
彼女を後ろにおいて守ろうとする姿が父親ながら、一人の男として卓はかっこよく思えた。
(なんだ・・・大丈夫じゃん)
卓はフッと首をすくめて微笑んだ。
「そんな怖い目で見ないでよ。大事にしてあげてって・・・それだけ!
よかったじゃん、彼氏もヤキモチやいてるみたいだよ?」
「「え・・・///」」
「ばっ!や、ヤキモチなんかじゃ///」
「はいはい、照れない照れない!二人の気持ちはちゃんと見届けたからさ。これからも仲良くしてよ」
「お前、誰だ?カルロか?」
ずっと黙っていた俊が口を開いた。
「え?カルロ・・・様?」
「・・・・・う〜ん、二人にとったらもっといいものかも?じゃあ・・・またな」
そういって卓はその場から走り去った。
「あ、お前、待て!」
「ね、ねえ真壁くん・・・」
卓を追おうとする俊の服を掴んで蘭世は引き止める。
「あの・・・ホントにヤキモチとかって焼いてくれたの?あの人に・・・」
「えっ・・・///な、なんで俺が」
「だ、だって・・・私を引き寄せて隠してくれたし・・・なんか・・・嬉しかったなぁ・・・って・・・」
蘭世はすこし微笑みながら俯いた。
「それは、アノヤロウが怪しかったからで・・・お前も知らないやつにノコノコついてくんじゃねえよ」
「だって、悪そうには見えなかったんだもん」
「明らかにおかしいだろ、あれだけ俺に似てて、絶対ただの人間だとは思えねえ」
「確かに似てたけど・・・でもやっぱり私には真壁くんだけだもん」
そういって蘭世は微笑んだ。
俊はあきれた顔でそんな蘭世を見てからふぅっと息を深く吐いた。
「泣いてたってのは・・・?ホントのことか?」
「そ、それは・・・私が勝手にヤキモチを焼いたからで・・・」
俊はそういう蘭世の肩をそっと抱き寄せた。
「ゴメン。」
「真壁くん・・・」
「でも・・・正直俺も今のは焦った・・・まさかカルロの生まれ変わりとかって・・・」
「真壁くんも焦ったりするの?」
「するさ。お前のことになると・・・」
「えっ?それって・・・」
「もう黙れって・・・」
そういって俊は蘭世の口をそっと自分の唇で塞いだ。
(真壁くん・・・)
心でささやいた蘭世の言葉が体温と共に俊に伝わってくる。
俊はその想いに応えるかのように、口付けたままぎゅっと蘭世の体を強く抱きしめた。
二人の間にサワッと風が吹き抜ける。
いつの間にか傾いた陽光が、一つに重なる二人を優しく照らしていた。
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