SCENE
第10話  接近
土曜日―――――。





4人が一緒に降り立った駅は人でごった返していた。


こんなにたくさんの人はいったいどこから沸いてくるのだろうと
蘭世は人の波に押されながら考えていた。




辺りは薄暗くはなってきたが、開始時刻にはまだ時間があった。

今日は年に一度、この場所でこの時期に行われる花火大会である。

先日ゆりえは少しいたずらっぽく微笑んで蘭世に言った。


      **********************



「ダブルデートしようよ」

「ダブルデートぉ?」

「私、実は、日野君のこと気に入っちゃってさ、でもいきなり2人だけってのも誘いづらいでしょ?
そこで、蘭世と真壁くんも一緒にどうかな〜って思って♪」

「えええーーーーっ!!!??ちょ、ちょっと待ってよ。なんで私が・・・」

「私は2人がつきあってると思ってたからちょうどいいなって思ってたんだけど・・・・
でも、真壁くんのこと好きなんでしょ?だったらほら、蘭世もチャンスじゃない!」

「チャンスって・・・・」

「お願い!!蘭世。私を助けると思って!」

「で、でも・・・・・・」



      **********************




ゆりえの強い頼みを断りきれずに、蘭世は今、この場所にいる。


花火のよく見えそうな場所を河川敷に降りて探し、適当な場所を見つけると
日野は持参していたビニールシートを広げた。
ゆりえも楽しげにそれを手伝う。
今回のことを、日野も直接ゆりえが誘うということだったが、
今日の日野の様子を見ている分には、彼もまんざらではないように見えた。




2人の様子をぼーっと眺めた後、蘭世はチラッと隣にいる俊を見た。
俊はどこだったか、ここに来る途中で配られていたうちわを右手で仰ぎながら
同じように黙って日野とゆりえを見つめていた。
そして蘭世の視線に気づくとチラッと顔をこちらに向けた。




蘭世はその俊の動きに思わずドキッとして顔を背ける。

俊とは今日最初に会ったときに、軽く挨拶を交わしただけで、
その後、何も話していない。



日野とゆりえがあの調子だから、必然的に俊と蘭世は隣同士で歩くことになるのだが、
蘭世は落ち着かないまま寡黙になっていた。
この前、ケンカ別れをしたままで、気まずい空気がずっと辺りを漂っている。
俊も同じように感じているのか何も言わずに黙って横を歩いていた。







蘭世の心の中は、それだけではなく、ゆりえたちにあの衝撃的な話を聞いて以来、
今もなお、動揺は続いていた。


本当の気持ちに気づいてしまった自分、
俊に彼女がいたという事実、
どうすべきかを迷う心、
そんな中で、彼が自分を好きかも知れないというかすかな期待・・・。




様々な思いが入り混じったまま何も答えを見つけ出せずに
この場に来てしまったことを少し後悔した。


俊が隣にいても、仲直りどころか、
何をどう切り出せばよいのかさえわからず、
聞きたいことは山ほどあるのに、それを言葉で表せない。





どれくらいこんな状態のままでいたのだろうか。

「始まるぞ」という俊の言葉に、
ひざを抱えて座り、そこに顎を乗せていた蘭世はハッと顔をあげた。
ずいぶん長い間考え込んでいたらしい。


「えっ?」
と横を向いた瞬間、パーンという音とともに、夜空が明るく照らされた。

その一発目を合図に次々と色鮮やかな光の花が、夜空いっぱいに咲き乱れる。

大きいものから小さいものまで、
幾重の輪になったものや、ハート型のもの。
キラキラと光るものや、火の粉が下にしだれ落ちていくものなど、
多様な光のパフォーマンスに蘭世はつい今まで思い悩んでいたことも忘れて
しばし、それに見とれていた。

最高の位置を確保したものだ。
まるで真上で花火が上がっているように見える。
蘭世はこんなに近くで花火を見物したのは初めてだった。



ドーンという音が胸にまで響いて震える。
その振動があまりにも強烈で、
そして、頭上の花火があまりにも大きくて綺麗で、蘭世は少し後ろに身を引いた。
少しのけぞり気味になったので、蘭世は体を支えていた腕を
もう少し後ろへとずらした。




だが、
その場所はすでに俊の手が先に陣取ってあった。
2人の手が軽く触れる。

「・・・・・あっ・・・・・/////ご、ごめん・・・・・」
と蘭世は空から俊の方に視線を移して、そういうと甘い刺激の走った指を引っ込めようとした。
しかし、それは俊のすばやい手の動きによって遮られた。

蘭世の白くて細い手の甲の上に、俊は自分の手を覆いかぶせた。


「!!」
蘭世は大きく目を見開いて、自分の手の上にある俊の大きな手を見つめ
そのまま俊の目を見た。
俊も蘭世を見つめたままだった。



夜空を彩る光が変化するのを背後に受けたまま
2人はそのままピクリとも動かずに
視線を合わせ続けた。
俊の顔が花火の明かりに照らされ、
一つ一つ夜空に上がるたびにその色が変わると、俊を照らす色も変わる。
それと同時に、その光が俊の大きな瞳にも入り込み、その中で光はキラキラッと光っていた。




しばしの間、そうしていたかと思うと、俊はゆっくりと顔を空の方に戻した。
蘭世もそれにつられて顔を戻す。
だが、手は同じようには戻さず、そのままにしていた。


震えてしまいそうなので、蘭世はその手を引っ込めたかったのだが、
そうしようとすると俊は黙って、手に力をいれ、それを拒んだ。




花火はそのままクライマックスを迎える。
日野とゆりえは、シートの前方に座り、
楽しそうに寄り添って、花火を眺めていた。
2人で盛り上がってしまっているようで、後ろに座る俊と蘭世の様子には気づきそうもなかった。



一段と花火は大きな音を鳴らしながら咲き続ける。
蘭世はその音が、花火の音なのか、自分の心臓が鳴り響く音なのか
一瞬どちらのものかがわからなくなった。

ただ、今、この瞬間が終わらなければいいのに・・・・・
と、ふとそう思った。




















     **********************













花火が大盛況で終わりを告げ、
人の波が駅に向かってぞろぞろと流れていくのと逆走して
俊と蘭世は2人で川べりまで移動して、大きめの岩が並んで腰を下ろしていた。


日野とゆりえは出店を少し見て回ってから帰るというので
そのままそこで別れた。





「河合ってさ・・・克のこと好きなんだってな」
俊は開いた両膝に両肘を乗せて、少しうつむき加減で言った。

「・・・・・そうみたいだね。私もこの前聞いたばかりなんだけど・・・。
日野くんもそうなの?」
蘭世は俊の方を見ながら聞いた。

「・・・・・・さぁな。わかんねんけど、今日の様子じゃうまくいきそうだな」
俊も蘭世の方を向いて、フッと顔をほころばせた。


(ああ・・・この顔だ・・・)
蘭世は、久々にいつもらしく交わした俊との会話に、
そして、久々に見た俊のはにかんだ笑顔に、ほっとした。
少し酔ったように頭がくらっとする。



他愛のない会話のあと、再び2人の間に沈黙が訪れた。
ただ、それはさきほどまでの張り詰めた緊張とは、少し違っていた。

「・・・・あの・・・・」
「・・・・お前さ・・・・」

2人が同時に沈黙を破りかける。

「あっ、な、何?」
「お前こそ、なんだよ。先に言えよ」

慌てふためきながらも、しばらく見詰め合うと2人はふっと微笑み合った。
「なんだか、可笑しい・・・」
蘭世はくすくすっと笑いながら言った。





「・・・・」
俊はまた黙り込んでいたが、何か意を決したように、顔をあげて言った。



「・・・・・・日野たちのことはともかくとして・・・・・・」
蘭世もその俊の言葉に反応して俊の方を見る。

「・・・・・俺たちはどうなるんだろうな」
川の水面に目をやっていた俊は、その目を蘭世の方に向けて蘭世の返事を待った。

「・・・・どうって・・・」
蘭世は俊の瞳に吸い込まれそうになって
目を逸らした。




「・・・・・・真壁くんには・・・・彼女がいるでしょ?」
「・・・・・・彼女?あぁ、陽子のことか・・・この前も言ってたな。」
「・・・・・・彼女と話したわ。・・・・・・あきらめろって言われちゃった・・・」
「・・・・・・あきらめる?・・・・」


俊が目を見開く。
ゆりえの言葉が俊の脳裏によみがえってきた。


「・・・・・・お前だって、彼氏いるだろ?」
自分の考えがまとまらないまま、俊は蘭世を見つめる。答えは蘭世の口から
聞けるのだろうか・・・


「・・・・・・」
蘭世は黙ったまま、俊の目を見つめた。
大きな瞳がユラユラと揺れる。
蘭世は俊の目の中に写る自分を見つめた。彼の瞳の中に自分がいる。





「真壁くんは・・・・・私のことをどう思ってるの・・・・・・?」


俊が蘭世を見つめ返す。


「・・・・・・お前は・・・・・俺をどう思ってる・・・・・・・?」


「私は・・・・・・・・」





しばしの沈黙が流れる。
えもいわれぬ雰囲気が2人の間に漂う。

暗闇の中、どちらからともなく2人の顔が近づく。

俊の手が蘭世の頬に添えられて
その手はそのまま蘭世の後頭部へと移動して、ぐっと力が入れられた。
ゆっくりと蘭世の頭は、俊の顔のほうへ寄せられる。






(キス・・・・される)
ゆっくり流れる時の中で蘭世はそう思った。
(いいの?このままキスしちゃっても・・・・・?)
蘭世の脳裏に一瞬圭吾の顔が浮かんだ。
もう引き返すことはできなくなる。

蘭世は閉じかけた目を開いて、
ぐっと体に力を込めて、動きを拒む。

蘭世の行動に俊もまた、力を緩めた。
そのまま2人は動かなくなる。
見詰め合ったまま、至近距離を保ったまま。











「私は・・・・・」
蘭世が言葉を発しようとした時、俊はその言葉を遮った。













「俺は・・・・・・、お前のことが好きだ。奪えるのなら、あの男からお前を奪いたい」









今度は蘭世が目を見開いた。
俊の鋭く、力強い目が蘭世を見つめる。
俊の低い声が蘭世の耳に流れ込む。
男の人の声がこんなに甘く聞こえたのは初めてだった。
蘭世はぐっと息を呑んだ。
体の力が抜ける。








「か、彼女は・・・・」

「彼女なんていない」

「いない?」






「ちゃんと話す。話すけど・・・・・今は・・・・・・お前を・・・・・」







そういって俊はもう一度強く蘭世を見つめると、
再び、腕に力を入れて、ゆっくりと蘭世を自分の方に引き寄せた。
力の抜けた蘭世の体は、先ほどよりもぐっと軽く感じた。











「江藤・・・・・・」




俊はそう蘭世の耳元でそう囁き、蘭世の長い黒髪の中に自分の手を滑り込ませた。
そして少し、髪をもてあそんだ後、
蘭世の耳元にあった自分の唇を蘭世の正面にもどして、
蘭世の潤んだ瞳を見つめてから、
そっと、口付けた。










蘭世の体に激しく、そして甘い衝撃走る。
胸が大きく高鳴る。
だが、それは、ずっと心の奥底で待ち続けていた衝撃であった。
圭吾に僅かな罪悪感を感じ、蘭世は自分の卑怯さを責めた。
だが、それは甘い媚薬によって瞬時にかき消される。
俊のかすかに漂う香水のにおいが自分に染まりそうに感じて、
さらに蘭世は力が抜けた。






俊のついばむような軽い口付けを受け入れながら、
蘭世も自分の腕を俊の背中に回した。
しがみついていないと、意識が遠のいてしまいそうだった。




それを合図に俊も両手で蘭世を抱えるように抱きしめ、
さらに深く蘭世の唇を求めた。





強く抱きしめられ、蘭世はもう何も考えられなくなって、
俊の腕の中で軽く陶酔した。













←NOVEL オリジナルTOPへ
←第9話へ
第11話へ→